【10/16更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2020/10/16
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
カマロン・デ・ラ・イスラ『Al Verte Las Flores』
高校生時代の僕にフラメンコの魅力を教えてくれた、テクニカルで情熱的な作品

前にも書きましたが、高校1年からギターを弾きはじめ、学校でもギター部という単純すぎる名称のクラブに入っていました。ただし部活動らしきものはほとんどなく、バンドも組んではいませんでした。組みようがなかったからです。

そんなころの話。

ある日の放課後、帰ろうと思ってギターケースを抱えて歩いていたら、いきなり誰かから声をかけられたのでした。

「ギターやってんの?」

校内で何度か見かけたことのあるやつでした。すらっと長身で、髪にウェーヴのかかった、日本人と欧米人のハーフ。日本語はペラペラだったので、育ちは日本だったのでしょう。ムカつくほどのイケメンで、「なんでこいつが三多摩のバカ学校に?」と思わずにいられないほど洗練されていました。

突然話しかけられても違和感がなかったのは、向こうにコミュ力があったからなのでしょう。ともあれ彼は初対面の僕に対し、一方的に話し始めたのです。

「俺もギターやってるんだ、ちっちゃいときから。ずっと弾いてたのはフラメンコ・ギターなんだけどね」

なんだかんだと話したいことだけを話し、「じゃーね!」と片手をかざして去って行ったそいつは、数ヶ月後に体育館のステージに立っていました。

僕の通っていた高校では定期的に、有志のバンドが出演する「ライト・ミュージック・フェスティヴァル」とかいうイヴェントが開催されていて、そこで本格的な演奏を披露していたのです。

バンドすら組んでいなかった僕とは、なんだかもうすべてが違う感じでした。さすがはフラメンコ・ギターの基礎がある男だと、いろいろ納得したものです。

でも、そんなことがあったからこそ、 以後の僕はフラメンコという音楽に興味を抱くようになっていったのでした。

そして、フラメンコを知るきっかけになったのが、パコ・デ・ルシアというギタリストの作品でした。たまたまラジオで聴いて、大きなインパクトを受けたのです。

曲やアルバム名は覚えていないけれど、テクニカルで情熱的なサウンドに、文句なしに魅了され、フラメンコという音楽そのものに親近感を覚えたのです。

「これは、僕の好きなタイプの音楽だ」って。

カマロン・デ・ラ・イスラの『Al Verte Las Flores』というアルバムを中古レコード店で見つけたのは、それからしばらく経ったころ。その人の名なんか聞いたこともなかったのに手に取ったのは、ジャケット写真の中央に見覚えのある人が写っていたからです。

そう、パコ・デ・ルシア。

けれど、その写真がどうしてもおかしい。なぜって主役はカマロンであるはずなのに、彼よりもパコのほうが目立っているのです。

しかしそのアンバランスさは、「本格的なフラメンコを聴けるレコードに違いない」という確信を僕に与えもしました。そこで(安かったし)買って帰って聞いたところ、まさにドンピシャ。

攻撃的なギターの旋律でスタートし、そこに“情熱一本”といった調子のヴォーカルが絡みつく冒頭の“Al Verte Las Flores Lloran[Bulerias]”を耳にした時点で、フラメンコと自分の相性のよさを強烈に実感したのでした。

続く“Que Un Toro Bravo En Su Muerte”の哀愁、“Si Acaso Muero”でのマシンガンのような速弾き、“En Una Piedra Me Acoste”の清涼感など、聴き進むほどゾクゾクしてくる感じ。

要所要所で入る、“アレ~”とか“オレ~”とかいうかけ声も知らなかった世界の表現であり、すべてが新鮮。そんなわけで以後、このふたりは僕のなかでとても大切な存在になっていったのです。

ちなみにあとから知ったのですが、この時点でカマロンは18歳、パコは21歳だったというのですから驚き。

だからe-onkyoで『Al Verte Las Flores』を含む彼らの作品を見つけたときにも、当然ながら感動しました。しかも聴いてみたら、ハイレゾとの相性が抜群。すぐ近くでパコがギターを弾き、その背後でカマロンが歌ってくれているようなリアリティがあるんですよね。

そんなわけで最近は、彼らの作品をまたよく聴いています。

しかし、こうして彼らの音楽を楽しめるのも、高校1年のときに出会ったあいつのおかげなんだな。名前すら記憶にないから「あいつ」とか「そいつ」としか書けないわけだし、そもそも彼はあれから学校を辞めてしまったようなのですけれど。

いまごろ、どこでなにをやってるんだろう? フラメンコ・ギターで生計を立てていてくれたりしたら、ちょっとうれしい気がするんだけどな。



『Al Verte Las Flores Lloran[Remastered]』
カマロン・デ・ラ・イスラ



『Son Tus Ojos Dos Estrellas[Remastered](feat. パコ・デ・ルシア)』
カマロン・デ・ラ・イスラ, パコ・デ・ルシア

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【12/28更新】ビリー・ジョエル『52nd Street』
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【11/30更新】イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』
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【11/23更新】ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』
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【6/8更新】デレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』
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【5/25更新】ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Live!』
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【5/18更新】イーグルス『One of These Nights』
名曲「Take It To The Limit」を収録した、『Hotel California』前年発表の名作

【5/11更新】エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』
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【5/6更新】スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』
「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作

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【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』
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【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』
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【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』
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【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作
【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作
【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー
【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作
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【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作
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【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。




印南敦史 プロフィール

 

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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