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【1/19更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/01/19
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
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The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作

僕が高校1年生だった1978年、文化放送で平日の夕方に「ペパーミントストリート 青春大通り」という番組が放送されていました。なかなか恥ずかしいタイトルではありますが、そんなところを突っ込んではいけない。なにしろ同年春からスタートしたこの番組のおかげで、僕はアメリカの土を踏むことができたのですから。

というわけで前回に続き今回は、ドゥービー・ブラザーズと僕をつないでくれた、その番組にまつわるエピソードを綴ってみたいと思います。

きっかけは、同番組の「チャレンジ・アメリカ」ってやつでした。3回の審査に合格した15人を、冬休みの2週間、カリフォルニア・ロサンジェルスに無料でホームステイさせてくれるという太っ腹企画です。

たしか第一次選考が、「アメリカ短期留学への思いを綴った作文と、友人10人以上の推薦文提出」、第二次選考が、「アメリカへの思いを自分の声とトークでアピールしたカセットテープの提出、必要事項を記入した書類の提出」、そして最終選考が「面接」だったと記憶しています。

あとで聞いたら応募総数は5,500人だったそうなので、僕みたいな、三多摩の不良高校に通っていた劣等生が合格したのは奇跡のような話。事実、周囲は優等生ばっかりだったしなー。

しかも世間知らずのバカヤローでしたから、僕はどうしても目立ち、浮いてしまうのでした。だから番組代表として同行したシンガーソングライターのばんばひろふみさんからも、しょっちゅう「印南、俺はおまえがいちばん心配なんや」と言われていたものです。

ステイしていた家があったのは、オレンジ・カウンティのファウンテン・バレー。静かな住宅地で、ホストファミリーは両親、そして高校生と小学生の男の子の4人でした。でももうひとり、経済的な事情で、コロンビア人の12歳の女の子も長期ステイしていました。たぶん、そうやって人を助けることに積極的な家庭だったのだろうと思います。

このツアーでは、ドゥービー・ブラザーズに関して3つのエピソードが生まれました。まずひとつは、日程の関係で彼らのLA公演を見逃したということ。これについては、それ以上なにがあったわけでもないのですが、2つ目のクリスマスの出来事は印象的でした。

スーパーへ買い物に行った、クリスマス前のある日のこと。母親のジョイスがレコード売り場から僕の名を呼んだのです。スーパーでレコードを売っていること自体が驚きだったのですけれど、それはともかく近づくと、彼女はドゥービーの1975年作『Stampede』のLPを掲げてこう聞くのです。

「このレコードは、ステレオ(録音)なの?」

ものすごく真剣な表情です。どうしてそんなことを聞くのかとても不思議だったのですが、いまにして思えば単に世代的な問題だったのではないでしょうか。モノラルではなくステレオであるということに、絶対的な価値を見出す年代だったということ。僕らが「MP3かflacか」を気にするようなもの。たぶん、そういうこと。

それはそうと、クリスマスの朝です。ツリーの下に積まれたプレゼントの量がハンパねえ。小学生のビリーも大喜びでしたが、ちょっと多すぎなんじゃね?

そんなことをぼーっと考えていたら、ジョイスが僕にもプレゼントをくれたのです。正直なところ、もらえるとは思ってもいなかったので驚きました。

ラッピングを開けてみると、あのときスーパーで見たドゥービーの『Stampede』が出てきました。僕がドゥービーのファンで、いつも話題に出していたことを覚えてくれていたのです。

そんな思い出があるから、いまでも『Stampede』を聴くとあの日のことを思い出します。

ドゥービー作品のなかではそれほど評価は高くないかもしれないけれど、冒頭の「Sweet Maxine」のかっこよさには注目すべき。その他、淡々とした曲調が心に訴えかける「I Cheat The Hangman」も“ハイレゾ映え”する名曲だといえます。

さて、3つ目のエピソードは、ツアーから戻ったあとのこと。それはおそらく、1979年初頭だったと思います。

帰国後の僕はよく、ばんばひろふみさんが谷村新司さんと一緒に出演していた火曜日の「ペパーミントストリート 青春大通り」を見学に行っていました。ばんばさんが「おまえがいちばん心配や」とさかんに言うので、調子こいていたわけです。

ある日のこと。いつものようにスタジオを訪ねました。何度も訪れていたため慣れていたのですが、その日は目の前の光景に目を奪われました。

なぜならそこにはドゥービーのメンバー、ギターのパット・シモンズとジェフ・バクスター、ベースのタイラン・ポーターがいたからです。

ドゥービーは、僕がまさにアメリカに滞在していた1978年の12月に名作『Minute By Minute』をリリースしたばかりでした。つまり、プロモーション来日していたその日は、番組にゲスト出演するためそこにいたのです。

「ファンです! ファンです! ファンなんです!」

タイラン・ポーターとは話せませんでしたが、パット・シモンズとジェフ・バクスターには興奮しまくって伝えました。“陽キャ”のパット・シモンズは明るい表情で、「おー、ありがとー」とハグしてくれました。

一方、気難しいことで有名なジェフ・バクスターの顔には、「なんだコイツ?」と書いてありました。なんだかよくわからない日本人のガキ(しかも興奮中)にいきなりハイテンションで声をかけられたのですから、無理もない話です。

3人の番組出演中は、なぜかマネージャーと雑談してたんだよなー。拙い英語を駆使しつつ、カリフォルニアの気候についてとか、どうでもいい話をした記憶があります。文字どおりの「怖いもの知らず」。恐ろしい話です。

つまり、もしもあのときLAに行けなかったとしたら、ばんばさんにかわいがってもらえなかったら、僕は帰国後にドゥービーに会えるはずもなかったわけです。そしてそんな体験をしたからこそ、ただでさえクオリティがめちゃめちゃ高かった『Minute By Minute』は、生涯を通じての愛聴盤になったのでした。

ドゥービーには、1976年の『Takin’ It to the Streets』の時点でスティーリー・ダンからマイケル・マクドナルドとジェフ・バクスターが加入。それまでのギター・ロックから、スティーリー・ダンに通じるAOR路線へと鞍替えし、結果的には中心人物だったオリジナル・メンバーのトム・ジョンストンが抜けることになりました(現在は復帰)。

Minute By Minute』は、その形態が生み出したグラミー受賞作。シングル・ヒットした「What a Fool Believes」を筆頭に、心地よいグルーヴを持つタイトル曲、ファンキーな「Depentin’ On You」、メロウな「Sweet Feelin’」などなど、無駄な曲がひとつも存在しない文字どおりの傑作です。

しかも先述した『Stampede』中の「I Cheat The Hangman」がそうであるのと同じように、あるいはそれ以上にハイレゾとの相性が抜群。もとの演奏のクオリティの高さが、さらに際立つような印象があります。

初期のギター・ロックも文句なしにかっこいいけれど、こちらにもまた別の魅力が。初期から順番に聴いていけば、このバンドの振り幅を広さを改めて実感できるはずです。

数年前、フェイスブックでジョイスのことを見つけたので、メッセージを送りました。でもフェイスブックはあまり見ていないようで、既読もついていません。なんとかまたお会いしたいあと思っているのですが、考えてみればあれは40年近く前の話。

当時のジョイスは40代でしたから、フェイスブックを見ていないというより、「もういない」ということも考えられなくはないわけです。そう考えると、ちょっと複雑な気分ではあります。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」








印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」