PC SP

ゲストさん

NEWS

【12/7更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/12/07
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
Nas『Illmatic』
90年代NYヒップホップ・シーンに多大な影響を与えた、紛うことなきクラシック


僕が音楽ライターになったのは31歳のとき、1994年の春でした。同業者とくらべるとちょっと遅めのスタートだったのですが、いずれにしてもその年の4月、『ミュージック・マガジン』誌に初の原稿が掲載されたのです。

そして、同じ月に長男が生まれました。だから自分の活動期間を計算したいとき、僕は息子の年齢を思い出せばいいのです(便利)。

初めて書いた原稿は、ニューヨークのラッパー、Nas(以下:ナズ)のデビュー・アルバム『Illmatic(イルマティック)』のレビューでした。当時21歳だったナズは、新人とは思えないほど高度なラップ・スキルと、“詩”としての評価に値するリリック(歌詞)によって、デビュー前から高い評価を受けていた男です。

ラージ・プロフェッサー、DJプレミア、ピート・ロック、Q・ティップなどトップ・プロデューサー陣が参加した『Ilmatic』も、デビュー・アルバムであるにも関わらず即クラシック化。この一枚によって、やや停滞気味だったニューヨーク・ヒップホップの勢いが一気に増したのでした。

ちなみに、音楽ライターとしてインタビューした3人目のアーティストもナズでした。先輩ラッパーのビズ・マーキーとともに来日し、いまはもうない六本木の「Jungle Bass」というクラブでライヴを開催したときのことです。

当初、編集部からは「16時に楽屋でインタビューしますので」と言われていたのですが、当日のお昼ごろに、「17時に六本木の中華料理店を予約しましたので、そこに変更です」との連絡が。

「中華料理を食べながらナズにインタビューできるなんて最高だなー」と思っていたら、夕方近くにまた電話が入り、「やっぱり20時に楽屋で」とのこと。この時点で、わけがわからなくてちょっとウケていたのですが、お楽しみはそれだけで終わりませんでした。

なにしろ、約束の時刻に楽屋へ行っても、ナズなんかいないのです。しかもプロモーターに連絡してもらったところ、「どうやら寝てるみたいですねぇ」という、信じられないような返答。

その公演はレコード会社を通さず、プロモーターが仕込んでしまったものでした。そのため、のちのち問題が起きたりもしたのですが、僕が巻き込まれた小さなトラブルは、その前哨戦のようなものだったのかもしれません。

でも寝てるんじゃどうにもならないので、とにかく待つしかありません。結局、ナズが現れたのは23時半のことでした。

ひとことで言えば、ふてぶてしい男でした。しかしまぁ、決して裕福とは言えない環境に育ったのち、才能だけを武器にのし上がってきた男なのですから、無理のない話ではあります。

それに、ただガキっぽいというだけではなかったのです。生意気なんだけれどおとなしく冷静で、21歳のわりには落ち着いた印象。少し枯れた声で伏し目がちに語るその仕草からは、不思議な知性が感じられたのでした。

しかも、それから数十分後にステージに現れるや、持ち前のスキルとアクティヴな動きによって観客をがっちりとキャッチしてしまったのです。ついさっきまで下を向いていた子とは思えないほどの、圧倒的なアーティスト性を感じさせてくれたわけです。

ところで話は変わりますが、ハイレゾの魅力はなんだと思いますか? まず最初に思い浮かぶのは、「解像度」の高さではないでしょうか? 以前、ダニー・ハサウェイの『ライヴ』 を取り上げたときにも触れましたが、解像度が高いがゆえに、あたかも目の前でアーティストが歌っているような、あるいは演奏しているようなリアリティを実感できるということ。

ただ、その魅力は生演奏でこそ発揮されるものだという気もします。逆に言えば、ヒップホップのようなデジタル・サウンドにはあまり向いていないのかもしれません。

いや、実はそう信じて疑わなかったのです。でも『Illmatic』を初めてハイレゾで聴いてみたとき、少しだけ印象が変わったのも事実。

もちろん、立体感がとりたてて際立つということではないのです。そもそもヒップホップは、立体感によって評価が高まるような音楽ではありませんし。けれど、それでも奥行きが増し、ボトムの図太さが増したような印象。

いわゆる「ハイレゾ的な音」ではないのだけれど、当時の最先端だったヒップホップ・サウンドが、下からぐいっと持ち上げられるようなかたちでレベルアップしているのです。

“The Genesis”から“N.Y. State of Mind”に続く冒頭の流れに顕著なのですが、よくも悪くも音が塊になっているからこそ、ヒップホップのダイナミズムが浮き彫りになるのです。そして、続く“Life’s a Bitch”では、ギャップ・バンド“Yearning for Your Love”をサンプリングしたメロウ・グルーヴがより心地よく聞こえます。

サンプリングといえば、マイケル・ジャクソン“Human Nature”を使用した“It Ain’t Hard To Tell”も素晴らしいし、アーマッド・ジャマル・トリオの“I Love Music”をセンスよく用いた“The World Is Yours”なども秀逸。

というよりも、天才ラッパーの実力を第一線のプロデューサーたちががっちりサポートしているだけに、無駄な曲がひとつも存在しないのです。だから、リリースから24年も経っているのに、まったく古さを感じさせません。それどころか、初めて聴く人にも十分に新鮮だと思います。

さて、『Illmatic』の発売から24年が経過しているので、同じ年に生まれた息子も24歳になりました。いまでは一緒にDJをやったりしているのですが、あるときサラッとナズの“Nas Is Like”という曲をかけたので、思わず笑ってしまったことがありました。

あいつはあのとき、どういう気持ちで“Nas Is Like”をかけたのかな? ナズとのちょっとした縁については話したことがあったと思うのですが、きっと忘れていたのではないかという気がします(それでいいのだ)。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Illmatic』
Nas




『Illmatic XX』
Nas



◆バックナンバー
【11/30更新】イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』
最新リマスタリング+ハイレゾによって蘇る、世界に影響を与えた最重要作品

【11/23更新】ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』
世界的な大ヒットとなった2枚目のソロ・アルバムは、不器用な青春の思い出とも連動

【11/16更新】クイーン『オペラ座の夜』
普遍的な名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を生み出した、クイーンによる歴史的名盤

【11/9更新】遠藤賢司『東京ワッショイ』
四人囃子、山内テツらが参加。パンクからテクノまでのエッセンスを凝縮した文字どおりの傑作

【11/2更新】ザ・スリー・サウンズ『Introducing The 3 Sounds』
「カクテル・ピアノ」のなにが悪い? 思春期の少年に夢を与えてくれた、親しみやすいピアノ・トリオ

【10/26更新】ロバータ・フラック『やさしく歌って』
1970年代の音楽ファンを魅了した才女の実力は、「ネスカフェ」のCMソングでもおなじみ

【10/19更新】井上陽水『陽水ライヴ もどり道』
思春期の甘酸っぱい思い出をさらに際立たせてくれるのは、立体感のあるハイレゾ・サウンド

【10/12更新】カーペンターズ『シングルズ 1969-1981』br> 思春期の甘酸っぱい思い出をさらに際立たせてくれるのは、立体感のあるハイレゾ・サウンド
【10/5更新】エアロスミス『Rocks』
倉庫でレコーディングされた名盤が思い出させてくれるのは、クリスチャンの人たちとの思い出

【9/28更新】サイモン&ガーファンクル『Bookends』
消息不明の親友との記憶を思い出させてくれる、個人的にとても大きな価値のある作品

【9/21更新】ジェフ・ベック『Wired』
前作『Blow By Blow』の成功を軸に、クリエイティヴィティをさらに昇華させた意欲作

【9/14更新】マーヴィン・ゲイ『I Want You』
リオン・ウェアとマーヴィン、それぞれの実力が理想的なかたちで噛み合った“夜の傑作”

【9/10更新】エアプレイ『ロマンティック』
ジェイ・グレイドンとデイヴィッド・フォスターによる“限定ユニット”が生み出したAORの名作

【8/27更新】上田正樹とSOUTH TO SOUTH『この熱い魂を伝えたいんや』
日本を代表するソウル・シンガーの原点ともいうべき、ハイ・クオリティなライヴ・アルバム

【8/19更新】アレサ・フランクリン『Live At The Fillmore West』
サンフランシスコのロック・ファンをも見事に魅了してみせた歴史的ライヴ

【8/13更新】ボビー・コールドウェル『イヴニング・スキャンダル』
南阿佐ヶ谷のカフェでの記憶と、ボビー本人の意外なキャラクター

【8/2更新】バド・パウエル『ザ・シーン・チェンジズ』
奇跡のピアノ・トリオが掘り起こしてくれるのは、三鷹のジャズ・バーで人生を教わった記憶

【7/27更新】ロッド・スチュワート『Atlantic Crossing』
「失恋マスター」を絶望の淵に追いやった「Sailing」を収録。言わずと知れたロック史に残る名作

【7/20更新】エア・サプライ『Live in Hong Kong』
魅惑のハーモニーが思い出させてくれるのは、愛すべき三多摩のツッパリたちとの思い出

【7/13更新】アース・ウィンド&ファイア『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』
親ボビーとの気まずい時間を埋めてくれた「セプテンバー」を収録したベスト・アルバム

【6/29更新】イーグルス『Take It Easy』
16歳のときに思春期特有の悩みを共有していた、不思議な女友だちの思い出

【6/29更新】ジョー・サンプル『渚にて』
フュージョン・シーンを代表するキーボード奏者が、ザ・クルセイダーズざ移籍時に送り出した珠玉の名盤

【6/22更新】スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』
ザ・ジャム解散後のポール・ウェラーが立ち上げた、絵に描いたようにスタイリッシュなグループ

【6/15更新】コモドアーズ『マシン・ガン』
バラードとは違うライオネル・リッチーの姿を確認できる、グルーヴ感満点のファンク・アルバム

【6/8更新】デレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』
エリック・クラプトンが在籍したブルース・ロック・バンドが残した唯一のアルバム

【6/1更新】クイーン『Sheer Heart Attack』
大ヒット「キラー・クイーン」を生み、世界的な成功へのきっかけともなったサード・アルバム。

【5/25更新】ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Live!』
「レゲエ」という音楽を世界的に知らしめることになった、鮮度抜群のライヴ・アルバム

【5/18更新】イーグルス『One of These Nights』
名曲「Take It To The Limit」を収録した、『Hotel California』前年発表の名作

【5/11更新】エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』
ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を生んだ、クラプトンの復活作

【5/6更新】スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』
「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作

【4/27更新】オフ・コース『オフ・コース1/僕の贈りもの』
ファースト・アルバムとは思えないほどクオリティの高い、早すぎた名作

【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』
DSD音源のポテンシャルの高さを実感できる、クロスオーヴァー/フュージョンの先駆け

【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』
「ニュー・クラシック・ソウル」というカテゴリーを生み出した先駆者は、ハイレゾとも相性抜群!

【4/5更新】 KISS『地獄の軍団』
KISS全盛期の勢いが詰まった最強力作。オリジマル・マスターのリミックス・ヴァージョンも。

【2/22更新】 マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイング・オン』
ハイレゾとの相性も抜群。さまざまな意味でクオリティの高いコンセプト・アルバム

【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』
痛快なロックンロールに理屈は不要。80年代を代表する大ヒット・アルバム

【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作
【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作
【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー
【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作
【1/12更新】 The Doobie Brothers『Best of the Doobies』前期と後期のサウンドの違いを楽しもう
【12/28更新】 Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作
【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作
【12/15更新】 Led Zeppelin『House Of The Holy』もっと評価されてもいい珠玉の作品
【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。




印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」