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【9/14更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/09/14
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
マーヴィン・ゲイ『I Want You』
リオン・ウェアとマーヴィン、それぞれの実力が理想的なかたちで噛み合った“夜の傑作”


名盤には、それが名盤であるということを証明する根拠があるものです。作品としてのクオリティの高さとか、社会に与えた影響の大きさとか。つまり、後世に語り継がれるだけの価値がそこにはあるということです。

しかしその一方、リスナー個人にとっては「原体験」もまた重要な意味を持つものだと思います。リアルタイムで接し、心を動かされた作品というものには、世間的に“名盤”と言われているということよりも、場合によっては大きな価値があるものだということ。

たとえば、マーヴィン・ゲイ。

彼の最高傑作といえば、当然のことながら『What’s Going On』ということになります。反戦曲であるタイトル曲以下、貧困や児童虐待などの社会問題に言及したメッセージ作。楽曲のクオリティも高く、まさに時代を超越した普遍的な名作だといえます。

でも「原体験」という尺度で考えると、個人的にはちょっと違うんですよね。そもそもリリース当時は9歳だったし、絶対的に仮面ライダーの存在感のほうが大きかったわけです。で、小学校の高学年になってソウル・ミュージックを知ってから、後追いで聴くことになったのです。

だからそういう意味では、僕にとっての原体験たるマーヴィン・ゲイ作品は、『What’s Going On』から5年後の1976年にリリースされた『I Want You』ということになります。

と書いて気づいたのですが、それ以前の1973年に出た『Let’s Get It On』や『Diana & Marvin』についてはどうだったかな? 後者はラジオでよくかかっていたのでリアルタイムで聴いた記憶があるけれど、前者をあの時点で聴いていたのかどうかは覚えてないや……。

それはともかく、当時14歳(厳密にいうとこのアルバムが出た時点ではまだ13歳)と中2病まっさかりだった少年にとって、『I Want You』はいろいろな意味で衝撃的だったのでした。

まずはその「出会い」です。

当時は糸井五郎さんという伝説的なDJが活躍されており、僕はこのアルバムを彼の「ソウルフリーク」というラジオ番組で聴いたのでした。

ご存知のかたも多いと思いますが、糸井五郎さんの持ち味は強烈すぎるトークです。

「夜更けの音楽フアン(ファンではない)、ゴー・ゴー・ゴー・エンド・ゴー!」と、独特としかいえないトークを展開するので、5年生くらいで初めて聴いたときには、「なんなんだ、この人は?」とかなり警戒心を抱いたものでした(すみません)

とはいえ番組では、他では聴けないようなソウルをガンガン流してくれたので、なんだかんだいってそれからずっと、彼の番組は聴き続けていたのです。

すると、ある日特集されたのがマーヴィン・ゲイの『I Want You』だったのです。

なにしろタイトルが『I Want You』で、冒頭のタイトル曲からして妖艶な雰囲気です。女の人の喘ぎ声のようなものも聞こえます。そのため前年にヒットしたドナ・サマーの『Love To Love You Baby』という、あえぎ声だらけのエッチな曲を思い出してしまったりもして、非常にモヤモヤしたのでした。

それから印象的だったのは、黒人画家のアーニー・バーンズによる“Sugar Shack”という作品が用いられたアルバム・ジャケットです。これについては糸井五郎さんも、「ジャケットもイカしてるので、壁に飾ってみるといいかもしれませんね!」と発言していたのですが、当時の僕にはそのかっこよさがまだ理解できず、「なんだか怪しいなあ」としか思えなかったのです。

いま考えると、これほど作品の内容と連動した絵はないんですけどね。

それに内容的にも、いまなお色褪せない完成度の高さです。

もともとは、アーティスト/ソングライター/プロデューサーとして多大な功績を残したリオン・ウェアが、自作品として制作していたもの。それをマーヴィンが気に入ったため、譲り受けることになったという経緯がこのアルバムにはあります(ちなみに、そんなことがあったため、リオン・ウェアは同じ年にモータウンから『Musical Massage』をリリースできることになったのでした)。

そのため、サウンド面においてリオン・ウェア色が非常に濃厚。「I Want You」に続く「Come Live With Me Angel」や「Feel All My Love Inside」「I Wanna Be Where You Are」など、もろに彼の世界観そのものです。

夜のムード満点の「After The Dance」や「I Want You[Intro Jam]」などのインストゥルメンタルも全体の流れに程よいアクセントを加えているので、アルバムとしてのトータルな流れを楽しめるところも魅力のひとつ。

しかもハイレゾで聴きなおしてみると、サウンドのクオリティの高さを改めて実感させられることになります。『What’s Going On』にも感じたことなのですが、これは決して大げさな表現ではありません。

「いい音って、こういう音のことをいうんだな」と、強く感じさせてくれるのです。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『I Want You』
/ マーヴィン・ゲイ






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」