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【5/11更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/05/11
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』
ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を生んだ、クラプトンの復活作


さて前回に続き、今回もS本のお兄ちゃんに関するエピソードです。

彼が「これ、いる?」と、ボロボロのトランジスタラジオをくれたことで、僕の音楽生活は一気に華やかなものになったわけです。いや、なにしろ手にしたのはボロいラジオなのですから、実際には華やかでもなんでもないのですが。

でも、そのラジオのおかげで音楽を聴けるようになったので、毎日が楽しくて仕方がなかったということ。

そんな1974年の夏、とてもかっこいい曲がヒットしました。エリック・クラプトンの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」。

それは、僕が初めて聴いたクラプトンの楽曲でした。ちなみにボブ・マーリーのカヴァーだったことはいまでは有名な話ですが、当時はそう説明されてもまったくピンときませんでした。

なにしろ、ボブ・マーリーが認知度を高めることになった「レゲエ」というジャンル自体、まだまだ日本では知られていなかったからです。

今回はクラプトンの話なので、ボブ・マーリーについてはまた別の機会に書きたいと思うのですが、レゲエがどうかという以前に(そもそもレゲエの定義すらよくわかっていなかったのですから当然です)、純粋にかっこいい曲だと感じました。

レゲエのリズムがどうとかいう問題ではなく、クラプトンが歌うその曲は、すごく大人っぽい感じがしたのです。そこには、小学校最後の夏を過ごす男子の心をつかむには十分すぎるほどの説得力が備わっていました。

さて、あるときまたいつものように、S本のお兄ちゃんの部屋に遊びに行きました。音楽にすっかり魅了され、少しでもいろんな音を聴きたいと思っていた僕にとって、彼の部屋はまさにパラダイスだったからです。

時間ができれば部屋のドアをノックして、なかから声が聞こえてきたらズカズカと遠慮なく部屋に入っていったわけですから、本人にしてみればずいぶん迷惑だったろうなと思います。

とはいえ一度も文句を言われたことも、嫌な顔をされたこともなく、そんなところにS本のお兄ちゃんの人柄が表れていたわけですが。

さて、それはともかく、その日は驚かされたのです。なぜってステレオの前に、「アイ・ショット・ザ・シェリフ」が収録されたエリック・クラプトンの『461・オーシャン・ブールヴァード』というアルバムがあったから。

ものすごくヒットしていたので、考えてみればそれほど驚くほどのことでもなかったのですが、僕にとってそれは衝撃的なことでした。「この人、なんでも持ってるなー」って感じで。

薬物依存症を克服したクラプトンが、プロデューサーのトム・ダウドにサポートされながら、マイアミのクライテリア・スタジオでレコーディングした復活作。

聴かせてもらったところ、冒頭の「マザーレス・チルドレン」にとにかく圧倒されました。続く「ギヴ・ミー・ストレングス」「ウィリー・アンド・ザ・ハンド・ジャイヴ」「ゲット・レディ」など他の楽曲にも言えるのですが、カラッと澄み渡ったサウンドは、まさにアメリカそのもの。

パーム・ツリーの下にクラプトンが立つジャケット写真そのままのイメージで、「うわー、アメリカすげえ!」といたく感動したわけです。

という記述からもおわかりのとおり、当時はクラプトンがイギリス人だということすら知らなかったわけですが。

しかしいずれにしてもインパクトは抜群で、ブルースをバックグラウンドに持つイギリス人ギタリストがアメリカでレコーディングしたその作品は、はからずも、僕のアメリカン・ロックに対する情熱に火をつけることにもなったのでした。

だから『461・オーシャン・ブールヴァード』を知った当時は、S本のお兄ちゃんの部屋を襲撃する頻度も高まりました。言うまでもなく、「聴かせてほしかった」からです。

うちにはペナペナのプラスチックでできた安っぽいレコードプレーヤーしかありませんでしたし、そうでなくとも大切なレコードを借りるわけにはいきません。子ども心に「そんな失礼なことは頼めない」と思っていたのか、頻繁に部屋まで聞きにいっていたわけです。

それだって十分に失礼な話ですけどね。

僕がハイレゾを始めてすぐに『461・オーシャン・ブールヴァード』をダウンロードしたのは、そんな経験があったからです。あのカラッとしたサウンドをハイレゾで聴いたら、果たしてどんな感じなんだろうと興味が湧いたわけです。

「マザーレス・チルドレン」を耳にした時点で、「やっぱりこれはハイレゾで聴いてみて正解だったわー!」と感動しました。ギターのサウンドがとても立体的で、ものすごい躍動感だったからです。しかもアナログっぽさが、いい感じに浮き出ているような印象も。

もちろんそれはアルバム全体に言えることでもあるので、S本のお兄ちゃんの部屋に通ったときのように、何度も何度も繰り返して聞きました。「アイ・ショット・ザ・シェリフ」も、懐かしさ以上のものを感じさせてくれたし。

そう考えると『461・オーシャン・ブールヴァード』のハイレゾ版は、僕にとってかなりコスパのいい作品だなぁという気もするのでした。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『461 Ocean Boulevard』
/ Eric Clapton






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」