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【1/11更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/01/11
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
渡辺貞夫『マイ・ディア・ライフ』
FM番組とも連動していた、日本のジャズ/フュージョン・シーンにおける先駆的な作品


初めて自分のラジカセを手に入れたのは、中学1年の冬休みだったと記憶しています。

なにしろ、インターネットもストリーミングもなかった時代です。重要な情報源はラジオ、特に音質のいいFMでした。そのため音楽を聴きたいなら、ラジカセでFMエアチェック(ここを見ている方ならご存知でしょうが、FMで流れる音楽を録音すること)するしかありませんでした。

ところが買ってもらえるような環境にはなかったので、こつこつ貯金し、やっとのことで安物のラジカセを購入したのです。

当然ながら機能満載の高級機とはほど遠い、ラジオが聴けて録音できるという程度のシンプルな機種。しかしそれでもうれしくて、その日からは毎日欠かさず、いろいろな音楽をエアチェックしていました。

無節操なくらいにさまざまな音楽を吸収していたのは、“ジャンル”ではなく“音楽”が好きだったから。どのカテゴリーに分類される音楽であったとしても、知らなかった、初めて聴く音楽をとても新鮮に感じていたのです。

だからロックやポップス、ジャズ、クラシック、フォーク、歌謡曲……あたりまでならまだ普通でしょうが、日本の民謡にもはまってテープをつくったりしていたので、ちょっと変わった少年だったのかもしれません。

とはいえ、そんな経験があったからこそ、クラシックとヒップホップを分け隔てなく、同じ感覚で楽しめる現在の僕がいるのだとも思っています。

あのころ、とても好きだったFM番組があります。FM東京(現・東京FM)で毎週土曜日の深夜12時から放送されていた「ブラバス・サウンド・トリップ 渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ」がそれ。

番組名から想像できるとおり、小林克也さんの司会進行によって進むこの番組の提供は懐かしの資生堂ブラバス。主役は、タイトルどおりサックス・プレイヤーの渡辺貞夫さん(以下:ナベサダさん)でした。

つまりはナベサダさんとそのグループによるライヴ音源やスタジオ・セッションなど、この番組でしか聴けない貴重な音源によって構成されていたのです。ひとりのミュージシャンを中心に据えた番組は、なかなか珍しかったのではないかと思います。

番組のタイトル曲も、当然のことながらナベサダさんの「マイ・ディア・ライフ」。この曲が収録された同名アルバムがリリースされたのは1977年のことですが、番組自体はもっと前から放送されていたように思います。

……と書いてみて気になったので調べてみたところ、ファンサイトによれば1972年8月6日からすでに始まっていたようです(終了は1989年3月25日)。だとすると、やはりアルバム・リリース以前に番組はスタートしていたことになりますね。

いずれにしても中学生の少年にとって、多くの人が寝静まった土曜の深夜におしゃれなジャズ/フュージョンを流してくれるこの番組はとても貴重でした。窓から外を眺めながら聴いていると、安物のラジカセ経由だったとしても、なんだか大人になったような気分を味わえたわけです。

そののちリリースされたアルバム『マイ・ディア・ライフ』がいまでも好きなのは、そんな経験があるから。認知度としては、その翌年の『カリフォルニア・シャワー』のほうが上かもしれませんし、同作も間違いなく名作ではあります。しかしそれでも、個人的にはやはりこちらに軍配が上がるのです。

ナベサダさんを中心に、リー・リトナー(g.)、デイヴ・グルーシン(p.,el-p)、チャック・レイニー(b.)、ハーヴィー・メイソン(ds.)、スティーヴ・フォアマン(per.)、福村博(tb.)という超豪華ラインナップによって、ロサンジェルスと東京でレコーディングされたもの。

当時は黎明期にあったジャンルであるクロスオーヴァー~フュージョンにおける、先駆的な作品でもあります。

この数年前からアフリカ音楽に傾倒していたナベサダさんの音楽生が如実に反映されていることは、「マサイ・トーク」「サファリ」「ハンティング・ワールド」と続く冒頭3曲のタイトルにも明らか。

これら3曲からは、アフリカ音楽のエッセンスを“渡辺貞夫色”によって中和したオリジナリティを感じることができます。

続く「L.A.サンセット」は、文字どおり夕刻のL.A.をイメージさせるバラード。ナベサダさんのフルートが、とても上品なムードを生み出しています。この時代はカリフォルニア、とりわけL.A.が“イケてる街”として注目されていただけに、タイトルにもぐっとくるものがありますね。

そして、キャッチーなメロディとシャープなリズムが印象的な「浜辺のサンバ」「ミュージック・ブレイク」、「カリフォルニア・シャワー」に通じるグルーヴ感がある「マライカ」が終わると、おなじみのタイトル曲「マイ・ディア・ライフ」で幕を閉じるという構成。

いまも聴きながら書いているのですが、これはやっぱりいい曲だなぁ。繰り返しになりますけれど、聴くたびに中学1年生のころの部屋の光景が蘇ってきます。

ナベサダさんは1933年2月1日生まれだそうなので、今年で86歳。自身のルーツであるビバップに回帰した2017年作『リバップ』など、近年も素晴らしい作品を送り出していますが、『マイ・ディア・ライフ』のころはまだ40代だったわけです……って当然すぎる話なのですけれど、「人に歴史あり」って感じですね。

そして改めて彼の作品に耳を傾けているとなぜか、「僕もがんばらなきゃな」と前向きな気持ちにもなれるのでした。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『マイ・ディア・ライフ』
渡辺貞夫






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」