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【10/12更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/10/12
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
カーペンターズ『シングルズ 1969-1981』
思春期の甘酸っぱい思い出をさらに際立たせてくれるのは、立体感のあるハイレゾ・サウンド


初めて彼女ができたのは、小学1年生のときでした。

誰かにそのことを話すたび、「早!」などという反応が返ってくるのですが、そもそも女の子への初告白も幼稚園のときだったしなー。

「○○ちゃん、大人になったら結婚して!」
「う~ん、いいけど、△△くんからも言われてるから……」

こんな会話をしていたのですから、なんともマセた幼稚園児です。で、そんなマセガキは小学校に上がってすぐ、●●さんという女の子と相思相愛の仲になり、結婚の約束までしたのでした。

ところがそのことを、よく一緒にいたKくんという男の子にバラされてしまったのです。よくあるケースです。

「いんなみくんと●●さん、けっこんするんだって?!」

こんな話を聞かされたら、クラス中が沸き立つのは当然です。かくして30数人の児童たちは、不思議なグルーヴ感に包まれることになったのでした。そしてそんななか、謎の使命感みたいなものに背中を抑えた僕はすっくと立ち上がり、クラスの全員を見回しながらこう言い放ったのです。

「ほんきだからね!」

さあ大変。火に油を注いでしまいました。あっという間に、やんややんやの大騒ぎです。なんだか知らないけど、担任の先生までおもしろそうに笑っていたのを覚えています。

そんなわけで僕らは公然の仲となったのです……といっても小学生ですから、一緒に遊んだりしていただけですけどね。

ところが、そんな関係はあっけなく終わることになりました。終わるというより、バンドに例えるなら「活動停止」(なぜバンドに置き換える?)。●●さんが重い病気にかかり、長期入院することになったからです。

たしか彼女が学校に戻ってきたのは6年生のころで、しかもクラスが違っていたのでだんだん距離が広がっていきました。でもなぜか中学に上がると、(なにがきっかけだったのかは定かではないのですが)また交流がはじまったのでした。

ただし、そのころは思春期ですから、小学1年生のときのように「結婚しようねー!」などと盛り上がれるはずもありません。だから「交際」ではなく「交流」なのです。一緒にいることは多かったのだけれど、でも、つきあっていると言い切れる自信もなく、ただ中途半端な関係を続けていたのです。

カーペンターズが来日するというニュースが飛び込んできたのは、そんな時期のことでした。いま調べてみたら、それは1976年の3月15日と16日の日本武道館公演。ということは、中1の3学期だったことになります。

僕が小5のときに初めて買った洋楽のシングル盤は、カーペンターズの「Please Mr. Postman」でした。あのころはカーペンターズの全盛期で、ラジオをつければ流れてくるような状況。そんななか、いつしかファンになっていたのです。

だから、来日するならぜひ観に行きたいと思っていました。そして、そのことに思いを巡らせるうち、ひとつの決心を僕はしたのでした。

「チケットが2枚あるから、一緒にカーペンターズを観にいかない?」
「うん、いいよ」

そう、●●さんを誘ったのです。ちなみに、チケットが2枚あったわけではなく、お年玉を使って2枚買っておいたことはいうまでもありません。しかし、それはともかく、僕はこうして●●さんとの「カーペンターズ・デート」のチャンスを得たのでした。

ただ正直なところ、「あまりにも、うまくいきすぎたのではないか?」という思いを否定しきれなかったのも事実。だから公演日直前まで、なんともモヤモヤした思いを引きずっていたのでした、

でも、振り返ればそれは「予感」だったのです。それが明らかになったのは、公演日の前日にかかってきた●●さんからの電話でした。

「ごめん、やっぱり私行かない」

コミュニケーションをテーマにしたビジネス書などには、「伝えたいことはシンプルに」と書かれていることがあります。たしかに、●●さんの言葉はシンプルだからこそ余計に、僕の胸に鋭く突き刺さりました。●●さんには当時から、ビジネスパーソンとしての素養があったのかもしれません(話を飛ばすな)。

翌日、日本武道館には予定どおりカーペンターズが現れました。そして僕は2階席から、彼らの姿を眺めていました。2歳年下の弟と一緒に。

たしかアンコールは一曲しかやってくれなくて、しかも、なかなかステージに戻ってきてくれませんでした。だから、かなり長時間、アンコールを求める拍手をしつづけていたような気がします。2歳年下の弟と一緒に。

カーペンターズは相変わらず大好きで、いまでも年に数回は聞きます。LPレコードも数枚、CDも数枚持ってはいるのですが、最近はもっぱら、この『シングルズ 1969-1981』ばかりをハイレゾで聴いています。

21曲も入ったベスト盤なので、当時を懐かしむには最適……という理由もあるにはあるのですが、それ以上に重要なのは「音質」です。

カーペンターズのサウンドって、温かみがあってキレもよく、音像自体が心地よいじゃないですか。もともと、僕にとってはその点も重要なポイントだったのですが、ハイレゾで聴いてみると、その持ち味がさらに際立つのです。

いま、これを書いている背後には「Only Yesterday」が流れています。そうそう、これは1975年の『Horizon』というアルバムからのヒット・シングルでしたよね。『Horizon』は初めて買ったカーペンターズのLPだったので、とても鮮明に覚えています。

そして、こうして聴いていると、キラキラしたサウンドの狭間から小学校高学年?中学生時代あたりの記憶がこぼれ落ちてくるようで、なんだか泣けてきますわ。

●●さん、どうしているかな? 数年前にSNS上では挨拶を交わしたことがあったのだけれど、まだ一度も再会はしていません。でも、ここに書いてきたような話が甘酸っぱすぎるんで、なんだか気恥ずかしくて会えそうにもないや。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『シングルズ 1969-1981』
カーペンターズ






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」