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【5/25更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/05/25
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Live!』
「レゲエ」という音楽を世界的に知らしめることになった、鮮度抜群のライヴ・アルバム


「あのな、観客が“ノッてる”んやない。“酔ってる”んや」

シンガーソングライターのばんばひろふみさんは、受話器の向こうからそう熱く語るのでした。いかにも興奮を抑えきれない感じ。1979年4月の夜のことでした。

そのころ高校生だった僕が、なぜばんばさんと接点があったのか? そのことについては、ザ・ドゥービー・ブラザーズ『Stampede』の回で明かしていますので、よろしければそちらをお読みください。

それはともかく、ばんばさんが興奮していた理由です。そのとき彼は、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの初来日公演を観たばかりだったのです。だから、そのときのことを教えてくれたわけ。

当時は「あのボブ・マーリーが日本に来る!」と、けっこうな大騒ぎになったことをおぼえています。本当は僕も行きたかったんですけどね。でもお金のない高校生だったから、「次に来たときに絶対に行こう!」と泣く泣く諦めたのでした。

エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』をご紹介した回で、同アルバムからボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」がヒットした1974年には、まだレゲエというジャンル自体がまだ日本では知られていなかったと書きました。

通の間でそこそこ話題になってはいたと思いますが、それでも情報は限定的でした。そもそも“REGGAE”の読み方も、「レゲ」とか「レガエ」を経て「レゲエ」に落ちついたくらいですから(「これがレゲだ!」という帯がついたコンピレーション・アルバムを見て、なんだか吹き出しそうになった記憶あり)。

「レゲエって知ってる?」
「ん、ちゃか、ん、ちゃか、っていう音楽でしょ」

冗談ではなく、多くの人がそんなふうに真剣に話していたのです。

僕の記憶が正しければ、そのジャンルの認知度が高まったのは1975年のこと。今回取り上げる、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのこのライヴ・アルバムがきっかけでした。

もちろん僕も同じでした。なにしろクラプトンの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」しか知らなかったわけですし、それを耳にして「ほう、これがレゲエなのか」と思ったわけでもなかったのですから。

というよりも、ここで確認できるボブ・マーリーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」とクラプトンのそれは、まったく別ものだと感じたほどです。

クラプトンのカヴァーが劣っているということではなく、それどころか、めちゃめちゃかっこいい。けれど、本家による「オリジナル・レゲエ」とは、説得力がまったく違っていたのです。

1975年の7月にロンドンのライシアム・シアターで開催された、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ公演を収録したライヴ・アルバム。シングル・カットされた「ノー・ウーマン・ノー・クライ」が全英でヒットして、そののちアメリカでもチャート・インしたのでした。

ちなみにそのLPに収録されていたの、はA面に「トレンチタウン・ロック」「バーニン・アンド・ルーティン」「ゼム・ベリー・フル」「ライヴリー・アップ・ユアセルフ」を、B面に「ノー・ウーマン・ノー・クライ」「アイ・ショット・ザ・シェリフ」「ゲット・アップ、スタンド・アップ」。

つまりは全7曲、33分ちょっとという短さだったのですが、それでも不満を感じさせなかったのは、やはりそのパフォーマンスが素晴らしいからだったのだと思います。

多くの人を驚かせた「ん、ちゃか、ん、ちゃか」というリズムにはとてつもないインパクトがあり、そこを軸としたグルーヴ感も圧倒的。そしてもちろん、ボブ・マーリーの存在感も。

音の端々から、いろいろな“感覚”が伝わってきたのです。


僕がこのアルバムを買ったのは、たしか高校1年生のとき。リリースから3年後くらいですが、買ってからはしょっちゅう聴いていました。このアルバムが流れていた自室の光景を思い出せるほど。

そんな経験があるからこそ、あのとき以来さんざん聴いてきたこのアルバムをハイレゾで聴きなおすと、なんとも感慨深いわけですよ。特に感じる音の違いは「距離感」かな。アナログで聴いたときは考えもしなかったけれど、「あのときマーリーは歌いながらマイクに近づいたり離れたりしてたんだな」ってことがよくわかるのです。

バック・ヴォーカルのアイ・スリーズも、ちょっと手を伸ばせば届きそうな場所にいる感じだし、いろいろな意味でリアリティがあるわけです。

そして重量感。たとえば「ゲット・アップ、スタンド・アップ」のバック・トラックをチェックしてみれば明らかなとおり、ずしっとくる重たさが気持ちいいったらありゃしない。

あからさまな違いがあるわけではないけれど、聴き込めば聴き込むほどハイレゾの底力を実感できるような感じだといえばいいのかな。

ちなみにe-onkyoに入っているのは、2016年にアナログ3枚組ボックス・セットとしてリリースされた「完全版」です。先述したとおり7曲しか入っていなかったオリジナル版とは違い、1975年7月17、18日両日の音源を完全収録しているのです。

だからオリジナル版を聴き慣れた人には新鮮でしょうし、初めて聴く人も、そのボリューム感に圧倒されるはず。ぜひともこの機会に聴いてほしいところです。



さて、さきほど、ばんばひろふみさんから日本公演の話を聞いて「次に来たときに絶対に行こう!」と思ったと書きました。が、結局のところ、その思いは叶わなかったのでした。

なぜって来日から2年後に、マーリーは他界してしまったから。

だからこそ、「くそぅ、親を質に入れてでも行っておくべきだった……」と、不謹慎なことを感じずにはいられないのです。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Live![Deluxe Edition]』
/ ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ




『461 Ocean Boulevard』
/ Eric Clapton






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」