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【5/6更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/05/06
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』
「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作


前回、僕が音楽にのめりこむきっかけをつくってくれた「S本のお兄ちゃん」の話をしました。そこにも書いたように彼からの影響はとても大きかったわけですが、今回書こうと思っているエピソードは、その第2回目。

僕が少年だった時代は、音楽の価値はとても大きなものでした。そして少なくとも男の子であれば、小学5、6年生あたりになると、ラジカセが欲しくなったりするのでした。

音楽を聴くための重要な情報源はラジオでしたし、ラジオから録音できれば、その音楽をいつでも聴くことができたからです……って書いてて思ったのですが、音楽を聴くためにそこまで苦労しなければならなかったなんて、いまでは考えられないことですよね。

でも、そういう体験があったからこそ、音楽への愛情や好奇心が育ったのだろうとも思います。読者のみなさんのなかにも、同じような経験をしてきた方は多いと思うのですが。

ところが、うちの親は「ラジカセが欲しい」と言えばホイホイ買ってくれるような人ではなかったので、僕は結局、いつまでたってもラジカセなんか手に入れることができなかったのでした。週に何度も近所の電気屋に足を運び、陳列されていた憧れのラジカセをいじっていたのはいい思い出。

しかしそんなとき、あることが起こりました。そして、それが僕の音楽熱をさらに高めてくれることになったのでした。

「これ、いる?」

いつものように部屋に遊びに行ったら、S本のお兄ちゃんが、ボロボロの小箱のようなものを差し出したのです。いかにも年月が経っていそうな、使えるのかどうかもわからないトランジスタラジオでした。

試しに電源を入れてみたら、「ガー」「ピー」と音がしました。そしてチューニングを合わせると、どこかのラジオ局につながりました。使えるわけです。

「いる! いる!」

瞬間的にそう答えていたのは当然の話で、それ以来そのラジオは、僕の日常に欠かせないものとなりました。ラジカセのように録音はできないけれど、とりあえず音楽を聴くことはできるようになったからです。

夜になるとベッドにもぐり込み、スピーカーに耳を密着させ、あるいは質の悪いイヤホンを片耳に差し、ラジオの世界に入り込んでいきました。

そんななか、たまたま知った番組に衝撃を受けました。DJが、なんだか気持ち悪いしゃべり方をしながら、それまで聞いたことがなかったような音楽を次々とかけてくれたのです。その音楽は、聴いているだけで体が動いてしまうような感じでした。

「夜更けの音楽フアン(ファンではなく、「フアン」)、こんばんは。朝方近くの音楽フアン、おはようございます」
「ゴーゴーゴー、アンド、ゴーズ・オン!」

それは伝説のDJとして知られる糸居五郎さんの、「ソウル・フリーク」という番組でした。「気持ち悪いしゃべり方」だなんて失礼な話ですが、子どもにとってはかなりのインパクトがあったのです。これは、彼のしゃべり方を知っている方ならわかっていただけると思います。

いずれにしても、その番組を通じ、僕はソウル・ミュージックを知ることになったのでした。そして、結果的にはそれが、自身の大きなバックグラウンドになっていったのです。

マーヴィン・ゲイのような大御所からホット・チョコレイトなど通好みのグループまで、「ソウル・フリーク」では多くのアーティストの楽曲を聴くことができました。

また、「ソウル・フリーク」以外のヒット・チャート番組でも、スタイリスティックス、スリー・ディグリーズなどがランクインしていました。当時は、ソウル・ミュージックがとても流行っていたのです。

そんななか、特に大きなインパクトを投げかけてくれたのがスティーヴィー・ワンダーでした。6年生のとき、一歳年上の従兄弟と『ファースト・フィナーレ』というアルバムの話をして盛り上がった記憶が残っているのですが、それ以上に衝撃的だったのは、1972年の『トーキング・ブック』というアルバムです。

この作品がリリースされたころ、僕は10歳だったので、リアルタイムで耳にしたわけではありません。おそらく『ファースト・フィナーレ』からその前年の『インナーヴィジョンズ』、そして『トーキング・ブック』へとさかのぼっていったのではないかと思います。

いや、当時はラジオをつければスティーヴィー・ワンダーの曲が聴けるくらいの勢いだったので、それらを一気に吸収していたという可能性もあります。いずれにしてもこの数年で、スティーヴィー・ワンダーという人のすごさを真正面から感じることになったのです。

特に衝撃的だったのは、このアルバムから大ヒットした「迷信(Superstition)」というシングルでした。もともとジェフ・ベックが在籍していたベック・ボガート&アピスのために書かれたものの、スティーヴィー版が先にヒットしてしまったといういわくつきの楽曲。

いずれにしても圧倒的な迫力で、この曲をきっかけとして僕は“グルーヴ(groove)”という概念を理解したのでした。「印南敦史の ルール無用のクラシック」の朝比奈隆, 大阪フィルハーモニー交響楽団 『ブルックナー:交響曲 第8番 (ハース版)』の記事にも書きましたが、簡単にいえば、黒人音楽特有の「うねり」のようなものですね)。

ちなみに番組名は覚えていないのですが、そのころにテレビで、スティーヴィーが「迷信」を歌う場面を見たことがありました。印象的なのは、クラヴィネットというエレクトリック・キーボードを弾くスティーヴィーの指が、鍵盤と一体化しているように感じられたこと。

それ以前から糸居五郎さんの「ソウル・フリーク」でいろんなソウル・ミュージックを学んでいたとはいえ、映像を見せられると、やはり衝撃的だったのです。

しかも、メロウな質感が心地よいもうひとつの大ヒット・シングル「サンシャイン(You Are the Sunshine of My Life)や「アナザー・ピュア・ラヴ(Lookin’ For Another Pure Love)、クラヴィネットのねちっこいグルーヴがポイントになった「メイビー・ユア・ベイビー」、バラードの「アイ・ビリーヴ(I Believe(When I Fall In Love It Will Be Forever))など、すべての楽曲が完璧のひとこと。

このアルバムが長く名盤として語り継がれていることは、いま聴きなおしてみてもはっきりとわかります。

そしてこの原稿を書くにあたってハイレゾで改めて聴きなおしてみた結果、また新たな発見がありました。あたり前といえばあたり前なのですが、音のクオリティがとてつもなく高いのです。予想はしていたのですけれど、予想をはるかに上回っていた感じ。

ひとつひとつの楽曲粒立ちがよく立体的で、スティーヴィーの声も何重ものレイヤーのように耳に伝わってきます。なにしろ影響を受けたアルバムであり、10数年前に再発されたCDではライナーノーツも書かせていただいたので、すべてを知り尽くしているといっても過言ではありません。にもかかわらず、初めて聴いたかのような新鮮さがあるのです。

そんなこともあり、過去に本作を何度も聴いてきた人には特に、これをハイレゾで再体験してほしいと思います。きっとビックリするから。



もしもあのとき、S本のお兄ちゃんがトランジスタラジオをくれなかったら、僕はソウル・ミュージックと出会えなかったかもしれません。つまり、人生の方向性が変わっていたという可能性も否定できないわけです。そう考えても、S本のお兄ちゃんには感謝するしかありません。

これ以外にも、まだまだ受けた影響はたくさんあるんですけどね。でも、それはまた、次の機会に。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Talking Book』
/ Stevie Wonder




『Innervisions』
/ Stevie Wonder




『Fulfillingness' First Finale』
/ Stevie Wonder






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」