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【1/25更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/01/25
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
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ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー

e-onkyo musicを、あてもなくいろいろ検索するのが日課になっています。

ぶっちゃけ、どんな出会いがあるか、予測もつかないじゃないですか。いってみれば、誰と出会うかもわからない気ままな旅みたいなもんで(クサいほどキザだな)、なかなか楽しみがいがあるんですよねー。

事実、今回も素敵な再会がありました。うれしいことに、懐かしのスタイリスティックスを発見することができたのです。

オリジナル・アルバムではなくベスト盤ではありますが、それでも十分に満足だな。なにしろ、ヒット曲がたくさんあるグループですからね。ベスト盤にふさわしいわけです。

少年時代から慣れ親しんできた、僕の世代にとっては欠かせないグループです。だから聴いていたら、あんなことやこんなことを思い出してしまいました(どんなことだよ?)。おそらく、共感してくださる方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、スタイリスティックスについて書いてみたいと思います。というのも彼らに関しては、ちょっといい思い出があるのです。

スタイリスティックスは、1968年にフィラデルフィアで結成され、1971年にデビューしたコーラス・グループです。最大の魅力は、ラッセル・トンプキンス・Jr.というリード・ヴォーカリストの、女性のようなファルセット・ヴォイス。その歌声がコーラス、そしてメロウなサウンドとあいまって、極上の世界を生み出していたのでした。

「ゴーリー・ワウ」「ユー・アー・エヴリシング」「愛がすべて」などなど数多くのヒット・ナンバーが生まれましたから、きっと記憶に残っているはず。

きちんとしたバックグラウンドを持つソウル・コーラス・グループなのですが、その音楽性は聴き手を限定しないものであっただけに、ソウル・ミュージックに詳しくない一般のリスナーをも巻き込む力があったのです。

そのぶんゴリゴリのソウル・マニアからは軽く見られがちでもあったのですけれど、そんなことは気にする必要なし。作品がよければ、理屈なんか太刀打ちできないのですからね。

僕が初めて彼らのことを知ったのは、たしか小学校5年か6年のときだったと思います。そのころ彼らはすでにヒット・グループで、ラジオでひんぱんにかかっていたからです。

アルバムでいえば、1973年の『Rockin’ Roll Baby』、1973年の『Let’s Put It All Together』と『Heavy』あたりが特に印象に残っているかな。1歳年上の従兄弟と、スタイリスティックス談義をしていた記憶があります。

そんなこともあり、当時の僕にとっても、スリー・ディグリーズと並ぶお気に入りのグループだったのです。

ところがあのころ華々しい実績を築き上げたスタイリスティックスも、70年代中期以降は失速していったのでした。彼らのせいではなく、それは時代の必然だったのかもしれません。なにせ当時は、ディスコの時代でしたからね。

それ以前のスタイリスティックスにもディスコっぽいナンバーはたくさんあったし、それらは魅力的でもあったのですけれど、シーン全体がディスコ一色に染まってしまっては、やはり継続してヒットを出すことは難しかったのかもしれません。

だから、あれだけ影響を受けてきた僕も、いつの間にかその名を忘れていったのでした。調子のいい話ですね。

そんな僕がひさしぶりに彼らの歌声を耳にしたのは、1985年のこと。その年にインディ・レーベルから出た『Some Things Never Change』というアルバムによってでした。ラッセル・トンプキンス・Jr.のファルセット・ヴォイスはまったく変わっていなくて、10年近く前の記憶が一気に目の前に現れました。

そんなことがあったから、その2年後、1987年に立川の昭和記念公園で開催された「Black Heritage Festival」という屋外イヴェントでラッセルの声を聞いたときには、誇張抜きで号泣してしまったものです(泣くなや)。

さて、話はここで終わるわけではありません。

それからまた数年後、音楽ライターになった、1994年のことだったと思います。ある日、とあるプロモーターから一本の電話をもらったのです。

「今度、スタイリスティックスを呼ぶのですが、パンフレット用にバイオグラフィを書いていただきたいのです。つきましては、メンバーにインタビューしていただきたくて」

マジスカ?

ちょっと、電話の向こうにいる人が、なにを言ってるのか理解できませんでした。あまりにも非現実的だったからです。

小学生のときに魅了され、20代のころに泣かされた、あのスタイリスティックスに会える?

かくして僕はその数週間後、いまは亡き新宿の厚生年金ホールへ出向き、楽屋でスタイリスティックスと対面したのでした。

イルカのようなおでこをしたラッセル・トンプキンス・Jr.と話をしたとき、不覚にもまた涙があふれてしまいました。どうやらスタイリスティックスには、僕の涙腺を刺激する能力が備わっているようですね。ラッセルが「おやおや」というような、優しい表情をしていたことをはっきり覚えています。

薄暗くて殺風景な楽屋での、ほんの數十分の出来事。でも、本当にいい思い出。

インタビュー終了後は、用意していただいた厚生年金ホールの客席で、彼らのライヴを見せてもらいました。

「ついさっき、俺はスタイリスティックスに会ってきたんだぜ。話をしたんだぜ」

もちろん、心のなかで盛り上がっていただけの話です。けれど、できることなら誰かに話しかけてみたいとも思いました。それくらい興奮していました。

しばらくすると会場が暗くなり、やがてスポットライトに照らされながら、さっきまで一緒にいたスタイリスティックスがステージに現れました。僕はその姿を、一瞬たりとも見逃すまいと思いながら見ていました。

『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』を聴いていたら、そんな、小学生時代からの長い記憶が一気に蘇ってきたわけです。ダサい表現だけど、音楽って時代を超越するんですよね。

でも、それは僕だけに限ったことではないと思うのです。スタイリスティックスのファンひとりひとりのなかに、彼らにまつわる思い出があるはずだということ。だから、いま改めて聴いてみれば、過去のどこかの記憶が、きっと頭のなかに浮かんでくると思うのです。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト 【K2HD】』
/ スタイリスティックス






印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」