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【6/8更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/06/08
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
デレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』
エリック・クラプトンが在籍したブルース・ロック・バンドが残した唯一のアルバム


高校2年だった1979年、修学旅行を翌日に控えた10月30日のこと。よく晴れた日でした。僕はその日、いつものように学校に行ったものの、妙に落ち着かなくて“いやな感じ”に悩まされていました。

別に体調が悪かったわけではないのです。でもなんだかモヤモヤして、静かに座ってもいられないような状態。ずーっと我慢していたのですが、やがて不快感は頂点に。

そこで仕方なく3時間目が終わったところで、「印南、バックレかよー」というクラスメイトの声に軽くおどけながら早退したのでした。

地元の駅にたどり着くと、我が家の近くから真っ黒い煙が上がっているのが見えました。「あ〜あ、隣の家、とうとうやらかしやがったな。だらしなかったもんなー」とか、信号を待ちながら失礼なことを考えていました。

ところが、近づくにつれてひとつのことに気づきました。隣の家はまったく燃えていなくて、燃えていたのは僕の家だったのです。学校で落ち着かなかったのは、いわゆる「虫の知らせ」というやつだったのかもしれません。

火元は二階だったようで、道路側にあった弟の部屋の窓から、真っ黒な煙が出ていました。絶望的な気持ちが、頭のなかに満ちていくのがわかりました。口を開けて火事を眺める野次馬を、心の底から軽蔑しました。

二階には道路側から順番に弟の部屋、僕の部屋、祖母の部屋があったのですが、火元は祖母の部屋でした。驚くべきことに、煙草を吸って火を消し(たつもりで)、吸い殻を紙にくるんでくずかごに捨てて外出したというのです。もともと暴言の多いパンクなばーちゃんではあったのですが、そりゃー燃えますわ。カンベンして。

ありがたかったのは、近所の人たちがみんなで荷物を持ち出してくれたことです。そしてそれらの荷物は、僕が火元扱いした隣の家に運び込まれました。会社を経営していたというその人の大きな家には、使われていない半地下の広い部屋があったのです。

そしてその家の奥さんは、「どんどん使ってー」と好意的にその部屋を貸してくれました。「だらしない家だから」とか、一瞬でも思った自分を恥じたのはいうまでもありません。

ともあれ翌日から、僕はひとりでその部屋にこもり、焼けずにすんだ荷物を整理することになったのでした。いま思えば、そのとき家族がなにをしていたのかは謎なのですが、ひたすらひとりで作業していた記憶は残っています。もちろん修学旅行は行けずじまいでした。

あのとき、いろんな人に助けてもらったわけで、とても感謝しています。特にぐっときたのは、ひとつ年上の従兄弟であるKくんの配慮でした。彼は横浜の家から、ラジカセとたくさんのカセットテープを持ってきてくれたのです。

「音楽がないとキツいでしょ」

いかにも、同世代ならではの配慮でした。そのとおりで、半日で自分のすべての持ち物を失ってしまった僕は、とにかく音楽に飢えていたのです。だからとてもありがたく、以後はそのカセットを聴きながら荷物の整理に励みました。

本当に、あのラジカセとカセットがなかったらどうなっていただろう? いまでもよく思います。そして、あのときカセットに納められていたアルバムの数々は、いまでも心にしっかりと貼りついています。

今回ご紹介するデレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』も、そのなかのひとつ。これを聴くといまだに、隣の家の、光がよく差し込む半地下の部屋のことを思い出すのです。

伝説のバンドとして知られるクリーム解散後、短命に終わったブラインド・フェイスを経て、エリック・クラプトンがアメリカで結成したバンドがデレク・アンド・ザ・ドミノス。

アトランティック・レーベルで多くの偉業を成し遂げてきたトム・ダウドがプロデュースを手がけ、1970年にリリースされた本作は、エリック・クラプトンの代名詞としても有名です。

ちなみにメンバーはクラプトン、ボビー・ウィットロック(キーボード、ヴォーカル)、カール・レイドル(ベース)、ジム・ゴードン(ドラムス)ですが、全14曲中11曲に、オールマン・ブラザーズ・バンドのデュアン・オールマンがゲスト参加。そのリード・ギターとスライド・ギターは、このアルバムにピリッとしたアクセントを加えています。

オープニングの「アイ・ルックト・アウェイ」「ベル・ボトム・ブルース」とレイドバックした楽曲から始まり、「キープ・オン・グロウィング」でぐっと雰囲気が持ち上がり、超シブいブルース「だれも知らない」につながり……と、派手ではないながらもバラエティに富んでいて、つい聴きこまずにはいられない充実作。

オリジナル・アルバムは2枚組、計77分におよぶ大作ですが、まったく聴き飽きることはありません。なかでも際立っているのは、LPだとD面にあたる「Little Wing」以降。代表曲「いとしのレイラ」につながるその流れは、何度聴いてもスリリングで、そして感動的です。

なおe-onkyoでは、リリース40周年記念として2010年に発表された40th Anniversary versionを耳にすることが可能。アナログならではの持ち味がさらに際立っており、抜群の聴きごたえです。

私ごとですが、今月中旬に亡き父の十三回忌があります。その際、ラジカセとカセットを持ってきてくれた従兄弟に、改めてお礼を言おうと思っています。考えてみると、きちんとそのことを伝えたことがなかったような気がするので。

だから僕にとって、その法事はとても重要なものになるのです。




◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Layla And Other Assorted Love Songs [UMGI Single Part Release] -- remastered - 40th Anniversary version - 2010]』
/ Derek & The Dominos






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」