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【6/29更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/06/29
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ジョー・サンプル『渚にて』
フュージョン・シーンを代表するキーボード奏者が、ザ・クルセイダーズざ移籍時に送り出した珠玉の名盤


1962年生まれの僕が中学・高校生だった1970年代、喫茶店は音楽情報に触れるための重要なスポットでした。「コーヒーショップ」とか、「コーヒー専門店」と言われていたようなお店です。

チェーン店なんかほとんどなく、個人店が多かったあのころは、たいていのお店にオーディオ・システム(といっても普通のステレオだったり)があり、店主や店員さんが好きなレコードをかけていたのです。

つまりそこへ行けばいろんなレコードを聴けるわけで、僕も父親の財布から小銭を盗んでは、何軒かのコーヒーショップに通いつめていました。

いまにして思えば、あの時代は日本のコーヒー文化のファースト・ウェーヴだったのでした。次いでスターバックスコーヒーが銀座店を開いた1996年からセカンド・ウェーヴがスタートし、スペシャルティ・コーヒーが登場した2003年を経て、2010年代にはブルーボトル・コーヒーを筆頭格とするサード・ウェーヴが訪れたわけです。

もちろん当時はそんな波のなかにいたことを自覚していませんでしたが、早くからコーヒー文化に親しんでいたおかげで、高校時代には手動のミルで豆を挽き、ペーパードリップでコーヒーを淹れていたりもしていました。

コーヒーを淹れるテクニックを教えてくれたのは、近所にあった「G」というコーヒーショップでした。僕はそこでコーヒーを、そして音楽を学んだのです。14歳くらいから通いはじめ、16歳のころにはアルバイトするようになり、やがてはコーヒーを淹れるようにもなっていました。

その店の常連は高校生から大学生、社会人だったので、同年齢もしくは年下の僕が、カウンターに入ってコーヒーを淹れていたというのは、考えてみると不思議な光景だったかもしれません。

「G」のマスターは、おそらく当時20代後半くらい。アフロヘアにベルボトムジーンズがトレードマークだったので、すでにサーファー文化が定着していた時代にあって、ファッション的にはちょっと遅いタイプだったかもしれません。

でも長身だったから不思議と似合っていたし、音楽のセンスが抜群だったのです。

店のドアを開けるとする真正面、カウンターの隅にステレオとレコードがありました。アルバイトをするようになってからは、コーヒーを淹れることと同じくらい、そこにあるレコードを自由に聴けることがうれしくてたまりませんでした。

マスターが特に好んでいたのは、当時の主流だったクロスオーヴァー/フュージョンやAOR。僕もそのあたりのジャンルをリアルタイムで聴いてきた世代ですが、情報源はもっぱら「G」だったように思います。

話題になっているレコードはだいたい揃っていたし、そこでよくかかっていたものが、数ヶ月後には世間でもヒットするというようなこともよくありました。おいしいコーヒーを淹れる技術だけでなく、いい音楽を見逃さないセンスをマスターは持っていたのです。

あのころ、よくかかっていたレコードで特に印象的だったのが、ジョー・サンプルの2枚のアルバム、1978年の『虹の楽園(Rainbow Seeker)』と翌年の『渚にて(Carmel)』です。

ジョー・サンプルは、『Street Life』のヒットで知られるフュージョン・グループ、クルセイダーズのキーボード奏者。ソフトなタッチでありながら、すぐに「あ、これはジョー・サンプルだな」とわかる個性的な音色が魅力です。

虹の楽園(Rainbow Seeker)』と『渚にて(Carmel)』は、そんな彼がクルセイダーズ在籍時にリリースしたソロ・アルバム。まずは『虹の楽園(Rainbow Seeker)』でソロ・アーティストとしての技量を見せつけ、次いで『渚にて』で、さらに成熟した姿を見せつけてくれたという印象があります。

本人以下、ヒューバード・ロウズ(fl)、ディーン・パークス(g)、ポール・ジャクソンJr.(g)、エイブラハム・ラボリエル(b)、バイロン・ミラー(b)、クルセイダーズのスティックス・フーパー(ds)、ロバート・ウィルソン(ds)、ポウリーニョ・ダ・コスタ(per)と、参加メンバーも豪華そのもの。

広がりを感じさせる冒頭のタイトル曲にはじまり、繊細なタッチのキーボード・プレイが印象的な「淡彩画」、弾むようなリズムが心地よい「カナリー・ロウ」、メロウなグルーヴ感が素晴らしい「雨のモンタレー」、シャキッとした統一感にインパクトがある「サンライズ」、キーボードの上品なタッチに力量が反映された「ミッドナイト・アンド・ミスト」、そしてラストにふさわしいバラードの「昨日より美しく」と、全7曲が驚くほどの完成度の高さ。

この時代のフュージョンのおいしいところだけを、ぎゅっと凝縮したような密度の濃さです。しかも、もともとの録音がしっかりしているだけに、ハイレゾで聴きなおすとまた鮮度が高まるような印象。ひとつひとつの音の粒立ちがとてもよく、何度でも繰り返し聴きたくなるような魅力があります。

「G」のマスターは音にうるさい人だったから、いま、このハイレゾ・サウンドを聴いたらどう感じるんだろう?

そんなことを、ふと思ったりもしました。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『カ渚にて』/ ジョー・サンプル




『虹の楽園』/ ジョー・サンプル






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」