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【2/8更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/02/08
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ビル・ウィザース『スティル・ビル』
コンプレックスを抱えた苦労人だからこそ表現できる、暖かく、聴く人の心に寄り添うようなやさしい音楽


先日、「ニューズウィーク日本版」での連載で、『吃音の世界』(菊池良和著、光文社新書)という本を紹介しました。タイトルからもわかるとおり、「吃音」をテーマにしたもの。

そこでも触れているのですけれど、僕は中学1年生のとき、吃音を持つ職人さんと仲よくなったことがあります。その年に父が家を建てたのですが、建築現場に出入りしていた左官屋さんです。

誰とも接点を持とうとせず、黙々と仕事をする人でした。その理由について母から、「吃音があるから、人と関わりたがらない人なのだ」と聞いていました。

でも、だからといって避ける必要もないし、いつの間にか仲よくなっちゃったんですよね。その人も、僕にだけは心を開いてくれたし。理由はわかりませんが、なにかお互いに感じるものがあったのかもしれません。

ある夕方、他の職人さんが帰ったあとも仕事を続けるその人の横で、だらだら雑談をしていたときのこと。彼が、激しくどもったのです。別に驚きもしませんでしたが、ただ僕はそのとき、思わずクスッと笑ってしまったのです。もちろん悪意はなかったのだけれど、つい。

ものすごく後悔したのですが、その人は怒るどころか恥ずかしそうに「へへっ……ど、どもっちゃうんだよ……」と言ったのです。そのことばを聞いたとき、なんだかその人に、それまで以上の好感を持ちました。

うまく言えないのだけれど、すごく心に残っている出来事なのです。そして、ビル・ウィザースの音楽を聴くたび、僕はその人のことを思い出しもするのです。なぜって、ソウル・ミュージックにおける重要人物であるこのアーティストも、吃音を持っていたから。しかもそのせいか、あの左官屋さんがそうであったように、とてもシャイな性格なのです。

だから一般的に「ビル・ウィザース」として知られるようになる前の彼は、そもそもミュージシャンになろうとは考えてもいなかったようで、飛行機のメカニック、牛乳配達、工場での流れ作業など、いろんな仕事を転々としながら生計を立てていたそうです。

しかしその後、トイレ設置の仕事をしながらつくったデモ・テープがレコード会社に評価され、晴れて成功への道が開けたというのですから、人生なにが起こるかわかりません。

注目すべきは、名曲「エイント・ノー・サンシャイン」を生んだファースト・アルバム『ジャスト・アズ・アイ・アム』でデビューしたときには、すでに33歳だったこと。

「作品さえよければ年齢なんて関係ない」という考え方もあるでしょうが、現実問題としてアーティストの年齢は非常に重要なポイントです。

僕自身、好きだった30代のアマチュア・ミュージシャンをレコード会社の人間に紹介したことがあったのですが、そのときディレクターから返ってきた答えも「でも、おばさんじゃん」というものでした。

レコード会社はレコードを売るのが仕事ですから、そのあたりにもシビアなわけです。そういう意味でも、33歳でのデビューとは異例中の異例なのです。

けれど、それでも彼の作品は大きく受け入れられました。その音楽には、聴く人の心にそっと寄り添うようなやさしさがあるからです。それは、コンプレックスを抱えているからこそ実現できた表現なのかもしれません。

そのニュアンスは、今回ご紹介するセカンド・アルバム『スティル・ビル』を耳にしていただければ、すぐにわかると思います。

多くのアーティストがカヴァーしていることでも有名な「リーン・オン・ミー」は、彼の代表曲のひとつ。「気弱になっているときには僕を頼ってくれ」という歌詞も、しみじみと心に響きます。

クールな印象が魅力的な「ユーズ・ミー」は、自動車のCMに使われたこともありました。

他の曲もそれぞれがやさしさをたたえていて、グルーヴ感も満点。ソウル・ミュージックのいいところを凝縮したような、とても心地よい作品です。

ちなみに彼は、以後もグローヴァー・ワシントン・Jr.との共演「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」など数々の名曲を残しています。が、「ラヴリー・デイ」のヒットを生んだ1977年作『メナジュリー』以降、「業界体質が肌に合わない」という理由で以後8年間、活動を停止しました。

それどころか、1985年の復活作『ウォッチング・ユー、ウォッチング・ミー』を最後に、一切の活動をやめてしまっています。

復活したはいいけれど、やっぱり業界になじめなかったということなのでしょうか? 繊細さがうかがえますが、そんなところもまた魅力のひとつ。残された名作の数々を、大切に聴き続けたいと思わせるのです。 。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Still Bill』
Bill Withers






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」