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【3/15更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/03/15
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ニール・ヤング『Greatest Hits』
深夜の碓氷峠で、トラックにパッシングされながら聴いた“Harvest Moon”


文章を書いている人なら、あるいは書く習慣のない人にもあてはまるかもしれませんが、「小説を書きたい」と思ったことが何度かはあるのではないでしょうか?

どんな人間の人生も小説になるという話はよく聞きますが、つまり「どうしても書きたい」「書かずにはいられない」と感じるトピックは誰のなかにもあるということなのでしょう。

それは僕も同じで、「書かなくては……」とずっと思い続けてきました。というより何度か書き上げたことがあり、そのいくつかは編集者にほめてもらえたりもしたのです。が、結局は「でも、これを本にはできない」と言われて終わったものばかり。

ですから、いまだその夢は達成できていない状態だということになります。

「小説なんて、一生に一編書けるか書けないかというレベルのもので、一編でも書けたら、それはすごいことなんだよ、いやマジで」

30代になったばかりのころ、編集者のひとりからそう言われたことがあります。そのときは「一生に一編じゃー意味ないじゃん」と感じたのですが、書けない状態がここまで続くと、たしかにそういうものなのかもしれないなぁと感じたりもします。

一編でも書けたら万々歳だし、書けなかったら、自分は書けない人間なのだという事実を受け入れる以外にないということ。

さて、今回はそのころ、1992年のお話です。

当時も書いていた小説があって、そのなかに「深夜の碓氷峠を、ニール・ヤングの“Harvest Moon”を聴きながら走る」という場面を入れたいと思っていたのでした。なにを書きたかったのかは、まったく憶えていないのですけれど(そんなものよ)。

こうして振り返ってみると、なかなか恥ずかしい発想ですが、ともあれ思ったからにはやってみないと納得できなかったわけです。でもインターネットもなかった時代のことですから、書店で『天文年鑑』というデータ本を買ってきて満月の日を調べ、会社が終わって帰宅してから車を出し、深夜の碓氷峠を目指したのでした。3、4回は行ったかな?

関越自動車道と上信越自動車道がつながる前年のことでしたから、高崎から国道18号に入って碓氷峠を目指しました。

でも実際問題、深夜の碓氷峠なんてトラックぐらいしか走っていません。いわば、彼らが主役だったのです。だとすれば、ニール・ヤングを聴きつつ、満月を眺めながら呑気に走っているような車なんか邪魔に決まっています。

もちろんそれなりのスピードは出していたわけですが、ぶんぶん飛ばしたいトラックにとってはやはり「遅い車が前にいてウザい」という状態だったのでしょう。そのため背後から激しくパッシングされ、煽られまくったのでした。

しかしそれでも月は見たかったので、煽られたら車線変更して道を譲りながら、深夜の謎ドライブを楽しんでいたのです。

そういえば一度、ものすごく恐ろしいことがあったなぁ。深夜12時に碓氷峠を駆け抜けているとき、(当時の連絡手段だった)ポケットベルが突然鳴りはじめたのです。

真っ暗な山道で、いきなりポケベルが鳴るというシチュエーションを思い浮かべてみてください。そりゃー恐ろしいですぜ。正直なところ、霊的な現象かとビビりました。

種明かしをすれば、妻からの連絡だったんですけどね。亭主が深夜の碓氷峠まで目的のよくわかならいドライブに出かけるとなれば、そりゃー心配もしますわな。

そのときも、車内にはニール・ヤングが流れていました。

原点であるバッファロー・スプリングフィールド、あるいはクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング時代のみならず、ソロ・アーティストとしてもニール・ヤングには、名盤と言われる作品が数多くあります。

たとえばすぐに思いつくのは1970年の『After the Gold Rush』や1972年の『Harvest』などであるはず。しかし、さまざまなスタイルを取り入れてきた人でもあるので、リスナー一人ひとりのなかに「最高のニール・ヤング作品」があるのではないかと思います。

僕も同じで、1枚だけ選べと言われたら『Harvest』を手に取る気がするのですが、同作の20年後に出た『Harvest Moon』もまた無視できないのです。

タイトルからもわかるとおり、『Harvest』の続作という位置づけにある作品。『Harvest』のバック・バンドだったストレイ・ゲイターズが再結成して参加しており、どこか懐かしいアコースティックな作風も魅力的です。

ニール・ヤングのディスコグラフィーにおいてはあまり重要視されていないのも事実で、CDは(少なくとも国内盤は)廃盤、ハイレゾ化もされていないため、“Harvest Moon”を聴くための手段は『Greatest Hits』のみ。

ハイレゾ化されないのは本国の事情によるものが大きいのでe-onkyoに罪はないのですが、それはともかくぜひ、『Greatest Hits』をチェックしてみてほしいのです。

“Helpless”“After the Gold Rush”“Southern Man”など数々の名曲が続き、ラスト16曲目に“Harvest Moon”が登場したとき、きっとこの曲の魅力を実感できるはずですから。

僕にとっては、碓氷峠でパッシングされた体験を思い出す曲でもあります。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Greatest Hits』
Neil Young



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」