PC SP

ゲストさん

NEWS

【4/27更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/04/27
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
オフ・コース『オフ・コース1/僕の贈りもの』
ファースト・アルバムとは思えないほどクオリティの高い、早すぎた名作


僕の家では昔、「下宿」をやっていました。
敷地内に祖母の住む母屋と、僕の家族が住む家があって、こちらの一階に学生向けの部屋が4部屋あったのです。

一階と二階では玄関が別になっていましたし、食事を提供していたわけでもありませんでしたから、早い話、「下宿」というよりはアパートです。でもなぜか、祖母はそれを「下宿」と呼んでいたのです。

祖母は「下宿」の下足箱に「おふくろ用」とマジックで書いた自分用のスリッパを入れていたので、「下宿のおかみさん」みたいな役回りに憧れていたのかもしれません(とはいえ謎の行動すぎる)。

いずれにしても僕にとって、「下宿」の存在はとても大きなものでした。うちの玄関から外に出ると、すぐ隣に「下宿」の階段があり、それを駆け上がれば誰かしら「お兄ちゃん」がいて、遊んでくれたからです。

4部屋のうちのいくつかには代々、熊本県のS本家の兄弟が順番に住んでいました。別に決まりごとがあったわけでもないのでしょうが、長男が引っ越していったら次男が入り……というような感じで、何人かが入れ替わり立ち替わり暮らしたのです。

この話の重要人物である「S本のお兄ちゃん」は、S本家が送り出した最後の学生でした。それまでのS本兄弟の従兄弟にあたる人で、雰囲気もそれまでのお兄ちゃんたちとは違っていました。

はっきりした年齢は覚えていませんが、祖母が「あいつは“しらけ世代”だからダメだ」と強烈にディスっていたことを考えると、おそらく団塊世代のちょっと下くらいだったのではないかと思います。

でも、祖母がディスりたくなる気持ちも、まぁわからなくはないのでした。髪を肩まで伸ばし、ギターや音楽に熱中していて、感情を表に出そうとしない。朗らかでよく話したそれ以前のS本兄弟とはあまりに違っていたので、気に入らなかったのだろうと思います。

で、司令塔たる祖母がそういう態度を示すと、母や父も彼にはあまりいい印象を抱かなくなるわけです。そのため、僕が小学校5年生のときに現れたS本のお兄ちゃんは、「しらけ世代の申し子」的な、圧倒的によくないイメージを押しつけられることになったのでした。

でも僕は、この人が大好きでした。性格的にも祖母や両親がいうような人ではなかったし、それどころか、とてもつきあいやすかったのです。

それにS本のお兄ちゃんの六畳間は、音楽に興味を持ちはじめた当時の僕にとってはパラダイスのような場所でした。

真っ赤な絨毯が敷かれた部屋の、ベッドの横にはモジュラー・ステレオ(70年代に流行った、レコード・プレーヤーとレシーバー、スピーカーからなるステレオ・セット)があり、その下のレコード・ラックには憧れのレコードがぎっしり。向かいには数本のアコースティック・ギターとバンジョーが並んでいて、まさに「音楽のための部屋」だったのです。

そして、その年から数年の間に、僕はS本のお兄ちゃんから音楽について多くのことを学びました。いま、音楽について書いたりできるのも、あのときの経験があったからです。つまり、その数年に得たものが、僕のベースなのです。

そこで(前置きが非常に長くなってしまいましたが)、今回から数回、「S本のお兄ちゃんと音楽」について書いていきたいと思います。



僕はフォーク世代よりも下なのですが、それでも小学生の時点でマイナー・フォークまで知っていたのは(たとえば丘蒸気とか)、いうまでもなくS本のお兄ちゃんの影響です。とにかくお兄ちゃんの部屋に行けば、最先端の音楽に触れることができたのです。

たとえばそのひとつが、今回ご紹介するオフ・コースのファースト・アルバム『僕の贈りもの』でした。

ちなみにご存知の方も多いと思いますが、「オフコース」として知られる彼らは、5作目の『SONG IS LOVE』まで「オフ・コース」でした。どうでもいい話ですけど。

それはともかく、「ふたりのお兄さんが草原で白いピアノを弾いている」という、よく考えてみれば非現実的以外のなにものでもないアルバム・ジャケットを見た時点で、思春期の手前にいた僕は魅了されてしまったのです。

「なんておしゃれなんだろう」って感じ。

そしてレコードが始まり、冒頭のタイトル・トラックのハーモニーを耳にした時点で涙が出そうになりました。いままで聴いたことがないほど美しく、洗練されていたから。

「なのです」「です」「します」「ました」が連発される軟弱な歌詞も、すごく時代っぽくて、それはS本のお兄ちゃんのイメージともぴったり。いつの間にか、ジャケットを見つめながらじっくりと聴き入っていました。

タイトル曲のみならず、「水曜日の午後」や「でももう花はいらない」のメロディラインとフック、「地球は狭くない」のギター・サウンドの心地よさ、「歩こう」のポップ・センス、「ほんの少しの間だけ」のハーモニーの美しさ、中期以降の音楽性の原点だともいえる「さわやかな朝をむかえるために」など、どの楽曲も、ものすごい完成度の高さです。

現実的に当時のオフ・コースは、まだ伸び悩みの時期だったのかもしれません。とはいえ、この時点でファースト・アルバムとは思えないほどのクオリティの高さを示してみせていたことは紛れもない事実。

彼らはこの数年後に音楽性を大きく広げることになるわけですが、このアルバムこそが、間違いなくそのスタートラインだったと個人的には考えています。誰がなんといおうと、そう断言したい。そのくらい、僕にとってはとてつもなく大きな意味のある作品なのです。

それに、小田和正さんと鈴木康博さんによる、ヴォーカルのバランスのよさは何度聴いても圧倒的です。その点には当時から感銘を受けていただけに、ふたりの声が聞こえてきた時点で、涙腺が潤んでしまうのです(ちなみに我が家ではつい最近まで、「日本生命のCMで小田和正さんの歌が流れると父ちゃんが泣く」と言われていた)。その原点が、この作品だということ。

『僕の贈りもの』をハイレゾで聴きなおしながらこの原稿を書いているいまも、涙が出そうで困っております。




◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『オフ・コース1 / 僕の贈りもの』
/ オフコース






◆バックナンバー
【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』
DSD音源のポテンシャルの高さを実感できる、クロスオーヴァー/フュージョンの先駆け

【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』
「ニュー・クラシック・ソウル」というカテゴリーを生み出した先駆者は、ハイレゾとも相性抜群!

【4/5更新】 KISS『地獄の軍団』
KISS全盛期の勢いが詰まった最強力作。オリジマル・マスターのリミックス・ヴァージョンも。

【2/22更新】 マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイング・オン』
ハイレゾとの相性も抜群。さまざまな意味でクオリティの高いコンセプト・アルバム

【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』
痛快なロックンロールに理屈は不要。80年代を代表する大ヒット・アルバム

【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作
【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作
【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー
【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作
【1/12更新】 The Doobie Brothers『Best of the Doobies』前期と後期のサウンドの違いを楽しもう
【12/28更新】 Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作
【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作
【12/15更新】 Led Zeppelin『House Of The Holy』もっと評価されてもいい珠玉の作品
【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。




印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」