【6/7更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/06/07
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
アース・ウィンド&ファイア『Faces』
リリース当時はいまひとつ評価の芳しくなかった大作も、いま改めて聴けばなかなかに新鮮


評価のあまり高くない作品、ぶっちゃけて言えば「駄作」といわれるものがあります。しかし「駄作」って、なんだかすごいことばですよね。

という話はともかく、そのような評価が下された作品は本当に評価に値しないのでしょうか?

個人的には、そんなことはないはずだと思っています。それどころか先入観を取り払って聴いてみれば、意外に魅力を見つけることができるのではないかと考えているわけです。

かなり前、レッド・ツェッペリンの『Houses of the Holy』を取り上げたときにも、そんなことを書きました。いまでも気持ちは変わらなくて、つまり評価の良し悪しなんか人それぞれなんだから、一概に「駄作」だなんて切り捨てるべきではないということ。

だいいち駄作だと言われているものを正当に評価できたとしたら、そのほうがずっと建設的だとは思いませんか?

今回取り上げるアース・ウィンド&ファイアの1980年作『Faces』も、リリース当時はあまり高評価を受けなかった作品でした。それどころか、むしろ酷評されていたという記憶があります。

タイトルからもわかるとおり、「顔」をテーマにしたLP2枚組。インタールードを含め、計17曲収録の大作です。

ところが、随所に“行きすぎた感”があったせいか評価にはつながらず、ヒット・シングルも生まれなかったのです。それ以前の快進撃がすさまじいものだっただけに、その時点でマイナスなイメージが大きくなってしまったわけです。

ただ当然ながら、実際に聴いてみるまで僕のなかには期待感しかありませんでした。「アースの新作が出る」ということ自体がトピックであり、「しかも2枚組らしい」というので、聴く前からワクワクしていたのです。

高校生にとって2枚組のLPは決して安くなかったけれど、だからこそ「アースなんだから」と奮発し、近所にあった新星堂本店で国内盤を買ったのでした。

で、聴いてみた結果、たしかにいろいろな意味で衝撃的ではありました。ゲスト参加したTOTOのスティーヴ・ルカサーは“Back on the Road”でTOTOとなんら変わらない(つまり、ちっともアースらしくない)ロック・ギターを弾きまくっているし、“Oriental”というインタールードでは日本の盆踊りが登場するし、ラストはパイプ・オルガンのソロだし。

せっかく高いお金を出して買ったのだから、少しでも好きになろうと思って何度も聴いたのですが、どうも違和感を拭えなかったのです。

“Back on the Road”でのルカサーのギターについても、「これはアースのアルバムなんだから、アースがこういう路線を選択したんだから、間違っているわけではないんだ」と自分に言い聞かせていたしなー。

理屈抜きでスパンと心に飛び込んでくるわけではなく、受け入れるまでには、そんなワンクッションが必要で。

客観的に考えれば「アースらしくない」部分はそのくらいだったのですが、それらのインパクトが大きすぎたということだったのかも。そして、周囲から聞こえてくる低評価が、否定的な気持ちをさらに大きくさせることになってしまったわけです。

また、このアルバムを最後にギターのアル・マッケイが脱退したことも、「やっぱりな~」というようなガッカリ感につながっていってしまいました。

つまりその時点で僕のなかには、「『Faces』はイマイチ」だという“イメージ”が貼りついてしまったということ。だから、せっかく小遣いをはたいて買ったLPも早々に手放してしまったし、以後も積極的に聴こうとは思いませんでした。

振り返ればそれらのマイナス要素はどれも外的な印象にすぎないのですけれど、なにしろ影響されやすいガキだったからなー。

ところで先週いきなり、このアルバムを聴きなおしてみようかと思いついたのです。特にきっかけがあったわけではなく、思い出したからなんとなく。

しかも、ずっとイマイチだと思ってきた作品ですから、聴いてみた結果、「やっぱりな~」という結論に行き着くのだろうと信じて疑いませんでした。

にもかかわらず、意外や意外。オープニングの“Let Me Talk”を耳にした時点で、それまで自分自身を縛っていた先入観がぱらぱらと解けていくのがわかりました。なぜって、ひさしぶりに聴くそれは、まぎれもないアースの音だったからです。名作『All ‘n All』の“Serpentine Fire”を初めて聴いたときに近い衝撃を受けたなぁ。

“Pride”や“Song in My Heart”“Share Your Love”などのダンサブルなアクションも文句なしにかっこいいし、後半の目立たない位置にある“In Time”のメロウ・グルーヴも抜群の説得力。

もちろん名曲“After the Love is Gone”を思い出させる“You”のようなバラードも魅力的。もともともサウンド・クオリティが高いので、ハイレゾとの親和性もいいし、いま聴けばなかなか楽しみがいがあるのです。

風評やイメージに惑わされると、良質な作品の良質な部分に気づけなくなってしまう可能性があるなと、改めて感じたのでした。やはり理屈ではなく、感覚的に「いいな」と思えることがなにより大切なんですよね。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Street Life』
Earth, Wind & Fire




『All 'N All』
Earth, Wind & Fire



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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