【3/22更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/03/22
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
スティーヴ・ミラー・バンド『Fly Like an Eagle』
日本での評価は低すぎる? 誰にも真似のできない「イナタい」かっこよさ


20代前半のころ、友人のバンドのライヴをよく観に行っていました。

友だちだから行っていたにすぎないので、そのバンドに思い入れがあったわけではありません。が、毎回変わる対バンのなかには、ときどきキラリと光るタイプもいました。

たしか、メジャー・デビューしたバンドもあったんじゃなかったかな。

あるとき一度だけ、すごいバンドが出たことがありました。ギター/ヴォーカル、リード・ギター、ベース、ドラムというどこにでもある編成なのですが、とにかくギター/ヴォーカルの存在感、そして作詞作曲も手がけている彼の世界観がすごい。

まずはルックスです。ロック・ミュージシャンの「イケメン比率」はわりと高いと思うのですが、そのギター/ヴォーカルくんは正反対。背も低くずんぐりむっくりで、服装だって普段着のレベル。

その表現は(やや過度なアクションも含めて)ひたすら熱く、「幸せ感じるぜ!」など歌詞も超特急、じゃなくて超直球。

そんな感じですから、友人のバンドのメンバーを含め、他のバンド連中はステージ上の彼を眺めながら、「おー、すっげー!」とバカにしたように笑っていました。

でもねー、僕はちょっと違ったのです。ぶっちゃけ、一般的な尺度で「かっこいい」かといえば、全然かっこよくないのです。でも、その「かっこ悪さ」「洗練されてなさ」が最高にかっこいい。

少なくとも、周囲の視線や評価をまったく気にしていないところがいい。もしかしたら悪意ある評価に気づいていなかっただけなのかもしれませんが、それはそれで貫いているわけです。つまり、そんな「イナタさ」が最高にかっこよかったということ。

「イナタい」ということばは、否定的に使われることのほうが多いのでしょうか? 

「田舎くさい」と「野暮ったい」との合成語だという説もあるので、もしかしたら否定語なのかもしれません。けれど個人的には、(やや屈折気味に)ほめたいときにこれを引っぱり出してくるような気がします。

ニュアンス的には「ダサかっこいい(ダサくてかっこいい)」に近い感じ。

一般的に「かっこいい」といわれるものは、外見的に洗練されていたり、美しかったりするものです。しかし、かっこいいものすべてがそうかというと、決してそうではないと感じるのです。

田舎っぽかったり泥くさかったり、あるいはバカっぽいことが最高にかっこいいということもあるはずだから。

たとえばブルースの魅力は、まさに「田舎っぽさ」とか「泥くささ」だと思います。ジョージ・クリントンが提唱した「P-ファンク」という概念は、バカバカしいことを本気でやる姿勢が最強のかっこよさにつながったわけです。

そう考えると、あのとき見たバンドはイナタくてかっこよかったし、プロの世界にもそういう人はたくさんいるわけです。

ロックの世界だと、僕がその好例だと思うのはスティーヴ・ミラーです。

スティーヴ・ミラー・バンドのリーダーとして50年以上の活動実績を持つ彼は、高校時代からの友人で家も近かったボズ・スキャッグスにギターを教えたことでも有名。というだけでも、その才能の大きさはイメージできるのではないでしょうか?

しかし彼、ルックス的には決してかっこよくないんですよね。それに、ファッション・センスも微妙。ぶっといレインボー・カラーのサスペンダーをつけてギターを弾きまくっている写真を見たときには、「あ、服装のセンスはないんだな」と感じたことがあります(失礼だなー)。

つまり彼は、典型的な「イナタい」部類であり、そこが最高にかっこいいのです。どこから見ても外見的にかっこいい人はいくらでもいますけれど、スティーヴ・ミラーのように「イナタさ」を持ち味にできる人って、じつはそれほど多くないような気もします。

しかもブルース・ロックをベースに、独自のポップ・センスを過不足なく取り入れた音楽性は、太い芯を感じさせながらもキャッチー。その最たるものが、ディスコでもかかりまくっていた1982年の大ヒット「ABRACADABRA」ということになるのかもしれません。

ただ僕はそれ以前、1973年の『Joker』、最高傑作といわれる1976年の『Fly Like an Eagle』、“Jet Airliner”が最高にかっこいい翌年の『Book of Dreams』あたりがいちばん好きなんですよね。

そして、どれもいい曲ばかり入っているので迷うのですが、一枚だけ選ぶとなったらやはり『Fly Like an Eagle』ということになるのではないかと思います(「鷲のように飛ぶ」って、タイトルはベタすぎてやっぱりイナタいですけど)。

もちろん、大ヒットした“Take the Money and Run”“Fly Like an Eagle”の存在感は抜群。ちなみにスティーヴ・ミラーを語る上で決してはずせない後者は、ヒップホップのサンプリング・ソースとしても有名です。

でも個人的に、彼のイナタさが最良のかたちで表れているのは「Rock 'N Me」だと思っているのです(そもそもタイトルからしてイナタい)。

のほほ~んとしたゆるさが心地よく、しかもリズム・ギターの音色が不思議なのグルーヴ感を生み出しているのです。そのニュアンスをことばで伝えるのは難しいのですが、実際に聴いていただければすぐにわかると思います。

いずれにしても、日本ではスティーヴ・ミラー・バンドって過小評価されすぎだと感じます。ハイレゾで聴きなおすとサウンド・クオリティの高さも再認識できますし、ぜひ聴いてみてください。

そのイナタさには、中毒性がありますよ。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Fly Like An Eagle』
スティーヴ・ミラー・バンド



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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