【12/28更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/12/28
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ビリー・ジョエル『52nd Street』
『Stranger』に次ぐヒット・アルバムは、1978年末のカリフォルニアの記憶と直結


16歳、高校1年生だった1978年末に、ひょんなことからロサンジェルスに短期ホームステイしたという話 は、何度か書いた記憶があります。毎回読んでくださっている方からすれば、「ま~たその話かよ」って感じでしょうね。

それはわかっているのですが、このコラムを書くために過去の名盤の数々を振り返ってみると、そのときの記憶にたどり着いてしまうことがとても多いのです。

なにしろ思春期でしたし、そうでなくてもアメリカかぶれだったので、その2週間にはとてつもなく大きな意味があったということ。

その年には自分のステレオも手に入れていたので、それ以前にくらべれば音楽環境もかなり充実してきてはいました。バイトの給料はほとんどレコードのために消えてたしなー。

って、考えてみるとそれウソだわ。正しくは、「レコードとコーヒーと煙草」だ。不良ではなかったんですけどね。16歳で煙草吸ってりゃ、それだけで充分に不良だという考え方もあるかもしれませんけど、それはまあいい(いいのか)。

ただ日本で暮らす以上、決定的に欠けているものがあることをわかってもいました。

ラジオです。

音楽ファンならわかると思うのですが、ラジオからの情報源は、AMよりも音がいいFMが主流でした。ところが当時は東京でも、聴けるFM曲はFM東京(現・東京FM)とNHK FMのみ。しかもFM東京はトークが多かったので、音楽を聴くとしたらNHK FMに頼る以外なかったのです。

でも考えてみると、いくつか局が増えたとはいえ、日本のFM事情は40年後の現在もさほど変わっていませんね。

ってな話はともかく、だからこそアメリカに行ったらラジオを聴きまくろうと思っていたのです。それ以前から、日本では考えられないほど膨大なラジオ局があると聞いていたもので。

ですからホスト・ファミリーであるベッツ家に着いて部屋に案内されたとき、母親のジョイスに頼んだのでした。

「ラジオを貸してほしい。アメリカのラジオが聞きたいから」

するとジョイスはどこかの部屋から、小さなトランジスタラジオを持ってきてくれました。残念なことにFMの受信できないAM専用でしたが、それでも興奮したものです。なにしろスイッチを入れれば、アメリカのラジオが聴けるのですから。

どうしても局名を思い出せないのですが(アメリカだから“K”なんとか)、滞在中はひとつの局だけを聴くことにしました。局が少ない日本では傾向もヘッタクレもありませんけれど、向こうでは局ごとに個性が違うという情報も仕入れていたからです。

そこで適当にいくつかの局をチェックしてみて、なんとなくフィットしたその局に決めたわけです。

個性という点では、たしかに日本と違うなぁと感じたことがありました。新曲であろうがなかろうが、自分たちが気に入っているのであろう曲は毎日、場合によっては日に何度もかけるのです。

たとえば最たる例が、レッド・ツェッペリンの1975年作『フィジカル・グラフィティ』に収録されていた“Kashmir”でした。いや、たしかにいい曲なんですよ。でも、シングル・ヒットしたわけでもないこの曲を、どうして何度もかけるのかと不思議に思ったものです。

あとはチープ・トリックの“California Man”かな。この曲が入った『Heaven Tonight』というアルバムは1978年リリースなのでタイミングはズレていないのですが、かけるならシングル・ヒットした“Surrender”だと思うんだよなー。

でもタイトルがタイトルだし、きっとDJの人が好きだったのでしょう。

最新楽曲でいうと、圧倒的にかかる頻度が高かったのがTOTOのデビュー・シングル“Hold The Line”と、ビリー・ジョエルの“My Life”でした。

いま調べてみたら、1978年11月11日のビルボード・チャートで前者が5位、そして後者は3位。僕がLAを訪れたのは、同年の12月末だったので、まだまだ大ヒットしていた時期だったんですね。

年末が近づくとこのアルバムを思い出すのも、その影響なのかもしれません。

それはともかく“My Life”が頻繁にかかっていたことに関しては、選曲者の思いも少なからず介在していたのではないかという気もします。なぜってこの曲は、カリフォルニアについて歌われたものだから。

「みんなウェスト・コーストに引っ越しちゃったけど、僕はここ(ニューヨーク)で生きるよ」

うろ覚えではありますが、そんな内容だったはず。つまりビリーは地元のニューヨーク派だったわけで、(52番街の)裏道で撮影されたのであろうアルバム・ジャケットも、爽やかなカリフォルニアのイメージとは正反対です。

でも、そんな経験があるからこそ、やはり僕はいまでもこの曲、このアルバムを聴くと、憧れのカリフォルニア・ロサンジェルスの光景を思い出してしまうのです。

ところで話は変わりますが、あのとき僕が貸してもらった部屋は、当時7歳だった次男のビリーの部屋でした。つまりビリーは、僕のために寝る場所を譲ってくれたわけです。

どこに寝るてのかなーと気にはなっていたのですが、あるとき両親の寝室の前を通ったら、開いたドアの向こう側にビリーの姿が見えました。こちらに背を向け、ソファーで丸まって寝ていたのです。

その姿を見たときには、なんだか申し訳ない思いがしたなー。

あれからちょうど40年だから、ビリーももう47歳かー。いまごろどうしているんだろう?

会いたい。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『52nd Street』
Billy Joel



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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