【8/19更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/08/19
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
アレサ・フランクリン『Live At The Fillmore West』
サンフランシスコのロック・ファンをも見事に魅了してみせた歴史的ライヴ


『俺がJBだ! ジェームズ・ブラウン自叙伝』(ジェームズ・ブラウン、ブルース・タッカー著、山形浩生/渡辺佐智江/クイッグリー裕子 訳、文春文庫)には、1962年の春に関するこんな記述があります。

春には再びカリフォルニア州各地を興行して回った。ロサンゼルスでは<シュライナーズ公会堂>でアレサ・フランクリン、ティト・プエンテ、チコ・ハミルトンほか数人と共演した。アレサに会ったのはその時が初めてだった。彼女のゴスペルのバックグラウンドは強固なものーー彼女の父親はC・Lフランクリン牧師だーーで、歌いはじめた時からかなりの実力だった。当時彼女には「ロック・ア・バイ・ユア・ベイビー・トゥ・ア・ディキシー・メロディー」のヒットがあった。俺たちはこのショーのあとで親しくなった。まずアレサの頭の良さが気に入った。ちょっと話すだけですぐに頭の良さが伝わってきた。アレサはしばらく俺のガールフレンドだったと言ってもいいが、俺たちはお互い、年がら年中仕事をしていたんで、なかなか一緒の時間を持てなかった。俺たちはその翌年にかけて、三、四回ほど会えた程度だった。

「アレサはしばらく俺のガールフレンドだったと言ってもいい」という極論は、いかにもJBですね。それはともかく1962年といえば、アレサがコロムビアと契約する前年です。コロムビアでは実力を発揮できず、1967年にアトランティックに移籍してから大きく花開いたという経緯が彼女にはあるので、このエピソードはそれよりずっと前の話だということになります。

しかも、興味深いのは、これがカリフォルニア興行の話であること。なぜってここから9年後の1971年、アレサは同じカリフォルニアのサンフランシスコで公演を行い、結果的にそれは、彼女のキャリアを語るうえでの大きなトピックのひとつになったからです。

1967年に「リスペクト」(オーティス・レディングのカヴァー)で全米1位を獲得して「クイーン・オブ・ソウル」の異名」を得たとはいえ、現実的にはまだ白人層をも取り込んだとはいえない状況。

そこでプロデューサーのジェリー・ウェクスラーとアレサは、サンフランシスコの代表的なライヴハウスであり、グレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレインなどのロック・アーティストを輩出した「フィルモア・ウェスト」でライヴを披露しようと画策したのでした。

でも、現実的にこれはとても勇気のいることだったに違いありません。60年代後半にフラワー・ムーヴメントを生み出したサンフランシスコの音楽ファンは、ロック好きの白人が中心。ブラック・ミュージックの認知度もそれほど高くはなかったので、リスクは決して少なくなかったのです。

つまり、このときサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」、ビートルズの「エリナー・リグビー」などのカヴァーを披露したのは、白人層を意識してのこと。

オルガニストとしてビートルズの『アビイ・ロード』『レット・イット・ビー』にも参加したビリー・プレストンを起用しているのも、そんな理由があったからなのでしょう。

しかもバック・バンドには、アトランティック・レーベルを代表するリズム・セクションであるキング・カーティス&キングピンズが、さらにホーン・セクションには、多くのR&Bアーティストをサポートしてきたメンフィス・ホーンズが参加。

これ以上ないというほどの布陣で臨んだだけに、1971年3月5日から3日連続で開催された公演は大成功を納めたのでした。そしてその熱気は、アレサの代表作のひとつでもあるこのライヴ・アルバムにもしっかりパッケージされています。

のっけからハイ・テンションの「リスペクト」で幕を開け、スティーブン・スティルスの「ラヴ・ザ・ワン・ユーアー・ウィズ」ではビリー・プレストンのオルガンも効果抜群。さらに「明日に架ける橋」、「エリナー・リグビー」、ブレッドの「メイク・イット・ウィズ・ユー」とナイス・カヴァーを続々と連発し、白人層をガッチリと魅了していきます。

会場がすっかり温まったところで、ベン・E.キングのカヴァーであると同時にアレサの代表曲のひとつでもある「ドント・プレイ・ザット・ソング」、7分にも及ぶ「ドクター・フィールグッド」と、会場を完全にアレサ色で染め上げます。

でも特筆すべきは、なんといっても「スピリット・イン・ザ・ダーク」。ゆったりとスタートし、次第にぐいぐいと盛り上がっていく展開は説得力抜群。中盤以降のダイナミズムにも、とにかく圧倒されます。

しかも、5分20秒にわたって盛り上げておきながらそこで終わることはなく、リプライズではレイ・チャールズが登場。以後8分半にわたって完璧としか表現しようのない掛け合いを展開するのです。何度聴いても鳥肌が立つ、すばらしいパフォーマンス。

そののち、ラストはダイアナ・ロスのカヴァー「リーチ・アンド・タッチ」でしっとりと。とても印象的にエンディングを迎えることになります。

なお、この公演については、のちに全3日間分を完全収録した『アレサ・フランクリン・アンド・キング・カーティス・ライヴ・アット・フィルモア・ウェスト~完全盤』がリリースされたりもしています。しかし個人的には、“いいところ”を10曲に凝縮したこのオリジナル構成がいちばん好きです(同じことはダニー・ハサウェイの『ライヴ』にも言えますね)。

さて、ご存知のとおり、2018年8月16日、アレサ・フランクリンは76歳という若さで亡くなりました。同じような方は多いと思うのですが、僕もここ数日はずっと、彼女のことを考えています。

そして、ゴスペルをバックグラウンドに持つその歌声には何度も勇気づけられたので、ここでもぜひ取り上げておきたいと思ったのです。で、どのアルバムがいいかなあと迷いに迷った結果、行き着いたのが『Live At The Fillmore West』だったというわけ。

もちろん『Lady Soul』や『I Never Loved a Man the Way I Love You』以下、おすすめしたい作品は数多いのですが。

しかし音楽業界は、本当に惜しい人を亡くしてしまいましたね。僕はこういうときに「R.I.P.(rest in peace)」というのがあまり好きではないので、このひとことで締めたいと思います。

どうぞ、安らかに。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Live At The Fillmore West』
/ Aretha Franklin




『Lady Soul』
/ Aretha Franklin




『I Never Loved A Man The Way I Loved You』
/ Aretha Franklin






◆バックナンバー
【8/13更新】ボビー・コールドウェル『イヴニング・スキャンダル』
南阿佐ヶ谷のカフェでの記憶と、ボビー本人の意外なキャラクター

【8/2更新】バド・パウエル『ザ・シーン・チェンジズ』
奇跡のピアノ・トリオが掘り起こしてくれるのは、三鷹のジャズ・バーで人生を教わった記憶

【7/27更新】ロッド・スチュワート『Atlantic Crossing』
「失恋マスター」を絶望の淵に追いやった「Sailing」を収録。言わずと知れたロック史に残る名作

【7/20更新】エア・サプライ『Live in Hong Kong』
魅惑のハーモニーが思い出させてくれるのは、愛すべき三多摩のツッパリたちとの思い出

【7/13更新】アース・ウィンド&ファイア『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』
親ボビーとの気まずい時間を埋めてくれた「セプテンバー」を収録したベスト・アルバム

【7/6更新】イーグルス『Take It Easy』
16歳のときに思春期特有の悩みを共有していた、不思議な女友だちの思い出

【6/29更新】ジョー・サンプル『渚にて』
フュージョン・シーンを代表するキーボード奏者が、ザ・クルセイダーズ在籍時に送り出した珠玉の名盤

【6/22更新】スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』
ザ・ジャム解散後のポール・ウェラーが立ち上げた、絵に描いたようにスタイリッシュなグループ

【6/15更新】コモドアーズ『マシン・ガン』
バラードとは違うライオネル・リッチーの姿を確認できる、グルーヴ感満点のファンク・アルバム

【6/8更新】デレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』
エリック・クラプトンが在籍したブルース・ロック・バンドが残した唯一のアルバム

【6/1更新】クイーン『Sheer Heart Attack』
大ヒット「キラー・クイーン」を生み、世界的な成功へのきっかけともなったサード・アルバム。

【5/25更新】ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Live!』
「レゲエ」という音楽を世界的に知らしめることになった、鮮度抜群のライヴ・アルバム

【5/18更新】イーグルス『One of These Nights』
名曲「Take It To The Limit」を収録した、『Hotel California』前年発表の名作

【5/11更新】エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』
ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を生んだ、クラプトンの復活作

【5/6更新】スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』
「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作

【4/27更新】オフ・コース『オフ・コース1/僕の贈りもの』
ファースト・アルバムとは思えないほどクオリティの高い、早すぎた名作

【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』
DSD音源のポテンシャルの高さを実感できる、クロスオーヴァー/フュージョンの先駆け

【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』
「ニュー・クラシック・ソウル」というカテゴリーを生み出した先駆者は、ハイレゾとも相性抜群!

【4/5更新】 KISS『地獄の軍団』
KISS全盛期の勢いが詰まった最強力作。オリジマル・マスターのリミックス・ヴァージョンも。

【2/22更新】 マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイング・オン』
ハイレゾとの相性も抜群。さまざまな意味でクオリティの高いコンセプト・アルバム

【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』
痛快なロックンロールに理屈は不要。80年代を代表する大ヒット・アルバム

【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作
【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作
【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー
【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作
【1/12更新】 The Doobie Brothers『Best of the Doobies』前期と後期のサウンドの違いを楽しもう
【12/28更新】 Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作
【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作
【12/15更新】 Led Zeppelin『House Of The Holy』もっと評価されてもいい珠玉の作品
【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。




印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

 | 

 |   |