【7/27更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/07/27
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ロッド・スチュワート『Atlantic Crossing』
「失恋マスター」を絶望の淵に追いやった「Sailing」を収録。言わずと知れたロック史に残る名作


たとえば、
ボズ・スキャッグスの「ウイ・アー・オール・アローン」とか、
リタ・クーリッジの「あなたしか見えない」とか、
レッド・ツェッペリンの「天国への階段」とか、
エアロスミスの「ドリーム・オン」とか。

僕は素直さに欠ける性格なので(わかってはいる)、一般的に「感動の名曲」というように捉えられている楽曲が苦手です。

いや、曲そのものがどうということよりも、「これは名曲だから感動して当然」みたいに“感動”を押しつけられると、一気に気持ちが冷めてしまうのです。

余談ですが、「泣ける」みたいな価値観もすごく苦手です。特定の映画とか本とか音楽について「これ、泣けるよー!」などと強調する人がいますけれども、「泣ける」という感覚も、それを求める気持ちもまったく理解できないわけです。いや、理解する気がないわけです。

と書いてみて改めて思ったけど、本当に屈折してるなー(わかってはいる)。

そのため同じように、“感動的名バラード”として有名なロッド・スチュワートの「セイリング」にも、実はそれほど感動できないんですよねー。

もちろん、いい曲だということはわかるのです。けれど、どうも「ほら、感動しろ! 泣け!」みたいに言われているような気がしちゃって。

そのため、ラストにこの曲が入っている『Atlantic Crossing』というアルバムは、A面ばっかり聴いていました。これは前半のA面がタイトなロック・ナンバーで、後半のB面がバラードという構成になっていたからです。

屈折した人間を感動させられないバラードを聴くよりは(ひどい表現だ)、「Three Time Loser」のようなブギーとか、レゲエのリズムを取り入れた「Alright For An Hour」とか、タイトなロックンロールの「All In The Name Of Rock ‘n’ Roll」とか……「Drift Away」はちょっとメロウな曲だったけど、あとはワイルドな「Stone Cold Sober」とか、前半に並ぶ男っぽい曲のほうが好きだったということです。

さて、話は変わりますが、ここから先は恋愛についての話題です。

端的に申し上げて、中学から高校にかけての僕は「失恋マスター」でした。すぐに女の子のことを好きになってしまい、光の速さでふられ……というサイクルを飽きもせず繰り返していたわけです。

でも振り返ってみれば、失恋時のダメージはそれほど大きくなかったようにも思います。なにしろ根が単純なので、「あいつは俺の魅力がわからない女なんだなぁ」とすぐに割り切ることができたのです。

失恋したと同時に、すぐさま気持ちの切り替えをしていたような感じでした。現代のビジネスパーソンには作業の効率化が求められますが、こと恋愛に関して、僕は人より先んじて効率化を実現できていたのです(ちっとも自慢できないけどね)。

あれはたしか、高校1年生のときのこと。相手が誰だったかも覚えていませんが、とにかくまた失恋をしたのです。で、なぜかジョー・サンプル『渚にて』の記事に書いたバイト先&行きつけのコーヒーショップ「G」に、そのことを報告に行ったのでした。

「ふられたー」と言いながら、いちばん手前のカウンター席に座り、ブレンドコーヒーをオーダーしました。マスターは定位置でコーヒーをたてていて、僕の目の前には年上のマキさんという女子大生アルバイトがいました。

そもそも報告しようと思っただけで(ということ自体が意味不明の行動ではあるのですが)、別に慰めてもらいたいとも、やさしい言葉をかけてほしいとも思っていませんでした。あえて理由を探すとすれば、ただ気分転換したかっただけです。

だから普通に煙草を吸って(こら!)コーヒーを飲んでいたのですが、そんなとき、こちらが望んでもいないような行動に出たのは誰あろうマキさんでした。

なんと、ロッド・スチュワート『Atlantic Crossing』のB面をかけやがったのです。

それはつまり、失恋した僕への気遣いだったのでしょう。やさしい人だなと思いました。

ギターの旋律が美しい「I Dont Want To Talk About It」や「It’s Not The Spotlight」を聴きながら、たまにはB面も悪くないなと感じたものです。

続いてキーボードとストリングスが印象的なミディアムの「This Old Heart Of Mine」が気持ちを温めてくれたのですが、ヴァイオリンの音色が物悲しい「Still Love You」で、一気に寂しい気分になりました。

そして極めつけの“名”バラード「Sailing」です。さほど気にしていなかったとはいえ失恋したのは事実なので、こういうものを聴かされるとさすがに落ち込んできて、「あーっ」と謎の声を上げながらカウンターに突っ伏したのでした。

なんというか、そうしなきゃいけない雰囲気に押し流されてしまったような。

このアルバムの後半をあまり肯定的に語りたくないのは、そんな経験のせいでもあるのかもしれません。ですが、とはいえいま聴きなおしてみると、やはりクオリティは高いですね。前半と後半のバランスが絶妙だし、ひとつひとつの楽曲の粒立ちがとてもいい。

ハイレゾで聴くと、特にギターの音色がより際立つように思います。

マキさん、いまごろどうしてるかなー。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Atlantic Crossing』
/ Rod Stewart






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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