【7/20更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/07/20
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
エア・サプライ『Live in Hong Kong』
魅惑のハーモニーが思い出させてくれるのは、愛すべき三多摩のツッパリたちとの思い出


僕は三多摩地区にある底辺高校の出身で、そこは当時の全盛だった「ツッパリ」がたくさんいるような環境でした。調べてみたら、いまはもうバカでは入れないほど偏差値が上がっていたのですが、当時は、行ける学校のない劣等生の行き着く先だったのです。

つまりは僕も、そのひとりだったということ。

とはいえツッパリに憧れたことはなく、むしろダサいとしか思えませんでした。もちろんツッパリの代名詞である長ラン(丈の長い学ラン)やボンタン(必要以上に太いズボン)は外見的にもダサいのですが、それ以上に抵抗があったのは、彼らの中途半端なスタンスでした。

わかりやすくいうと、格好だけはバリバリなのに、群れていないとなにもできないわけです。そもそも僕は群れるのが嫌いだったので、それってめちゃめちゃ格好悪いと感じていたわけです。

とはいえツッパリの多くは、基本的に性格はみんな素直でかわいく、どこか憎めない存在でもありました。だから実際問題、ツッパリの友だちは少なくありませんでした。

周囲がほとんどツッパリなのですから、当たり前といえば当たり前ですけどね。

そういえば、以前書いた「チャレンジ・アメリカ」という企画に応募するときにも、ツッパリたちは協力してくれたんだったなー。

第一次選考は「アメリカに行きたいという自分の意思をつづった作文」と「10人以上の友人の推薦文」の提出だったのですが、親しい友だちに書いてもらおうと思って頼んでいたら、「なに? どうしたの?」とやつらが集まってきて、「俺も書くよ!」と、何人もが協力してくれたのです。

「ぼくは、印南君はアメリカに行く方がいいと思います」

文章力は非常にアレだったのですが、でも、純粋な気持ちは伝わってきたのでうれしかったなー。そういうところが、ツッパリのかわいさでもあるわけです。

かわいいといえば、いまでも心に残っているのが、喫茶店でのエピソードです。ある放課後に帰ろうとしていたら、「おーい、印南ぃ!」とツッパリ連中がうれしそうに手を振っているのです。

「喫茶店行こうぜ、喫茶店!」

別に断る理由もないのでOKし、おばちゃんがひとりでやっているシケた喫茶店につきあいました。で、コーヒーを頼んだところ、やつらはニヤニヤして、ヘンなツッコミを入れてくるのです。

「な〜んだよ印南ぃ! コーヒーなんてかっこいいじゃんかよう!」

僕は中学2年くらいから喫茶店に入り浸っていたし、ジョー・サンプル『渚にて』の原稿にも書いたように。高校1年のころにはコーヒー専門店でコーヒーをたてていました。だからコーヒーは日常的な飲みものだったのですが、どうやら彼らにとってはそうでもなかったようなのです。

だったら、なにを頼むんだろうと思っていたら、

「俺、ミルクセーキ!」
「俺はオレンジジュース!」
「俺ココア!」

って、「オメーラ! かわいいじゃんかよう!」って感じ。そういうところがあるからこそ、価値観はまったく違うとはいっても彼らを憎みきれなかったのかもしれません。

さて、さきほど「ツッパリはオトシマエをつけられない」と書きましたが、高校3年になると、そんな彼らの姿勢を如実に表すような出来事が起こりました。

なんと、彼らがほとんど一斉に「サーファー化」したのです。

サーファーブームが起こったのはその数年前、つまりは高校に入ったころでした。アメリカに感化されていた僕も、高1のときから髪をサーファーカットにして、Tシャツにジーパン、ビーサンみたいな格好をしていました。サーフィンもやらないくせに格好だけを取り繕った、いわゆる「陸(おか)サーファー」だったわけです。

と書いて気づきましたが、そんなハンパなことをしていた人間に、「外見だけイキがった長ラン&ボンタンのツッパリ」を非難する資格などまったくありませんよね。当時の自分の矛盾に、いま気づいたわー。

それはともかく、そろそろサーファーブームも終わるかなというタイミングで彼らはサーファーになったのです。そして、なぜだかみんな、版で押したかのようにエア・サプライを聴きはじめたのです。

ご存知の方も多いと思いますが、エア・サプライは、その年に「ロスト・イン・ラヴ」というヒット・ナンバーを生み出したオーストラリアのポップ・グループ。AORの系譜で語られることもありましたが、それはちょっと違うのではないかと僕は感じていました。なんだか軽い気がして、あまり肯定的になれなかったのです。

ましてや先週まで永ちゃんがどうのこうのと盛り上がってたやつらが、いきなりメロウなエア・サプライです。だから、「なんだかなー」と思っていたのです。が、反面で、その変わり身の早さもまた憎めない感じがしていたのでした。

当時はさほど好きではなかったエア・サプライをいま聴きなおしてみると、なんだか甘酸っぱいような気持ちになります。それはエア・サプライのせいではなく、きっとあのツッパリ連中のおかげだと思います。

夏になったらエア・サプライを思い出し、e-onkyoに唯一あった 『Live in Hong Kong』をチェックしてみました。2015年のライヴですが、いまでもこうやって世界を回っているんですね。

しかも長い年月を経てきただけあって、演奏能力も抜群。“軽い”というレベルをはるかに超えているように感じました。ハイレゾだとライヴの臨場感をよりクリアに体験できるし、これはなかなかの収穫だったかも。

で、全16曲をなにげなく聴いていたら、当然のごとく、思い出すのはあのツッパリ連中のことです。

いま、あいつらはなにをしているんだろう?

卒業以来、まったく交流はありません。でもエア・サプライのおかげで、なんとなくまた再会したいような気もしてきました。




◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Live in Hong Kong』
/ Air Supply






◆バックナンバー
【7/13更新】アース・ウィンド&ファイア『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』
親ボビーとの気まずい時間を埋めてくれた「セプテンバー」を収録したベスト・アルバム

【7/6更新】イーグルス『Take It Easy』
16歳のときに思春期特有の悩みを共有していた、不思議な女友だちの思い出

【6/29更新】ジョー・サンプル『渚にて』
フュージョン・シーンを代表するキーボード奏者が、ザ・クルセイダーズ在籍時に送り出した珠玉の名盤

【6/22更新】スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』
ザ・ジャム解散後のポール・ウェラーが立ち上げた、絵に描いたようにスタイリッシュなグループ

【6/15更新】コモドアーズ『マシン・ガン』
バラードとは違うライオネル・リッチーの姿を確認できる、グルーヴ感満点のファンク・アルバム

【6/8更新】デレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』
エリック・クラプトンが在籍したブルース・ロック・バンドが残した唯一のアルバム

【6/1更新】クイーン『Sheer Heart Attack』
大ヒット「キラー・クイーン」を生み、世界的な成功へのきっかけともなったサード・アルバム。

【5/25更新】ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Live!』
「レゲエ」という音楽を世界的に知らしめることになった、鮮度抜群のライヴ・アルバム

【5/18更新】イーグルス『One of These Nights』
名曲「Take It To The Limit」を収録した、『Hotel California』前年発表の名作

【5/11更新】エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』
ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を生んだ、クラプトンの復活作

【5/6更新】スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』
「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作

【4/27更新】オフ・コース『オフ・コース1/僕の贈りもの』
ファースト・アルバムとは思えないほどクオリティの高い、早すぎた名作

【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』
DSD音源のポテンシャルの高さを実感できる、クロスオーヴァー/フュージョンの先駆け

【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』
「ニュー・クラシック・ソウル」というカテゴリーを生み出した先駆者は、ハイレゾとも相性抜群!

【4/5更新】 KISS『地獄の軍団』
KISS全盛期の勢いが詰まった最強力作。オリジマル・マスターのリミックス・ヴァージョンも。

【2/22更新】 マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイング・オン』
ハイレゾとの相性も抜群。さまざまな意味でクオリティの高いコンセプト・アルバム

【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』
痛快なロックンロールに理屈は不要。80年代を代表する大ヒット・アルバム

【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作
【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作
【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー
【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作
【1/12更新】 The Doobie Brothers『Best of the Doobies』前期と後期のサウンドの違いを楽しもう
【12/28更新】 Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作
【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作
【12/15更新】 Led Zeppelin『House Of The Holy』もっと評価されてもいい珠玉の作品
【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。




印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

 | 

 |   |