【3/7更新】 音楽ライター原典子の“だけじゃない”クラシック

2022/03/07

e-onkyo musicにてクラシック音楽を紹介する、その名も“だけじゃない“クラシック。本連載は、クラシック関連の執筆を中心に幅広く活躍する音楽ライターの原典子が、クラシック音楽に関する深い知識と審美眼で、毎月異なるテーマに沿った作品をご紹介するコーナー。注目の新譜や海外の動きなど最新のクラシック事情から、いま知っておきたいクラシックに関する注目キーワード、いま改めて聴きなおしたい過去の音源などを独自の観点でセレクト&ご紹介します。過去の定番作品“だけじゃない“クラシック音楽を是非お楽しみください。


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24bit衛星デジタル音楽放送MUSIC BIRD

【新番組】「ハイレゾ・クラシック」

■出演:原典子
■放送時間:(金)14:00~16:00  再放送=(日)8:00~10:00
毎月ひとつのテーマをもとに、おすすめの高音質アルバムをお届け。
クラシック界の新しいムーヴメントや、音楽以外のカルチャーとのつながりなど、いつもとはちょっと違った角度からクラシックの楽しみ方をご提案していきます。出演は音楽ライターの原典子。
■番組HP→

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■❝だけじゃない❞ クラシック 3月のテーマ


春の訪れを感じながら



凍てつく風に人間たちが震えている最中にも、木々は堅いつぼみを膨らませ、着々と春への準備を進めている。そしてある日、窓を開けてふっと空気がやわらかくなっているのを感じたとき、「ああ、もうすぐ春だな」と思う。そんな瞬間に聴きたい音楽を、今月は音のイメージで選んでみた。


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ピンカス・ズーカーマン・プレイズ・ヴォーン・ウィリアムズ&エルガー
ピンカス・ズーカーマン(指揮、vn、va)、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団


春の訪れを告げる鳥といえばひばり。ヴォーン・ウィリアムズの《揚げひばり》は《舞い上がるひばり》とも呼ばれるが、私は《揚げひばり》というタイトルに惹かれる。ヴァイオリンの独奏が大空に舞い上がるひばりの姿を描き、オーケストラがのどかな英国の田園風景を映し出す。しかし、ヴォーン・ウィリアムズがこの曲を書いたのは第一次世界大戦が勃発する直前の1914年ということを考えると、また違った風景が見えてくる。作曲者の目に映った美しい風景は、戦争によって失われるかもしれない予感を孕んだものではなかったのか。実際、この曲の初演は戦争によって延期され、1920年に行なわれた。



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シューベルト:楽興の時、即興曲集、「ロザムンデ」からの音楽
アレクサンドル・タロー(p)


ロマン派の音楽も、春によく似合う。とくにシューベルトは、うららかな春の昼下がりに名曲喫茶で珈琲カップを傾けながら聴きたい。昨年リリースされたアレクサンドル・タローによるシューベルト作品集は、体温とヒューマニティが伝わってくるような演奏だ。とくに《即興曲集 第3番》などは、きゅっと締めつけられるような切なさで胸がいっぱいになる。《即興曲集》《楽興の時》のほかに、自身の編曲による劇付随音楽《ロザムンデ》からの音楽も収録されているところがタローらしい。



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グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ全集
アレクサンドラ・スム(vn)ダヴィッド・カドゥシュ(p)


北国の人々にとって、長く暗い冬が終わり、春の訪れを喜ぶ気持ちは格別なものだろう。雪解けの水が流れる小川のせせらぎ、その水面に反射するあたたかな陽光……北欧やロシアの作品を聴いていると、そういった景色がかけがえのないものに思えてくる。グリーグは3曲のヴァイオリン・ソナタを残しているが、私は、とくに第1番に匂いたつような春を感じる(実際に作曲されたのは夏だそうだが)。人間の心もまた、じっと固まっていた冬から、生命力あふれる春に向けて躍動していく。



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【もっと聴きたい 春の訪れを感じるアルバム】




ディーリアス&エルガー:弦楽四重奏曲
ヴィラーズ弦楽四重奏団

美しい田園風景を描いた英国音楽には、春にぴったりの作品も多い。だがヴォーン・ウィリアムズだけでなく、ディーリアスやエルガーの弦楽四重奏曲にも第一次世界大戦が暗い影を落としている。ふたたびヨーロッパが戦禍に見舞われている今、あらためて聴いてみたい。


シューマン:ピアノ三重奏曲集 Vol.1
クングスバッカ・ピアノ三重奏団

シューマンの室内楽曲をはじめて聴いたときは「とらえどころがなくてよく分からない」と感じたが、聴いているうちに、春の霞のようなとらえどころのなさが魅力に思えてくる。ピアノ三重奏曲第1番は妻クララの誕生日を祝って書かれ、その後、ひと月あまりで書き上げられたのが第2番。対照的な性格の2曲である。




シベリウス:交響曲第2番、第5番
オスモ・ヴァンスカ(指揮)ミネソタ管弦楽団

シベリウスの交響曲第2番はイタリア旅行の際に書かれた曲だが、厳寒のフィンランドとはまったく違うイタリアのきらめく陽光への憧れを感じさせる。交響曲第5番は、散歩の途中で近づいてくる春の気配にインスピレーションを得て書いたと言われている。


春の夜-チャイコフスキー/ラフマニノフ:歌曲集
レナ・ベルキナ(Ms)ナタリア・シドレンコ(p)

春の夜にしかない、独特の空気をぎゅっと閉じ込めた歌曲集。チャイコフスキー《ただ憧れを知る者だけが》、ラフマニノフ《私は悲しい恋をした》など、甘美でむせかえるような感情が渦巻く。




花のしらべ
小林沙羅(S)森島英子(p)

いま引っ張りだこの活躍を見せるソプラノ、小林沙羅のデビュー・アルバム。「花」をテーマに、シューベルト、シューマン、R.シュトラウスから日本歌曲まで、多彩な表現力で聴かせる。

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“だけじゃない”クラシック◆バックナンバー

2022年03月 ◆ 春の訪れを感じながら
2022年02月 ◆ 未知なる作曲家との出会い
2022年01月 ◆ 2022年を迎えるプレイリスト
2021年12月 ◆ 2021年の耳をひらいてくれたアルバム
2021年11月 ◆ ストラヴィンスキー没後50周年
2021年10月 ◆ もの思う秋に聴きたい音楽
2021年09月 ◆ ファイナル直前!ショパン・コンクール
2021年08月 ◆ ヴィオラの眼差し
2021年07月 ◆ ピアソラ生誕100周年
2021年06月 ◆ あなたの「推し」を見つけよう
2021年05月 ◆ フランスの響きに憧れて
2021年04月 ◆ プレイリスト時代の音楽


筆者プロフィール








原 典子(はら のりこ)
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在フリーランス。音楽雑誌・Webサイトへの執筆のほか、演奏会プログラムやチラシの編集、プレイリスト制作、コンサートの企画運営などを行う。鎌倉で子育て中。脱ジャンル型雑食性リスナー。

2021年4月より音楽Webメディア「FREUDE(フロイデ)」をスタート。

 

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