【2/2更新】 音楽ライター原典子の“だけじゃない”クラシック

2022/02/02

e-onkyo musicにてクラシック音楽を紹介する、その名も“だけじゃない“クラシック。本連載は、クラシック関連の執筆を中心に幅広く活躍する音楽ライターの原典子が、クラシック音楽に関する深い知識と審美眼で、毎月異なるテーマに沿った作品をご紹介するコーナー。注目の新譜や海外の動きなど最新のクラシック事情から、いま知っておきたいクラシックに関する注目キーワード、いま改めて聴きなおしたい過去の音源などを独自の観点でセレクト&ご紹介します。過去の定番作品“だけじゃない“クラシック音楽を是非お楽しみください。


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24bit衛星デジタル音楽放送MUSIC BIRD

【新番組】「ハイレゾ・クラシック」

■出演:原典子
■放送時間:(金)14:00~16:00  再放送=(日)8:00~10:00
毎月ひとつのテーマをもとに、おすすめの高音質アルバムをお届け。
クラシック界の新しいムーヴメントや、音楽以外のカルチャーとのつながりなど、いつもとはちょっと違った角度からクラシックの楽しみ方をご提案していきます。出演は音楽ライターの原典子。
■番組HP→

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■❝だけじゃない❞ クラシック 2月のテーマ


未知なる作曲家との出会い



バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン……気づけばお決まりの大作曲家の名曲ばかりを聴いてはいないだろうか。もちろん、クラシック音楽の醍醐味は誰もが知る「ザ・名曲」を、さまざまな演奏で聴き比べるところにあるのも確かだ。しかし、たまには定番を離れて、未知なる作曲家の、まだ聴いたことのない作品との出会いに身を任せてみるのも面白い。
なんとなく名前は知っていたけれど、じつはよく知らない作曲家が筆者にもたくさんいる。そういった作曲家のアルバムを手にとり、知られざる「自分だけの名曲」を見つけたときの喜びは格別。そして、さらなる宝探しの旅へと駆り立てられるのである。


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アダルベルト・ギロヴェッツ:3つの弦楽四重奏曲 Op.42
クァルテット・オチェーアノ


まず最初にご紹介するのは、ウィーンの作曲家アダルベルト・ギロヴェッツ(1763-1850)。87歳まで長生きしたので、同時代に生きた作曲家にはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが挙げられる。ヨーロッパ各地の都市で活躍し、ウィーン宮廷劇場楽長にまでのぼりつめたギロヴェッツ後期の傑作、《3つの弦楽四重奏曲 Op.42》を世界初録音した本作からは、古典派からロマン派へと引き継がれていく19世紀初めの音楽のうねりが伝わってくる。
廣海史帆(ヴァイオリン)、大鹿由希(ヴァイオリン)、伴野剛(ヴィオラ)、懸田貴嗣(チェロ)からなる「クァルテット・オチェーアノ」はガット弦を使用しているが、豊かで輝かしい音色、熱量の高い演奏が作品の魅力を存分に感じさせてくれる。



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サン=ジョルジュ:協奏交響曲集
ミヒャエル・ハラース 指揮、チェコ室内管弦楽団パルドビツェ ほか


知られざる作曲家といえばナクソス・レーベルの膨大なカタログがいちばんに思い浮かぶが、なかでも気になるのがサン=ジョルジュ(1745-1799)。フルネームはジョゼフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュといい、フランス人の父とウォロフ族の母との間に生まれた。褐色の肌を持つため「黒いモーツァルト」と呼ばれた彼は、作曲家・ヴァイオリニストとしてフランス革命期のパリで華々しく活躍した。ルイ16世のヴェルサイユ王室楽団のディレクターに指名されたものの、人種差別のため断念。フランス革命勃発時には千人の黒人兵士を率い、戦闘に参加したという逸話も残っている。
このアルバムに収録された《協奏交響曲》とは、2つ以上の独奏楽器とオーケストラのための交響曲。ルクレールにヴァイオリンを、ゴセックに作曲を学んだサン=ジョルジュの才能が遺憾なく発揮された流麗な音楽である。



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ミロシュ・マギンの世界
リュカ・ドゥバルグ(p)ギドン・クレーメル(vn)クレメラータ・バルティカ


ミロシュ・マギン(1929-1999)はポーランド出身の現代の作曲家だが、20世紀の多くの作曲家が歩んだ道とは異なり、調性音楽である。ダイヤモンドダストのような輝きを放つ《ヴァイオリンとピアノのためのアンダンテ》、子ども向けに書かれたピアノ曲集からの《祖国への郷愁》、冒頭から熾烈にドラマティックに展開していくピアノ協奏曲第3番、ポーランドの舞踊のリズムが鮮やかにはじけるヴァイオリン協奏曲《田舎風》など、その音楽に内包されたあらゆる要素を、リュカ・ドゥバルグとギドン・クレーメルが描き出していく。

これらのアルバムを聴いてあらためて思ったのは、知られざる作曲家の魅力を世に広めるには、優れた演奏が不可欠だということ。よきインタプリターとの出会いが、ダイヤの原石を輝かせるのだろう。



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【もっと聴きたい 未知なる作曲家の音楽】




ウッチェリーニとロッシのソナタとトッカータ集
アルパルラ


同時代を生きたふたりのイタリアの作曲家、マルコ・ウッチェリーニ(1610頃-1680)とミケランジェロ・ロッシ(1601/2-1656)の作品集。アルパルラは、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ドゥルシアン(ルネサンスのダブルリード楽器)、アルパ・ドッピア(バロック・ハープの一種)による四重奏。ハープの音色が初期バロックの雅を伝える。


リース:ピアノ協奏曲集 第5集
クリストファー・ヒンターフーバー(p)
ウーヴェ・グロット指揮, ニュージーランド交響楽団

ベートーヴェンの弟子で、晩年に師の回想録『ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンに関する覚書』を執筆したことで知られるフェルディナント・リース(1784-1838)。師のもとを離れてからはイギリスに渡り、ピアニスト・作曲家・指揮者として活躍した。ここに収録されたピアノ協奏曲第2番は、9歳のリストが公開演奏会で弾いたという記録もある。




ヴァインベルク:ヴァイオリン協奏曲
ギドン・クレーメル(vn)ダニエレ・ガッティ指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

多くの知られざる作曲家に光を当ててきたギドン・クレーメルが近年熱心に取り組んでいるのがミェチスワフ・ヴァインベルク(1919-1996)。ポーランドのユダヤ人作曲家で、家族全員がホロコーストの犠牲になり、自身も亡命先のソ連で逮捕されるなど、苦難の人生を歩んだ。収録された《ヴァイオリン協奏曲》と《2つのヴァイオリンのためのソナタ》ともに1959年作曲で、レオニード・コーガンによって初演された。


シュルホフ:室内楽作品集
スペクトラム・コンサーツ・ベルリン


プラハ生まれのエルヴィン・シュルホフ(1894-1942)は、ジャズや実験音楽の要素を取り入れた作品などを残したが、それらはナチス・ドイツによって「退廃音楽」の烙印を押された。迫害を受けたシュルホフは、1942年に強制収容所で亡くなる。《5つのジャズ・エチュード》《六重奏》などを収録した本作で、その先鋭性を知ることができる。




バタワース:管弦楽作品集
クリス・ラスマン指揮, BBCウェールズ国立管弦楽団
ジェイムズ・ラザフォード(Br)

第一次世界大戦中の1916年8月5日にフランスのソンムで戦死したイギリスの作曲家、ジョージ・バタワース(1885-1916)の作品集。《緑鮮やかな柳の堤》《「シュロプシャーの若者」の6つの歌》、《管弦楽のための「幻想曲」》など、イギリスの美しい田園風景が広がる。

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“だけじゃない”クラシック◆バックナンバー

2022年03月 ◆ 春の訪れを感じながら
2022年02月 ◆ 未知なる作曲家との出会い
2022年01月 ◆ 2022年を迎えるプレイリスト
2021年12月 ◆ 2021年の耳をひらいてくれたアルバム
2021年11月 ◆ ストラヴィンスキー没後50周年
2021年10月 ◆ もの思う秋に聴きたい音楽
2021年09月 ◆ ファイナル直前!ショパン・コンクール
2021年08月 ◆ ヴィオラの眼差し
2021年07月 ◆ ピアソラ生誕100周年
2021年06月 ◆ あなたの「推し」を見つけよう
2021年05月 ◆ フランスの響きに憧れて
2021年04月 ◆ プレイリスト時代の音楽


筆者プロフィール








原 典子(はら のりこ)
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在フリーランス。音楽雑誌・Webサイトへの執筆のほか、演奏会プログラムやチラシの編集、プレイリスト制作、コンサートの企画運営などを行う。鎌倉で子育て中。脱ジャンル型雑食性リスナー。

2021年4月より音楽Webメディア「FREUDE(フロイデ)」をスタート。

 

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