小原由夫 SOUNDS GOOD~良質名盤~ 「凄い低音」

2023/02/10

「小原由夫 SOUNDS GOOD~良質名盤~」。このコーナーは、洋楽からジャズ、クラシックそして歌謡曲とジャンルを問わず日々音楽の探求を続けるオーディオ評論家の小原由夫氏が、毎回テーマに沿った良質な名盤を深掘りしてご紹介する「オーディオファンのための探求型連載コーナー」です。第4回となる今回は「低音」をテーマに、小原氏がこれまで聴いてきた『凄い低音』が収録されたアルバムをご紹介。オーディオマニアの永遠のテーマのともいえる低音再生のリファレンス音源としてもライブラリに加えていただきたい「低音」が魅力的な作品を深堀します。

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 オーディオマニアの永遠のテーマのひとつが、重厚かつ伸びのある深い低音を、いかにクリアーかつリアルに再現するかということ。手塩にかけたオーディオシステムでそれを実現すべく、スピーカーやアンプと日々格闘していると言って過言でない。切れのある透き通った高音再生を目指しているマニアももちろんいるだろうが、高音質追求の大半の動機が、自分の望む低音再生の達成という人は圧倒的に多いのである。
 理想的な低音再現のためには、自分の好きな低音楽器、あるいはその低音の質感をしっかり把握することが重要だ。それは打楽器なのか、弦楽器なのか、それとも管楽器なのか。音楽ジャンルはロックか、ジャズか、あるいはクラシックか。ここでは私がこれまで聴いてきた『凄い低音』が収録されたアルバムを紹介したい。これらの楽曲を参考に、自分の求める低音像を明確にしていただけたら幸甚だ。


小原由夫





〜良質名盤〜『凄い低音』を深堀り!



『One (2021 Remastered)』
Bob James


 御年83歳のボブ・ジェームスが74年にCTIから発表したソロ作から、「ムソルグスキー/禿げ山の一夜」のドラムに注目したい。77歳で今尚現役で活動するジャズ/フュージョン界のレジェンド・ドラマー/スティーブ・ガッドの渾身のプレイが聴けるのだ。それはもう暴れまくり、叩きまくりといっていいほの演奏なのだが、他のプレイヤーたちとしっかりアンサンブルしているところがさすがというか、神掛かっているというか。実にダイナミックかつ冴えたプレイで、テーマを奏でるブラスセクションのアンサンブルを背後から強烈にプッシュするリズムの嵐の如くだ! 見方を変えれば、この曲はガッドのドラムを聴くためにあると言っても過言でない。





『ポートレイト・オブ・ジャコ』
ブライアン・ブロンバーグ


 西海岸を拠点に活躍する超絶技巧ベーシスト/ブライアン・ブロンバーグによる、不世出のベーシスト/ジャコ・パストリアスのトリビュート作で、キング『低音』シリーズの一環として吹き込まれたもの。ここではウッドベース/エレキベースを使い分け、ジャコ所縁の曲を演奏している。「トレイシーの肖像」をアコースティックベースで繰り広げているかと思えば、「ティーンタウン」ではエレキ/アコースティック双方の多重録音でイマジネイティブな世界観を拡大している。弦を弾く際の擦れや歪みもリアルに収録され、ハーモニクスや左手のスライドなども生々しい。そうした響きを分離よく再生したいところだ。





『The Poll Winners』
Barney KesselShelly ManneRay Brown


 前述のB.ブロンバーグも敬愛しているであろうジャズ・ベース界のバーチュオーゾこそ、レイ・ブラウンである。主に米西海岸で活躍し、「コンテンポラリー」や「コンコード」レーベルに多くの名演を残した。本作はコンテンポラリーから57年にリリースされたアルバムで、雑誌の楽器別人気投票で共に1位を獲得したギタリスト/バーニー・ケッセル、ドラム/シェリー・マンと組んだトリオ作 (同レーベルには同トリオで5枚を吹込み)。左チャンネルにギター、右チャンネルにベースとドラムスというステレオ録音初期特有のレイアウトだが、プレゼンス感豊かな3者の インタープレイをじっくり聴きたい。収録曲のほぼすべてにベースソロが入っているが、特に「Mean to Me」のベースソロは必聴。正確無比なフィンガリングは流石という感じで、豊かな胴鳴りが硬くなり過ぎず、一方で鈍ったりせず、歯切れよい再現を意識すべし。





『So[Remastered]』
Peter Gabriel


 ユニークなMVで一世を風靡し大ヒットした「スレッジハンマー」が収録された、ピーター・ガブリエル86年のソロ5作目。注目は、スキンヘッドが印象的な米国人ベーシスト/トニー・レビン。1曲目「レッド・レイン」のスライドを多用したフレージングとスラッピングは、克明な再生が難儀なロック・ベースの楽曲のひとつ。「スレッジハンマー」でのファンキーな野太いビート、ケイト・ブッシュとのデュエットが美しい「ドント・ギブ・アップ」のハーモナイズするトーン、「ボイス・アゲイン」におけるタッピング奏法(スティックという特殊な10弦楽器と思われる)等など、とにもかくにも印象的なベースフレーズがテンコ盛り。芯のあるその骨太なビートをどう再現できるかは、オーディオシステム次第というところ。蛇足ながら、仏ドラマー/マヌ・カッチェの奔放かつダイナミックなドラム・プレイも聴きものです。





『響天動地』
鬼太鼓座


 集団生活をしながら精神や肉体、ひいてはチームワークを鍛える和太鼓集団が「鬼太鼓座」だ。本作はビクター製作の3枚目のアル バムで、語りの入る曲や木遣り風、祭りのお囃し的なものなど、バラエティに富んでいる。1曲目「太陽の馬」は、和太鼓の乱れ撃ちと横笛のアンサンブルを軸に展開し、サウンドステージの奥行きの深さに舌を巻く。ステレオイメージ内にワイドに広がる太鼓を鈍くならずにトランジェント鋭く、小気味よく再現したい。アルバムタイトル曲では、ジャズサキソフォニストの梅津和時がアブストラクトなプレイで絡むが、地を這うような巨大な大太鼓の轟音が強烈。本盤のハイライト「祈~大太鼓」の後半も同様に迫力充分。スピーカーを飛ばさぬよう、さらには近所迷惑にならないようご注意いただきたい。個人的にこういう音楽を聴いて心身が共鳴する感覚は、日本人特有のDNAではないかと思うのだが、いかがだろう。





『リムスキー=コルサコフ:交響組曲《シェエラザード》
/チャイコフスキー:イタリア奇想曲、大序曲《1812年》』

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ヘルベルト・フォン・カラヤン


 シェエラザードの醍醐味は、クライマックスの畳み掛けるような打楽器の連打である。一方ではストーリー性のある曲想を華美に彩ったり、ダイナミックに演出しがちだが、独奏ヴァイオリンの存在感とオーケストラのアンサンブルとが相まったスケール感を楽しみたい。クライマックスの「バグダットの祭り、海~」のコントラバスの朗々とした響きと、緩急の中にも力強さを感じさせるリズムがいい。ここでのカラヤンとベルリン・フィルの演奏は、こけおどしや意表をつく要素のないオーソドックスな佇まいだが、それだけにハーモニーの裏側から聴こえてくる打楽器の存在感にしっかりと耳を傾け、全体のエネルギーバランスを整えたい。カップリングのチャイコフスキー「1812年」も、大砲の音が低音再生の定番曲。





『Stravinsky: Le Sacre du Printemps / Bartók: The Miraculous Mandarin Suite / Mussorgsky: A Night On The Bare Mountain』
Los Angeles PhilharmonicEsa-Pekka Salonen


 新装となったディズニー・ホールでのエサ=ペッカ・サロネン初めてのライブ録音。06年初頭の収録で、以降LAフィルとは数々の名演を同ホールで残している。こちらも「禿げ山の一夜」の紹介となり、B.ジェームスと重なってしまって恐縮だが、B.ジェームス盤に負けず劣らず、本盤の音も迫真的だ。冒頭、次第にクレッシェンドしていくテーマは、ヒタヒタと徐々に迫り来るようなスリリングな展開で、オーディオ的なカタルシスを呼び起こす。風圧のようなそのグランカッサの轟きは壮絶で、どうすればこんな録音ができるのだろうと不思議でならないし、これほど打楽器が主張する、荒々しくも精巧でダイナミックな「禿げ山の一夜」を私は他に知らない。本特集の一番の押しといってもいいアルバムだ。ちなみにカップリングは、これまた低音の宝庫「春の祭典」。こちらも圧巻!





『サン=サーンス、プーランク、ヴィドール~オルガンを伴う交響曲集』
山田和樹スイス・ロマンド管弦楽団クリストファー・ジェイコブソン


 サン・サーンスといえば、ヴァイオリン協奏曲と共に人気があるのが、この交響曲第3番「オルガン付き」で、低音に関していえば殊のほか素晴らしい。ここで選出したのは、日本が誇る若き俊英、山田和樹が指揮するスイスロマンドのDSD音源。好録音に定評のあるPENTATONEだから、音質は折り紙付き。第1楽章第一部は割とおとなしめだが、後半からパイプオルガンが存在を主張し始め、厳かで豪壮なスケール感が現われる。あたかもリスナーの心を浄化するかのよう。第2楽章第二部でパイプオルガンがいよいよ本領発揮。主役を張るべく前面に出てくる。ピアノとのアンサンブルが実に美しく、深く沈んだローエンドの響きは圧巻。ティンパニー等の打楽器がそこに重なり、やがて大団円を迎える。ここではオーディオシステムに持続的な低音再現力が問われる印象だ。




小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜◆バックナンバー

第6回 ◆ 「2xHD」特集
第5回 ◆ 「パドル・ホイール」特集
第3回 ◆ 「ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅」特集
第2回 ◆ 「ビル・エヴァンス」特集
第1回 ◆ 「TOTO」特集



プロフィール




小原由夫(おばらよしお)

測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、オーディオおよびオーディオビジュアル分野の評論家として1992年に独立。ユーザー本位の目線を大事にしつつ、切れ味の鋭い評論で人気が高い。現在は神奈川県の横須賀で悠然と海を臨む「開国シアター」にて、アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。
主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)

 


 

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