e-onkyo musicにて新たにスタートした新コーナー「小原由夫 SOUNDS GOOD~良質名盤~」。このコーナーは、洋楽からジャズ、クラシックそして歌謡曲とジャンルを問わず日々音楽の探求を続けるオーディオ評論家の小原由夫氏が、毎回テーマに沿った良質な名盤を深掘りしてご紹介する「オーディオファンのための探求型連載コーナー」です。
第2回となる今回は「ビル・エヴァンス」特集。ジャズを聴き始めて最初に好きになったピアニストであり、現在もディスコグラフィーのコンプリートを目指しているというビル・エヴァンスを深掘りします。
本サイトでの新連載で、大好きなアーティストを立て続けに書けることは、真に筆者冥利に尽きるというものだ。その第2回は、私がジャズにのめり込むきっかけとなったピアニスト、ビル・エヴァンスについて書き進めていく。
中学3年の頃にジャズを聴き始めた私が最初に好きになったピアニストがエヴァンスであり、以降今日まで彼のディスコグラフィーをコンプリートするべく、既発盤はおろか、発掘物の新譜まで根気よく追い掛けたものである。ただし近年のそれはあまりにペースが早く、ちょっと追従できなくなりつつあることもこの際白状してしまおう。
さて、ここで紹介するエヴァンスのアルバムは、近年発掘された良質のものから隠れ名盤まで、全6タイトル。その中でメインで採り上げたいと思ったのが、2xHDが手掛けたDSDマスタリングによる発掘物だ。必ずしも整った機材でなく、しかも私家録音的内容も多い中で、かつてブートレグで流通していたものに比べて格段に音がよくなっている。まさしく見違えるようだ。ファイル形式としては現在最高フォーマットといえる11.2MHz DSDがラインナップされているのも興味深い。
エヴァンスのピアノは、その内省的なリリシズムが高く評価されているわけだが、躍動的でドライブ感に溢れたプレイを見せる一面もあり、私はそれをここで再評価したい。ハイレゾで聴くそれは実にダイナミックであり、鍵盤を操る微細なニュアンスやタッチの強弱が詳らかに感じ取れるのが特徴だ。それ故、DSD特有の滑らかさや艶やかさが、エヴァンスのピアノの新たな魅力を伝えてくれると実感した。アナログレコードで同じレベルを求めれば、オーディオシステムにかなりの投資をしなければならないが、ハイレゾ・コンテンツならば比較的簡潔にそれを引き出すことも叶わないではない。そうした部分を今回はじっくりレビューしたい。
小原由夫
〜良質名盤〜「ビル・エヴァンス」を深堀り!
『Morning Glory』
Bill Evans
私はブートレグ盤として流通していたYELLOW NOTE盤の2枚組BOXを所持しているが、正規盤としてリリースされた本作は、音質が格段に向上しているのに驚かされた。録音は1973年6月24日、アルゼンチン/ブエノスアイ レスでの収録。テープヒスが盛大だが、音像のクローズアップに伴う各楽器の質感の生々しさに痺れる。モノラル録音ではあるが、ここまでにじり寄った音塊的音像は鮮烈(ドラムのみ、やや奥まった位置に感じられるが)。ベースソロでは強い張りによる弦のしなり具合が感じられる。実にスリリングなトリオ演奏だ。
『Evans in England』
Bill Evans
英ロンドンの名門ジャズクラブ「ロニー・スコッツ」での演奏で、同じResonanceレーベルが発掘した「Live at Top of The Gate」の約1年後に当たる69年10月録音。メンバーはゴメス、モレルで、その後74年までこの面子にて不動のトリオが継続されるわけだが、いよいよ3人の呼吸が整ってきたことを実感させるライブ盤だ。これも11.2MHzの楽器の 音色の鮮度の高さが秀逸。どうやらモノラル音源のようで、センターに音が集中しがちだが、前から後ろに楽器が連なるモノラル特有の音の重なりに厚みが感じられる。
『Top of the Gate Remastered in DXD & DSD』
Bill Evans
1968年10月28日、米NYのヴィレッジゲイトの階上にあったライブハウス「トップ・オブ・ザ・ゲイト」での実況を演奏順に収録。録音にはアンペックスのテープレコーダーと管球式アナログミキシング卓が使われた模様。メンバーはゴメスにマーティー・モレルという第2期黄金時代。収録曲もいずれもエヴァンスの定番だ。7バージョンのファイル形式 が準備されているが、対応機をお持ちであれば是非ともDSF11.2MHzがお薦め。転送レートが高いほどライブハウスが臨場感たっぷりに伝わってくる。楽器のレイアウトはセンターにピアノ、右chにベース、左chにドラム。ピアノがやや引っ込んでいるように感じられるが、ベースソロでのピチカートの明晰さ、ドラムのブラシの生々しい質感など、実に細やかなニュアンスが感じ取れる。エヴァンスの演奏もノリノリで、緩急の付け方は普段以上。
『モントゥルーII』
ビル・エヴァンス
CTIからリリースされた唯一のエヴァンス作。お馴染みクロード・ノヴス(モントルージャズフェスのプロデューサー兼主催者)のMCで始まるライブは、潜行するような深いムードのイントロ「ベリー・アーリー」で幕を開ける。センターにピアノ、そのやや左寄りにベース、ドラムは完全に右chに定位。各人のソロが終わった後も、口笛や拍手など、熱狂的な観衆に支えられてエキサイティングにプログラムが進行する。音は決して前に出てこず、やや奥まった位置に展開。結果的に私たちリスナーは、2.8MHz/DSDによるステージをやや俯瞰気味に楽しむことになる。
小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜◆バックナンバー
第6回 ◆ 「2xHD」特集
第5回 ◆ 「パドル・ホイール」特集
第4回 ◆ 「凄い低音」特集
第3回 ◆ 「ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅」特集
第1回 ◆ 「TOTO」特集
プロフィール

小原由夫(おばらよしお)
測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、オーディオおよびオーディオビジュアル分野の評論家として1992年に独立。ユーザー本位の目線を大事にしつつ、切れ味の鋭い評論で人気が高い。現在は神奈川県の横須賀で悠然と海を臨む「開国シアター」にて、アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。
主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)