小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜「2xHD」特集

2023/06/05

「小原由夫 SOUNDS GOOD~良質名盤~」。このコーナーは、洋楽からジャズ、クラシックそして歌謡曲とジャンルを問わず日々音楽の探求を続けるオーディオ評論家の小原由夫氏が、毎回テーマに沿った良質な名盤を深掘りしてご紹介する「オーディオファンのための探求型連載コーナー」です。
第6回となる今回のテーマは「2xHD」。プロデューサーのAndre Perryと、サウンドエンジニアRene Laflammeによって立ち上げられ「The 2xHD FUSION」と呼ばれる、アナログテープと管球アンプを軸としたマスタリングシステムを用いた音作りで知られるカナダの名門レーベル。これまで、ビル・エヴァンスやソニー・ロリンズ、カサンドラ・ウィルソンらジャズ・レジェンドの未発表音源など超レア音源を数多くハイレゾでリリースしてきたことでも知られる、コアなオーディオ・ファン、ジャズ・ファンにはよく知られるレーベルだ。今回はこの「2xHD」を深掘りします。

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 大手レコードレーベル等からマスター音源を借用し、独自のマスタリングシステムにて高音質化を図ってリリースをしているインディペンデント系レーベルは欧米に数多く存在する。そうした中においてカナダの「2xHD」は、一部を除いたほぼすべてのコンテンツをDSDまたはDXD(352.8kHz/24ビット)で変換、頒布している点がセールスポイントだ。このフォーマットを見て食指が動かないオーディオマニアはいないはずだ。
 2xHDレーベルは、プロデューサーのAndre Perryと、サウンドエンジニアRene Laflammeによって立ち上げられ、現在に至る。使用機材の最新版は「The 2xHD FUSION」マスタリングシステムと命名された、NAGRA-Tテープレコーダーと管球アンプを軸としたオリジナルマシンである。その中には、Marging Technologyの「Horus」A/DコンバーターやPyramix Masscore、アトミック・リクロッキング、シルテックやシュンヤッタのケーブル類が使われている模様。これら機材は、コンシューマー/プロオーディオ等ではハイエンド機器として知られるブランド製だ。
 そのサウンドはきめ細かく滑らかなテクスチャーを抱かせるもので、周波数レンジ感も広大。充分な奥行きを保った立体的なステレオイメージも堪能できる。最近は、45回転/200g重量盤でのLPリリースにも力を入れているようだし、オリジナル製作のジャズアルバムも増えつつある。
 なお、今回は44.1kHz/24ビットのコンテンツは省いた上で、クラシック以外、つまり女性ヴォーカルおよびジャズのカタログの中からDSD/DXDのコンテンツを極力選び、1アーティスト/1作とした。ご了承いただきたい。


小原由夫





〜良質名盤〜『2xHD』を深堀り!



『Moonglow』
Cassandra Wilson


 現代女性ジャズ・ヴォーカル界のディーヴァ/カサンドラ・ウィルソンが、活動初期の1986年に他者のアルバムのゲストシンガーとして参加した際の音源5曲のみを抽出した単独アルバム。そんな超レア曲がDSF11.2MHzで堪能できるのだから堪らない。
 既にこの時点で堂々とした歌唱を聴かせる。さしずめ太筆書きという感じの濃密な質感と表現力が確立されており、ワン&オンリーという印象だ。フルートやギターのソロも、いずれも生々しくて鮮烈なサウンド。演奏全体が濃厚な空気感で包まれているのがいい。よくぞリリースしてくれたと膝を叩きたい。





『Night』
Holly Cole


 人気女性シンガー/ホリー・コールの2013年作で、夜をテーマにしたゴージャスかつしっとりとした雰囲気のアルバム。映画「007は2度死ぬ」のテーマ曲「You Only Live Twice」など、意外性のある選曲を始め、スモーキーかつ豊満なホリーの歌唱が全編に渡って冴える。眼前にグラマラスなホリーの音像フォルムが浮かび上がるかようだ。
 個人的にも試聴リファレンス曲として一時期多用した「グッド・タイム・チャーリーズ・ゴット・ザ・ブルース」など、思い出深い作品だ。2xHDのマスタリングシステムとしては一世代前になるが。DSF2.8MHzならではの滑らかな声や楽器の質感再現にも注目していただきたい。





『Blue』
Diana Panton


 2xHDに数多くの作品がラインナップされているダイアナ・パントン。本アルバムは最新作で、恋愛感情を歌った「Pink」「Red」に続くカラー三部作。失恋や傷心といった悲恋を歌った内容で占められている。
 元より可憐でチャーミングな歌声が特徴のダイアナだけに、悲しみや惜別を歌うと余計に痛烈な哀切感がある。ビートルズの「イエスタデイズ」では、オリジナルに比べて少しテンポを緩め、センチメンタルなムードを湛えた歌唱。その様子は、潤んだ眼や唇が見えるようなリアリティだ。





『Smile』
Tawanda


 次代を担う期待の新人ヴォーカリストで、2021年サラ・ヴォーン・インターナショナル・ジャズ・ヴォーカル・コンペティション優勝者のデビュー作。語尾のイントネーションやアクセントを捻ったり、こねくり回すような素振りは一切なく、それでいて技巧はもちろん、表現力がたいそう豊かで、懐が深いシンガーという印象だ。
 ピアノトリオを基本とした伴奏もそんな彼女をそっとサポートしている印象で、演奏全体から優しさが溢れ出ている。艶やかで伸びやか、しかも輝かしさのある声が素晴らしい。まだ20代というのが信じられない。





『A Woman in Love』
Barbara Lea


 1950年~60年代に米国で活躍したジャズ歌手だが、リーダーアルバムはさほど多くはない。本作は1955年リリースのデビューアルバムで、SP盤の音源2曲も含まれる。伴奏はピアニスト/ビリー・テイラーを中心としたクインテット。
 情緒漂うサラッとした歌唱で、清潔感のある雰囲気だ。ウォームなムードの中、ジャズ・スタンダード・ナンバーが次々しっとりと歌われる。強烈な個性はないが、大仰な歌唱でなく、じっくりと耳を傾けるにふさわしい往年の女性ジャズ・ヴォーカリストといえる。オブリガードを担うトランペットやピアノの瑞々しい音色もいい。





『Amor』
Amanda Martinez


 カナダで生まれ、現在も同オンタリオ州を拠点に活躍するシンガーソングライター。タンゴ等のラテン音楽を積極的に採り入れているようで、本09年作は彼女のデビューアルバムだ。
 情熱的なパッションに溢れた好アルバムという印象で、陽気で明るく、リズミカルな快作。煌びやかさと眩しさを湛えたヴォーカルスタイルは、DXDとの相性もよさそう。ジャジーな雰囲気も垣間見える現代的なタンゴ/ラテンを求める方にお薦めだ。





『L.A. Network Plays Gershwin』
Josh Nelson


「Audiophile 2 track Recording」と銘打たれた高音質シリーズで、ギターカルテットによる演奏を、オリジナルアナログマスターから「2xHD FUSION」システムを用いて高音質にデジタイズしたもの。リーダーは編曲も担当したピアニストJosh Nelson。まだ44歳と若く、ロサンゼルスを中心に活動している。晩年のナタリー・コールの伴奏も務めていたようだ。
 ガーシュイン曲集だけに、どの演奏も小粋で洒脱、スウィンギーな印象。音色が鮮度抜群で、各楽器の質感や微細なニュアンスが手に取るようにわかる。2xHDのカタログの中では内容面でやや地味かもしれないが、本作もまた同レーベルならではの優秀録音盤だ。





『Libertango』
Trio de Curda - José Ariel Palacio


 アコーディオン、チェロ、コントラバスという3者編成によるタンゴ集。アルバムタイトルからわかるように、アストル・ピアソラ所縁の曲を中心に熱い演奏が繰り広げられる。2xHDレーベルのエンジニアRene Laflamme自身が1/4インチアナログテープレコーダーを駆使して一発録音を敢行し、それを無編集、オーバーダビング無しでデジタイズ化したもの。
 どこか郷愁的な雰囲気もあったりするのは、アコーディオンのメロディが醸し出すのだろう。艶やかなチェロや深々とした胴鳴りのコントラバスもリアル。近付いたり離れたりする3者の距離感も生々しく、スタジオ内の張 り詰めたテンションがビンビンと伝わってきてスリリングこのうえない。スピーカーの存在が消え、あたかも眼前に3人の奏者が居る かのようだ。





『Arigato』
Hank Jones


 ハンク・ジョーンズの1976年吹き込みのカルテット編成アルバム。原盤はProgressiveで、米NYのDowntown Sound Studioでの録音だ。本作も「2xHD FUSION」による高音質マスタリングが施されている。
 ハンクの溌剌としたプレイが堪能できる作品だ。「ARIGATO」というアルバムタイトル曲はスピード感に溢れた演奏で、鍵盤の上をハンクの指が軽快に跳躍していく様子が見えるかのよう。ベースの名手リチャード・デイヴィスの骨太なトーンも見逃せない。





『Mega Bass』
Frédéric Alarie


 カナダ出身のジャズベーシストの2020年リリースの最新作。フレデリックのコントラバスを軸にして、様々なインストゥルメンタルが絡んだ音楽。中にはベーシスト4人なんていう演奏もある。初めて聴いた演奏家だが、心底驚いた。あまりの音の良さにブッ飛んでしまったのだ。楽器の美しい倍音はもとより、スタジオ内の共振までバッチリ収録されているのだ。
 各楽器の質感再現が鮮烈で、とりわけT.1 のコントラバスは壮絶な低音が繰り出される。編集やオーバーダビング等を一切用いずに製作される「2xHD FUSION」の面目躍如という ところ。実験的要素もあるような音楽で、純粋なジャズとは言い難い内容だが、2xHDの知られざる超優秀録音として太鼓判を押そう!





『Cannonball Adderley Quintet』
Cannonball Adderley Quintet


 ファンギージャズの権化といってもよいキャノンボール・アダレイの発掘音源だ。ドイツ・シュトットガルトでの1969年の演奏。DSF11.2MHzで聴ける熱気に溢れたプレイが楽しい。
 ファンキーな「ワーク・ソング」で幕を開ける演奏は、聴衆の拍手で一層アグレッシブなソロを取っていく形で、2管編成のフロントの音の厚みが力強いブロウによって形成されていく。アルトサックス、トランペット、ピアノとソロが引き継がれていく様子も生々しい。「2xHD FUSION」システムのクォリテ ィの高さがサウンドから窺い知れる。





『Sonny Rollins in Holland』
Sonny Rollins


 1967年のオランダでの演奏の未発表発掘音源である。T.1~4がVARA Studio 5にて行なわれたスタジオライブ、T.5~6がクラブでのライブ音源だ。ピアノレストリオによるそんな貴重な演奏がDSF11.2MHzで聴けるのは、ここe-onkyo musicだけである。
 まるでバスルームのような盛大なエコーが付加されているのがスタジオ録音の4曲で、 それでもサックスの逞しい音色と、演奏スタイルのタンギングの様子から、まごうことなきロリンズであるのが明白。楽器ににじり寄ったような生々しい鮮度感と質感だ。クラブでのライヴ2曲は、テープヒスノイズが若干目立つが、店内の臨場感が生々しい。






小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜◆バックナンバー

第5回 ◆ 「パドル・ホイール」特集
第4回 ◆ 「凄い低音」特集
第3回 ◆ 「ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅」特集
第2回 ◆ 「ビル・エヴァンス」特集
第1回 ◆ 「TOTO」特集



プロフィール




小原由夫(おばらよしお)

測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、オーディオおよびオーディオビジュアル分野の評論家として1992年に独立。ユーザー本位の目線を大事にしつつ、切れ味の鋭い評論で人気が高い。現在は神奈川県の横須賀で悠然と海を臨む「開国シアター」にて、アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。
主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)

 


 

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