小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜「ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅」

2023/01/06

e-onkyo musicにて新たにスタートした新コーナー「小原由夫 SOUNDS GOOD~良質名盤~」。このコーナーは、洋楽からジャズ、クラシックそして歌謡曲とジャンルを問わず日々音楽の探求を続けるオーディオ評論家の小原由夫氏が、毎回テーマに沿った良質な名盤を深掘りしてご紹介する「オーディオファンのための探求型連載コーナー」です。

第3回となる今回は「ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅」と題し、20世紀ソビエト連邦で活躍した作曲家「ショスタコーヴィチ」と、ハードロックの形態の一つである「プログレッシブロック」の、小原氏ならではの視点からひも解く、意外ながらも明確な共通点を深掘りします。



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 このタイトルを見て、「はて? この2つに何の関連性があるのだろう?」と訝しく思う人がいても不思議でない。片やソ連が生んだ現代音楽家の巨匠、片やハードロックのひとつの様式である。しかし私が思うに、双方には明確な共通点がある。それは『緊張』と『圧制』、『欝屈』だ。
 20世紀初頭に生まれたショスタコーヴィチは、独裁者スターリンの統制下でさまざまな迫害や批判に曝されながら自身の芸術を昇華させていった。どれだけ虐げられても他国に亡命することなく、その生涯を故国で過ごしたのである。彼の残した多数の音楽には、その生きざまが色濃く投影されているのがわかるのだが、それはまさしくプログレッシブロック(以下プログレ)の精神、様式美と多くの点で符合するのだ。
 今回の特集では、ショスタコーヴィチの作品を14タイトル紹介しつつ、どういう点がプログレと共通しているのか、私見を交えて紐解いてみたい。


小原由夫




ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅



『トリビュートロジー』
モルゴーア・クァルテット


 まさに私と同じ考えのクラシック邦人音楽家がいたことに邂逅を叫んだのは、もうかれこれ10年ぐらい前になろうか。リーダーで第一ヴァイオリンの荒井英治氏は、プログレは自分たちのアイデンティティと言って憚らないのだ。ここに収められた楽曲は、ジャケットのイラストから明らかなようにエマーソン・レイク&パーマーが中心だが、過去にはキングクリムゾンやピンクフロイドの楽曲を大々的にフィーチャーしたアルバムを発表。プログレ愛を存分に披露している。弦楽四重奏で奏でられる「タルカス」は、オリジナルにかなり忠実なアレンジで、4人の技量の高さと楽曲へのリスペクトをヒシヒシと感じる次第。これぞショスタコーヴィチとプログレの融合の瞬間だ。





『Shostakovich: Violin Concertos Nos. 1 & 2』
Frank Peter ZimmermannNDR Elbphilharmonie OrchesterAlan Gilbert


 ショスタコーヴィチに私が心酔するきっかけとなった楽曲が、ヴァイオリン協奏曲第1番。献呈者のD.オイストラフの50年代の演奏だ。このツィンマーマンの独奏ヴァイオリンも、楽曲に対する集中力という点でなかなか鋭いものがあり、抑制された暗欝とした雰囲気でメロディーを紡いでいく第1楽章の不気味さといったらない。複雑怪奇な不協和音に溢れた第2楽章は、まるでキングクリムゾンのロバート・フリップが引用しそうなフレーズのオンパレード!第3楽章の起伏に富んだシンフォニックな展開は、イエスの作風のドラマ性とオーバーラップする。





 モルゴーア・カルテット同様、このボロディン・カルテットもショスタコーヴィチの薫陶を受けた縁の深い弦楽四重奏団。1945年の結成以降、幾多のメンバーチェンジを経ていまなお活躍する歴史ある楽団だ。
 4番/8番のマーキュリー盤は、35mm磁気フィルム録音で、経年変化によるテープヒスが若干目立つものの、圧倒的なダイナミッレンジで迫る。第1楽章と第2楽章のハーモニーの険しくもソリッドな響きは、リスナーに不穏な緊張感を強いる。一転して第3楽章でテンポよく流麗にメロディーが運ぶ辺りの起承転結は、プログレの組曲のアプローチに似通う。8番は厳しく激しく、苦しさに溢れた楽曲だ。それもそのはずで、ショスタコーヴィチが自身に捧げたレクイエムなのである。
 1番/8番/14番のデッカ盤は、2015年の録音ということもあり、明晰でリッチなサウンドが楽しめる。8番もそれほど深刻さを前面に押し出した演奏ではなく、リラックスして聴けるのがいい。マーキュリー盤との比較試聴も一興だ。





 ショスタコーヴィチの交響曲チクルスで近年目覚ましい成果を上げているのが、ネルソンスとボストン響の取り組みだ。重厚なスケール感とダイナミックな展開は、ショスタコーヴィチの世界観の再現に見事合致する。
 9番の第一楽章は妙に陽気で、滑稽ですらある。第2楽章は一転して暗い。そして壮大にカラフルな第3楽章…。戦争に勝利し、当局からはその凱旋を期待されていたにも関わらず、この支離滅裂さ。体制に対するアイロニーと反骨心がその裏側に刷り込まれていることは間違いない。この辺りの作曲家の心情がプログレの精神性と重なりはしまいか。
 6番の第一楽章はシンセサイザーによるシンフォニックなメロディーを彷彿させるもので、イエスのリック・ウェイクマン辺りが参考にしていそう。ヴァンゲリス的ともいえる。第2楽章は映画のサントラのようだ。
 劇付随音楽/リア王の「序奏とコーデリアのバラード」は、まるで怪獣映画のオープニングのよう。とてつもなく大きな見えない何かに向かっていくようなダイナミックかつスペクタキュラーなムードを感じる。打楽器群による強烈かつマッシブなリズムは、ロックのアプローチと何ら変わらない。





『ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲、グラズノフ:吟遊詩人の歌』
ボストン交響楽団ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ小澤征爾


 チェロという楽器の音色は、たいそう悲哀的で胸に迫る。ショスタコーヴィチがロストロポーヴィチのために書いたこの曲は、献呈者自らの演奏だけにその心情の吐露が尋常でない。オーケストラの響きは全体に透徹としているが、第一楽章の欝屈した孤立感、第2楽章のチェロに絡み付くような管楽器の陰湿なムード等には、初期のキングクリムゾンやジェネシスが放っていたダークな響きと重なる面がある。この憂いのニュアンスそのものがプログレに相通じるのだ。





『Shostakovich: Symphony No. 5, Op. 47
- Barber: Adagio for Strings, Op. 11 (Live)』

Pittsburgh Symphony OrchestraManfred Honeck


 ショスタコの交響曲の中で最も人気が高く、吹き込み数も多い作品。それだけに名演・名録音が目白押しだ。ここで選んだのは、圧倒的な情報量と解像度で迫るこのライヴ盤。鬼気迫る緊張感の中、テーマが提示される第1楽章はひたすら重厚、第2楽章はマーチを採り入れながら三拍子という偏屈さがある。第3楽章はリスナーに迫る迫真性が圧巻。第4楽章は強制された圧迫の中での歓喜の発散で、プログレの組曲によく見られるパターンといってよい。緩急のついたスピード感が快感だ。
なお「革命」という副題は日本のマスコミが勝手に付けたもので、深い意味はない。





 日本におけるショスタコーヴィチの最大の理解者は、井上道義に他ならない。その膨大な演奏記録と吹き込み数は、諸外国からも一目置かれるところ。ここで取り上げた7番と11番は、大阪フィルとのコンビネーションが最良の形で結実した名演だ。
 第7番「レニングラード」は、独ソ戦によって900日間も包囲されたレニングラードの人民の士気を高めるべく作曲された故国讃歌。巨大なスコアを支配する重苦しい圧迫感は、他のどの交響曲よりも色濃い。その後の爆発的な演奏の勢い、凄まじさは、プログレのアプローチがなぞっている部分が見え隠れする。とりわけ第3楽章のメロディから浮かび上がる不条理と悲愴感は筆舌に尽くしがたい。
 一方の11番は、十月革命40周年を祝う曲として作られた背景があるが、そのあまりにも沈痛で悲劇的な曲想はなんなのか。厳かに始まる第1楽章、おどろおどろしいムードが横溢する第2楽章、第3楽章と第4楽章の正反対のイメージなど、難解極まりないところが、まさにプログレである。





 彼の交響曲中、最大の編成となる第4番は、長い間陽の目を見なかった悲運の交響曲といわれ、極めて長い第1楽章のイントロのシロフォンの使われ方など、プログレの香りプンプン。また、葬送行進曲を思わせる第3楽章の序奏は、どこかシニカルなメロディーがあり、体制に対する反骨心の表れと見ることもできる。
 第15番はショスタコーヴィチ最後の交響曲であり、透明感と勇壮さで自身の創作活動の集大成にふさわしい。一方では「ウィリアム・テル」を始め、さまざまな他曲からの引用がちりばめられている。
 なお、インバル/都響のショスタコーヴィチ作品はさまざまなファイルフォーマットが用意されているが、私の印象では、DSF音源がその複雑なスコアを極めて精緻なアンサンブルで聴かせてくれると感じた。





 この指揮者とオケの10番を初めて聴いた時、その圧倒的な音圧の強弱とスピード感の緩急にド肝を抜かされた。とりわけ第1楽章の緊張感と不気味さ、第2楽章のリズムの豪快さは、個人的にはドーパミンが大噴出する瞬間だ。ここでの畳み掛けるようなパワーとダイナミズムは、プログレの反復するリズム(例えば「ピンクフロイド/アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」)に相通じると思う。スターリンの死去を受け、数年ぶりに手掛けた本楽曲は、独裁者の呪縛から解け、大いなる喜びに満ちた美しさを湛える一方で、恐ろしいまでのデモーニッシュな響きが充満している。
 お馴染み2xHDリマスタリングの高音質版である2番と15番は、2番が凄い。その冒頭、厳かで静粛な導入部は、とてつもない緊張感といえよう。「十月革命に捧ぐ」という副題が付いている通り、これは国威発揚の讃歌であり、合唱の入る後半は多分に宗教的だ。それは呪術性を帯びていると言い換えてもよく、プログレの話法とも重なる。サウンド面では、細部まで透徹とした分解能の高さが、さすが2xHDというところ。




小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜◆バックナンバー

第6回 ◆ 「2xHD」特集
第5回 ◆ 「パドル・ホイール」特集
第4回 ◆ 「凄い低音」特集
第2回 ◆ 「ビル・エヴァンス」特集
第1回 ◆ 「TOTO」特集



プロフィール




小原由夫(おばらよしお)

測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、オーディオおよびオーディオビジュアル分野の評論家として1992年に独立。ユーザー本位の目線を大事にしつつ、切れ味の鋭い評論で人気が高い。現在は神奈川県の横須賀で悠然と海を臨む「開国シアター」にて、アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。
主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)

 


 

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