「小原由夫 SOUNDS GOOD~良質名盤~」。このコーナーは、洋楽からジャズ、クラシックそして歌謡曲とジャンルを問わず日々音楽の探求を続けるオーディオ評論家の小原由夫氏が、毎回テーマに沿った良質な名盤を深掘りしてご紹介する「オーディオファンのための探求型連載コーナー」です。
第5回となる今回のテーマは「パドル・ホイール」。パドル・ホイールは、1970年代後半に、キングレコードが立ち上げたジャズ・レーベルで、日本企画によるオリジナル作品のアコースティック・ジャズを精力的に発表、1984年には『マンハッタン・ジャズ・クインテット』が空前の大ヒットを記録し、押しも押されもせぬトップ・ジャズ・レーベルへと発展しました。アート・ブレイキー、マッコイ・タイナー、リー・コニッツ、レイ・ブラウンらジャズ・ジャイアントのみならず、当時気鋭の若手ミュージシャンであったクリス・ハンター、ケニー・ギャレット、デルフィーヨ・マルサリス、更には当時、“日本ジャズ維新"と呼ばれた、大坂昌彦、原朋直、クリヤ・マコトら新世代の日本人ジャズ・ミュージシャンたちの作品も積極的にリリースしたレーベルです。今回はこの「パドル・ホイール」を深掘りします。
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本邦ジャズ界の黎明期、70年代のそれを支えたのがTBMやイーストウェストとするならば、80年代のそれはパドル・ホイールに相違ない。国内企画の優良な作品を多数輩出しただけでなく、アナログからデジタルへと録音スタジオのシステムが変革したことにもいち早く対応し、国内外の優れたアーティストとの確たる信頼関係の元、一大勢力を築いたのである。間違いなくその嚆矢となったのは「マンハッタン・ジャズ・クインテット」であり、ピアニスト/アレンジャーのデヴィッド・マシューズ抜きに同レーベルの今日は語れない。パドル・ホイールの躍進と安泰は、マシューズの存在が極めて大きいといえよう。
他方では、アート・ブレイキーやマル・ウォルドロンといった大御所とのプロダクションも見逃せない。彼らジャズ・ジャイアンツとの共同作業によって、パドルホイールが世界的なジャズ専門レーベルとして認知されたのである。
また、和製オリジナルに力を入れたこともトピックだ。大坂昌彦、原朋直といった当時油の乗った邦人ジャズメンとのコラボにも魅力的な作品が目白押しだ。個人的には、菊池雅章の一時代を支えた点に一目置いている。
そんな膨大なカタログの中から、今回はオリジナル製作、なおかつ音質優秀なタイトルを試聴の上選出した。一アーティスト一作となったことと併せてご了承頂きたい。
小原由夫
〜良質名盤〜『パドルホイール』を深堀り!
『アンノウン・スタンダーズ』
デビッド・マシューズ・トリオ
親日家であり、今は日本在住のデヴィッド・マシューズは、80歳を越えた現在も精力的に演奏活動を行なっている。本作はあまり知られていないものの、実は隠れ名曲に相違ないという楽曲をマシューズが新たに息を吹き込んで完成させたもの。アレンジャーとしても類い稀なる才能を有した彼ならではの面目躍如の内容といえよう。録音はNYにて88年7月。スタジオのナチュラルなリヴァーブを活かした美しいピアノの音色がいい。ベースやドラムの音も明晰で、ステレオ音場を存分に活用して3つの楽器を大きく捉えたステレオイメージだ。実にワイドな音場感である。
『ライブ・アット・スイート・ベイジル』
アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
アート・ブレイキーもパドルホイールに数多くの吹き込みを残している。85年録音の本作は、『新伝承派』の筆頭として当時大いに気を吐いていたT.ブランチャードとD.ハリソンをフロント(+テナーサックスの計3管)に据えたセクステット構成。立体的に広がるアンサンブルの中、お馴染み「ブルース・マーチ」や「モーニン」でブレイキーお得意のドラムロール“ナイアガラ瀑布”が堪能できる。ベースやドラムの音がやや大きめのミキシングは、ローエンドの分厚さや力強さも相まって迫力充分で、熱気がビンビン伝わってくるというものだ。臨場感たっぷりの熱い演奏と会場内のプレゼンス感を聞き逃さぬよう。
『レフト・アローン’86』
マル・ウォルドロン&ジャッキー・マクリーン
日本で特に人気の高いジャズアルバムに「レフト・アローン」があるが、本作はそのリユニオンと言えるウォルドロンとマクリーンの再タッグ。86年9月に東京で録音されている。哀愁たっぷりのマクリーンのフレージングと、そこにオブリガードを付けていくウォルドロンのピアノは、いかにも日本のジャズ通好みといえよう。中央やや左寄りのマクリーンのアルトサックスの定位に対し、ウォルドロンのピアノのそれは完全に左チャンネル。やや擦れ気味のアルトサックスに、瑞々しくも力強いピアノと、各々の音色の特色が見事に収録されている。
『ライヴ・アット・スイート・ベイジル』
マッコイ・タイナー
黄金期のジョン・コルトレーン・カルテットを支えたピアニスト、マッコイ・タイナーのトリオ編成でのライブ盤だ。残念ながらパドルホイールでのマッコイの吹き込みは本作だけだが、内容はとても素晴らしい。自作曲の他、T.モンクの曲が並ぶ中、コルトレーン所縁の「ネイーマ」を演奏しているのが見逃せない。ピアノの音像が大きめに捉えられており、すべての楽器がファントムセンターに凝縮され、トリオ演奏は一体感のあるホットなもの。食器が当たる音など、ライブハウス内の喧騒がそのまま臨場感につながっている。
『ミッドナイト・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』
ケニー・バレル
50年代のモダンジャズ黄金期を支えた白人ギタリストで、ジム・ホールと並び称されるのがケニー・バレルだ(正確には黒人とのハーフ)。デトロイト出身のそのプレイは、ブルースに根差したアーシーなもので、ハードバップのギタープレイの礎を築いたと言っても過言でない。そんなバレルとホールがほぼ同時期に共にパドルホイールに在籍していたことは偶然としては出来すぎかもしれないが、今回はバレルの作品をピックアップした。しかもNYの名門ジャズクラブでのライブ盤で、珍しくアコースティックギターもプレイ。メンバー個々の楽器の音が実にナチュラルな一体感のあるカルテット演奏で、ステージ上の距離感が再生音からビジュアル的に掴み取ることができる。
『ザ・ボルチモア・シンジケート』
ザ・ボルチモア・シンジケートfeat.クリヤ・マコト
89年11月録音の本作は、米東海岸で活躍していた先鋭ジャズメンを総動員。仕掛け人は、かつて同地に滞在していたピアニストのクリヤマコト。フロント3管のセクステット編成で、ゴリゴリのハードバップジャズを繰り広げている。とても威勢のいい演奏で、アレンジもかっこよく、スピード感たっぷりのハードバップという趣きだ。3管のアンサンブルは往年の手法を踏襲しつつ、フレッシュかつダイナミックな現代的ハイファイサウンドに仕上がっており、ソロはバックから一歩前に迫り出す感じで音像フォルムもリアル極まりない。
『スカボロー・フェア』
クリス・ハンター
ギル・エヴァンス・オーケストラ全盛期のフロントエンドを支えたホーン奏者の一人が、アルトサックスのクリス・ハンター。その泣き節的トーンから、デヴィッド・サンボーンと間違われることも少なくないが、よく聴けば、ハンターの方がヴィブラートが少なめであることに気づくはず。ここでは、アルバムタイトルにもなっているサイモン&ガーファンクルのヒット曲を始め、ポピュラー楽曲を多数採り上げているが、そこではギル・エヴァンスの薫陶で鍛え上げたインタープレイやインプロビゼーションが横溢。哀感のある泣き節ブロウは、清らかさと美しさ、パワーと芯の強さがいい按配でバランス。小編成のナンバーで時折挟み込まれるピアノのメロディアスで流麗なタッチもいい。一方の大編成曲では、楽器の粒立ちが鮮明で、ダイナミックレンジは滅法広い。
『エビデンス・フォー・マイ・ミュージック』
原 朋直
大阪昌彦等と共に日本ジャズ維新の動きをフロントマンとして盛り立てたのが、トランペッターの原朋直だ。本作は95年10月に録音されたデビューアルバム。クリアーで澄んだステレオイメージの中に各楽器が明晰な定位感を伴って居並ぶ様子がわかる。2管アンサンブルの曲では精巧なハーモニーが堪能できるが、とりわけ原のトランペットの音色は直球ストレート。ソロはどこまでも突き抜け、力強い。そのくっきりとしたトーンに正統派の意志が溢れる。
『リボーン』
大坂昌彦
日本ジャズ維新と銘打って、活きのいい若手の作品を多数リリースしたのはパドルホイールの先見の妙だろう。そのコアとして動向を牽引したのが、ドラマーの大坂昌彦。01年に東京で録音された本作は、レギュラーカルテットによる胸のすく快演の連続。勢いのある熱さとパワーが漲る演奏・サウンドで、そのプレイスタイルには瞬発力としなりを感じる。ドラムが通常のバランスよりも手前に出てくるように感じるのは、ドラムのリーダーアルバム故か。
『トライアングル』
菊地雅章
2015年に他界した日本ジャズ界の至宝・菊地雅章。スタンダードも独自の解釈で再構築し、そのスピリチュアルなプレイはジャズファンを惹きつけてやまない。パドルホイール在籍時は、ゲイリー・ピーコツクやポール・モチアンと組んだピアノトリオ「テザート・ムーン」にて数枚のアルバムを発表。中でも屈指の音の良さを誇るのが本作で、91年米NY録音は同トリオでの第2弾。菊地が娘のために書き下ろした名曲「リトル・アビ」の再演に注目したい。3つの楽器の響きが透徹とした美しさで浮かび上がり、質感は鮮烈なこと極まりない。ピーコックのピチカートの明瞭さ、モチアンのブラシの繊細さ、そして菊地のタッチのデリカシー。すべてがパーフェクトに整っている素晴らしい録音だ。
小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜◆バックナンバー
第6回 ◆ 「2xHD」特集
第4回 ◆ 「凄い低音」特集
第3回 ◆ 「ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅」特集
第2回 ◆ 「ビル・エヴァンス」特集
第1回 ◆ 「TOTO」特集
プロフィール

小原由夫(おばらよしお)
測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、オーディオおよびオーディオビジュアル分野の評論家として1992年に独立。ユーザー本位の目線を大事にしつつ、切れ味の鋭い評論で人気が高い。現在は神奈川県の横須賀で悠然と海を臨む「開国シアター」にて、アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。
主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)