◆「はだしのピアニスト」下山静香のアルゼンチン曲集アルバムが配信開始
■下山静香プロフィール
撮影:STUDIO KUMU
桐朋学園大学卒業。同室内楽研究科修了。99年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてマドリードへ。故R.M.クチャルスキ、M.サバレタのもとで研鑽。ロドリーゴ生誕100年には、マドリード、ベルギーなどでの記念コンサートに出演。
その後バルセロナのマーシャル音楽院にて、C.ガリガ、故C・ブラーボ、故A.デ・ラローチャに師事。マドリード、アランフェス、バルセロナほかに招かれリサイタルを行う。
帰国後は、オール・スペインプログラムでのリサイタルを数多く開催、また、スペイン・ラテンアメリカ作品の室内楽、ピアノライブ「ラテンアメリカに魅せられて」、美術・文学ジャンルの造詣も生かした<音楽×美術><おんがく×ブンガク>などの斬新なコンサートシリーズを継続し、これまでにない切り口が話題となっている。
ソロのほか、室内楽・二重奏も重要な活動軸とし、これまでにウィーン・ヴィルトゥオーゾ、チェコフィルハーモニー六重奏団、S.フッソング(acco).M.ホッセン(vl)、R.シメオ(trp)など数々の海外アーティストと共演。
NHKスペシャルやドラマ、美術展などにおいてピアノ演奏を数多く担当。NHK-BSプレミアム「クラシック倶楽部」、NHK-BS「ぴあのピア」、NHK・Eテレ「ららら♪クラシック」、TBS-BS「本と出会う」、NHK・FM、フランス国営放送ラジオなどに出演している。
現在、各地で精力的な演奏活動を展開するかたわら、執筆・翻訳・朗読とそのフィールドは進化し続けている。また、桐朋学園大学音楽学部および東京大学教養学部にて、スペイン、ラテンアメリカ音楽の講義を担当。2012年より、NPO法人JML音楽研究所にて「スペイン音楽演奏講座」を開講。2015年より「下山静香と行くスペイン 音楽と美術の旅」を実施(主催:郵船トラベル)。これまで、自治体やカルチャーセンター、大学(京都外国語大学、東京大学、東京藝術大学、慶應義塾大学、上智大学)に招かれ、特別講義やレクチャーコンサートを行っている。
★CD:《アランフェス》(Virgo/Art Union),《ファンダンゴ》(N&F/Art Union),《PERLA ~マイ・フェイヴァリッツ・モーツァルト~》(molto fine),《アルベニス名曲集》(molto fine),《モンポウ 前奏曲 & プーランク 夜想曲》(fontec),《ショパニアーナ》(fontec),《サウダージ・エン・ピアノ》(fontec),《ロマンサ・デ・アモール》(エスツウ/シルフィードレコーズ),《ゴィエスカス》(fontec),《ライブ in アルバラシン》(molto fine)
■『アルマ・エランテ ~さすらいの魂』に寄せて
2018年12月 下山静香
南米大陸ではブラジルに次ぐ国土を擁するアルゼンチン。16世紀から続いたスペイン支配から独立を果たしたのは1916年のことです。19世紀後半から終盤にかけての西欧化政策でヨーロッパ系移民を大量に受け入れたため、中南米諸国のなかでも突出した白人国家となりました。しかし、それまでの歴史をみれば根底ではやはり混血国家であるといえます。
音楽においても、他の中南米諸国同様にヨーロッパ(ここでは主にスペイン)、アフリカ、先住民からの要素が入りましたが、ブラジルやキューバにみられるようなアフロ性は薄く、現地に生まれ育ったクリオージョの音楽性を軸に、アルゼンチンならではの音楽が形成されていきました。
アルゼンチンというとまず「タンゴ」が連想されると思いますが、その本場は「南米のパリ」とも呼ばれる首都ブエノスアイレスで、言わば都市型の音楽です。しかし、この国の音楽地平を広く見渡せば、実に多彩で魅力的なフォルクローレの宝庫であることに気づかされます。なかでもクラシック系音楽とかかわりが深いのは、パンパが育んだ音楽です。
ラプラタ川の流域、ブエノスアイレスを囲むように広がる大草原「パンパ」に暮らしていた民、「ガウチョ」― 社会からはぐれた入植スペイン人を祖とし、やがて先住民と混血した彼らは、おもに牛の放牧に従事し、馬とギターを道連れとして放浪を続ける厳しい生活のなかで孤高の精神文化を育みました。そんなガウチョの世界は、19世紀後半から20世紀にかけての民族主義意識の高まりのなかで美化され、「アルゼンチン的な精神」の象徴として文学に好んで取り上げられたのでした。そしてその動きは、音楽をはじめとする諸芸術にも影響を及ぼしています。
アルンゼンチンにおけるガウチョ(1890年頃)。マテ茶を飲みギターを弾く
(Unknown author [Public domain], via Wikimedia Commons)
今回、「中南米ピアノ名曲コレクション」第2弾を編むにあたって「タンゴだけじゃないアルゼンチン」をテーマにしてみたい、という思いがありました。まず浮かんだパンパやガウチョのイメージを柱として、アルゼンチンを代表する作曲家による有名曲・掘り出し曲とりまぜてのラインナップにつながっていきました。そのなかに、当シリーズのプロデューサーでもあるギタリスト竹内永和さんの選曲・アレンジによるバルスとタンゴの名曲が配置されるという趣向になっています。
パンパに生きた人々の生き様に思いを馳せた『アルマ・エランテ ~さすらいの魂』。アルゼンチンの大地に躍動するリズムと心のうたを、末永くお聴きいただけたら幸いです。
■曲目について
●アリエル・ラミレス:哀しきパンペアーノ(フォルクローレのモチーフによる)〔1946~?〕
Ariel Ramirez: Triste pampeano No.3 (motivo folklorico)
アリエル・ラミレス(Unknown author [Public domain], via Wikimedia Commons)
A-B-A-B'-A-B''の形式。パンパに生きる男の孤独と悲哀が、ギターの即興を模した曲想であらわされる。
●アルベルト・ヒナステラ:アルゼンチン舞曲集 作品2〔1937〕
Alberto Ginastera: Danzas argentinas
1. 年老いた牛飼いの踊り Danza del viejo boyero
2. 優雅な娘の踊り Danza de la moza donosa
3. はぐれ者のガウチョの踊り Danza del gaucho matrero
アルベルト・ヒナステラ(Annemarie Heinrich [Public domain], via Wikimedia Commons)
ヒナステラのピアノ曲でもっとも親しまれている作品で、まだ国立音楽院に在学中だった21歳頃に書かれたものである。民族色を前面に押し出した、親しみやすさと現代性が同居する音楽となっている。
第1曲は、年老いて足が少々おぼつかなくなってもなお、誇りを失わない男のマランボ。マランボとは、ガウチョが太鼓(ボンボ)のリズムに乗せて足技を競う、いわゆるサパテオの踊りである。最後に鳴らされるギターの解放弦は、ヒナステラが好んで使った素材。男性優位のガウチョ社会を彷彿とさせる第1曲と第3曲に挟まれた第2曲は、女性的で品格のある曲調で人気が高い。終曲は華々しい本格的なマランボ。馬の脚の動きを模したガウチョのサパテオは繊細かつ大胆であり、何よりも野性的でスピード感にあふれている。ヒナステラはその雰囲気を見事に表している。
●フリアン・アギーレ:アルゼンチンの歌 第1巻「5つのトリステス」作品17 〔1898〕
Julian Aguirre: Aires nacionales argentinos 1er cuaderno, 5 tristes
Triste No.1(Jujuy) / Triste No.2 / Triste No.3 / Triste No.4(Cordoba) / Triste No.5 (Cordoba)
フリアン・アギーレ(Unknown author [Public domain], via Wikimedia Commons)
4巻からなる「アルゼンチンの歌」シリーズの第1集で、「悲歌」のタイトルにふさわしく哀愁が漂う組曲。アギーレの作品中もっともよく知られている。第1曲につけられている副題「フフイ」とは、アルゼンチン最北部、ボリビアと国境を接する州の名である。先住民系の素朴なうたと、こだまの効果をとり入れた曲想はこの地の自然を思わせる。第2曲はギターのような低音の動きと、和声の豊かな響きが印象的。第3曲、自由拍子の歌のイントロダクションに続く本体では2拍子と3拍子が混在し、左手のギター的な音の運びと相まってまさにアルゼンチン・フォルクローレの趣。第4曲と第5曲には「コルドバ」と副題がつく。スペインのアンダルシアにある古都と同名だが、こちらはアルゼンチン中部の町(やはり歴史ある地である)を指す。ゆったりと温かく、どこか切ない子守歌の第4曲のあとは、組曲中もっとも舞曲的な性格をもつ曲が置かれている。
●アンセルモ・アイエタ:パロミタ・ブランカ(白い小鳩)〔1929〕 編曲:竹内永和
Anselmo Aieta: Palomita blanca Arr.Noriyasu Takeuchi
広く愛されているバルス・クリオージョ。タンゴ楽団で演奏されることが多いためバルス・タンゴ(タンゴ・ワルツ)とも呼ばれる。F.G.ヒメネスによる歌詞は、遠く離れた場所に置いてきた恋人への思いを、白い小鳩に託して届けたい、といった内容である。今回のヴァージョンは、ギターとピアノという組み合わせのために新たにアレンジされたもの。
●フリアン・アギーレ:ガト 〔1918〕 Julian Aguirre: Gato
「ガト」は、ペルーから影響を受けたアルゼンチンのポピュラーな舞曲で、アルゼンチンを囲むように隣接するウルグアイ、ボリビア、パラグアイ、チリにも広まって流行した。「猫」を意味する呼び名は、踊りながら上にあげている手が猫の手の動きに似ているところからきているという。明るい曲調で、8分の6拍子と4分の2拍子の同時進行が楽しく、踊りには華麗なサパテアードも入る。スペインのサパテアード系楽曲に比べ、少しずっこけたようなアルゼンチン・フォルクローレの感覚がよく表れている。
●アリエル・ラミレス編:御者のサンバ
Ariel Ramirez: Zamba del cocherito
サンバはアルゼンチン北西部で盛んな舞曲で、ボリビアのタリハ地方でも演奏される。(注:ブラジルのサンバsambaとはまったく別のものである。)前奏-テーマ-テーマ-サビという構成を1単位とし2回繰り返す形で、静かで優美な曲調のものが多く、ラミレスが好んで作曲したスタイルのひとつである。混合ビートが特徴で、不思議な拍感がある。踊りは、男女のペアがハンカチを振りながら円を描くようなステップをとる。
この《コチェリートのサンバ》は、アルゼンチン北部で今でも聴かれる古いサンバで、多くの編曲があり、ラミレス版もよく知られたものの一つである。
●カルロス・グアスタビーノ:バイレシート〔1937〕
Carlos Guastavino: Bailecito
カルロス・グアスタビーノ(Unknown author [Public domain], via Wikimedia Commons)
バイレシートは、アルゼンチン北部からボリビア東部あたりで発祥したと考えられる舞曲で、3拍子と2拍子のポリリズムが特徴である。序奏(A)、フォルクローレ的な歌(B)、リズミカルなダンスの要素(C)からなり、A-B-A-C-B-Aという順に演奏される。
●カルロス・グアスタビーノ:ソナティナ〔1945〕
Carlos Guastavino: Sonatina
グアスタビーノらしい美しさが際立ち、彼のピアノ曲の中でも人気が高い作品。Allegretto、Lento muy expresivo、Prestoの3楽章からなる。チェコ出身のピアニスト、ルドルフ・フィルクスニーによってブエノスアイレスで初演された。切なく紡がれる1楽章、夜想曲風の2楽章、華々しい終楽章と、小規模ながら濃い内容を持つ。
●カルロス・グアスタビーノ:カンティレーナ第1番〈泣いているサンタフェ〉〔1953〕
Carlos Guastavino: Cantilena No.1“Santa Fe para llorar
ピアノの代表作《10のアルゼンチンのカンティレーナ集》のうち、まず書かれたのがこの曲。故郷への郷愁が素朴に描かれ、ギター独奏用に編曲もされている。
●カルロス・ガルデル:ポル・ウナ・カベサ(首の差で)〔1935〕 編曲:竹内永和
Carlos Gardel: Por una cabeza Arr. Noriyasu Takeuch
カルロス・ガルデル(Jose Maria Silva (1897-2000) [1] Because of Law 9739/art.20 (Uruguay) -photo taken by request- copyright was in head of Carlos Gardel (1890-1935). [Public domain], via Wikimedia Commons)
人気絶頂期に飛行機事故で急逝したタンゴ界のスターC.ガルデルにより、映画《タンゴ・バー》の挿入歌として作られた名曲。「ポル・ウナ・カベサ」とは競馬用語で、首の差ひとつで敗れた競走馬になぞらえ、わずかの差で恋を失った男の心情を歌っている(歌詞はA.L.ペラによる)。今回のCDに収録するにあたり、あえてタンゴ色を薄めたアレンジが施されている。