【12/22更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2017/12/22
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」がスタート!
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Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作

もう10年くらい前の話ですが、ギタリストのCharさんにインタビューしたことがあります。

物書きとして、これまでたくさんの人にインタビューしてきましたが、あの時間は特別だったなぁ。緊張したとかしないとか、そういう次元の話ではなく、とにかく特別な時間だったのです。

なぜって1962年生まれの僕にとって、彼は憧れの存在だったから。21歳でアーティスト・デビューした時点で、テクニックも表現力も完成の域に達していたし、過去に見たことがないタイプだったというか。

しかも特徴的だったのは、多くのギタリストがフェンダーのストラトキャスターやテレキャスター、ギブソンのレス・ポールなどのギターに傾倒するなか、彼はあえてフェンダーのムスタングという、どちらかといえばビギナー向けのギターを愛用していたことでした。

そこには、「テクニックがあれば、どんなギターを使っても最高のプレイができるんだぜ」というメッセージが込められているようにも感じたものです。

ところで話は飛びますが、1974年にNSPというフォーク・グループの「夕暮れ時はさびしそう」という曲がヒットしました。当時小学6年生だった僕も大好きだったので、小遣いを貯めてシングル盤を買いました。

その結果、ひとつの発見をすることになります。B面に収録されていた「コンクリートの壁にはさまれて」という曲が最高にかっこよかったのです。「夕暮れ時はさびしそう」はセンチメンタルなフォークですが、こちらはアグレッシヴなロック・ナンバー。

特に攻撃的なギター・ソロが最高だったのですが、あとから調べて見たところ、それを弾いていたのはCharさんでした。彼が中学生時代からスタジオ・ミュージシャンとして活動していたことは有名ですが、この曲が出た1974年は19歳だったはず。いろんな意味で衝撃的でした。

さて、話を戻しましょう。そんなCharさんは、「コンクリートの壁にはさまれて」から2年後の1976年にファースト・アルバム『Char』をリリースします。

それを耳にしたとき、当時はまだ中学生だった僕は(ちょっと陳腐な表現ですが)「日本人とは思えない」と感じてとても驚きました。それまでに聴いた日本のロックとも似ていなかったし、むしろ海外アーティストの感覚に近い。そんな人がいたのかと、大きな衝撃を受けたのです。

ファースト・アルバム『Char』は、いまなお鮮度を失わない名作です。しかも、改めてチェックしてみると、ものすごく音がいい。リマスターが成功しているんでしょうね。

リリース当時はいんちきなレコードプレイヤーしか持っていなかったので、ペラペラな音に甘んじる以外に手段はなかったのですけれど、ハイレゾで聴きなおしてみると、サウンド・クオリティの高さがはっきりとわかります。

冒頭の「Shinin’ You Shinin’ Day」を耳にした時点で、「こんなに立体的な音だったのか!」とぶっ飛びました。全体について言えることなのですが、音の粒立ちがよく、奥行きがあり、演奏能力の高さを効果的に引き立てているのです。

「かげろう」で聴ける、クラヴィネットのグルーヴ感が絶妙もたまらないですね。でもグルーヴ感という意味では、「It’s Up To You」も捨てがたいな。それから「視線」では、Charのスライド・ギターが、歌詞の恥ずかしさをうまいこと隠している(ホメ言葉です)。

そして、なんといっても代表曲の「Smoky」ですよ。グルーヴ、技術力、バランス感覚、バンドとしての一体感など、あらゆる意味において突き抜けた名曲。しかもアルバム6曲目(LPではB面1曲目)に出てくるからこそ、「待ってました!」って感じで興奮も高まろうというもの。中盤のギター・リフは悶絶モノですわ。

というわけで、1曲たりとも捨て曲が存在しない文字どおりの名盤だと断言できます。

そんな思いがあるからこそ、お会いしたときには思わず「実は僕、いまでもファースト・アルバムがいちばん好きなんです」と伝えてしまいました。伝えずにはいられなかったのです。

とはいえそれは、相手を怒らせてしまいかねない発言でもあります。場合によっては、現在を否定しているともとられかねないからです(もちろん、そういうつもりではないんですけどね)。

ところがCharさんは、僕の無神経な言葉を受け、うれしそうにこう答えたのです。

「そうなんだよ、俺もそう思うんだよ」

もう、この人って最高だなと思いました。無駄な気負いがないし、とても純粋。いい意味での音楽バカ。もう、一生ついていこうと思った瞬間でした。

どうやら、NSPの「コンクリートの壁にはさまれて」のことは覚えていないようでしたが。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Char[Remaster]』
/Char






印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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