連載『辛口ハイレゾ・レビュー 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第6回

2014/02/07
辛口ハイレゾ・レビュー第6回は、1月にリリースになったばかりの神保彰さんの最新作!サンプリング周波数は44.1kHzとCDと同じ。あれ?それってハイレゾなの?!その疑問は記事をお読みいただければ分かります。それではいってみましょう!
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
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第6回 『Crossover The World』 神保 彰
~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~

■ 録音現場で44.1kHzや48kHzが使われるワケ

今回ご紹介する太鼓判ハイレゾ音源は、44.1kHz/24bit。CD規格が44.1kHz/16bitですので、ハイレゾ版との違いは「24bitか16bitか」というビット数のみです。多くの皆さんが、「48kHz/24bitは、流石にCDより音が良いのは聴いて分かる。でも同じ44.1kHzなら、16bitが24bitになったところで大差はないだろう。」とお考えでしょう。私もずっとそう思っていました。「そうではなかった!参りました。」というのが本日のお話です。

16bitと24bitの技術的な違いは、ネット検索すると山ほど解説が出てきますので、ここでは私が体験したレコーディング現場での実際をご紹介しましょう。

① レコーディングでは44.1kHzや48kHz録音が使われることが多く、プロデュース側が指示しないと96kHzや192kHz録音にはならない可能性が高い。
② スタジオで鳴っている44.1kHz/16bitは、とっても良い音。

まず①については、“慣れ”という理由が大きいと思います。録音現場では、とにかくストレス無く作業が進むのが優先です。ミュージシャンはもちろん、スタジオに居る全員が音楽を生み出すことに集中したいのです。今でこそコンピュータの性能が向上しましたので問題は少ないですが、96kHzや192kHzといった大きなデータ量を扱うのは高負荷の元。名演奏がいつ誕生するかわからない現場で、コンピュータのフリーズなどのトラブルは絶対に避けたいのです。44.1kHzや48kHzのほうが負荷は軽く安全と言えるでしょう。

また、他のスタジオとの互換という問題も考えねばなりません。どのスタジオで鳴らしても正常に再生できる規格が扱い易いのは当然ですし、使えるエフェクターが96kHzまでという例も多いです。とにかく作業性と安全性の問題から、44.1kHzや48kHzが好まれる傾向があると私は感じています。

従来は、商品としての完成ゴールがCDだったということも理由です。大きな規格で作っておいて最後にCD規格へ落とし込むという手法もあれば、ゴールの44.1kHz/16bitのまま最初から作業を進めるという方法もあります。どちらが優れているということはなく、これは制作側のスタイル違いという感じです。今後は完成ゴールがハイレゾ音源というバージョンも存在することを考えると、44.1kHz/16bitでセッションをスタートするというスタイルに変化が生じるのは間違いないでしょう。

そして②が、あまり知られていないもうひとつの理由。スタジオで鳴っている44.1kHz/16bitは、とっても良い音なのです。CD規格が良い音で鳴るなんて、オーディオマニアには信じられないかもしれません。私もCDプレーヤーから鳴っている音は、硬くて冷たくて長く聴き続けられないと思います。CDの硬い音が嫌で、アナログレコードやSACD、ハイレゾを聴いている方も多いはず。しかしそれはCDプレーヤーで聴く44.1kHz/16bitのサウンドであって、スタジオで聴く44.1kHz/16bitマスターとは似て非なるものです。

例えば、レコーディングで生演奏をモニターし、そのプレイバックとして44.1kHz/16bit録音を聴く場合、そこが96kHzや192kHzに変わったところで大きな差は感じないと思います。それよりも、エンジニア技術の優劣、マイクの種類や位置、なによりミュージシャンの調子のほうがプレイバックのサウンドに与える影響は大きいものです。私が経験した面白い音質向上の瞬間は、ミュージシャンが休憩で食べた差し入れのお菓子が美味しくて、次に録ったテイクの音が抜群に良かったというもの。レコーディング現場は、オーディオ試聴と異なり、もっと人間味あふれている世界なのです。

実際、スタジオでプレイバックする44.1kHz/16bit録音を聴いて、私は音に不満を持ったことが一度もありません。普段はCDの硬い音があれだけ苦手なのに、不思議なものです。作り手側は、音楽を記憶する器として44.1kHz/16bitが小さいと感じていないのですから、あえてコンピュータの負荷を大きくする96kHzや192kHz録音を使用する必要は無いと考えるのが普通。これが聴く側と作り手側との大きなギャップであると思います。

録音現場で聴く44.1kHz/16bitマスターの音が自宅でも聴きたい。その夢を叶えるひとつの方法が、44.1kHz/24bitや48kHz/24bitというハイレゾ音源です。レコーディングで44.1kHzや48kHzで作業する場合、ビット数は24bitしていることが多いと思います。私は、この24bit音源をハイレゾとして聴かせてほしいと願っているのです。44.1kHzや48kHzを、下手に96kHzや192kHzやDSDに変換する必要はありません。そのままの44.1kHz/24bitや48kHz/24bitを聴きたいのです。さすがにCD規格と同じ44.1kHz/16bitでは聴く側の食指は動かないでしょう。ですが、24bitサウンドが本当に素晴らしいものならば、私ならばCD盤よりも迷わすそちらを選びます。

44.1kHz/24bitや48kHz/24bitがハイレゾとして認知されることで、まだまだたくさんのお宝マスター音源が発掘されるはずです。過去のアナログテープ音源や最新ハイレゾ録音音源だけでなく、音楽はもっと貪欲に聴いてみたい。聴く側で「44.1kHzや48kHzではちょっと・・・」と食わず嫌いでブレーキをかけるのは、なんとももったいない話なのです。

そして、本日ご紹介するハイレゾ音源が、24bitサウンドの可能性を私に教えてくれました。ハイレゾ音源の未来は明るい。そう感じさせてくれた作品です。

■ 神保彰さんにインタビューを慣行!

今回は単なる音源レビュー連載という枠を超え、アーティストご本人のインタビュー取材を行ってきました。

『Crossover The World』 (44.1kHz/24bit)
/神保 彰


神保彰さんと初めてお会いしたのは、著書『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』の対談。その流れもあり、今回の取材はリットーミュージックさん用のインタビューだったのですが、せっかくの機会ですのでこの連載用にハイレゾの話題も神保さんご本人にバッチリ聞いてきました。

※ 神保さんへの詳しいインタビュー記事は、RandoMのページをご覧ください。
RandoMページへ



インタビューに先立ち、『Crossover The World』のハイレゾ版を予習しておいたのですが、これがもう抜群に音が良い。前述のように「44.1kHz/24bitなんてハイレゾじゃない」という思い込みがガラガラと崩れ去る瞬間でした。1曲目冒頭、シンバルのフェードインを聴いただけで、もう一発ノックアウトです。これは神保さんに直接お会いして話を聞くしかない!インタビューはキングレコードのマスタリングスタジオで行いました。

ハイレゾ版について、まず神保さんにお聞きしたのは「なぜ44.1kHz/24bitになったのか?」ということ。「ハイレゾ版を出すかどうかが決まらない状態のままレコーディングに入ってしまった」というのが理由でした。ロスでレコーディングされた本作は、レコーディング・エンジニアのタリー・シャーウッド氏が44.1kHz/24bitで作業を進めていました。そのため、ハイレゾ版は44.1kHz/24bitでのリリースとなっています。といってもミックスダウンのデータそのままを販売しているのではありません。『ART POP/レディガガ』を手掛けたマスタリング・エンジニアである、ジーン・グリマルディ氏のマスタリングが行われた44.1kHz/24bit音源です。

『Crossover The World』のCDとハイレゾは、全く同じマスタリングとのこと。波形データで比較しても違いはありません。


名手ジーン・グリマルディ氏のマスタリングですから、CD盤もめっぽう音が良いです。波形データからも、音の抑揚がきちんと残りながら、サビの部分では音圧の高いガツンとしたサウンドであることが読み取れます。著書『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』でも、神保さんの作品『Jinbo Jamboree』を“空間が突き抜けて見えるようなサウンド”ということでオーディオ・チェック盤として推奨しましたが、ジーン・グリマルディ氏のマスタリングはいつ聴いても“カッコいい”のが特長なのです。

ではCDとハイレゾが同じサウンドかというと、これが非常に興味深い。これこそが24bitと16bitというビット数の違いであると感じられるほど、音に差異があります。音像としては、大きさや形、位置、広がりなど、同じマスタリングの音源ですからCDとハイレゾで見事に一致します。音圧も同じですし、音色も同じ。実は、このあたりだけに着目していては、両者に違いを感じることはできません。問題は音の質感、実在感といったポイントです。

1曲目でシンバルがフェードインしてきます。ハイレゾ版は、この音が非常にリアル。シンバルの輝きや金属の質感、揺らぎまでが見えるようです。ハイレゾと聞き比べるから初めて気付くことなのですが、CDでは同じシンバルのフレーズなのに非常に人工的な音に感じます。ハイレゾのほうが生演奏に近く、CDはスピーカーから音が鳴っているという印象です。9曲目の冒頭も同様で、ギターのマイケル・ランドウ氏とアレン・ハインズ氏のソロ・バトルが、ハイレゾ版ではまるでギターアンプが目の前に出現したかのように実在感があります。自分が楽器ショウに迷い込んだような錯覚に陥りました。これに驚き同じ9曲目をCD盤で確認してみると、いつものオーディオから鳴るギターにしか出会えません。

この連載ではお馴染みとなりましたが、音楽を料理に例えると分かりやすいのではないでしょうか。CDとハイレゾで、お弁当箱の縦横の大きさは全く同じです。違いはお弁当箱の深さ。24bitハイレゾ版では、お弁当箱の深さが16bitCD版の倍くらいあるイメージ。お弁当箱を上から見たら同じ料理の品数に見えるけれども、深さがあるのでハイレゾ版は大盛なのです。あなたがもし24bitの音の実在感に気付いてしまったなら、さあ大変。もう普通盛のCD弁当には、ちょっぴり物足りなく感じる音楽の大食漢になってしまったのです。

神保さんご本人は、この違いをどう感じられるのでしょうか?せっかくのマスタリングスタジオでの取材でしたので、神保さんと一緒に1曲目と9曲目のCDとハイレゾを比較試聴してみました。

「如実に違いが出ますね。キックとスネアが自分の一番の判断ポイントなんですけど、24ビットだと、どっちもすごく音がグッと締まって、コンプレッションが良い感じでかかっている感じがします。16ビットの方は、ちょっと甘いというか、ちょっとふわっとしていますね。24ビットの方が、ガシガシ来る感じがある。」とのご感想。9曲目のギターサウンドの試聴では、私の言う「まるで楽器フェアに迷い込んで、そこで鳴っているギターアンプを聴いているみたい」というサウンドそのものがハイレゾ版から感じられ、神保さんはもちろん、その場に居た関係者全員で「本当だ~!」と多いに盛り上がりました。

レコーディングのときのコントロールルームで聴くプレイバック時、神保さんの勘どころは、「打楽器奏者としては、例えば倍音成分が上まで綺麗に伸びているというようなことよりも、ガツンと来るか来ないかが判断ポイントだったりする」とのこと。私も“ガツンとくるサウンド”という同様の基準で、この連載の太鼓判ハイレゾ音源を選んでいます。いかに音が美しくとも、あふれんばかりの音楽エネルギーが感じられなければ太鼓判は押せません。そういった意味で『Crossover The World』はガツンときました。単に力強いサウンドという意味ではなく、聴き手側に音楽エネルギーが豊潤に届く音なのです。

神保さんの同時発売アルバム『JINBO de COVER3』も、同様に太鼓判級のハイレゾ音源として高く評価できます。神保さんのドラムが炸裂しているという意味では、『JINBO de COVER3』のほうが上かもしれません。4曲目の「交響曲第5番 運命」では、ご本人がライナーノーツで「ドラムの音数はこの一曲で有に1万発を越えているかもしれません。うるさくてご免なさい。」と書かれているように、嵐のようなドラムの連打が楽しめます。5曲目「コーヒー・ルンバ」も素晴らしいです。『Crossover The World』のほうを今回の太鼓判ハイレゾ音源として選んだのは、生演奏の比率が高いぶん、より大きな音楽エネルギーを感じたためです。このあたりは好みの範疇で僅差ですので、『JINBO de COVER3』も合わせてお薦めさせていただきます。

『JINBO de COVER3』 (44.1kHz/24bit)
/神保 彰


神保さんファンとして、新作が素晴らしい作品であるのをとても嬉しく感じています。1曲目のアルバムタイトル曲「Crossover The World」は私の愛聴曲となりました。カシオペア時代を含め、神保さん作品の中で個人的ベスト3に入る名曲だと感じています。アルバム全体に流れているのは、すごく前向きな気持ち。自分の心がうつむき気味のときに『Crossover The World』を聴けば、いつのまにか視線が少し上を見つめているのに気付くでしょう。

オーディオ好きの人には24bit体験のハイレゾ確認音源として、神保さんファンには好きな音楽を少しでも良い音で聴く新しい世界として、自信を持ってハイレゾ版『Crossover The World』をお薦めします。私が神保さんファンという思い入れを抜きにしても、間違いなく太鼓判です。

インタビュー終了後に、神保さんから「西野さん、ハイレゾの現状って実際どんな感じですか?」と質問がありました。私からは、ハイレゾが盛り上がりを見せていること、聴き手もメーカーもハイレゾ市場の拡大に期待を寄せていることなど、きちんと正確にお伝えしておきました。来年の初めには、44.1kHz/24bitよりも更に大きなハイレゾ規格で、神保さんのドラムを楽しめるかもしれません。大いに期待したいところです。

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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。

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