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連載『辛口ハイレゾ・レビュー 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第2回

2013/11/29
ハイレゾ音源探索のご参考に、毎回とっておきの作品をご紹介する連載『辛口ハイレゾ・レビュー 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』、第2回は、その制作過程もユニークな、『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部 』 です!
第2回 『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』
~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~

■ 波形データから音楽を想像する

ハイレゾ音源を紹介するときに、音楽を視覚化して表現できないものかと考えたのが波形データ画像の掲載。波形データからどのようなものが読み取れるのか、少し解説してみます。

波形データは、横軸で時間の経過を、縦軸で音の大きさを表します。左端から演奏がスタートし右端で終了するという音楽の流れです。上下にギザギザと現れている波形が音の大きさで、音が大きいほど触れ幅が大きく表されます。上半分が左チャンネル、下半分が右チャンネルです。無音になると波形のギザギザが無くなり、グラフは一本の横線に表示されます。

この波形データで何が読み取れるのか?残念ながら音質との関係性は、ほとんどわかりません。時間経過における音量変化を表しているだけで、演奏の上手さやメロディーの美しさがグラフからは伝わってこないためです。しかし、少しだけ音楽を“見る”ことができるのが波形データの面白さ。音楽の何が見えるのか、特徴的な波形データでチェックしてみましょう。

図Aは、某女性アイドルグループの大ヒット曲(CD音源)の波形データです。音楽スタート直後から縦軸の音の大きさは振り幅最大で、そのまま曲の終わりまで連続した音圧が続いています。いわゆる“音圧の高い、真っ黒な波形”と呼ばれているもので、実はこういう波形データは珍しいものではありません。ROCK/POPSジャンルでは、大多数と言ってもいいくらい一般的な波形です。

↓図A


図Aの波形が悪いのかというと、そうとも言い切れません。イントロからアクセル全開で疾走するサウンドの楽曲ならば、このような音楽表現があっても良いのではないでしょうか。ただし欠点はもちろんあり、これだけ音量を詰め込んでしまうと音楽の抑揚が再現できなくなります。カラオケ教室でも真っ先に教えるのが、「Aメロは抑え気味に歌い、Bメロで盛り上げていき、サビで元気いっぱいに!」という歌唱の音量コントロール。音圧の高い波形データの楽曲ではAメロもBメロもサビも常に最大音量で一定ですから、カラオケでいう“一本調子の歌”となってしまい、感情表現が難しくなってしまいます。

音圧の高い真っ黒な波形で表される音楽は、自然に存在する音ではなく、人為的に作り出されたサウンドです。最大ピークの大きな音を抑え、小さな音を持ち上げるという音加工をすれば、音圧は上昇し波形は真っ黒になります。こうした音圧の高いサウンドはコンプレッサーなどを使ったエフェト処理の結果ですから、真っ黒な波形からは「この音源はマスタリング処理が行われているのではないか」ということが読み取れます。ハイレゾ音源の場合、良い意味でマスタリング処理されていないものも多数存在しますので、波形データで視覚的に音楽を見るのも参考になるのではないかと考えました。波形データで音質はチェックできませんが、その作品が音楽の抑揚を大切にしている作品か、音圧アップで迫力を狙った作品かくらいは想像できそうです。

もうひとつ、これは私の感じているところなのですが、“素晴らしい音楽は、波形データも美しい”ということ。波形データの元となっている情報は、なんといっても音楽そのものです。売上データのグラフといった無機質なものではなく、音楽という心ある情報を数値化しています。空気振動である音という表現を使って私たちの心に届くのも音楽ならば、その音量変化をグラフ化した波形データも音楽。楽譜とはニュアンスは違えども、目で見ることのできる音楽のひとつの形ですので、音楽の持つ喜怒哀楽や演奏家が伝えたかったことの片鱗が視覚的に記録されているように思えてならないのです。

波形データを数多く眺めていると、横軸を左から右へと移動していくギザギザが、まるで水面の波紋のように見えてきました。そして音の良い音源は、不思議とその波紋が美しく広がっていることが多いのです。本連載の共通項として、波形データを掲載していきます。深い意味はありませんので、毎回なんとなく眺めるだけでOKです。波形データからその先にある音楽情報にほんの少しでもアクセスできれば、音楽の視覚化は大成功。音楽の波が流れていく様を、ぜひ波形データを見て想像していただければと思います。

■ 広く美しい音像が魅力の女性ボーカル作品

ハイレゾ音源のジャンルは、ジャズとクラシック作品が圧倒的に多いのが現状です。従来のオーディオ市場が、大多数のジャズとクラシックのファンに支えられてきたからという理由でしょう。しかし、ハイレゾという新しい音楽再現方式を考えると、コンピュータが駆使できるのは大きなメリットですから、従来のオーディオファンだけでない新しい音楽ファンと一緒に育てていける世界なのかもしれません。連載第2回の太鼓判ハイレゾ音源は、日本の女性ボーカル曲をご紹介します。普段よく聴いているジャンルの音楽が、ハイレゾ音源になるとどう聴こえるのか。しかもマスター音源クラスの太鼓判ハイレゾ音源ならば、いったいどんなサウンドが飛び出すのか。ぜひ聴いてみてください。

『アイシテルの言葉』 (96kHz/24bit)
/中嶋ユキノ with 向谷倶楽部


ネット中継でレコーディングを行い、完成日当日に配信リリースされて話題となった作品。e-onkyo担当者に聞くと、徹夜で音源完成を待って配信をスタートさせたとか。釣れたての魚をお刺身で食べるような、まさに録って出しの作業。これが実は高音質にも繋がっているのではないかと感じました。スタッフの努力はきちんと実を結んでいるのです。

ミュージシャンは超が付くほど豪華。向谷倶楽部の向谷実氏がキーボードを担当しているのはもちろん、リズム隊はベース鳴瀬喜博氏、ドラム島村英二氏と、向谷氏の人脈をフルに活かした布陣です。島村英二氏は、日本語のバラードを叩かせたら最高峰のドラマーではないでしょうか。今回も歌うドラムが泣かせます。

パーカッションに世界的ドラマーの神保彰氏が起用されているのも見逃せません。私はリアルタイムではなかったものの、レコーディング動画を見ることができました。“世界の神保”がドラムではなくタンバリンを振っている映像は、なかなかの衝撃でした。神保氏の贅沢な起用は確実にプラスへ作用しており、プレイの存在感は抜群。サビからの正確無比のグルーブは、まるで島村氏と神保氏のツインドラムのように曲を盛り上げてくれます。

主役の女性ボーカルが、これまた素晴らしい。リズムやピッチが正確で基本的な技術が高いのはもちろん、なにより言葉を大切に歌っているのに感激しました。口先だけのテクニックばかりで心に響く歌声が少なくなった昨今、中嶋ユキノさんは長く歌い続けてほしいボーカリストの一人です。

今回のハイレゾ版『アイシテルの言葉』は、枠が無い音像が実現しているのを高く評価しました。CD盤を聴いていると、どうしても44.1kHz/16bitの枠が見えてくるものです。例えば歌声が響いていったときに、生演奏ならばどこまでも伸びていくはずの余韻が壁にぶつかって失速するように感じたり、ピアノの大きさが実物大よりひと回り小さく思えたり。その壁のポイントを繋ぎ合わせていくと、音楽がテレビのように一定の枠の中で演奏されていると私は感じてしまうのです。ハイレゾ規格はCD規格よりも大容量なのですから、その枠をもっと広げてほしいと思うのは人情。ハイレゾ音源には、テレビのインチ数を大きくしていくような感動があっても良いのではないでしょうか。

ハイレゾ版『アイシテルの言葉』が素晴らしいのは、そういったCD規格の枠が取り払われたかのように余韻が大きく広がっていくところです。中嶋ユキノさんがリスナー側に一歩近づいて歌ってくれているかのように音像が立体的ですし、バックの演奏は実物大のゴージャスさを感じます。CD時代にいくら頑張っても実現しなかった音像の広がりです。

1曲目「アイシテルの言葉」の波形データ(図B)を見てみましょう。

↓図B


前奏→Aメロ→Bメロ→サビ・・・と、ギザギザの波形が波打っています。この音楽の抑揚が、人の心を揺さぶるのです。全体的な波形の音圧、特にサビの音圧が高いことから、マスタリングの工程があったことが伺えます。

次に3曲目「アイシテルの言葉~piano & vocal ver.~」の波形データ(図C)を見てみましょう。

↓図C


こちらの波形のほうが、見た目に美しく感じます。このpiano & vocal ver.はピアノと歌だけ取り出した簡易編集トラックだと甘くみていたら、完全に別演奏でした。荒削りながら、そこがまた生々しくもあり、このpiano & vocal ver.も大いにお薦めです。一般的な音楽制作現場ならば、ピッチやリズムをエディットしたくなるところも確かに存在します。しかし、その編集作業になんの意味があるのでしょう。私たち音楽好きは、修正して整えられた音が聞きたいのではなく、演奏家の魂を感じたいのですから。

レコーディング後すぐに配信リリースということからの時間的制約は計り知れません。そこが音を作り込みすぎないという好結果に繋がったのではないでしょうか。マスタリング作業まできちんと行っているとはいえ、なんとなくミックスダウン直後の活きのいいサウンドに感じます。そう、このハイレゾ版『アイシテルの言葉』は、まるでレコーディングスタジオのプレイバックモニターを聴いているような快感があるのです。

ハイレゾ版『アイシテルの言葉』は曲単位の販売ですから、1曲ずつ安価で購入できるのも大きな魅力。『アイシテルの言葉』の圧縮音源版をお持ちの方ならば、ハイレゾ版に買い直す価値は充分にあると思います。オーディオ好きの方ならば、音質ではなく音像に魅力あるソフトですから、課題としては上級クラスの難題です。ぜひ立体再現に挑戦してみてください。

本作は、オーディオマニアの言う歴史的優秀録音とは趣が違うかもしれません。しかし、“豪華ミュージシャンによる生演奏で、素敵な歌声の女性ボーカルが良質な楽曲を歌う”という、近年では忘れられつつある真摯な音楽制作の姿勢が、その良質なサウンドから感じられます。関係者一同の熱意に、思わず音楽の神様も微笑んでくれたのでしょう。まさに太鼓判のハイレゾ音源です。

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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。

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