創立85周年記念 牧野良幸セレクト「オーディオ愛好家を魅了するブルーノート・サウンド」

2024/02/16

ジャズ界屈指の名門レーベルである「ブルーノート・レコード」。ドイツ出身のアルフレッド・ライオンによって、1939年にニューヨークで創設されました。音楽史上最も重要なレコード・レーベルの1つとして、ジャズ界のみならず、ミュージック・ビジネス・シーン全体に影響を与え続けています。この度e-onkyo musicでは、創立85周年記念 牧野良幸セレクト「オーディオ愛好家を魅了するブルーノート・サウンド」と題しまして、オーディオ愛好家必聴の名盤をご紹介いたします。

■総論


ブルーノートは今も昔もジャズファンに人気のレーベルだ。創業者であるアルフレッド・ライオンの情熱、ルディ・ヴァン・ゲルダーの録音、そしてリード・マイルスのジャケット・デザイン。それらが組み合わさりジャズファンを魅了してきた。

もちろんそれ以上に音楽と音質こそが、ブルーノート のいちばんの魅力だったことは間違いない。現在でも聴けば聴くほどにブルーノートは最先端のジャズを世に出していたと実感する。アルバムを聴いて「この演奏、進んでるなあ」と感心して録音年を確認すると、自分が予想していたよりも数年前だったという経験はザラである。音質にも同じことが言えて、「いい音だなあ」と感心して録音年を確認すると、予想より前の録音であったりする。

ブルーノートはオーディオ愛好家を惹きつけた。ちょうどクラシックではデッカの録音が人気だったように。スピーカーから生々しい楽器の音が飛び出す。骨太で肌ざわりまで伝わるような音は、オーディオソースとしては極上だ。素晴らしい音源を極限までいい音で再生したい。好みの音で鳴らしたい。それが実現した時の喜びは何ものにも変え難い。ヘッドフォンユーザーからハイエンドユーザーまで、広くオーディオ愛好家に共通する喜びだろう。

そう考えるとブルーノートはハイレゾの時代になってますます貴重なソースになっている。ブルーノートのアルバムをいい音質で聴きたいと思うなら、16ビットよりもアナログライクな24ビット、DSDのハイレゾを選びたい。人気作ならほとんどハイレゾ化されており、現ブルーノート社長であるドン・ウォズの監修のもと、オリジナル・アナログ・マスターを元にした最新リマスターも登場している。往年のファン、これからブルーノートを聴こうと思う方、どちらにも魅力的だろう。

牧野良幸(まきの・よしゆき)

 




■ブルーノートの鉄板人気盤から

ブルーノートは鉄板の人気盤だらけなので、この5枚だけが人気盤というわけではない。あくまで僕の個人的な好みで5枚を選んだ。他にもホレス・シルヴァー『ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ』やハンク・モブレー『ディッピン』、ハービー・ハンコックの『テイキン・オフ』『スピーク・ライク・ア・チャイルド』などがあったが残念ながら外した。ブルーノートのファンから見れば他にも人気盤があるだろうがご容赦願いたい。しかしブルーノートのアルバムをファン投票したところ、これらが上位になった例を見たこともあるので、やはりハイレゾで聴くとなるとこれらのアルバムは押さえたいところだろう(あと別のセレクトに入れたハービー・ハンコック『処女航海』もランキングに含まれていた)。初めてブルーノートを聴こうという方なら、このあたりから始めてはいかがか。



『ブルー・トレイン』
ジョン・コルトレーン


 ジョン・コルトレーンがブルーノートに残した唯一の作品。それが傑作となった。ハイレゾはドン・ウォズ監修 のもとに製作された音源。アナログ度が十分の音である。コルトレーンのテナーは生々しく、そして暖かい。のちのインパルス時代と同じくコルトレーンの精神が宿ったような音。リー・モーガンのトランペット、カーティス・フラーのトロンボーンを加えた3管編成で、アンサンブルの音も豊かである。タイトル曲や「モーメンツ・ノーティス」など楽しめる。1957年録音。DSD。




『Somethin' Else』
キャノンボール・アダレイ


 名盤中の名盤で、実はマイルス・デイヴィスのリーダー作ということは有名。「枯葉」におけるマイルスのミュートトランペットは、もしオーディオショップで流れていたら6メートル離れていても「誰の演奏!?」と思わず確かめに行ってしまうだろう(これ、僕の実際の話)。しかしキャノンボールのアルトサックスもファンを増やすこと間違いなしの演奏。ハイレゾは伸びの良い豊かな音だと思う。音場も広がり感があり、リード楽器、ベース,ピアノ、ドラムが重なっていても窮屈感を感じない。1958年録音。




『クール・ストラッティン』
ソニー・クラーク


 やはりこのアルバムははずせない。ジャケットはブルーノート(またはモダンジャズ)を象徴するほどに有名。このアルバムは当時アメリカより日本でヒットしたとか。ハイレゾはハイハットの“チャ”という音まで克明に表現しているような解像度。ベースも力強い。1960年代、ジャズ喫茶でこのアルバムに耳を傾けたジャズファンがいたというが、今ならハイレゾに耳を傾けるリスナーの姿が浮かぶ。もちろんタイトル曲では思わず一緒に口ずさんでしまうだろう。1958年録音。DSD。




『Moanin'』
アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ


 再生音のゴリゴリ感がたまらない。この時期に一般的なステレオの音場だが、演奏と音質に圧倒されるので気にならない(それはこのアルバムに限らない)。アート・ブレイキーをはじめ、ファンキーな演奏が繰り広げられる。キャッチーなタイトル曲は当時日本でも流行り「そば屋の出前持ちまでも、モーニンを口ずさんだ」という言葉も残っているほど。僕も幼少期に植木等の「スーダラ節」と同じように「モーニン」のメロディを口ずさんだような気がする。1958年録音。




『ミッドナイト・ブルー』
ケニー・バレル


 これもアナログ録音のコクを感じるハイレゾ。ケニー・バレルの弾くエレクトリック・ギターのソロ、カッティングのコード音、どちらもオーディオ愛好家には美味だろう。都会的なブルースだが、ピアノがなくコンガが入ることでムーディな雰囲気を醸し出す。スタンリー・タレンタインのテナーサックスもしっとり感をそえる。僕は夏の都会の夜を想起してしまうが、録音は1月である。左のドラムが中央近くまで広がり聴きやすい音場。リラックスした時間を過ごせる。1963年録音。DSD。







 



 


 


 


 

■1500番台から〜新しい才能の登場

ブルーノートはSP時代、LP時代、ステレオの時代と数々のジャズの歴史を作り上げてきたが、全時代を通じて人気なのはやはり1500番台と4000番台だろう。初めてブルーノートを聴こうという人でも、ジャズ通の人が「1500番台は〜」と言っているのを聞いたことがあると思う。レコード番号でこだわる聴き方もブルーノート、面白そうだぞ、と思わせるところだ。特に名高い1500番台はコンプリートを目指すファンもいるほど。ブルーノートはアナログレコード、CDと聴き継がれてきたが、これにハイレゾが加わることになる。5タイトルを選んだけれど、すごい顔ぶれである。ちなみに先の鉄板人気盤であげた『ブルー・トレイン』『サムシン・エルス』『クール・ストラッティン』も1500番台である。



『A Night At Birdland[Volume 1/Live]』
アート・ブレイキー


 オープニングの特徴的なMCから印象的な歴史的アルバム。仮に僕がブルーノートの全アルバムに通し番号を付けるとしたら、このアルバムが「1番」になることは間違いない。ヴァン・ゲルダーが機材を持ち込んでのナイトクラブでのライヴ録音。50年代前半のライヴ録音ながら、分離感や立体感、音の柔らかさなどハイレゾの恩恵はあると思う。CDも所有しているが、聴くなら24ビットでというのが率直な思い。1954年録音。




『Memorial Album』
クリフォード・ブラウン


 前述の『バードランドの夜 Vol.1』にも参加している天才トランペッター、クリフォード・ブラウンがブルーノートに残したリーダー・セッションによるアルバム。モノラルながら放射状に広がる音場。柔らかな空気感は、クリフォード・ブラウンのゆったりとしたトランペットソロでより強く感じられる。モノラルも素晴らしい音場だ気づく。フロントラインの他の楽器も伸びやか。1953年録音。





『Volume 1』
マイルス・デイヴィス


 ブルーノート1500番台の最初のアルバム。当時薬禍に陥っていたマイルスにブルーノートが手を差し伸べておこなった二つのセッションから収められている。これも24ビットで聴きたい。モノラルながら音は明るく伸びが良い。勢いのあるサウンドから熱気が伝わる。バラードでのマイルスはやはり聴き物だ。味わい深い「ディア・オールド・ストックホルム」などを収録。『Vol. 2』もハイレゾで出ていて、そちらは「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」などを収録。1952&53年録音。




『Genius Of Modern Music[Vol. 1]』
セロニアス・モンク


 アルフレッド・ライオンがモンクの才能に惚れて行った貴重な録音。有名な「ラウンド・ミッドナイト」や「ミステリオーソ」「ルビー・マイ・ディア」などのモンクのスタンダードを、このときブルーノートが初めて世に出した。のちに『Vol.1』と『Vol.2』にまとめられた。どちらもハイレゾ化されている。硬質な音ながら陰影があり分離感もある。これもまたハイレゾでこそ、と思う。各曲は3分前後と短いため、ストレートな演奏を通じて、モンクの独創性に次々触れることになる。1947&48年録音。




『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』
ソニー・ロリンズ


 ピアノレスのトリオ演奏。スペースを得てロリンズが大らかに吹きまくる。ロリンズのテナーサックスには深みがあり、聴いていて飽きない。時に癒されることもある。ドラムがテナーの背後から広がり、ベースが曲に厚みを与える。なおこの日のライヴは昼の部(「チェニジアの夜」)と夜の部の演奏が収録されており、それぞれでロリンズ以外のメンバー編成が違う。その違いも楽しめる。1957年録音。DSD。



 


 


 


 


 


 

■4000番台から〜ジャズ・ロック、アヴァンギャルド、新主流派

4000番台は次々と生まれた新しいジャズの息吹、その変遷が吹き込まれている。モダンジャズはモードの時代を経て、ビートルズの登場でロックの影響を受けたり、さらには新主流派と呼ばれる新しい世代が登場。旋風を起こしたフリーも登場。が、この時期の1967年、ブルーノート創始者のアルフレッド・ライオンが引退し、レーベルも西海岸のメジャー・レーベル「リバティ」の傘下に入るので、4000番台で一つの区切りとする人も多いだろう。
この時期は1500番台で登場したアーティストも自己の音楽性を変貌させていった。4000番台を俯瞰してみるとさまざまなアーティストが、それぞれに音楽を追求したことがわかるが、ブルーノートの4000番台というククリがあるせいか手を伸ばしやすい。聴いてみたいものばかりである。4000番台のアルバムではホレス・シルヴァーの『ソング・フォー・マイ・ファーザー』が大ヒット作だが、スペースの関係で残念ながらこのセレクトでは外した。よかったらそちらも聴いてほしい。



『ザ・サイドワインダー』
リー・モーガン


 録音はザ・ビートルズ のデビューまもない1963年。ジャズにも「ジャズ・ロック」と呼ばれる作品が登場した。しかしハイレゾの音質は柔らかく繊細だと思う。左にトランペット、右にドラムとサックス、中央にベースとピアノ。ヴォリュームを上げるほどに綺麗な音と実感する。アコースティック・ベースはエレクトリック・ベースのような厚みと弾力性がある。1963年録音。DSD。




『アウト・トゥ・ランチ』
エリック・ドルフィー


 譜面に書き下ろされているのか、隅々までエリック・ドルフィーの目配りが行き届いた作品。綿密なアンサンブルの上にドルフィーのフリーに接近したバス・クラリネットが重なると、ゾクッとくる。こういう作品こそアナログライクなハイレゾで聴いてドルフィーの狙った効果を感じたいもの。クラシックの現代音楽が好きな人や、ロックならフランク・ザッパが好きな人にもおすすめできる。1964年録音。DSD。




『スピーク・ノー・イーヴル』
ウェイン・ショーター


 「新主流派」と呼ばれるジャズの新しい流れ。その代表的なアーティスト、ウェイン・ショーターの作品。DSDでは60年代のアナログ録音を再現して、ジャズの芳香を十二分に感じさせてくれる。メンバーにハンコックやロン・カーターがいることから、マイルスの黄金カルテットのような雰囲気もするけれど、やはりショーターの呪術的な雰囲気が漂う。ドラムがコルトレーンのドラマー、エルヴィン・ジョーンズというところも魅力。1964年録音。DSD。




『処女航海』
ハービー・ハンコック


 これも名盤中の名盤で鉄板人気盤だろう。リズム隊はマイルスのクインテットと同じロン・カーターとトニー・ウィリアムス 。マイルスの黄金クインテットや、録音の近いショーターの『スピーク・ノー・イーヴル』にちょっと近いサウンドだが、やっぱりハンコックの音楽が独特だ。音楽性も録音年も僕の予想よりずっと前なので驚いてしまう。DSDはまろやかで厚みがあり、中域は綺麗、高域は繊細。各楽器の鳴りっぷり、溶け合うさまが美しい。フレディ・ハバードのトランペットもいい。1965年録音。DSD。


 


 


 


 

■70年代のソウル・ジャズから

1967年のアルフレッド・ライオンの引退後、ブルーノートの初期からレーベルを共同で運営していたフランシス・ウルフらがブルーノートを引き継いだ。しかし1971年にそのフランシス・ウルフも亡くなってしまう。70年代のブルーノートはロサンジェルスに拠点を移し、ソウル・ジャズ、フュージョンの時代になる。フュージョンはブルーノートに限らず、ジャズの本流になるほどに旋風を巻き起こしたから、ロックのリスナーも増えたことと思う。この時期は古くからのブルーノートのアーティストであるホレス・シルヴァーやマッコイ・タイナーも作品を発表しているが、ここではドナルド・バードの大ヒット作を選んだ。



『Black Byrd』
ドナルド・バード


 この時期にマイルスと同じく“電化ジャズ”に取り組んだドナルド・バードの作品。しかしロック色を強めたマイルスと違って、ドナルド・バードの場合はソウルやファンクに触手を伸ばしたジャズだ。それはディスコまで予感するようなサウンドで、今聴いても新鮮である。僕はこの頃が青春時代だったせいか、このサウンドを聴くと目の前がパーっと明るくなる。ハイレゾでは各楽器の生々しい音がウォームな音場に溶け込む。1972年録音。この時代の録音ってこんなに良かったんだと感心する。


 


 


 


 


 


 

■ブルーノートの歌姫たち 

ブルーノートの進化は続く。今度はヒップホップだ。1990年代にはブルーノート公認のもと、その音源をサンプリングしたUS3『Hand On The Torch』が大ヒット。もしサンプリングの素材がブルーノートではなく別のレーベルだったら、あれほどヒットしただろうかと思う。ブルーノートの音楽の素晴らしさを物語るヒット作である(ハイレゾ化が待ち遠しい)。このようにブルーノートのブランド力はいつの時代も大きい。特に日本ではそうだ。それだけ日本人にはブルーノート愛が強いということだろう。ここにあげた女性ヴォーカルのアルバムは、まずは音楽がとても素晴らしいわけだが、ブルーノートだからこそ、このようなヴォーカルアルバムが世に出たとも言える。いつの時代も新しい音楽を求める精神は失われていない。



『Come Away With Me』
ノラ・ジョーンズ


 ご存知ノラ・ジョーンズのデビュー作にして大ヒットアルバム。本作がブルーノートの新たな時代を世界中に告げたのも、はや20年以上前の出来事になってしまった。1曲目「ドント・ノー・ホワイ」のイントロを聴いただけで癒される。音質もシンプルなアコースティック・サウンドがハイレゾにピッタリである。その輝きは20年以上経っても変わらない。ノラ・ジョーンズはたくさんのアルバムがハイレゾで出ているのでファンはチェックを。2002年作品。DSD。




『Who Is This Bitch, Anyway?』
マリーナ・ショウ


 狭義でのジャズアルバムとは思えないほど、ジャズ、ソウル、ポップスがニュートラルに行き交うアルバム。ストリングスやオーケストラを伴う曲まである。ゴージャスなサウンドなので音数が多い。しかしハイレゾはシルキーサウンド、豊穣な再生音に満たされる。どの曲もいい、というかカッコいい。演奏は70年代のシティ・ポップのアーティストたちにも影響を与えたのではないか。アルバムは男女の会話からスタート。物語性もただよう味わい深い作品だ。1974年録音。




『New Moon Daughter』
カサンドラ・ウィルソン


 カサンドラ・ウィルソンのブルーノート第2作。当時話題になったアルバムだ。これはオーディオマニア御用達のリファレンス・アルバムになっているのでは?と僕など思ったくらい、少ない音のそれぞれが、粒立ち良く立ち上がる。ヴォーカルやベースの再生音も聴きどころ。カサンドラ・ウィルソンのヴォーカルは唯一無二で、低く官能的な歌声は、最初に聴いた時こそちょっと驚いたけれども、アルバムが進むにつれて虜になることは間違いなし。このヴォーカルこそハイレゾで聴きたい。1995年録音。


 


 

 



■筆者プロフィール


牧野良幸(まきの・よしゆき)

1958年、愛知県岡崎市生まれ。関西大学社会学部卒業。版画家、イラストレーターとして活動を始める。音楽やオーディオへの愛情も深く、音楽や映画のイラストエッセイも書く。単行本に『僕の音盤青春記』シリーズ、『オーディオ小僧の食いのこし 総天然色版』(以上シーディージャーナル)などがある。

・ホームページ: https://mackie.jp
・X(旧Twitter)アカウント: @makinoyoshiyuki 




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