【新連載】印南敦史の「クラシック音楽の穴」

2018/12/28
さて、今週からクラシック音楽に関する新しいコーナーがスタートです。ここで明らかにしようとしているのは、文字どおりクラシック音楽の「知られざる穴」。クラシックにはなにかと高尚なイメージがあって、それが「とっつきにくさ」につながっていたりもします。しかし実際には、そんなクラシック音楽にも“穴”というべきズッコケポイントがあるもの。そこでここでは、クラシック音楽の「笑える話」「信じられないエピソード」をご紹介することによって、ハードルを下げてしまおうと考えているわけです。そうすれば、好奇心も高まるかもしれませんからね。だからこそ肩の力を抜き、リラックスしてお読みいただければと思います。
というわけで記念すべき第1回目に取り上げるのは、フランスの作曲家、エリック・サティに関するエピソードです。

ふざけた曲名の楽曲をたくさん残した作曲家がいる

エリック・サティ


エリック・サティは、19世紀後半の西洋音楽に多大な影響を与えた才人。その功績が、ドビュッシーやラヴェルなどに認められていたことでも知られています。

また彼は、ダダイズムという芸術運動が花開いていた当時のパリにおいて、大きな役割を果たした人物でもあります。たとえば彼の地で芸術文化の発信拠点として機能していた「黒猫(シャノワール)」というカフェ・コンセール(音楽喫茶)においては、作曲家のみならずジャン・コクトーやパブロ・ピカソ、マン・レイなどの芸術家とも交友関係を築いていたといいます。

そんなサティといえば、やはり避けて通れないのはピアノ独奏曲「ジムノペディ」ではないでしょうか。パリ音楽院在学中に書いた作品で、その聴きやすくソフトなメロディは、クラシックに詳しい人でなくても聴きおぼえがあるはず。

とても上品な曲調なのでBGMにも適していますが、事実、1975年に西武美術館がオープンした際には、館内BGMとしてこの曲が採用されたと記憶しています。

その他、「サラバンド」や「ノクチュルヌ」にも言えるのですけれど、彼には知的で洗練された楽曲が多いように感じます。そして、どの曲も邪魔にならないところがポイント。

必要以上に主張しすぎず、それでいて、不思議な存在感を意識させるわけです。彼自身のなかにそういった指向性があったであろうことは、1920年に「家具の音楽」という室内楽曲を残していることからも推測できます。

なお参考までに書き添えておくと、「家具の音楽」のコンセプトは「家具のように、そこにあっても邪魔にならない音楽」であるということ。と書けばピンとくる方もいらっしゃるでしょうが、ブライアン・イーノが提唱した“環境音楽”の原点でもあります。

つまり端的にいえば彼は、やることなすことが先進的でクリエイティヴだったわけです。

ところがそんなサティは、“音楽界の異端児”としても知られていました。天才的なアーティストには変わり者が少なくありませんが、彼もまたそんなタイプだったのです。

通っていたパリ音楽院を「退屈すぎる」という理由で辞めて酒場のピアノ弾きになったとか、つきあった彼女に300通以上の手紙を書いてふられた(ストーカーかよ)などという話が有名ですが、まぁ、ぶっちゃけ変わった人だったということ。

でも、そんな人間性と「ジムノペディ」などの作風との間に、あまり接点のようなものがあるようには思えません。しかし、実をいうとその特異性は、作品にも反映させられています。

とはいっても、おかしな曲をつくったというわけではありません。そうではなく、「おかしなタイトルの曲」をたくさん残しているのです。

たとえば1912年には「犬のためのぶよぶよとした前奏曲」という曲をつくっています。ちなみにこれは出版を断られたため、同年に改めて「犬のためのぶよぶよとした本当の前奏曲」を書いたりしもています。その労力に意味があったのかどうかはわかりませんが。

他にもピアノ曲には、1913年作「胎児の干物(干からびた胎児)」「あらゆる意味にでっちあげられた数章」「でぶっちょ木製人形へのスケッチとからかい」、1914年作「嫌らしい気取り屋の3つの高雅なワルツ」などがあります。

器楽曲にも、1914~15年にかけて作曲されたヴァイオリンとピアノのための小品集「右や左に見えるもの~眼鏡無しで」、1921年にトランペットのために書かれた「いつも片目を開けて眠るよく肥った猿の王様を目覚めさせる為のファンファーレ」などが。

もちろんそれ以外にも、ヘンなタイトルの楽曲が目白押しです。

だから「狙ってるだろ、それ」とツッコミを入れたくもなるのですが、そう、実は狙っていたのです。奇抜なタイトルをつけたことには、(少なくとも彼にとって)理由があったということ。

つまりそれらには、タイトルで曲を判断しようとする人に対する皮肉が込められていたのです。いかにも偏屈なクリエイターらしい発想だと言えるのではないでしょうか? そして、そのことを知ると、サティに作品に対して興味が湧いてくるのではないでしょうか?

ただの変わった人ではなかったということです。……いや、それは違うか。充分に変わった人ではあったはずですからね。


◆今週のおすすめ


『エリック・サティ:新・ピアノ作品集』
高橋悠治





印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

◆ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」
◆連載「印南敦史の 名盤はハイレゾで聴く」

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