【INTERVIEW】ソング・オリエンテッドなKIRINJIの最新作 『Steppin’Out』がハイレゾでリリース!

2023/09/06

1996年に堀込高樹さんと泰行さんの兄弟ユニットとしてデビューしたKIRINJI(キリンジ)。メンバー・チェンジを経て、2021年から兄・高樹さんのソロプロジェクトとなった以降も、独特の歌詞世界と緻密なサウンド・アプローチで多くの音楽ファンを魅了し続けています。そんなKIRINJIのニューアルバムがハイレゾでも発売に。「柄にもなく今回は“聴いてくれた人の気持ちが上向きになるように”ということを強く意識しながら制作に臨みました」という通算16枚目の『Steppin’Out』は、確かにポジティブな歌詞も見られ、「“次に行こう”という気分のアルバムになった」と高樹さんは語ります。往年のファンにも寄り添いながら、世界中の新たなリスナーにも向けた本作のメッセージとは?

文・取材:山本 昇
写真:八島 崇

『Steppin' Out』 / KIRINJI




──弟の泰行さんの脱退後も、ある種のキリンジらしさは失わず、新しいKIRINJI像を提示し続けてきた堀込さんだったかと思いますが、“KIRINJI”の看板を引き継ぐ中で、リスナーの期待をどう受け止めていますか。

堀込:兄弟ではやらなくなったり、バンドでやったり、ソロプロジェクトになったりという変化に、はじめは戸惑うリスナーの方もいらっしゃったと思いますが、ちゃんとライブをやって、いい曲を書いてリリースしていけば、だんだん戻ってきてくれたし、新しいリスナーも入ってきてくれました。そうした新陳代謝は避けられない部分もあると思うので、あまり一喜一憂しないようにしています。


最新作の制作過程の様子や聴きどころを惜しみなく語ってくれた堀込高樹さん




メロディアスでグルーヴィーな曲ができるという手応え


──さて、新作『Steppin’Out』ではどんなアプローチがなされているのか。昨年6月に配信された「Rainy Runway」はキーとなる曲の一つと感じますが、まずは今回のアルバムを制作し始めた頃の心境と、制作を進める過程でどんな風景が見えてきたのかを教えてください。

堀込:「Rainy Runway」を作っていたときは、何か斬新なことをやってみようという気負いは特になく、普通にいい曲ができたから、普通にやろうみたいな感じでした(笑)。ただ、レンジ感とか、ちょっとした音のテクスチャーは現代的にしようとは心掛けていましたね。これは、バンド期になってからのKIRINJIでも常に考えていたことです。そのあとに弾き語りのツアーを挿んで、昨年の10月くらいからアルバム用の曲を書き始めて、「Runner’s High」や「I ♡ 歌舞伎町」の原型が出来上がっていきました。そうした中で、今回はわりとメロディがはっきりしていて、グルーヴのあるものができそうだなという手応えがあり、どこかソング・オリエンテッドな感じのものになるのかなと考えながら作り始めていきました。

 コロナの影響も──まだ分からない部分はありますが──仮に一段落したとすれば、そろそろ次のフェーズに進みたいと、僕もそうだし世の中もそう願っていると感じていたので、一言で言えば「次に行こう」という気分のアルバムにしたいと思いました。

──確かに今作の歌詞は、社会的に注目されたトピックにも目配せしつつ、多少のアイロニーもにおわせながら、どちらかというとポジティブに捉えることが可能な言葉が多いと感じます。今回の作詞はどんな意識で行われたのでしょうか。

堀込:実は当初、アルバム・タイトルは「Rainy Runway」の歌詞から「素敵な予感」にしようと思っていたんです。そのつもりで他の曲も書き始めて、いろいろあるけど最終的には素敵な予感がするというふうに収束させようと、歌詞もそのような意識で作っていきました。「ほのめかし feat. SE SO NEON」は例外として、基本的にはそんな感じで書いています。ただ、今回はアルバムのカバーに“みっちぇ”さんの作品を使わせていただいたのですが、そのイラストを観ると、「素敵な予感」よりも、同じく「Rainy Runway」から取った「Steppin’ Out」のほうが合うなと思って、タイトルはこのようになりました。まぁ、「素敵な予感」みたいなものが通奏低音としてあって、曲作りを進めていったということです。




曲ごとに最適なプレイヤーをアサイン


──では、サウンドについてお聞きします。KIRINJIらしい緻密なアレンジと音作りは相変わらずと感じましたが、今回、堀込さんがサウンド面で特にこだわったのはどんな部分ですか。

堀込:僕はどうしても中域に音を寄せたくなるところがあって。でも、それだと自分が書くような曲の場合、やや古くさく聞こえてしまうかもしれません。他のポップスと比べたときに、レンジ感が狭いと途端に「あれ?」って感じになってしまうんです。今やKIRINJIの音楽は海外の人も聴いてくれたりするから、同時代的なレンジ感を大事にしようということを最近は意識しています。また、今回は全体的なコンセプトは特になく、曲に応じて適切なプレイヤーを選び、適切なアレンジを施すよう心掛けました。

──少し大きめのスピーカーで聴くと、存在感のある低音が心地よく響きます。

堀込:そうですね。ミキシング・エンジニアの皆さんが、僕の目が届かないところも上手く整理してくれたおかげです。

──全体的に、太くて深いベースもこのアルバムの聴きどころの一つと感じました。

堀込:ベースに関しては、シンセベースと生ベースが共存していたりします。パッと聴きでは「シンベかな?」と思っても、実は生だったりするのが好きなんです。

──「Runner’s High」と「 説得」を除く7曲でベーシストがクレジットされていて、千ヶ崎学さん、高木祥太さん、そしてSE SO NEON(セソニョン)のパク・ヒョンジンさんの3名がそれぞれに素晴らしい演奏を披露しています。

堀込:昔から一緒にやっている千ヶ崎くんは、デモを聴いてもらえば大体の方向は分かってもらえるベーシストです。今回は、「seven/four」でコントラバスも弾いてもらっていますが、「Rainy Runway」や「指先ひとつで」といったロックっぽい曲も弾けるので非常に助かっています。

 高木祥太くんはBREIMENのベーシストで、このバンドのドラマーのSo KannoくんにはKIRINJIのライブのサポートをしてもらっているご縁があり、今回は「nestling」と「I ♡ 歌舞伎町」の2曲でレコーディングにお呼びしました。若い人なので、5弦ベースとかバリバリ弾くのかなと思っていたんですが、普通にジャズ・ベースがメインだそうで。でも、「nestling」では「あまり弾かないんですけどね」という5弦を弾いてもらいました。

 ヒョンジンくんに参加してもらった「ほのめかし feat. SE SO NEON」も、シンセベースと生ベースのユニゾンです。ミュート弾きっぽいニュアンスの彼のベースに、シンベでしつこく下のほうを足している。ほぼフレーズが決まった状態でお願いしましたが、やっぱりタッチとか音色作りに彼の端正な個性が表れていて、そこがすごく良かったですね。

──スペイシーで気持ちいいシンセ・サウンドも印象的です。機材はフィジカルなものが使われたのでしょうか。

堀込:曲によるんですけど、例えば「Runner’s High」では前半のリードとかは僕が打ち込みで弾いていて、後半のちょっと混沌とした感じのシンセは宮川純くんが実機を4つくらい重ねて作ってくれています。僕のパートは主にソフトシンセを使っています。ハードシンセは録音してから音色を変えたいと思ったときに手間がかかるし、MIDIで鳴らすとレイテンシーの問題でグルーヴがなかなか決まらなかったりするので、やはりソフトシンセを多用していますね。Native Instrumentsの「Komplete」などをよく使っています。

──ベーシックの部分では、胴の深そうなスネアの存在感も印象的ですが、ドラムサウンドは曲によってあまり生っぽさを前面に出していないようにも感じました。

堀込:そこも曲によって変えていて、「Runner’s High」や「Rainy Runway」はどっしりとしたファットな感じで、けっこう生っぽい感じもあると思うんですが、「nestling」と「I ♡ 歌舞伎町」とかはスネアに少しずつ音を足していたりします。タイミングは生なので、打ち込みなのか生なのか、判然としないところに落ち着かせています。足しているのはほんの少しですが、それでも印象は変わりますね。そのあたりも、ハイレゾならより楽しんでいただけるのではないでしょうか。






緻密な音作りやミックスの妙技はハイレゾでより鮮明に


──そのように緻密に作り上げたサウンドを、圧縮音源だけで聴くのはもったいないですね。そのほか、特にピックアップして語っていただける曲はありますか。

堀込:そうですね。やはり「Runner’s High」はレンジ感やドラムプレーの格好良さなど、すごく良くできた曲だと思っています。インストの「seven/four」は、武嶋聡さんがサックスを吹いてくれていますが、いわゆるジャズっぽい録音やミックスではなくて、かつての音響派というか、最近のジャズの人がオルタナティブな音色とかミックスでやっているのを参考にしています。バックのシンセの音とかはちょっとフラッターがかったというか、ピッチを意図的に揺らすなど現代的な処理を施していて、面白く聴いていただけると思います。ちなみにタイトルは4分の7拍子をそのまま付けるというものぐさをしてしまいました(笑)。

 ハイレゾで楽しんでいただけるという意味では、例えば「nestling」は前半はエレキベースなんですが、サビからシンベが入ってきて、そこでローの表情が変わる様子もより感じていただけると思います。

──「 I ♡ 歌舞伎町」ではイントロに仕掛けがありますね。

堀込:はい。こういう曲を70年代的なミックスにすると、ただのAOR的な印象で終わってしまうので、ちょっとしたギミックを入れつつ、現代的なレンジ感でやってみると新鮮に聞こえるかなと。潜って出てくるところとかも頑張って作ったので(笑)、そのあたりも聴いてもらえると嬉しいですね。歌詞の内容に呼応して、途中からギターのリバーブが段々深くなるところもぜひ楽しんでください。

──「不恰好な星座」というパンチの利いた曲がありますが、「星座」はKIRINJIの楽曲でよく目にする言葉の一つですね。

堀込:そうですね。この曲は今年、いろんなミュージシャンの方の訃報が相次いで……。自分が影響を受けたり憧れていた星が一つひとつ消えていくような、そんな喪失感を歌にしたものなんです。最近では珍しく歌詞から書いていきました。曲は当初、わりとオーセンティックなバラード寄りのミドルチューンだったんですが、こういう歌詞でセンチメンタルな曲調はよくないなと感じて。思い切って、ファンクっぽい感じに作り直しました。

──「ほのめかし feat. SE SO NEON」の絶妙な奥行きを感じさせるミックスも素晴らしいと思いました。

堀込:この曲は実はドラムがキモなんです。元々はループっぽい曲にしようと思って作り始めたんですが、ちょっと単調すぎるかなと。そこでドラムの伊吹(文裕)くんに、ややなまった感じの、ジャズ寄りの8ビートを叩いてもらいました。だから、全体が少しずつハネているんです。アルバムの中ではいちばん現代的なビート感・グルーヴ感を意識した曲ですね。



往年のテイストも含みつつレンジ感やミックスは今日的に


──「syncokin」(新古今)という素敵なネーミングの新レーベルを立ち上げるそうですね。

堀込:世の中の動きが配信中心になってくると、僕らとしてもフットワークを軽くしておいたほうがいいかなと。もちろん、CDも出していくわけですが、考えてみればCDもデジタルの情報が入ったグッズと言えるわけで、ならばグッズとして魅力的なものを自分たちの裁量で作れるようにしたいという想いもありまして、そんな動機から新たにレーベルを起こすことにしました。

──多様化する作品の発表形態に柔軟に対応するためのアクションの一環というわけですね。

堀込:僕もアルバム単位で考えがちですが、配信が主流になるともはや、リリースの形態としてアルバムにこだわる必要はないのかもしれません。「syncokin」ではシングルやミニアルバム、フルアルバムといった器にとらわれず、自由に発表していきたいなと思っています。

──「温故知新」という諺もありますが、私たちを魅了した70年代、80年代の音楽のエッセンスを、現代の作品として今のリスナー、つまり我々の世代にも若い世代にも届けることは可能だと思われますか。

堀込:昔好きだった音楽を解釈して、今に伝えたいという気持ちはあまりないんですね。単に、そういったものに影響を受けて、自分はこういう曲を作ったという気持ちしかなくて。聴いた人には、「あそこから影響を受けているのかな」と透けて見える部分もあるでしょう。それについては「ご自由にどうぞ」という感じで(笑)。例えば今回の「Rainy Runway」はアル・グリーンを意識しながら作ったけど、この曲でアル・グリーンを知ってほしいと考えているわけではなくて、自由に楽しんでほしいんです。

 教養主義になるのはあまり良くないと思うんです。昔、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』が好きだと言ったら、「もっと初期のアルバムも聴かなきゃダメだよ」とか言われたものです。でも僕は、初期の作品にはピンとこなかったけど、『ペット・サウンズ』でビビビっときたという話なのに、何で「サーフィン・U.S.A.」から聴かなきゃいけないの?って(笑)。そういう、ロック〜ポップスの「正しい歴史を勉強しよう」という姿勢にはあまり賛成できないんです。今の人はそれなりに反応するところがあるわけだし。

 例えば、シティポップと言われて僕が連想するのは山下達郎さんとかティン・パン・アレーとかそういうものだけど、今の若い人にとっては早見優さんや菊池桃子さんなども含まれていたりする。「ちょっと違うんだけど」って言いたくなるけど(笑)、彼らの耳にはそう聞こえると。でもよく考えると、達郎さんの音楽に影響を受けたスタッフがアイドルの曲を作っていたりするので、実は繋がっているとも言えるわけで、もしかしたら僕らよりも若いリスナーのほうがフラットに聴けて、正しく理解しているのかもしれません。だから、自分の視点を押しつけるようなことはしないほうがいいのかなとは思っています。

──なるほど。本作でも70〜80年代のロック〜ポップスを思わせる部分があるように感じますが、それは意図してというよりは自然に……。

堀込:滲み出てくるという感じですね。『cherish』の頃は、より今日的なアレンジ、サウンドとすることに気持ちが向いていましたが、前作『crepuscular』から、曲そのものはこれまでやってきたことの延長にあるものにして、レンジ感やミックスを今日的にするようにしました。そうすることで、今の人たちも聴けるし、昔からのKIRINJIファンにも納得してもらえるんじゃないかと考えたわけです。

──ほとんどイントロのない「Rainy Runway」は、若い世代にはむしろ馴染みのある曲構造なのかもしれません。

堀込:そうですね。この曲、最初はイントロも付いていたんですよ。でも、なんかまどろっこしく感じて。スネアのフィルからすぐ歌に入るのが潔くて格好良かったんです。






渾身のサウンドをより良い音質で堪能してほしい


──ところで、圧縮音源からハイレゾ、ステレオから空間オーディオへの広がりといった、音楽の再生環境の多様化についてはどう見ていますか。

堀込:そうした流れに僕らは従うしかないわけですけれど、頑張って作っていますので(笑)、できれば非圧縮の音源が一般的になるといいなと思いますよね。単純に音がいいわけですから。ただ、サブスクリプションにも良さはあって、知らなかった音楽に出会えることもあるし、海外の人や若いリスナーがKIRINJIを聴くきっかけになってくれたりもする。形態そのものはわりと好きですね。

 僕はオーディオに関しては面倒臭がりなとこがあって(笑)、最近は専らサブスクで聴くことが多いのですが、たまにアナログ・レコードを聴くと、「こんなにプチプチ鳴っていたんだっけ?」と思うんですよ。昔はこのノイズを気にせずに聴いていたわけで、音楽に対する集中力がすごかったんだなと(笑)。まぁ、便利さに流されるのは一般のリスナーの感覚に近いような気もして……あまりオーディオ・マニア的になりすぎるのも善し悪しかなと。

──ありがとうございます。では最後に、これからも「いい音」を求めるe-onkyo musicリスナーへのメッセージをお願いします。

堀込:録りからミックスまで、ミュージシャンのほかエンジニアやスタッフのみんなも頑張ってやってくれて、とてもいいサウンドに仕上がっています。先ほどもお話ししたように、ちょっとした仕掛けやギミックもいろいろありますし、リバーブなどのエフェクターのかかり具合、ドラムの空気感といったものはハイレゾなら如実に分かると思いますので、そうした細部も楽しんでもらえると嬉しいです。





 

『Steppin' Out』 / KIRINJI


2021年より堀込高樹のソロ・プロジェクトとして活動中のKIRINJI。 今年の8月にメジャーデビュー25周年を迎え、コロナ禍の印象が色濃く反映された前作『crepuscular』から約1年9ヶ月ぶりとなる、通算16枚目のオリジナル・アルバム『Steppin’ Out』が完成させた。 ドラマ「かしましめし」主題歌の「nestling」に、世界で活躍する韓国の人気ロックバンドSE SO NEONとのコラボ曲「ほのめかし」、そして8月にリリースした「Runner’s High」を含む全9曲入りとなっている。 アルバム全体を通して、これまで以上にポジティブなワードが散りばめられた歌詞の世界観と生楽器を随所に取り入れたサウンドが印象的な1枚。2023年4月に設立した自身の新レーベル「syncokin」を代表するにふさわしい、歌詞/サウンドの両面で、新たな一歩を”Steppin’ Out”した堀込高樹の意欲作となっている。 2023年8月4日に韓国で開催されたイベント「Incheon Pentaport Rock Festival 2023」に出演し、大いに会場を沸かせ大成功を収めた。今秋からは、弾き語りとバンド編成での全国ツアーを開催。


 

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