連載『辛口ハイレゾ・レビュー 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第10回
2014/06/19
数あるハイレゾ音源から、選りすぐりをご紹介していく当連載。第10回となった今回取り上げるのは、機動戦士ガンダムUC!当連載としては初めてのアニメ関連作品からの選出となりました。太鼓判に選出した理由、また、今後アニメ作品に期待したいことなど、8,000字に及ぶ入魂のレビューをお楽しみください!
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
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第10回 『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品
~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
■ アニソンはハイレゾ界の牽引力に成り得るか?
アニソンに私は大いに期待しています。なぜなら、その音楽は多くのアニメファンの方々に支持されているからです。音楽不況と言われ続けている昨今、これだけアニソンが売れるということは業界にとって嬉しいことでしかありません。アニメ音楽は、今現在の流行歌と言っていいでしょう。
昭和時代の流行歌であったアイドル歌謡曲は、リアルタイムのときは使い捨ての音楽だと思われていました。3ヶ月ごとに出る新曲シングル盤は、めまぐるしく時代を駆け抜けていったものです。しかし、20年30年と経過した今では、あのころの歌謡曲も立派な文化となりました。当時の音楽制作業界の “ヒット曲を生み出す”という目標に向かって本気で挑んでいた意気込みが、眩しく感じられるほど良い仕事っぷりであったということもあるでしょう。可愛いアイドルが歌っているとしか思っていなかった楽曲は、実はしっかり作りこまれた作品であったことを今になって知り、感動すら覚えるのです。
昭和歌謡曲には、豪華なストリングスやホーンセクションが当然のように入っていました。演奏は全て一流のスタジオ・ミュージシャン。現代では、そこまで制作費をかけられるプロジェクトは皆無に等しく、トップアーティストでも難しいと思います。人件費がかかる弦やブラスなど大人数で演奏するパートが偉いわけではないですが、楽曲がその音を必要としているのに予算の都合で諦めなければいけないのは寂しい話です。大ヒット曲が出ればレコード会社のビルが建ったのは、遠い昔の夢となってしまったのでしょうか。
音楽業界の中で元気があるのは、やはりアニソンやゲーム音楽といった新しいジャンルです。ハイレゾ音源のランキングにしても、上位はクラシックやジャズばかりではなく、可愛い女の子のジャケットが目を引くようになりました。アニソンがハイレゾ発展の鍵を握っているひとつであることは、もはや疑いようのない事実です。
「アニソンのハイレゾなんて不要だ」という意見を、音楽制作現場で実際に聞いたことがあります。それはいかがなものでしょう。私は、アニソンやゲーム音楽もハイレゾ化は大歓迎です。多くのファンに支持されている、売れているということは、もはや大きな流れを作り出すことのできる原動力です。私は「音楽文化が絶滅の危機に瀕しているのではないか?」という危機感すら持っています。アニソンなど現代の流行歌に力強い流れがあるならば、音楽界を牽引するパワーになってほしい。そう願うのです。
太鼓判ハイレゾ音源は、ジャンルに関係なく選出したいという想いがあります。ジャズやクラシックの名盤だけが良作とは限りません。全ての楽曲ではないですが、私もアニソンをいくつかピックアップして音質チェックしています。しかし、まだ太鼓判ハイレゾ音源と呼べるアニソンには出会えていません。アニソンに共通して感じることは、「まだまだ成長過程である」ということです。アニソンは、進化の可能性を秘めているのではないでしょうか。これは楽曲やアーティストというよりも、プロデューサーやエンジニアの課題が大きいように感じます。
具体的には、コンプレッサーが強くかかりすぎています。音像は平面的で、前後感の情報が感じにくいサウンドです。音楽はもともと立体的なものですから、もしかすると意図的に3Dから2Dへと平面的に加工し、アニメの世界観に合わせようとしているのかもしれません。アニソンのプロデューサーがそのように考えているかどうか真意は分かりませんが、その平面的でパンチのあるサウンドで、たたみかけるような独自の勢いを出しているのは理解できます。しかし、迫力がありつつ立体的なサウンドに仕上がっている音楽も世界中には存在しますから、そこにアニソンの進化の可能性を感じるのです。
声優さんたちの抜きん出た表現力、10代や20代の女の子にしか出せないリズム感や歌声。そういった魅力が、過剰音圧の中に閉じ込められてしまっているのは何とももったいないと感じています。昭和のアイドル歌謡曲がそうであったように、20年後30年後にはアニソンは流行歌という文化となるでしょう。今、アニソンを制作しているクリエーターの皆さんは、音楽の創造はもちろん、その文化の記憶を未来に残すという役割も担っています。圧倒的なパワーとスピード感というアニソン・サウンドの素晴らしさに加え、立体的な音像や抑揚ある表現を得ればもう怖いもの無し。そんなアニソンをハイレゾで聴いてみたいと思うのですが、ファンの皆様はいかがでしょうか?
既にアニソン制作は、一流ミュージシャンの起用や、トップエンジニアへの依頼などコスト重視制作を止め、本当に良いものを作るという方向への変化が出てきたようです。小さな自宅スタジオで誕生してきたアニソンが、これからもっと素晴らしいものへと昇華していくことでしょう。今後が楽しみでなりません。
引き続き、アニソンからも太鼓判ハイレゾ音源を探していきたいと思いますが、アニメ主題歌ではないものの、アニメ音楽という大きなくくりのサントラ盤から一足先に素晴らしいサウンドのものが登場しました。ガンダムです。
■ ガンダムUCサントラ盤は、再生システムの限界が試されるサウンド
“ガンダム”という誰もが知る巨大看板を掲げるコンテンツは、音楽制作でも期待を裏切らぬ仕上がりを見せてくれました。
私は熱狂的なファンというわけではありませんが、ガンダム・シリーズは好きで、全体の6割くらいの作品は見ています。近年の作品では、『機動戦士ガンダムOO』がお気に入りですし、HD化されたSEEDシリーズも楽しみました。『機動戦士ガンダムUC』に関しては、BSやCSで放送されるのをチェックしている程度ですので、今のところ見ているのはepisode 5まで。episode 5を見てから少し時間が経ってしまったので、今度は最終話まで一気に見直したいと思っています。
作品を見ている私でも「UCの音楽って、どんなのだったかな?」という感じでした。このレビュー連載をやっていなければ、やはりサントラ盤まで聴かなかったと思います。とはいえ、長くハイレゾ・ランキングの上位を独占した3作品ですから、これはチェックしなくてはいけません。購入楽曲を一括ダウンロードできるe-onkyo music専用ダウンローダーの登場も、大きく背中を押してくれました。なにせサントラ盤は曲数が多く、本作は3作品合わせると56曲。昔のように1曲ずつダウンロードする手法では、気の遠くなりそうな作業です。この3作品の入手は、ダウンローダーの恩恵を一番に感じた瞬間でした。
最初は仕事をしながらのBGMとして鳴らし始めました。実際に聴いてみると、「そうそう、UCってこんな感じの曲だったな~」と、印象的な楽曲たちは不思議と記憶に残っているものです。これは、サントラとして大成功しているということでしょう。映画を見ていて「凄い音楽だ」と感じるのは、真の意味で映像に音楽が溶け込んでいないのを意味します。あとから「音楽も素晴らしかったんだ!」と気付くのが、良いサントラ盤の醍醐味ではないでしょうか。ガンダムUCサントラ盤は、まさにその極上の映画音楽の域に達しているという作品だと感じました。
作曲者を確認すると、澤野弘之氏とのこと。公式HPのWORKSを見ると、様々な作品のサウンドトラックを手掛けられており、中でもフジテレビ系ドラマ『医龍 Team Medical Dragon』の音楽は私も放送を見ていて強く印象に残っています。なるほど、女性ボーカルの美しさやドラマティックな楽曲の展開は、『医龍』と『ガンダムUC』の音楽でアイデンティティーを感じるところです。
本作をハイレゾで聴けば、一瞬で群を抜いて音質が素晴らしいのが確認できます。次は「果たしてサントラ盤を音楽として楽しめるかどうか?」が、太鼓判ハイレゾ音源に選出する上で検討すべきポイントでした。『ガンダムUC』ファンの方ならば、私がご紹介するまでもなく、既に本作を入手されていることでしょう。きっとこの連載で背中を押すことになるのは、「聴いてみようかな?」と迷っている方や、音楽好きの方、そして良い音のハイレゾを聴いてみたいオーディオ好きの方だと思います。『ガンダムUC』を見ていない人にも、音楽として楽しめる作品かどうかを念頭にチェックしてみました。
そういった意味でも、このサントラ盤は素晴らしいと思います。一般的なサントラ盤では、戦闘シーン用の激しい曲調の次に、急に悲しげな楽曲が収録されていることが多いもの。単体の音楽として聴く場合、映像に合わせた楽曲作りがされていることがマイナスになりがちです。映画を見ているならば、そのワンシーンの思い出に浸れるのですが、音楽として楽しもうとすると、楽曲の喜怒哀楽が激しすぎて聴く側の感情が追いつかないことが往々にあります。私はサントラ盤のそれが苦手で、ついつい手が伸びなくなってしまうことが多いです。
しかし、この『ガンダムUC』サントラ盤は、もちろんシーンに合わせて多彩な曲調が収録されているのですが、なぜかアルバム全体を通して聴いていても違和感がありません。楽曲が優れているのが大きなポイントでしょう。戦闘シーン=激しい曲、別れのシーン=静かな曲といった、簡単な住み分けを意図的に行っていないように感じました。音楽の抑揚を上手く利用して映像とマッチングさせる楽曲創造が素晴らしく、音楽として十分に楽しめる作品です。「アニメのサントラだから・・・」と敬遠されているならば、まずはe-onkyoの試聴システムで各楽曲の雰囲気をチェックしてみてください。日本の現代曲として、これほどの才能が集結し、なおかつ大きな制作費を投入している作品は、なかなかお目にかかることができないと思います。
音楽のスタイルとしては、電子楽器とオーケストラの融合という言葉になるのでしょうが、そんな言い古されたワードとは一味違う完成度があります。音の立ち上がりが鋭い打ち込み系のドラムやパーカッション、重低音のシンセベースなど、様々な電子楽器が作品中に散りばめられていますが、注意してチェックしないと全部がオーケストラの生演奏のように感じてしまいます。そのくらい生の楽器と打ち込み楽器が融合しているのです。
アドリブ演奏はあえて多用していないようです。演奏者同士の化学反応をレコーディング現場で求めるというよりは、かなり緻密な設計図を元に完成されていく巨大建造物のような音楽制作手法なのでしょう。音が広がる空間の全てに、偶然ではない製作者の意図を感じます。音と音との歯車が、ガッチリと噛み合ったようなサウンドです。
本作は48kHz/24bitのハイレゾ音源。実はこれも成功している要因だと思います。96kHz/24bitや192kHz/24bit、DSDといったデータ量の多い規格のほうが高音質と思われがちですが、必ずしもそうとは限りません。それぞれに音質傾向があり、山下達郎氏のように、あえて48kHz/24bit規格を選択する場合もあります。流石にCD規格の44.1kHz/16bitは、音楽マスターを作るには時代的に小さい規格に感じます。やはり48kHz/24bit以上が主流でしょう。音質傾向として、音の塊感が得られやすいのは、48kHz/24bit>96kHz/24bit>192kHz/24bitの順です。逆に言えば、広がり感では192kHz/24bitのほうが優れています。DSDはPCMとは違った傾向があり、生々しい感じは出しやすい一方で、優しい音が特徴ですので、喜怒哀楽の“怒”の表現が苦手なように思います。
つまり、音楽制作現場では、これらの傾向を音作りに積極的に利用している場合があるのです。ガツン!としたサウンドが欲しいとき、192kHz/24bitやDSDで試行錯誤するよりも、48kHz/24bitや96kHz/24bitで進めたほうが、レコーディングがスムーズに進み現場の士気が高まる結果になるかもしれません。音楽制作では規格の優劣よりも、人の心のほうが高音質への影響は多大なのです。
『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』が48kHz/24bitでのハイレゾ配信となった理由を問い合わせたところ、「今回、レコーディングの録音自体が、48kHz/24bitでしたので、そのレコーディングの際の音楽をなるべく忠実に再現するようにリマスタリングしました。」と回答をいただきました。ハイレゾ版のマスタリング・エンジニアは、レコーディングを行った相澤光紀氏自身が担当し、そのリマスター作業は澤野弘之氏が監修されているとのこと。しっかりしたサウンドに仕上がっているのには、きちんとした理由があるものです。
48kHz/24bitの特長である音の塊感。それが大きくプラスに作用していると感じます。巨大なモビルスーツが、鈍い光を放ちながら画面を横切るような重厚感を音で表現するのに、48kHz/24bitが上手くマッチングしているのです。本作は48kHz/24bitで成功している好例ですので、96kHz/24bitや192kHz/24bitでないことはマイナス点ではありません。
サウンド面だけでみると3作品とも横並びという印象です。ガンダムUCファンの方は迷わず全部をゲットでしょうが、どれか1作品というと迷いどころです。意外と『サウンドトラック 2』がお薦めかもしれません。女性ボーカルが美しい1曲目や、バリバリ鳴るブラスと電子楽器の重低音が魅力の2曲目など、ハイレゾならではのサウンドが目白押しなのが『サウンドトラック 2』。システムの再生限界に挑戦するといった用途に向いていると思います。サントラということで、1曲の長さが2分程度というのも、試聴曲として意識を集中して聴けるというのもお薦めポイントです。
本作はCD盤を所有していませんので、波形はハイレゾ版『サウンドトラック 2』の1曲目と2曲目を掲載しておきます。両方ともダイナミクスのある波形で、音楽の抑揚が強く収録されていることが画像からも確認できます。
最後に『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』を良い音で聴くコツをご紹介しましょう。それは“アップサンプリング機能をオフにする”です。192kHz/24bitやDSDに常時アップサンプリングする機能を、再生ソフトやDAコンバーターでオンにして聴いている方も多いと思います。本作の魅力のひとつに、前述した48kHz/24bitならではの音の塊感があります。アップサンプリングしてしまうと、せっかくの音の塊が散ってしまう可能性が出てきますので、一度は48kHz/24bitそのままのサウンドで聴いてみることをお薦めします。音楽制作者の意図を、よりストレートに感じることができるでしょう。
アニメ音楽界は、これだけの楽曲が生み出せる才能溢れる人材がいて、その音楽を表現できるだけの制作費が集まり、それを聴くたくさんのファンがいるという、正のスパイラルが感じられます。良質なハイレゾ音源がアニソンやサントラから量産されるのも時間の問題でしょう。先陣を切り、『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』3作品が、堂々の太鼓判ハイレゾ音源認定です。
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筆者プロフィール:
西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。