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Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作
たとえばヒップホップのように、日々変わり続ける最先端の音楽を追い続けるのは文句なしに楽しいことです。少なくとも僕は、その動向がどうしても気になってしまうんですよね。
しかしその一方、“変化”とは対極の位置にあるといっていいオーソドックスな音楽をも、決して避けることはできません。時流に左右されることのないオーソドックスなアーティストとその作品にも、当然ながら大きな価値があると感じるからです。
早い話が、どちらもアリだってことですよね。
そして、「オーソドックス側」の代表格は誰かと考えたとき、僕の頭にすぐ浮かんでくるのがバーブラ・ストライサンドです。うまい表現が見つからないのですけれど、彼女の歌を聴くと、なんだかホッとするのです。
初めて聴いた楽曲は、シンガー/俳優のクリス・クリストファーソンと共演した映画『スター誕生』のテーマ・ソングである1976年の「スター誕生/愛のテーマ」でした。だから、もうかなり長いつきあいになります。
大ヒットしたこの曲は、当時ラジオで頻繁にかかっていたので、知らず知らずのうちに記憶に刻み込まれていきました。つまり最初の段階で特別な思い入れがあったわけではなく、「ヒット・チャートに入っていた一曲のバラード」という程度に認識していただけだったということ。
とはいえ、透きとおった声質を生かした包容力のある歌声がとても印象的だったことは事実で、以後もアルバムが出るたび、それなりに気にするようになったのでした。
ニューヨーク・ブルックリンで1942年に生まれたバーブラは、シンガー、女優、作曲家、映画プロデューサー、映画監督とさまざまな分野で活躍し、実績を残してきた人物。才能をフルに発揮しながら、もう50年以上もショウビジネスの最前線にいることになります。
蛇足ながら、彼女がシンガーとしてデビューした1962年は僕が生まれた年でもあるので、なんだか不思議な気もします。
しかも1970年代には、すでにアメリカで最も成功した女性シンガーとして認識されていたのです。たとえば当時、彼女よりも多くアルバムを売り上げていたのはエルヴィス・プレスリーとビートルズだけだったというのですから驚き。その影響力の大きさたるや、相当のものだったわけです。
そういえば2014年にも、スティーヴィー・ワンダー、ジョン・メイヤー、ビリー・ジョエルら多くのアーティストと共演した『パートナーズ』という素晴らしいアルバムをリリースしましたよね。あれはまさに、大物にしかできないことだったのではないかと思います。
しかし『スター誕生』以降の数年間に目を向けると、あのころの彼女がやや伸び悩んでいたことも否定できません。1977年の『Streisand Superman』などもなかなかの出来だったのですが、それが“数字”に反映されなかったということ。ショウビジネスの世界はシビアですね。
しかし、それから数年後の1980年に転機が訪れました。そして僕のなかでも、このときを境に、バーブラ・ストライサンド というアーティストの存在感はさらに大きなものとなりました。彼女の最大のヒット・アルバムであり、グラミー賞も受賞した『ギルティ』が大きなインパクトを与えてくれたからです。
『ギルティ』の最大のトピックは、プロデューサーにビー・ジーズのバリー・ギブ(とアルビー・ガルテン、カール・リチャードスン)を迎えている点です。
ビー・ジーズといえば、この3年前に映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサントラから「ステイン・アライヴ」「恋のナイト・フィーバー」などの大ヒットを連発したことで有名。
おかげで、初期のポップス路線から一転してディスコ・ナンバーで知られるようになったわけですが、その一方、「愛はきらめきの中に」に代表されるメロウ・ナンバーも多くのリスナーを魅了しました。
そして『ギルティ』においては、そのメロウ路線が見事に踏襲されていたのです。結果的に、「ウーマン・イン・ラヴ」「ギルティ」「ホワット・カインド・オブ・フール」と優秀すぎるメロウ・ヒッツが連発されることになりました。
なお、改めてハイレゾで聴くとさらに魅力を増すサウンド・プロダクションについては、重要なポイントがあります。それは、集められたバック・ミュージシャン。
多くのビー・ジーズ作品に参加してきたベースのハロルド・カワート、ドラムスのバーナード・ルーペ、パーカッションのジョー・ララ、フレンチ・ホルンのジェリー・ピールらと並び、ギターにコーネル・デュプリー、エレクトリック・ピアノにリチャード・ティーが参加しているのです。
いうまでもなく、70年代を代表するクロスオーヴァー/フュージョンの最重要グループ、スタッフの2人。彼らの参加が、結果的にこのアルバムのクオリティの高さを決定づけたといっても過言ではないでしょう。
なお、とかく上記3曲ばかりが注目されがちですが、もちろん他の楽曲の仕上がりも素晴らしく、つまりは“捨て曲”皆無。ミディアムの「Promises」は、ビー・ジーズにも通じるゆるやかなグルーヴが魅力。
広がりのある音像を持つ「Life Story」、ファンキーな「Never Give Up」もいいアクセントになっていて、「The Love Inside」「Make It Like a Memory」といったバラードは、まさにバーブラの真骨頂。
楽曲のスタイル的にも、サウンド・プロダクション的にも、とてもバランスが取れており、じっくりと聴き込むことのできる傑作です。
◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」
印南敦史 プロフィール
印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。
ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」