9月20日にデビュー・アルバム『Mai favorite』をリリースしたヴァイオリニスト、鈴木舞。2016年スピヴァコフ国際ヴァイオリンコンクール第二位の受賞をはじめ、国内外の数々のコンクールで受賞経験を持つ。そんな、将来を嘱望される新世代のヴァイオリニストとして高い注目を集める鈴木舞の連載コラム。
◆バックナンバー
ヴァイオリニスト鈴木舞の連載コラム 【第3回】
ヴァイオリニスト鈴木舞の連載コラム 【第2回】
ヴァイオリニスト鈴木舞の連載コラム 【第1回】

『Mai favorite』/鈴木舞
--プーランクの唯一の弟子
夏のルクセンブルク。そこで10日間ほど集中的に毎日レッスンを受ける、いわば合宿のようなマスタークラスに参加しました。ヴァイオリンのアモイヤル先生と共に講師に招かれていたのが、ピアノのガブリエル・タッキーノ教授。彼こそプーランクの唯一の弟子であったピアニストでした。
当時アモイヤル先生とタッキーノ先生は喧嘩中だったらしいのですが、「プーランクのソナタは君のレパートリーだよね? せっかくだからタッキーノ先生に聴いてもらいなさい」と、レッスンをお願いしてくださったのです。
タッキーノ先生はレッスンで沢山ピアノを弾いてくださいました。
キレのある軽快なフレーズ、そしてねっとりと濃密な歌い回し。
とてもメリハリの効いた演奏でした。
「プーランクはテンポの書き方がとても独特でね…」
それはちょっぴりあまのじゃく。例えば、緊張感があり、遅くなっては欲しくない部分にあえて「少しずつだんだん速く」と記したり。「だから、彼の本当の意図を汲んで演奏する必要があるんだよ」
—曲に込められた想い
プーランクのソナタに出会ったのは高校生の時。当時の共演ピアニストが「一番好きなヴァイオリンソナタ」と話していたので、興味を持ちました。
煮えたぎるような激情と、フランス的な甘美で憂いを帯びたメロディー、そしてロマンチックな高揚感を併せ持った美しい曲で、初めて聴いて一瞬で惹きこまれました。
デザイナーのクリスチャン・ディオールもプーランクに陶酔したひとり。
「プーランクの才能に圧倒されて、自分は作曲する意欲を失ってしまった」
当初音楽家になりたかったディオールはそう言って、後に「フランシス・プーランク」という名のドレスを残しています。
「ガルシア・ロルカの想い出に」と副題のあるこのヴァイオリン・ソナタは、スペインの詩人、ロルカが亡くなった悲しみから書かれました。
ピカソの「ゲルニカ」で有名なスペインの内戦において、リベラルな発言をしていたロルカは右軍のファシストに射殺されてしまったのですが、プーランクはロルカの大ファンであり、同い年でかつ同性愛者だったのです。
言葉では語れぬロルカへの想いが、プーランクの音楽から溢れ出ています。
雷に打たれたような衝撃から始まり、暴力的なまでの悲しみを描いた第1楽章。
「ギターが夢を泣かせる」
というロルカの言葉が添えられた第2楽章はまるでシャガールの絵画のよう。
ギターの模倣と共に、幻想的に夢とうつつを行き交い、最後のヴァイオリンのピッチカートとグリッサンドで、一粒の涙がこぼれ落ちる音が聞こえてきます。
リベラルの思想を持つ人たちにとって、まさにヒーローのような存在であったロルカ。
第3楽章は、音楽が力強く上り詰めたところで3発の銃声が響き、失意や絶望のシーンが続きます。血が滴る音が聞こえ、朦朧としながらも生きようとするロルカ。そして再びの3発の銃声で、ロルカの命と共にこのソナタは幕を閉じます。
ドビュッシーの「ケークウォーク」とフォーレの「子守唄」には共通点があります。どちらの曲も幼い子供へ贈られたのですが、2人の子供の母親は、1人の女性、エンマでした。
銀行家と結婚した歌姫エンマは、フォーレと浮き名を流した後にドビュッシーと再婚します。
フランスの音楽家たちを夢中にさせたエンマ、どんなに魅力的な女性だったのでしょうか。
サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」は、スペイン音楽の要素を多く取り入れた作品。フランス人が女性を口説くかのような序奏から、情熱が弾けるロンド。幼少の頃から大好きだったグリュミオーの録音の中でも、この曲が一番のお気に入りでした。
アルバムのなかでも珍しい二曲、リリー・ブーランジェの「ノクターン」と「コルテージュ」は、アモイヤル先生にリサイタルのプログラムを相談した時に推薦いただいた曲。
ロマンチックな夜に、一つの物語が花開くような「夜想曲」、そして「行列」という意味を持つコルテージュは、例えば遊園地で子供たちが回転木馬の順番を待っているような、微笑ましい曲です。
—レコーディング
このアルバムのレコーディングは都内の白寿ホールで2日間に渡って行われました。
録音スタートの前に行うマイクの位置決めや音の調整作業は1時間以上かかる事もありますが、今回は素晴らしい録音技師さんと、幸運にも恵まれてものの10分ほどでクリアでき、すぐにレコーディング本番に取りかかれました。
一度通して弾いてから、その場でプレイバックを聴いてみる。そしてまた通して録音。
聴き直しながら何度か繰り返すことによって、良くなる部分もあれば、マイクを意識して慎重になりすぎてしまったり、新鮮さが薄れて演奏に疲れが出てきてしまったりすることも。
プロデューサーさんの的確な判断のもと、和気藹々とした雰囲気で勢いよく進み、予定よりも早く録り終えることができました。
ピアニストの實川風さんは、芸大附属高校からの同級生。
出会ってから10年以上、数え切れないほどの共演を重ね、その度にお互いを刺激しあってきた、すっかり気の置けない仲。
意見をぶつけ合いながらの音楽づくりは、事情を知らない人が見ると、まるで喧嘩のようでハラハラしてしまうようです。
更にプーランクのソナタは、スイス ローザンヌのデュオ講習会で、ふたりで10日間集中して深めた一曲でした。
ボーナストラックは、信長貴富さんの“きらめく五月よ、そよぐ大樹よ” と、山中千佳子さんの“Kotonoha”。このアルバムの為の書き下ろしの2曲です。
山中さんは、学生時代の教育実習で高校生の私のクラスに来て、聴音やソルフェージュを教えて下さったことがあり、なんと私のことを覚えていてくださいました (悪い印象で無いことを願うばかりです)
ボーナストラックでピアノを弾いて下さった指揮者の山田和樹さんとは、本作が初共演。
ベルリンで事前にリハーサルをしてから、東京でのレコーディングに臨みました。
指揮者らしい、作り込む音楽。彼の作り出すエネルギー溢れる音楽は、まるで台風のように強い風で共演者を巻き込み、そして中心の目に入ると、初めて経験するような新しい景色を見せてくれました。
さて、胎教を通じた音楽との出会いから今作のデビューアルバムまでの奇跡を、4回のコラムを通して書いてきました。音楽一家とは言えない家庭に生まれながら、こうして皆様に演奏を聴いて頂けるようになるまで、数えきれないほどの素敵なご縁に恵まれました。
皆様に支えられてきた道のりを振り返り、今は改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
このアルバムに詰まった沢山の愛と感謝が、音楽を通して皆様の心に届きますように・・・
◆e-onkyo musicリスナーの皆様へ動画コメントが届きました!
※配信中のアルバム「Mai favorite」の9/20発売に向けて撮影頂いた動画です。
◎コンサート予定
◆シューベルティアーデ
11月23日 サントリー ブルーローズ
*詳細はこちらをご参照ください。
◆鈴木舞&實川風 サロンコンサート
11月24日 渋谷 美竹清花さろん
*詳細はこちらをご参照ください。
◆今後のコンサート情報
鈴木舞 プロフィール
神奈川県出身。2005年大阪国際コンクールグランプリ、2006年日本音楽コンクール第二位、2007年チャイコフスキー国際コンクール最年少セミファイナリスト。
2013年ヴァツラフ・フムル国際ヴァイオリンコンクール(クロアチア)で第一位、オーケストラ賞。オルフェウス室内楽コンクール(スイス)第一位。2016年スピヴァコフ国際ヴァイオリンコンクール(ロシア)第二位。
東京芸術大学附属高校から同大学に進んだのち、ローザンヌとザルツブルクでピエール・アモイヤル氏に師事。在学中より内外でリサイタルやコンサートに出演し、小林研一郎、円光寺雅彦、飯森範親、金聖響、ニコラス・ミルトン、ヨルマ・パヌラ、イヴァン・レプシックらの指揮で、読売日響、東響、日本フィル、東京シティフィル、山形響、日本センチュリー響、名古屋フィル、広島交響楽団、神奈川フィル、ホーフ響、クロアチア放送響、ザグレブ・ゾリステン、ドブロブニク響等と共演し、バッハ、ベートーヴェン、パガニーニ、ラロ、シベリウスなどの協奏曲を演奏している。
最近ではフィンランド・クオピオ交響楽団と共演したショスタコーヴィチ第1番、チェコ・モラヴィアフィルとのモーツァルト第5番、クロアチア・ザグレブフィルとのメンデルスゾーン、スイス・ローザンヌ室内管とのプロコフィエフ第2番などが好評を得ている。
東京交響楽団と録音したベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲?第3楽章、マスネ:タイスの瞑想曲が日経ミュージックセレクションCD「モーニング・イン・クラシックス」に収録されたほか、山形交響楽団とのモーツァルト第4番は、e-onkyo musicのネット配信で聴く事ができる。
将来を嘱望される新世代のヴァイオリニストとして、2012年度シャネル・ピグマリオン・デイズ・アーティストに選ばれた。
2012年、2013年度、文化庁芸術家在外派遣研修員。2015年度、公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション奨学生。
使用楽器は1683年製のニコロ・アマティ。
ミュンヘン在住。
◆公式ホームページ
■関連ページ
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