【新連載】ヴァイオリニスト鈴木舞の連載コラム【第2回】

2017/10/04
9月20日にデビュー・アルバム『Mai favorite』をリリースしたヴァイオリニスト、鈴木舞。2016年スピヴァコフ国際ヴァイオリンコンクール第二位の受賞をはじめ、国内外の数々のコンクールで受賞経験を持つ。そんな、将来を嘱望される新世代のヴァイオリニストとして高い注目を集める鈴木舞の連載コラムがスタート。
◆バックナンバー
ヴァイオリニスト鈴木舞の連載コラム 【第1回】



『Mai favorite』/鈴木舞




—スイスへ

神が宿っている。
ローザンヌのレマン湖を目の前にして、そう思いました。
きらきらと優しく揺れる水面に反射する光が、まるで天上の音楽を奏でているよう。

初めてローザンヌを訪れたのは8月1日、スイス建国記念日でした。
セレモニーの花火の音を聞きながら、湖の見えるレストランでアモイヤル先生に「誰と、どこに住むか。この二つが人生の幸せを決める」と言われたのが今でも印象に残っています。
音楽、そしてバイオリンと、この美しい湖のあるローザンヌに住む事が出来たらどんなに幸せだろう、と夢想しました。
翌年、アモイヤル先生が教鞭をとるスイスのローザンヌ音楽院へ、念願の留学を果たします。

しかし、その時はまだ、スイスで学ぶ3年間でこんなに涙を流す事になろうとは想像すらしていませんでした。





—日本人であるということ

ローザンヌ音楽院に入学してすぐ、選抜メンバーによる弦楽四重奏を組む機会に恵まれました。フランス、イタリア、スイス、そして日本人の私。国際色豊かなメンバーです。

初めての外国人との室内楽。ヨーロッパの音楽をヨーロッパ人の中で日本人が演奏することに、少なからず劣等感を感じていました。
それぞれが、ドキッとさせる強烈な個性ある音楽を持ち、私はというと1stバイオリンであるにも関わらず、彼らの音楽に圧倒され萎縮してばかり。
しかし、メンバーが皆、私の演奏に耳を傾け、自分で長所と思っていなかった部分をも尊重してくれました。彼らと過ごす時間を重ねるにつれ、国籍なんかを気にしていたのは私だけだったのだと気づかされました。

地続きのヨーロッパで色々な人種が混ざり合うのは当たり前の事。特にスイスは、住民の半分が外国人という多様性に満ちた場所。様々なバックグラウンドを持つ人々が生活を共にしています。

彼らには、どんなに自分と違う考え方でも、それを「個性」として受け入れる、広い器がありました。
「自分らしさ」とは何なのか。日本でずっと折り畳まれたままだった羽を、徐々に伸ばしていく様な感覚でした。

学校で、あるいは街角で、どこから来たの?の問いに、日本から、と答えると、例外なくみんな目を輝かせて、ジャパニーズ!と喜んでくれます。どこへ行っても好意的に受け入れられるのは、彼らの知る日本人が良い印象を与えていた結果なのでしょう。
劣等感が、日本人としての責任感に代わり、私も日本人の一人として恥ずかしくない行いをしなければと思いました。



—愛の鞭

日本でレッスンを受けていた頃のアモイヤル先生は、冗談を言ってニコニコしている優しい印象でしたが、スイスに渡って門下生となると、とても厳しい先生でした。

先生から与えられた最初の課題は、自分の人生や生活を、演奏とリンクさせること。
「テクニックは完成されているから、練習だけしていてもこれ以上、上手くなれないよ」
しかしそれまで、上達には練習あるのみと信じ、ひたすら練習する日々を送っていた私は、練習を1日でも休むことがとても怖く、他に何をどうしたら良いのかさっぱり分かりませんでした。



そんな私を見かねて、先生が毎回のレッスンで宿題をだします。
「あの公園を散歩しなさい」「この映画を見なさい」「あのコンサートを聴きに行きなさい」夏の日には「湖で泳いできなさい」
そして、「次回のレッスンで感想を聞かせてね」と言うのです。
ある時は、近くのメンデルスゾーンが散歩したといわれている道に連れて行ってもらったり、日が沈む湖畔で、ゆっくり、のんびり食事をしたり。一風変わった先生の出す宿題は、私を内から変えていくものでした。

映画を観る宿題の課題は、「シャイニング」と「レインマン」でした。
「彼らは、演じているのでなくて、役になりきっている。演奏も、何かを演じるのでなくて、心の底からの感情と音楽を共鳴させて」

そうやって少しずつ、生活の楽しみ方を学び、感受性が研ぎ澄まされていきました。

ローザンヌのアモイヤル先生のクラスは全部で12人ほど。人の演奏からも学んで欲しい、という先生のポリシーで、常にレッスンは他の生徒が聞いていて、まるで講習会のようでした。
しかし、レッスン室に誰がいようとも、先生は容赦なく叱ります。
生徒たちは厳しいレッスンに泣いてしまいますが、門下生同士で慰めあって、切磋琢磨できる環境でした。



2013年、クロアチアのヴァーツラフ・フムルコンクールで優勝しました。
その直前のレッスンは今でも昨日のことのように思い出されます。
当時本選のプログラムに選んでいたのは、ベートーベンのコンチェルト。
コンクールの一週間前のレッスンで、二楽章を聞いてもらった時、「こんな演奏では全然だめ。1点もあげられない。今からでも曲を変えなさい」と言われ、レッスン室を出た時に、堪えていた悔し涙が溢れ出しました。
泣きながら廊下を歩いていたところ、後ろからアモイヤル先生に引き止められます。

「泣いてるの? 泣きたいのは僕の方だよ。こんなに美しい音楽、涙が出るはずなのに君の演奏じゃ全然泣けないよ」

容赦のない追い討ち。この悔しさをバネに、変更したシベリウスのコンチェルトに全身全霊をかけ、良い結果を出すことができました。

上手だよ、と生徒を褒めるのは簡単です。エネルギーもいりません。
しかし、アモイヤル先生は、人が言いたがらないような厳しいことを、あきらめずに言い続けてくださいました。
叱ってもらえる人がいることは、本当にありがたいことだと思います。

~次回も是非お読みください。10/11(水)更新予定です。








◎ライヴ情報

2017年10月9日(月)
ミニライヴ&CDサイン会
タワーレコード渋谷店7Fイベントスペース
*詳細はこちらをご参照ください。

今後のコンサート情報


鈴木舞 プロフィール

神奈川県出身。2005年大阪国際コンクールグランプリ、2006年日本音楽コンクール第二位、2007年チャイコフスキー国際コンクール最年少セミファイナリスト。
2013年ヴァツラフ・フムル国際ヴァイオリンコンクール(クロアチア)で第一位、オーケストラ賞。オルフェウス室内楽コンクール(スイス)第一位。2016年スピヴァコフ国際ヴァイオリンコンクール(ロシア)第二位。
東京芸術大学附属高校から同大学に進んだのち、ローザンヌとザルツブルクでピエール・アモイヤル氏に師事。在学中より内外でリサイタルやコンサートに出演し、小林研一郎、円光寺雅彦、飯森範親、金聖響、ニコラス・ミルトン、ヨルマ・パヌラ、イヴァン・レプシックらの指揮で、読売日響、東響、日本フィル、東京シティフィル、山形響、日本センチュリー響、名古屋フィル、広島交響楽団、神奈川フィル、ホーフ響、クロアチア放送響、ザグレブ・ゾリステン、ドブロブニク響等と共演し、バッハ、ベートーヴェン、パガニーニ、ラロ、シベリウスなどの協奏曲を演奏している。

最近ではフィンランド・クオピオ交響楽団と共演したショスタコーヴィチ第1番、チェコ・モラヴィアフィルとのモーツァルト第5番、クロアチア・ザグレブフィルとのメンデルスゾーン、スイス・ローザンヌ室内管とのプロコフィエフ第2番などが好評を得ている。
東京交響楽団と録音したベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲?第3楽章、マスネ:タイスの瞑想曲が日経ミュージックセレクションCD「モーニング・イン・クラシックス」に収録されたほか、山形交響楽団とのモーツァルト第4番は、e-onkyo musicのネット配信で聴く事ができる。
将来を嘱望される新世代のヴァイオリニストとして、2012年度シャネル・ピグマリオン・デイズ・アーティストに選ばれた。
2012年、2013年度、文化庁芸術家在外派遣研修員。2015年度、公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション奨学生。
使用楽器は1683年製のニコロ・アマティ。
ミュンヘン在住。

公式ホームページ

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