カワイが誇る最高峰フルコンサートピアノ“SK-EX”を究極の音質のDSDで捉えた貴重な音源が登場!

2017/10/04
国産フルコンサートピアノのマスターピースとして高い評価を得ている河合楽器製作所の“シゲルカワイ”。そのフラッグシップに位置づけられるモデルが“SK-EX”です。その音の魅力をアーティストが奏でる空気感・タッチ感まで余すところなく捉えた音源を作り、さらにはアーティストの感情まで余すところなく再現できる機器を開発し、お客様にハード/ソフトの両面で最高の音をお届けしたい−−−その思いからハードの開発と共にハイレゾ音源の録音プロジェクトがスタートしました。カワイとオンキヨーのコラボレーションから生まれた、至高のピアノ・サウンドをぜひお楽しみください。

構成◎大山哲司


『ハイレゾで聴く「SK-EX」 ~カワイ最高峰のフルコンサートピアノ~』
/圓谷綾乃



 カワイ・フルコンサートピアノの最高峰、SK-EXを使ったオリジナル・ハイレゾ音源がe-onkyo musicで公開された。ここでは、音源制作に携わったレコーディング/マスタリング・エンジニアのオノセイゲンさん、東京芸術大学卒業後、シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院を特別賞付き最高点で卒業し、国内外の多くのコンクールで入賞を果たしているピアニストの圓谷綾乃さん。“Master Piano Artisan”の資格を持つピアノ調律師の村上達哉さん((株)河合楽器製作所)の3氏にお集まりいただき、音源制作について座談会形式で話を伺った。
 座談会に先がけ、まずはオンキヨー&パイオニア(株)の深江義久さんに、今回のハイレゾ録音プロジェクト発足の背景について説明していただこう。

「河合楽器製作所様とオンキヨーは2015年に資本提携関係をし協業を始めました。その後、“楽器のノウハウとオーディオのノウハウを合わせて新しい製品を開発できないか”という強い思いのもと、2016年にフランクフルトで開催された“Musikmesse”でオンキヨーのアンプ技術、DSP技術、サラウンド・アンプ技術を搭載した電子ピアノのプロトタイプを発表して好評を得ました。
カワイのデジタルピアノには元々SK-EXをサンプリングした音源が入っているのですが、オンキヨーのDIDRC技術が従来以上にコンサートピアノの音色(ねいろ)や奥行き感を再現できたことで今回のハイブリッド・デジタルピアノに採用され、大幅な音質アップを実現しました。同時にSK-EXの音を目指す以上はSK-EXそのままの音、つまり余すことなく録音した楽曲が必要ではないかという気運が高まり、今回のハイレゾでの録音プロジェクトが始まりました。SK-EXという最高の楽器を最高の状態で録音することのできるエンジニアということで、オノセイゲンさんにお願いしました。

 それではその楽曲の制作について、3氏の話を伺っていくことにしよう。

左からオノセイゲンさん、圓谷綾乃さん、村上達哉さん


■カワイ独自の音質を求めて辿り着いた旗艦モデル“SK-EX”

--まずは、河合楽器製作所によるフルコンサートピアノのフラッグシップ・モデル、SK-EXの開発コンセプトを教えていただけますか。

村上 河合楽器製作所(以下カワイ)がフルコンサートピアノを作り始めてから40年以上経ちます。海外メーカーのコピーではなく、新しく自分たちのピアノを興そうということでピアノ研究所を設立し、ピアノの設計を行ってきました。もともとは欧州のモデルをベースにして設計を始めたので、設計思想は昔のヨーロッパのピアノだったんです。コピーから始めたフルコンサートピアノ造りもピアノ研究所では独自設計として幾重もの改良を重ね続け、1999年から満を持して“シゲルカワイ”というモデルを作り始めました。ブランドを立ち上げるのは非常に難しいことで、まずはシゲルカワイという名前を世界中の音楽家のみなさんに知っていただくまでに10年ほどかかり、最近ようやく「弾いてみたい」というピアニストが増えてきました。さらにカワイ独自の音質を求めて作ってきたモデルEXの評価もだんだん上がってきました。その後、会社内部で「私たちが求める音とは何だろう」と議論をし始め、設計のやり方を少しずつ変えて設計者とともにコミュニケーションを図りながら開発したのがSK-EXです。
 基本的にはヨーロッパの気品ある音や響きをシゲルカワイに乗せたいということで、1台ごとに高音部をどうするか、低音部をどうするかなどと試行錯誤を重ねて、やっとここまできたというピアノです。ヨーロッパだと100年、200年の歴史を持つメーカーが多い中、日本がヨーロッパのメーカーに負けないような音を表現し、伝統あるメーカーの単なるコピーに終わらずに、自分たちならではの音を作り上げるというのは非常に大変な作業でしたが、ようやくカワイの音にはこういう特徴があるんだと言えるような段階にまで辿り着いたのかなと思います。

--カワイのピアノには、どんな特徴があるのですか。

村上 カワイ・ピアノの特徴として、アクション機構に樹脂パーツを使っているという点が挙げられます。一般的には木材がいいと言われていますが、木材を超えるだけの性能と音質を再現できるような素材をいろいろと選びながら研究した結果、木よりもいいメカニックを安定して供給できるようになったという点が一番の特徴です。木材のパーツに関しては天然乾燥にこだわっており、通常人工的に1~2年かけて乾燥させるのに対して、カワイのフルコンでは10年以上、一番長いものでは20年かけて自然乾燥させています。それが基本理念です。10年前に購入した材料でしか作れない。そういう希少価値の高いピアノを作っています。日本のような難しい気候の中で、何年経つと木がどのような状態になるかといったノウハウを蓄積し、最適な状態になるまで使わない。それを人工的にやると、ピアノになった後の経年変化で、いい音が持続しなかったりすることが少なからずあるので、天然にこだわっているんです。

--実際にこのピアノを弾いてみた感想は?

圓谷 私のSK-EXに対する印象としては、まず艶があって明るい音だということです。柔らかい音という印象ですね。私がピアノの前に座って弾いているというよりも、楽器が私を迎えてくれて、私が「こうしたい」と話しかけると、「そうなんだ」と受け入れてくれるという感じです。個人的には低音の深みや温かみが好きですね。タッチは物理的な感覚ではなくて柔らかいイメージです。カクカクガタガタせずに滑らかで弾きやすいピアノだと思います。



■“シゲルカワイ”で聴くドビュッシーとショパン

--今回レコーディングされた2曲は、圓谷さんご自身が選曲されたんですか。

圓谷 ほぼ私の独断で決めました。カワイさんのSK-EXを弾かせていただくということが前提だったので、その楽器で自分が今弾きたい曲ということで選ばせていただきました。

--では、圓谷さんから曲を紹介していただけますか。

圓谷 この2曲は、ハイレゾ配信という企画と使用するSK(シゲルカワイ)という楽器の両方に合うようなプログラムをと考えて選びました。1曲目はフランスの作曲家、クロード・ドビュッシーの作品『ベルガマスク組曲』からの「プレリュード」で、多くの方が一度は耳にしたことのある曲ではないかと思います。私は個人的に、ドビュッシーはフランスの作曲家の中でも温かみのある音が似合う作品を多く書いた作曲家だと思っています。その点ではSK-EXの明るく、艶のある温かい音とマッチしていると思います。
 2曲目は日本人にも非常に人気のあるポーランドの作曲家、ショパンの「スケルツォ第2番」です。この曲も、あまりクラシックに詳しくなくても「聴いたことがある」、「知ってる」という方が多いのではないかと思います。“スケルツォ”とはもともと“冗談”を意味する楽曲形式ですが、およそ10分程度のこの曲には、そのようなおどけた陽気な印象はあまりなく、短い曲の中に情熱や深刻さなどさまざまな場面があり、ドラマがある曲だと思います。強弱やテンポの差だけでなく、それぞれの箇所の表情の差も感じていただけたらいいなと思います。
 私はSK-EXで演奏させていただく時には意識的にプログラムにショパンの作品を組み込みます。SK-EXはその繊細な“歌う音”、“語る音”で演奏中に作品の新たな表情を発見させてくれたりします。時に悲しげで時にエレガント……さまざまな色を持つショパンの美しいメロディを自由に歌わせながら、私の演奏に応えてくれるからです。

--どちらもピアニッシモからフォルテッシモまでダイナミック・レンジが広い曲ですし、使っている音域も広いですよね。またダンパー・ペダルを踏んで残響を生かした部分と、スタッカートで軽やかに演奏される部分の対比もハッキリとした曲ですね。

圓谷 なるべく弱打から強打まで含まれた曲で、あまり長くない曲の方がいいかなと。その短時間の中になるべくいろいろな要素が含まれた曲というところはポイントとして頭にありました。

--セイゲンさんは、SK-EXの音に対してどのような印象を持たれましたか。

オノ 今みなさんがおっしゃったとおりの印象ですね。本来の音のいい小さめのホールで鳴らすといい楽器だなと思いました。柔らかいという表現はそういうところに通じると思います。しかしだからと言って、2,000人のホールやコンチェルトで力不足を感じることもないダイナミズムも持ち合わせていますね。2020年のワルシャワが楽しみになってきました!

--メーカーとして、こんなホールに置きたいという希望はありますか。

村上 やはり響きのいいホールに置きたいですね。温かく艶やかな音をホールの端にいらっしゃる方にまで届けたい。硬い音ではなくて、音楽的に響くピアノなので、歌わせてくれる音楽に使っていただきたい。どんな音楽にも平均的に合う音というよりは、「この音楽はこのピアノでなければ弾けない」といった特徴的な楽器でありたいと思っています。

--今おっしゃった“この音楽は”という部分について、何か具体的に思い浮かべているものはありますか。

村上 「歌わせたいピアノだ」とよく言っていただいていますので、そういう意味ではショパンでしょうか。ショパンの曲の高域を悲しく歌わせたいですね。明るく柔らかいという意味ではフランス音楽にもよく合うんじゃないかと思います。

--そういう意味では今回の選曲はピッタリですね。ピアノという楽器は同じブランドの製品でも個体差がありますが、今回のレコーディングに使用するピアノを選ぶに当たってのポイントは?

村上 社内の試聴室でレコーディングするという前提で選んだのですが、あまり広くないスペースですから、音が刺々しくなく、なるべく深い低音に支えられた温かく豊かな音が出る楽器を選びました。

--その試聴室というのは?

村上 社内のスペースで、70席ぐらいが取れる程度のホールなんです。セイゲンさんにも試聴室の写真を送ったりして、どこでレコーディングしようかと相談していたんですが、実際に見ていただいて、ここで録ることが決まりました。

オノ 今回はシゲルカワイSK-EXのリファレンスになる音です。ピアノ自体もリファレンスになる楽器を使い、いろいろな表情が含まれていて楽器の魅力を引き出してくれる演奏を録らなければならない。ピアノというのは単体の楽器ではなくて、ホールや部屋が支配する要素が大きい。この試聴室はこのピアノを聴かせるための部屋です。ピアノと試聴室が一体の音源であり、この環境はリファレンスと言えます。重要なのは、そこでトップの調律師であり、まさにこのピアノの音色を作っている村上さんが前日より調整してくれること。河合楽器として、SK-EXを鳴らす環境として最高の状態になっています。
 今回のレコーディングでは、ポスト・プロダクションでミキシングやマスタリングという加工はしません。そこで出ている音をそのまま再現する---これは今回のプロジェクトではすごく大事なことでした。



■不要な信号処理を一切施さないレコーディング

--レコーディングは、どのようなやり方で行われたんですか。

オノ 一説にはピアノの録音方法は200種類以上あると言われています。僕にもジャンルやクライアントにより、ざっと8種類くらいのセオリーがあります。今回はクラシックの、ただしコンサート・ホールではない、サロン・サイズの試聴室でショパン、放送やCDでのリリースが前提ではなく、「ハイレゾの2chのみで何も加工しない」という音源です。ほとんどの現場ではマルチマイク収録で、後からバランスを整え、客席の拍手などをミックスして最終的に「いい感じ」になるよう作り込みます。現場そのままの微妙なニュアンスが「そのまま」とは異なったとしても、「いい感じ」に仕上げるのがポスト・プロダクションの目的です。今回のように「そのまま」加工しないなら迷わず、B&Kマイク2本のみです。2015年にワルシャワからショパン・コンクールのDSDライヴ・ストリーミングの配信実験をやった時もこの方式でした。コンクールでは録音や音色は演出が入ってはいけないと思います。実際に出ているタッチや音色とイメージが変わらないようにしなければなりませんからね。
 今回のレコーディングも同様に、マイク位置を決めて、ロー・カットもしないし何の信号処理もしません。コンセプトが「そのまま」ですから測定用の基準にもなっているB&Kの4009というペア・マイクを使いました。有名な4006は48ボルトのファンタム仕様ですが、4008は130ボルト、そのマッチング・ペアが4009です。その場で聞こえる通りに音が拾えるというマイクです。実は現場にはもう1ペア持って行って聴き比べたんです。そちらは少し遠くまでエアー感が広がります。エンタテインメントとしての録音ならそちらを薦めたところですが、「そのまま」の音という意味でB&Kの方を選びました。当然、後からオフ・マイクを混ぜるといったこともしないし、ステレオというフォーマットも決まっていたので、ピアノのダイレクト音と部屋の反射や響きがちょうどいい位置にマイクを立て、自分の耳で確認してから試し録りをすぐ村上さんに確認してもらいました。僕にとっては村上さんが「かなり近い音が出ていますね」と言っていただけた段階でマイク位置はOK。そこで気になることがあれば協力して部屋自体に加えた響きやピアノの調整をする。ピアノのレコーディングにおいて調律師というのはすごく大事な存在なのです。今回は現場に入った時にはすでにSK-EXの音が出来上がっていました。村上さんのホーム・グラウンドですから。あとはピアニストの圓谷綾乃さんにいかに集中して弾いていただくか、これがとても重要な要素なのです。試行錯誤するのではなく、心理的にも演奏者の一番いいパフォーマンスを引き出さないといい録音は残せません。最高音質で捉えるためのプライオリティを整理して並べると、①ピアニストの演奏②ピアノそのもの③その空間④マイク位置⑤マイク⑥マイク・アンプ⑦レコーダー⑧ケーブルなど⑨スペックとメディアフォーマットという順番になります。
 よくハイレゾの記事で、11.2MHzのDSDが最高スペックとありますが、スペックよりもっと重要なことは、楽器と空間、マイク位置なのです。多くの人に聴いてもらう大切なレコーディングに、プロのバランス・エンジニアが必須なのはそのためです。高価なカメラさえ持っていれば誰でもプロ・カメラマンのようの写真が取れるわけではないのと理屈は同じです。いかに最高の笑顔を写真に引き出すか? 話が横道にそれました(笑)。

--カワイにはMPAという資格があるそうですね。

村上 “Master Piano Artisan”でピアノを知り尽くした職人という意味です。社内試験がありまして、そこで点数を取ることと、それを維持することが求められています。2年に1回試験があって、そこで基準点以下が2回続くと資格が剥奪されるという恐ろしいシステムです。

■ピアノの複雑なメカニズムと奥深さ

オノ そう言えば圓谷さんからリクエストが1つだけありましたよね。

圓谷 ペダルの効きについてですね。前日のリハーサルで調整していただきました。村上さんは、私が弾いている段階で私の好みを察知してくださるので、何も言わなくても「こっちの音の方が好きだよね?」と調整してくださるんです。

--実際にはどうでしたか。

圓谷 弾きやすいように作っていただいたので、お陰様で気持ち良く弾けました。

村上 セイゲンさんには心理的な部分まで助けていただきましたよね。全体には暗くして精神集中して弾けるようにしながら、ピアニストだけにちゃんとライトが当たるようにするとか。

圓谷 そうなんですよ。

オノ セッティング時には、おじさん30人ぐらいのサロン・コンサート状態でした(笑)。

--メーカーさんで弾くと、ホールで弾くより緊張しませんか。

圓谷 そのピアノのことを分かっていらっしゃる方に聴いていただくと、見守ってくださる方がいるという特別な感覚が出てくるんです。ある意味、お客さんの前で弾くよりも弾きやすい部分もありました。

--グランド・ピアノの場合、アクションの音やペダルを踏んだ音など、音楽という意味で言うとノイズに当たるような音がいろいろと出てくると思いますが、そのへんの処理は?

オノ もちろん聞こえています。そこまで含めて演奏の音です。ポップスのスタジオ・レコーディングなど、それをノイズとして入れたくない場合は、このマイク・セッティングでは録れません。コンサートの場合は全部入りますし、排除するのは無理ですからね。もちろん、キーキーいうようなメカニカルなノイズの場合は別で、その場合は調律師さんに何とかしてもらいます(笑)。ピアノって脚の向きでも音が変わったりするんですよ。床の材料でも変わる。僕も知識はある方ですが、調律師の方はそれを知り尽くしているわけですから立ち会ってくれることの安心感はこの上ないですね。ミクロのことで言うと、鍵盤に指がタッチする音だってあるわけです。ピアニストによって何でこんなに音が違うの?と思うかもしれないけれど、それには指の速度や体重を含めて、いろいろな要素が関わっているんでしょうね。

村上 普通に考えると、鍵盤を打鍵する速さでハンマーが弦を打つ速さは決まっちゃうわけですよね。ピアニストによって何で違うんだろうと思うんですが、指の硬さや鍵盤に当たる角度によって押した時の弾力がまず違う。鍵盤の下は硬い木の材料になっているので、コーンという音が入るのかクゥーンともっと柔らかい音が入るのかによって、同じ打鍵の速さでも出音は変わってくるわけです。鍵盤を叩いて離すスピード感と、底まで指を付けるやり方でも厳密に言えば音が変わってくる。それが10本の指それぞれで違うわけですからね。

オノ ピアノの弦にハンマーが当たる瞬間って、鍵盤にも反動があるわけですよね? 

村上 あります。

オノ その瞬間に指が鍵盤に触れているかどうかによっても音色は変わってきますよね。

村上 そうですね。鍵盤が落ちた後、連打に備えてハンマーを受けるパーツがあるんですが、柔らかく受けるか堅く受けるのかを調整することができるんです。それによってピアニストにとっても弾き心地が変わってくる。柔らかくするとソフトになるんですが、基本的にはノーマルに合わせておいて、ピアニストさんとのマッチングをとるんです。時間があれば直接音に関係ないような部分からいろいろと調整することができるんですよ。長く一緒にやっているピアニストさんだと、最初からどう調整するのがいいかが分かるんです。

--ハンマーのフェルトの状態によっても音は相当変わりますよね。

村上 変わりますね。1時間も弾いていれば潰れてくるので、その状態を良しとするのかどうかも弾き手の好みですね。

オノ ハンマーやフェルトの調整はよく見ます。素早く全部やるのは大変ですね。

村上 そうですね(笑)。弦も230本近くあり、1つの音でも真ん中のドだと弦が3本あるから、3倍仕事をしなくちゃならない。真ん中の弦なのか、右か左なのかをチェックして、それだけを調整して、余計なことはやらないようにする。ほどよい頃合いというのはピアノによっても異なるし、ピアニストさんによっても違います。それを聴き取ってどのへんを求めているのかなというのを想像しながら調整するんです。弾いている時にピアニストさんはどこを聴いているんだろうというところを理解しなくちゃいけないんですが、みなさん表現の仕方はさまざまです。時々難しい言葉、日本語でも外国語でも分かり難い表現をされることもありますよね(笑)。

圓谷 それを言葉にするのは難しいんですよ(笑)

オノ 要はハンマーが打弦した音だけじゃなくて、ピアニストの身体が動いて出す音すべてがピアノの音だということなんです。





■リファレンス音源のお勧めチェック方法

--今回の音源は、リスナーがハイレゾの再生環境を作る時のリファレンスとして使われることもあると思うんですが、そういった時にチェックするポイントは何でしょう?

オノ 東京・表参道にあるカワイのショールームにもSK-EXがあり、当初はそこで夜中に録音するという案もありました。そこで本物のSK-EXの音を聴いて印象を覚えてもらう。帰宅して、ご自分のシステムから同じSK-EXの音色が出ていればOKです。SK-EXの目指す音色の解説付きであそこで試聴会などをやってくれたらすごくいいですね。チェックするポイントはズバリ「SK-EXの音色が再現されるか」です。

圓谷 今回の楽曲を聴くと、私が弾いている場所とはマイクの位置が異なるので、弾いている時に聴いている音と全く同じというわけではないのですが、CDだと潰されちゃったりする部分があったりするので、それに比べるとすごくリアリティがあると思いました。音の移ろいなどの細かい表現も聴き取れると思います。ぜひ楽しんでいただきたいですね。

--ところで、カワイのデジタル・ピアノには、SK-EXの音も搭載されているそうですね。

村上 はい。現在、カワイから出ているデジタル・ピアノは、僕が調律したSK-EXなどのピアノにマイクを10数本立ててサンプリングし、ピアニストの位置とか、客席の位置とかいろいろと録って、そのデータの中からチョイスして作っています。それもショパン・コンクールで使ったピアノをスタジオに持ち込んで1週間ぐらいかけて、1鍵1鍵全鍵録音しているんですよ。

--そのデジタル・ピアノに、オンキヨーのアンプ技術が搭載されたモデルが加わる日も近いのでしょうか。

深江 はい、まず先日6月29日にハイブリッドデジタルピアノ NOVUS NV10を共同で発表いたしました。また今後も河合楽器様との協業を継続し、新しいカテゴリー製品やサービスを開発してまいりますので、どうぞご期待ください。

--みなさん、今日は興味深いお話をいただき、ありがとうございました。

あらためてハイレゾ音源を試聴するお三方





【スペシャル・コラム】
ハイレゾを応用すれば音楽はもっと楽しくなる!


今回のSK-EXのリファレンス音源制作にエンジニアとして携わったオノセイゲン氏に、ハイレゾの現状や可能性についても語っていただきました。ハイレゾの良さをより詳しく知りたいという人にはぜひ一読をお薦めします。お話は録音・再生技術の楽器への応用にまで及ぶなど、音楽を聴く人にも演奏する人にも、ハイレゾによって広がる豊かな音楽の未来を感じさせてくれます。

◎オノ セイゲン


■元の音に本当に近いのはどっち?

 ハイレゾに関してはいろいろな考え方があります。ダイナミック・レンジときめの細かさについては、今や限界まで表現できる段階まできています。昔は、レコーディング・スタジオでしか聴けなかったクオリティを今や誰もが数万円のプレーヤーで持ち歩くことだって可能なのです。逆に言えば、プロのレコーディング・スタジオでは、このクオリティは別に驚くことではなく、昔からハイレゾだったのです。「誰もがプロのスタジオのようなスリリングな体験ができる」ということが、「ハイレゾによって広がる豊かな音楽の未来」でもあります。ただ、僕がこの数年で大問題だと感じているのは「ハイレゾで何を聴くの?」ということ。「スペックではなく、音楽を聴きましょう」と、まず申し上げておきます。
 話を戻して、今回のプロジェクトで制作した音源は、ミキサーも使用しない、レベル調整も何もしていない現場で聞こえているそのままの音です。ピアノと空間→2本のマイク→マイク・プリアンプ→DSDレコーダー→SDカード→曲頭とエンドだけを切り→DSD DSFファイルで出力という、これ以上ないシンプルなワークフローで仕上げました。ショパンの一番盛り上がったところが最大音量です。その部分を実際のピアノの音量で再生できれば理想的。フル・オーケストラやロック・バンドなど最大音量がもっと大きい場合、そのフルのボリュームを再現するのは普通のオーディオ・システムでは難しいですね。このリファレンス音源をスピーカーで聴いて、実際のSK-EXの音と違うと感じたら、スピーカーの設置とその空間もチェックしましょう。今回の音源はそういうすごく厳しいソフトでもあります。冒頭にも申し上げましたが、ハイレゾのすごいところはレコーディング現場、またはマスタリング・スタジオで確認したそのままが再生できることにつきます。

 10年ぐらい前まで、CDではボリューム競争がありました。コンペに残れる派手な音作り、マーケッターや商品企画担当者らには、キラッと派手に聞こえる方がいいという風潮があったんです。レコード店の試聴機の10枚の中では、音量が大きい方が迫力があるように聞こえるからです。ピアニストや調律師らが現場で、いくら繊細で柔らかい音を狙って録音・制作しても、そうとは知らない多くのリスナーは「なんか丸いんじゃないの?」、「もっと高音を上げて聴きたいよね」と感じてしまう。録音エンジニアやマスタリング・エンジニアも、「これはロックだからもっと派手にしようよ」と言ったりする。ポップスやロックを小型のオーディオ・システムやスマホで聴き流すだけならそれでもいいんです。しかし、音楽で涙を流したり、心の琴線に触れたりするほどの感動が、はたしてそのように処理された音源から得られるでしょうか。ピアニッシモやアダージョ、柔らかい音の表現、メーターが振れないくらいの小さな持続音、ピアノのフレーズの余韻の空間にこそ、グッとくる感動が記録されています。ハイレゾの一番いいところは、そういうごくごく繊細な小さな差まで体験できる、聴き分けられるということなんです。
 最近はサンプリング周波数が11.2MHzのDSD音源も出てきていますが、いい録音の作品はまだまだ少ない。スーパーオーディオCD(SACD)は2.8MHzですが、SACDが始まった2000年頃は、フィリップスもソニーもSACDでリリースしていいアーティストなのか、SACDに相応しい、いい録音なのかということを真剣に考えてリリースしていました。レコーディング以前に、音楽がハイレゾで発表するに相応しいクオリティなのかということをシビアに選別していたんです。高音質CDもハイレゾも、音楽を、そして演奏を聴くのが本来の目的ですよね。演奏が良くても、ダメな録音、ダメなマスタリングは、ハイレゾで聴くとよりひどく聞こえます。曲がつまらないのも人生の時間の無駄。そういう意味でハイレゾというのはソフトを選ぶんです。本当にいいものだけを聴いてもらえば、ハイレゾの良さはもっともっと多くの人に受け入れられることを確信しています。
 ちなみにハイレゾにはDSDとPCMの2つフォーマットがありますが、どちらもいいと思いますよ。それぞれに良さがありますからね。



■楽器メーカーと音響メーカーによるコラボの可能性

 河合楽器製作所とオンキヨーが2015年に協業して、“楽器のノウハウとオーディオのノウハウを合わせて新しい製品を開発できないか”という発想でこのプロジェクトはスタートしましたが、オーディオ・メーカーと楽器メーカーが組めば、今の技術からはものすごい可能性が出てきます。

 いわゆるギター・アンプを例にとると、それはオーディオ・リスニング用とは対極にある、楽器としての先鋭的な音作り、ギターに特化された音色を鳴らすアンプです。それに対してハイレゾ用のハイファイ・オーディオのアンプやスピーカーの目指すところとは、なるべく歪みや色付けを排除したピュアな音です。製品を特徴付ける信号処理ひとつをとっても、ハイファイ・オーディオと電子楽器では発想が違いますから、最新の技術によるオンキヨーとカワイのコラボレーションはすごく面白いと思います。個人的にとても興味があるのは、音源のサンプリングです。僕はかつてカワイのドラム・マシンや電子ピアノなどのサンプリング音源に関わったこともあるんです。
 ピアノの録音の仕方は無限にあり、ピアニストの椅子、ピアノから3mの位置、ショパン・コンクールの審査員席など、すべて音が違います。今の技術だったらそれらを全部再現できるんです。電子ピアノに応用すると、弾く時はピアノの前で聞こえる音で、一緒に聴く人は、あるいは自分の演奏データを聴く時はホールの音にするといったことが技術的に可能なのです。ショパン・コンクールの予選に来たピアニストはホテルの部屋にいながら、ホールにあるピアノの椅子の位置の音でまず演奏し、そのデータをワルシャワ国立フィルハーモニーホール2階のバルコニー席最前列の音でプレイバックしてみる、なんてことも理論的には可能なのです。もっと言うと、演奏データは自分で弾いたものだけど、もう少しフェルトを柔らかくしたニュアンスのピアノで再生してみたいというのも実現可能です。
 モーツァルトやベートヴェンの初期の頃はまだ木製のピアノフォルテで、現在のようなピアノではありませんでした。次のショパン・コンクールは2020年だけど、2019年にはピアノフォルテのコンテストがあるそうです。ピアノフォルテはそんなに台数もないし、作る会社も今はない。でも電子ピアノだったら、ピアノフォルテの音もサンプリングして入れることができる。鍵盤のタッチはぜんぜん違うのでそれをメカニカルに再現するのは至難の技ですが、ピアノフォルテはすべての音色が繊細なピアニッシモのようなもので、ダイナミック・レンジもピアノより狭い。電子ピアノでSK-EXの音が再現できるんだったら、何だって再現できるわけです。戦後最初に作られた、何か可愛い音がするカワイの小さなピアノの音も入れましょうとかね。ハイレゾを含めた今ある技術ではそういうことまでできるんです。たぶん5年前だったらCPUや信号処理の速度の問題で、そこまではできなかったと思います。
 最後に大切なことを指摘します。ピアノは部屋を選びます。SK-EXという一番いいピアノは、それなりの響きのいい部屋と組み合わせると、とんでもなく素晴らしい音の空間ができます。冗談ではなく、数十億円のマンションがある時代、インテリアの要素として「空間の響き」というのがあると本気で僕は考えています。もっとも電子ピアノなら部屋の心配はいらないわけですが……。SK-EXを“完全再現”した電子ピアノが出てくる実現性も十分にあるでしょうし、ピアニストならぜひほしいですよね。(談)

 | 

 |   |