連載『辛口ハイレゾ・レビュー 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第5回
2014/01/24
ますます増えつつあるハイレゾ音源から、選りすぐりをご紹介していく当連載。2014年の初回を飾るのは、伝説のプロデューサー、クリード・テイラーが残したCTIレーベルから。名作、名盤が数多いCTIレーベルからガボール・ザボの『ハンガリアン・ラプソディー』です!
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
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第5回 『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ
~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
■ アナログテープのマスター音源をハイレゾ化するのは今がチャンス
ハイレゾ音源を制作するにあたり、過去のアナログテープに記録された音楽をマスター音源にするのは、ひとつの理想系です。例えば、96kHz/24bitや192kHz/24bit、DSDといったハイレゾ規格を、音楽という料理を盛り付ける大きな器と想像してみてください。ハイレゾ規格は、CD規格の44.1kHz/16bitよりも、かなり大きな器ということです。ハイレゾ規格の器は充分に大きいので、音楽という料理の量が多いほど盛り付けも美しく仕上げることができます。元の料理の量が少なければ、ハイレゾ規格の器は満たされず、もうひとつ小さなCD規格の器で済んでしまうというケースも考えられるでしょう。やはり、大切なのは器に盛り付ける前の料理=音楽自体がポイントなのです。もちろん料理は量だけでなく、美味しいかどうかも大切。盛り付ける器は、あくまで器でしかなくありません。
ハイレゾ音源という器に盛り付ける音楽という料理。アナログテープに記録された音楽は、ハイレゾのマスター音源として非常にマッチングが良いと思います。特性などは近年のデジタル規格に劣る面があるものの、アナログ録音には音楽が演奏された空間までも捕らえているようなサウンドが素晴らしい。過去の記録方式であるアナログ録音が最新のハイレゾ音源の上流にくるのはなんとも興味深いですが、それほどアナログ録音の音には魅力があるのです。
アナログ録音は、“音が柔らかい”、“音が太い”といったイメージがあるのではないでしょうか。まさにその通り。仕事柄、私はアナログマスターのサウンドを実際に聴く機会がありますが、それはもう柔らかくて太くて、何より音楽エネルギーの溢れんばかりの迫力で、いつも圧倒されます。一般家庭のオーディオでは、たとえ百万円、一千万円を超える高額システムを用いても、全く太刀打ちできないサウンドです。アナログマスターが聴ける仕事のときは、「この音が自分の家で聴けたらな~」と妄想しながら、その音にうっとりしています。
ですが、我が家にアナログテープの再生システムを実際に構築しようとは、一切考えません。マスターテープが入手できなかったり、テープを経年劣化させないための管理が大変だったりという問題はもちろんあります。それ以上に、アナログテープ再生ならではの面倒があるためです。再生ヘッドを磨き、テープを送るゴムのローラーを掃除し、テープのご機嫌を伺いながら慎重に回転させる。しかも、一生懸命メンテナンスしたところで、テープに傷が入ることだってあります。最悪の場合、テープがクシャクシャっと巻き込まれてしまったり、熱でワカメ状になったりと、テープ再生には危険がいっぱいなのです。
もっとも恐ろしいのは、一度テープが痛んでしまったら、大切な音楽の記憶も一緒に失われてしまうということ。テープに傷が一本入るだけで致命傷です。デジタル技術のように欠如した情報を補正してくれませんし、修復もできません。アナログ記録のコピーは劣化していくばかりという音楽情報欠損の片道切符なので、バックアップを事前に作っておくという考えも通用しません。
いくら音が良いからといって、そんな危険で面倒な音楽再生を一般家庭でできるわけがないのです。これはもう、プロフェッショナルの領域。素人が手を出せるものではないということが分かっているだけに、アナログマスターテープの音は憧れであり続けるのでしょう。
その大変な作業であるはずのアナログテープ再生を、スイスイ~とやってのける匠の技。テープをガイドに通していき、もう一方のリールにクルクルっと巻きつけ、テンションを調節し再生ボタンを押す。目にも留まらぬスピードで一連の動作をこなすスタジオのエンジニアさんの職人技を、いつも尊敬の眼差しで見ています。そう、やはりアナログテープの再生は、“人”が重要な鍵を握っているのです。
アナログテープを再生デッキにセットする作業は、慣れれば誰でもできるかもしれません。しかし、昭和時代からエンジニアの職に就いている人ならば、アナログ機材に毎日のように触れていたわけです。テープのトラブルに巻き込まれた経験もあることでしょう。アナログテープの再生する作業自体は朝飯前でありながら、その緊張感も知っている。テープが回転する動作音から事前に走行不良の危険を予知する技は、現場で培われるものであり、インターネットの文字からは学ぶことができません。知識ではなく経験が活きてくる世界であり、修行なくしては身に付かないテクニックがあるのです。
今なら、そういったエンジニアさんが現役で多く活躍されています。私たちリスナー側にとっても大切な音楽の記憶であるアナログテープを、安心して託すことのできる匠達がまだ居るのです。こんな心強いことはありません。では、あと10年経つと果たしてどうなるでしょう。あと20年経ったら・・・。アナログ規格の修羅場を経験してきたエンジニアさんは、増えることはありえません。絶滅すら懸念される専門職のひとつです。
人材問題に加え、アナログテープ自体の寿命も考えねばなりません。記録された音楽に賞味期限がなくとも、アナログテープ自体は劣化していくという運命は避けられません。そして、テープの記録磁性体の剥離を心配する一方、それを扱える“人”の存在にもタイムリミットは無限ではないのです。アナログマスター音源のハイレゾ化は、そういった意味では今がチャンス。ハイレゾ化する機材も熟してきており、アナログテープのマスター音源もまだまだ再生可能で、それを扱える人も居ます。
きちんとしたハイレゾ音源制作は、正しい評価を受けてほしいもの。大切な音楽資産を未来へ繋ぐために、私たちリスナー側も大いに応援の旗を振り、より多くのアナログテープのハイレゾ音源化を実現させたいところです。
■ 世界最高峰のリズム隊によるグルーヴをハイレゾで体感する
キングレコードさんから、「CTIレーベルのカタログから40タイトルを『CTI Supreme Collection』としてBlu-spec CDでリリースし、更にマスターテープからADした192kHz/24bit とDSD 2.8MHzのハイレゾ音源を配信する」というビッグニュースが飛び込んできました。魅力的な40タイトルは目移りするくらい。早速、CTIレーベルから太鼓判ハイレゾ音源としてご紹介したい作品を発見しました。
今回のCTIハイレゾ作品は一気に40タイトル。CTIレーベルに馴染みのない方でも、ジャケットを見かけたことのある名盤が多いのではないでしょうか。どれを購入すればよいか悩ましいところですが、私はe-onkyoさんサイトの試聴を積極的に活用して数作品をチョイスしました。e-onkyoさんの試聴システム、なかなか操作レスポンスが良く、気に入って使っています。ハイレゾ音源そのものが試聴できるわけではないので音質まで掴むのは無理ですが、楽曲やアルバム全体の雰囲気くらいはネット試聴でも充分に伝わってくるものです。40タイトルありますから、全部を試聴するのに結構な時間がかかりました。とはいえ、こんな興味深いハイレゾ作品が一気に40作ですから、なんとも嬉しい試聴時間です。
そして見つけたのが『ハンガリアン・ラプソディー』。ハーレー・ダビッドソンのエンジンが目を引く、CTI Supreme Collectionカタログの最後に掲載されている作品です。試聴ボタンを押すと、飛び込んできたのは1曲目「ハンガリアン・ラプソディー第2番」のゴキゲンなベース。一発でノックアウトされ、迷わず購入ボタンを押しました。
解説によると「今回のマスタリングでは、マスターテープの持つ本来のサウンドを活かすため、あえてイコライザーやコンプレッサーなどの機材を使用せず、ドイツ製のテープデッキ(TELEFUNKEN M-15A)で再生し、それぞれのマスターテープに最適と思われるケーブルでレコーダーへダイレクトに送るという手法を採用」とのこと。音圧をアップさせるのだけがマスタリング作業ではありません。イコライザーやコンプレッサーを使わないという選択も、マスタリング・エンジニアの手腕なのです。とはいえ、マスタリングで何の補正もしないとなると、音質はマスターテープ音源そのものに委ねられる比率が高いといえます。聴く側としては、夢のマスター音源に直接触れるチャンスであり。その快感は大いに期待できるのです。
購入したCTIハイレゾ作品をいくつか聴いてみて、どれも安定して高品質と感じました。音圧をアップさせるといったマスタリング処理は行っていないため、やはり良い意味でマスター音源とそのまま対峙できる印象があります。入手した作品の中でも『ハンガリアン・ラプソディー』が音質的に一歩リード。これはもう、マスター音源の段階から音が良い作品だったということが想像できます。
さて、一発でノックアウトされた本作のベーシストは誰だったのかとミュージシャン・クレジットを調べてみると、なんとルイス・ジョンソン氏。スラップ奏法の元祖的存在であり、私の三大フェイバリット・ベーシストの一人。ちなみに、「愛のコリーダ」や「ウィ・アー・ザ・ワールド」、「ビリー・ジーン/マイケル・ジャクソン」もルイス氏のベースです。ルイス氏は日本に住んでいた時期があり、運よくベースの個人レッスンを受ける機会がありました。実際に間近で見るルイス氏のプレイは圧倒的で、パワーは日本人ベーシストの3倍くらいある印象。太いベース弦を意のままに引きちぎれるくらい強力です。手のひらは私より関節ひとつ分大きく、幅の広いベースのネックを軽く握って余るほどでした。世界的サウンドを間近で体感できたあの日は、今から思うと夢のようです。
ルイス氏はクインシー・ジョーンズの秘蔵っ子として1976年にデビューすることになるのですが、この『ハンガリアン・ラプソディー』はその一年前の1975年作品。すでにルイス氏の代名詞であるスラップ・ベースは完成しており、唯一無二のサウンドが1曲目「ハンガリアン・ラプソディー第2番」で聴けます。
コンビを組むドラマーはというと、ハーヴィー・メイソン氏。クラクラするほど魅力的なハーヴィー+ルイスという当時最高峰のリズム隊がハイレゾで堪能できるとは、なんと魅力的な作品でしょう。ボブ・ジェームス氏のプロデュースなので期待していたのですが、まさかここまで豪華ミュージシャンが起用されていたとは驚きです。ガボール・ザボ氏のギター・プレイは、上手いのか、そうでないのか?という感じで好みが分かれるところでしょう。しかし、この爆発するグルーヴをハイレゾで聴けるだけでも、本作は間違いなく“買い”なのです。
同時発売されたBlu-spec CD盤を入手しましたので、波形データを比較してみます。
波形データを見る限り、CD盤も同しくマスタリングでイコライザーやコンプレッサーを使わなかったようです。音圧アップを行っていませんので、一般的なCD作品よりかなり音量は小さく感じるでしょう。聴く側のアンプで、ボリュームをグイッと上げる必要があります。音楽の抑揚がそのまま収録されていますので、アンプの音量を上げて聴くことで、逆に迫力あるサウンドが体感できるのです。その音楽のダイナミクスが、波形データからも感じることができます。見た目にも、なんとも美しい波形です。
CDとハイレゾを比較試聴すると、もうCD規格には戻れないと感じました。CDでは、残念ながらマスター音源そのものの手触りは味わえません。基本的には同じ音楽が聴こえてきます。しかし、その音楽を見る窓の大きさが違うのです。スマホで映画を見ても、真の迫力が感じられないのと同じ。1975年そのものの音楽に触れるために、私は迷わずハイレゾ音源を選びます。
CTIレーベルのハイレゾ音源には、まだまだ素晴らしいサウンドの作品が眠っているような予感。まさに音楽の宝の山です。発見次第、またご報告したいと思っています。まずはその先陣を切り、『ハンガリアン・ラプソディー』を太鼓判ハイレゾ音源としてお薦めします。
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筆者プロフィール:
西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。