連載『辛口ハイレゾ・レビュー 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』
2013/10/29
ハイレゾ音源は数あれど、どれが最もハイレゾらしさを楽しめるのか、迷ってしまうことも多いかも知れません。そんな時にひとつの指針にしていただけたらということで、連載『辛口ハイレゾ・レビュー 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』をスタートします。
毎回とっておきの作品ばかりをご紹介しますが、第1回となる今回は、VICTOR Studio HD-Sound.の力作『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』です!
第1回 『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』
~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
■マスター音源クラスのハイレゾがある
ハイレゾ時代の到来!リスナー側のシステム構築は安価なハイレゾ対応機器の登場で、一気に導入への敷居は低くなってきました。音源供給側はe-onkyoが大活躍で、配信による販売システムを構築し、次々と新しいハイレゾ音源を提供してくれています。そろそろ皆さんの好きなジャンルや愛聴曲が、ハイレゾ化されてきているのではないでしょうか。楽曲の数としては、ハイレゾ導入を検討するに充分な時期に突入したと実感しています。では肝心のハイレゾ音源の“音”はどうでしょう?やはりハイレゾに期待するのは、CD時代よりも更に良い音質。しかし、私がハイレゾ音源をダウンロード購入し始めた当初は、残念ながら期待していたようなサウンドには出会えませんでした。もちろんCD規格の44.1kHz/16bitより音質の優位性は感じるのですが・・・。
「CDは今の音になるまで30年かかったんだから、スタートしたばかりのハイレゾにも、きっと時間が必要なんだよ。」という意見が、知人とのオーディオ談義中にありました。私はそうは思いません。音楽制作現場では、CDを超える規格がマスター音源として既に長く運用されているからです。デジタルのハイレゾ音源ではありませんが、古くはアナログテープのマスター音源が、CD規格を軽く超越したサウンドであることは誰もが知るところ。コンピュータを使用した96kHz/24bitや192kHz/24bitのレコーディングが一般化されてからも、既に10年以上が経過しています。実際、私が音楽制作の仕事をしているときに聴くマスター音源のサウンドは、それはもうCDとは比べ物にならないほど鮮烈で素晴らしいものです。ハイレゾ音源に求めるものが従来のCDを遥かに超える夢のようなサウンドとするならば、その音は誕生したばかりの規格ではなく、マスター音源として以前から存在するものなのです。私がハイレゾ音源に期待するのは、まさにマスター音源クラスのサウンド。数年前までは音楽制作のプロ・スタジオだけでしか聴けなかったあの感動的な音を、いつでも自分の家で聴ける時代に突入してほしいと夢描いているのです。
私が最初に入手した数曲のハイレゾ音源が少々残念な結果だったのは、マスター音源への片想いが強すぎたのかもしれません。ハイレゾ音源は、確かにどれも良い音なのです。しかし、本物のマスター音源を体験しているだけに、どうしても辛口の評価となってしまい、マスター音源と同等の音質とは認めることができません。
良い音のハイレゾを探すため、雑誌やネットのレビューを参考にしてみたり、CDで優秀録音だった著名盤から探してみたりしましたが、状況は一向に好転せず。ハイレゾを聴いているシステム自体は、音楽制作時に使っているものと同じです。自分の関わった作品ならば本物のマスター音源を所有しており、そのシステムで素晴らしい音で鳴りますから、機材固有の問題ではなさそう。ネット配信時に何か音質劣化の要素があるのか?それとも我が家のPCに問題があるのか?様々な仮説を立てましたが、原因は見つかりません。
仕事柄、そこでハイレゾ再生を簡単に諦めるわけにもいかず購入を続けていますと、運良くいくつかの“お宝級ハイレゾ音源”に出会うことができました。マスター音源そのもののサウンドを有しているハイレゾ音源がちゃんと存在したのです。もう埋蔵金でも掘り当てたような感覚で、それからしばらく宝探しゲームのように海外のものを含めハイレゾ音源を買い漁ってみました。宝くじ並みの当選確率かと思えるほど、マスター級のハイレゾにはなかなか巡り会えません。それでも、ときどきは当たりくじが出るものですから、楽しんでハイレゾ音源の宝探しをしています。
この連載でご紹介していくハイレゾ音源は、そうして私が探し当てたマスター・クラスのサウンドを持つ作品の数々。どれも実際に聴いて感動したものばかりですので、自身を持って太鼓判を押すことができます。ハイレゾ再生にのめり込めるかどうかは、やはり最初に当たりの音源に数多く出会えるかどうかでしょう。そのお手伝いができれば嬉しいです。ジャンルはできるだけ広くから選び、選定の基準はちょっぴり辛口で、あくまでマスター音源クラスの音質かどうかです。では、ハイレゾの海へと、宝探しの航海へ一緒に出発しましょう!
■ハイレゾで蘇る、1インチ特製アナログレコーダーの鮮烈サウンド
記念すべき初回は、まさにマスター音源クラスのサウンドが堪能できる作品を選んでみました。
“1インチ2チャンネルアナログテープ(30ips)によるダイレクト2チャンネル録音”ということで、CD発売の1999年当時にオーディオ誌を大いに賑わせた1枚。一般的な1/2インチの倍のテープ幅である1インチにテープスピード30ipsで録音する、モンスターマシーンと名付けられた特製アナログレコーダー。そのモンスターマシーンを使い、日本の豪華ミュージシャンが2チャンネル一発録音。エンジニアは名匠、高田英男氏。そのサウンドに期待するなというほうが無理な話です。
当時、もちろん私も迷わずCDを購入しました。“驚異のサウンド!”というキャッチコピーに偽りなく、CD盤でもアナログ録音の良さが堪能できるアルバムです。今でもオーディオ試聴のリファレンスCDとして、専門店やオーディオマニア宅で活躍しているのではないでしょうか。その『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』が13年の時を経て、今度はハイレゾ版として蘇る。こんなビッグニュースなのに、このアルバムのハイレゾ版のレビューはオーディオ誌等でも見かけたことがありません。かくいう私も、あまり期待せず聴いてみた一人なのですが・・・。
いや~、参りました。“鮮烈な音楽エネルギー!”というのが第一印象。CD時代には果たせなかった夢をハイレゾで見事叶えることに成功した、制作スタッフの強い想いがサウンドから伝わってきます。まるで、エンジニア高田英男氏の「本当はこの音を届けたかった」という声が聞こえてくるようです。ハイレゾという音楽の大皿に、これでもかと新鮮なサウンドが豪快に盛り付けられています。
モンスターマシーンでアナログレコーディングされたそのものの音は、特殊機材ということから一生我が家では聴くことができないでしょう。しかし、『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』のハイレゾ音源で感じる音楽エネルギーの大きさは、まさにレコーディング・スタジオで鳴っているマスター音源の感触です。アナログコンソール卓の出力を、まるで自分のアンプに直結したようなサウンドがスピーカーから鳴り響きます。音量をいつもよりほんの少し大きくしてみてください。実物大のミュージシャンが、そこに出現するのを感じていただけることでしょう。
どの曲もお薦めですが、4曲目「マイ・ファニー・ヴァレンタイン/佐山雅弘トリオ」と、8曲目「ピース・ピース / 木住野佳子トリオ」に注目してみました。
「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、村上“ポンタ”秀一氏の凄まじく鮮烈なドラムに釘付け。この曲をオーディオイベントで鳴らしたとき、フロアタムの圧巻の一撃は、会場全体を驚きで静まり返らせたほどです。こういう音は、CD時代には絶対に聴けませんでした。ピアノも再現が難しい楽器です。CDのときは感じられなかったピアノという大きな楽器の姿が、ハイレゾ版では実物大でスピーカー間に浮かび上がります。これぞハイレゾの恩恵であり、モンスターマシーンのアナログサウンド炸裂といったところでしょう。
4曲目「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を視覚で比較するため、CDとハイレゾの波形データを並べてみました。
ハイレゾ版の音圧が若干高いのが波形データから確認できますが、聴感では音量にそう大きな違いは感じられません。どちらも音楽の大きな抑揚を感じられる、視覚からも美しい波形になっています。波形の見た目は似ていますが、サウンドは全くの別物。特にドラムのシンバルが素晴らしい。空間を大きなカミソリでスパーッと切り裂くような感触。CDでは「カーン」と聴こえたシンバルが、ハイレゾでは「クゥァ~ン!」と炸裂します。2:03~の疾風のドラムソロは必聴。音圧の高さは、音量よりも低音の沈み込みに影響しているようです。CD盤よりも更に床にめり込むような「ズドン!」が体感できます。
8曲目「ピース・ピース」では、演奏者が異なるとここまでピアノの表情が違って収録されるのだということを実感できるので、対比としてぜひ聴いてみてください。木住野佳子さんが奏でるピアノは、どこまでも美しい。その深い響きに魅了されてしまいました。音の深みを表す単位があってハイレゾが10とするとするならば、CDは6くらいに感じます。もしかするとCD盤では、この曲をなんとなく退屈に感じていたのかもしれません。自分の音楽をキャッチするアンテナの低さが恥ずかしくなるくらい。こんな素敵なピアノだったのだと教えてくれたハイレゾに感謝です。
それにしても、なんと様々なピアノサウンドを楽しめる作品でしょう。ハイレゾが浮き彫りにする演奏家の想いが、それぞれのピアノの音色となって心に届きます。そう、忘れてはいけないのは、このアルバムがビル・エヴァンス氏のトリビュート作であるということ。ピアノの魅力がいっぱいに詰まった作品なのです。
ようこそ!マスター音源クラスの音楽世界へ。ハイレゾ音源でしか体感できない新しい扉がここにあります。『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』、間違いなく太鼓判のハイレゾ音源です。
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筆者プロフィール:
西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。