クラムボンの作品群が待望のハイレゾ化! 担当エンジニアが最新リマスターで目指した音とは?

2016/02/24
1999年にアルバム『JP』でメジャー・デビューを果たし、独特の歌詞世界、抜群の演奏力、そして実験的なサウンド・アプローチで2000年代以降の音楽シーンを駆け抜けたクラムボン。そんな彼らのアルバムが遂にハイレゾでリリースされることに。ここでは前半となる、ワーナー時代の5タイトルについて、今回のハイレゾ・リマスターを手掛けたKIMKEN STUDIOのマスタリング・エンジニア、木村健太郎さんを尋ね、サウンドの傾向や作業の様子などについてお話しいただきました。

取材・文・撮影◎山本 昇

『JP<2016デジタル・リマスター>』
クラムボン

『まちわび まちさび<2016デジタル・リマスター>』
クラムボン



『ドラマチック<2016デジタル・リマスター>』
クラムボン

『Re‐clammbon<2016デジタル・リマスター>』
クラムボン



『id<2016デジタル・リマスター>』
クラムボン


<その他の2016デジタル・リマスター作品> ※エンジニアは全て木村健太郎さんです

『てん、(stereo) リマスター』クラムボン
『てん、(mono) リマスター』クラムボン
『LOVER ALBUM リマスター』クラムボン
『Musical リマスター』クラムボン
『Re-clammbon 2 リマスター』クラムボン
『2010 リマスター』クラムボン
『imagination リマスター』クラムボン

 サイデラ・マスタリング、オレンジといった都内の著名なマスタリング・スタジオを経て、木村健太郎さんが自らスタジオを立ち上げたのは1998年末のこと。当初は元麻布で、その後2006年頃に初台へ場所を移して稼働している。KIMKEN STUDIOの入り口は、山手通りに面したマンションの1階にある駐車場の片隅。その目立たない扉を開けると、何やら薄暗い空間が広がっている。音に集中できるよう、照明に気を遣うエンジニアは多いが、取材ノートの字が読みづらいほどの暗さは相当なものだ。しかも、コンクリート剥きだしの壁や天井の印象も手伝って、「秘密のアジト」感が横溢している。場の雰囲気に慣れると、次第に冴え冴えとした気分になってくるような空気の中、木村さんはとても静かな語り口で、質問に応えてくれた。

〈クラムボンのハイレゾ・リマスターを手掛けたKIMKEN STUDIOの木村健太郎さん〉

■ 目指したのは録音当時のアタック感ときれいな空間表現

--まずはシステムの概要を教えてください。

 このスタジオには2台のPCあり、その両方にPyramixとNuendoといったDAWがインストールしてあります。片方のPCで再生してDAコンバーターを経てアナログ機材に通し、もう一方のPCで録音するというのが大まかな流れです。音作りには、アナログのアウトボードのほか、再生側と録音側のDAWのプラグイン・ソフトも組み合わせて使用しています。

--木村さんが、旧作のリマスターを行う際に心がけていることは何ですか。

 昔の音源には、アタックが潰れてしまっているものも多いので、そのあたりをもう少しTD(トラック・ダウン)マスターに近づけられるよう、アタックを生かした感じにしたいなとは思っています。TD直後の豊かなアタック感は、マスタリング作業で使用されるリミッターによって失われている場合が多いんですね。あとは、奥行きを感じられるようにということでしょうか。

〈実際は照明がかなり暗めのスタジオ全景。その分、音がよく見えてきそうな雰囲気に〉

--さて今回は、クラムボンのファースト・アルバム『JP』から4枚目の『id』、そしてセルフ・カバー 『Re-clammbon』まで、ワーナー時代の初期5作品のハイレゾ・マスタリングについて伺いたいと思います。まず、マスタリングの方向性については、どう決めていったのでしょうか。

 アルバムによって印象はさまざまで、最初は手探りで見極めていった感じです。音に関するやりとりは主にメンバーのミトさんと行ったのですが、初めに2タイトルほど仕上げたのを聴いていただいたところ、「ボーカルとベースをもうちょっと聴きたい」といった意見をいただいたので、そうした方向にシフトしていきました。

--どのアルバムもハーフ・インチのアナログ・テープからA/D変換したファイル(96kHz/24bit)をマスターとして使用したそうですね(注1)。各アルバムの音質的な印象はいかがでしたか。

 今回の5タイトルを聴いていると、当時と今ではミトさんの音の好みが変化しているのが分かる気がしますね。実際に、今回はTDのバランスを変えたいといったリクエストもありました。あと、細かいことですが、クロス・フェードのタイミングを変えたものもありましたね。僕からは、まずは当時のCDと同じように作っていって、それに対してミトさんが変えたい場合はリクエストがあるという感じでした。そうしたやり取りは主にメールで、96kHz/24bitのWAVファイルで行いました。ですから、ハイレゾ配信されるPCM音源は、ミトさんが一連のプロセスの中で確認したのと同じファイルということになります。

--では、実際の作業の様子を振り返っていただけますか。

 まず、今回のリマスターのプロセスは、Nuendoで再生しながらプラグインでリミッター処理してD/A変換し、アナログ機材に回しています。主に使用したのは、VCAやチューブのコンプレッサー、ダイナミックEQなどですね。『JP』『まちわび まちさび』『id』は、各種コンプを使って、ベースが前に出てくるような処理をして、EQで歌が聞こえやすくなるようにしています。『ドラマチック』ではコンプはあまり使用しませんでした。このアルバムは、TDの段階で世界観が作り込まれていて完成されている印象があり、変える必然性はあまりなかったように思います。  『Re-clammbon』は元々、ボーカルが引っ込んだ感じでしたので、ミトさんから「他のアルバム以上に歌を前に出してほしい」と言われました。そして、この『Re-clammbon』と『id』ではディエッサー(注2)も使っています。

〈アウトボードには、ROGER SCHULT UF1(EQ)、FCS P3S MEやKNIF Vari MuⅡ、Requisite L2M MartⅢ(コンプ/リミッター)などが並ぶ〉

〈スピーカーはFOCAL Twin 6 Beを使用。中央下はサブ・ウーファーのCMS Sub〉

■ CDには出せないリアルさがハイレゾの魅力

--今回は、PCMに加えてDSDのファイルも用意されていますね。

 はい。DSDは11.2MHzで作りましたが、CDと同じレベルにするとメーターに赤が付いてしまうので、少し下げて録音し直しています。DSD 5.6MHzのデータは、これをダウン・コンバートしたものです。

--木村さんは、PCMとDSDの音のキャラクターをどう捉えていますか。

 そうですねぇ。DSDはなめらかできれいな音だと思います。一方、PCMは歪みっぽいというか、迫力がある感じで聞こえますね。

--木村さんご自身の好みは?

 空間系の曲に関しては、やはりDSDのほうがいいなと思うことはあります。でも、音がバーッと一面に張り付いている、壁のようになっているものにはあまり合わないように感じます。また、例えば歪んだギターの曲でも、余白が多めにある場合はDSDでも面白いと思いますね。一昨年、OOIOOの『GAMEL』ではDSDからのマスタリングを行いましたが、ちょっとサイケなこのアルバムにはDSDがよくハマっていたと思います。また、やくしまるえつこさんのセッション・アルバム『RADIO ONSEN EUTOPIA』もDSDからマスタリングしましたが、空間処理が多く施されたこの作品にも合っていましたね。

--今回のハイレゾについて、木村さんが考える魅力とはどんなところでしょうか。

 先ほどもお話ししましたように、ミトさんご本人が実際に聴いてジャッジしたのが96kHz/24bitのWAVファイルです。僕もこれを基準に作っていきましたから、一番“正解”に近い音だと言うことができます。CDだと、若干レンジが狭く感じられるところも、ハイレゾだとよりリアルに伝わると思います。
 そしてDSDのほうも、できれば11.2MHzで聴いていただけると嬉しいですね。5.6MHzもいいのですが、比べてみるとこぢんまりした感じで、音の抜け方などは11.2MHzのほうがやはりいいと思います。

--5タイトルの中には、一部のアルバムと楽曲にDATマスター……つまりスペックの面でCDレベルに留まるマスターもありますね。

 そのあたりのフォーマットの違いはあまり意識しませんでした。一番気を付けたのは、鳴り方というか、アタックをいかに残すか、そしてきれいな空間表現です。まぁ、これこそがハイレゾのメリットだと思いますので。

--では今回のハイレゾで、一番聴いてほしいと思われるのはどんな部分でしょうか。

 元々出ていたCDよりは、制作当時に目指していた音が聴けるようになったら嬉しいなと思いながらマスタリングを行いました。そのあたりをぜひ楽しんでいただければと思います。

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 クラムボンの『2010』(2010年)リリース時のマスタリングも手掛けている木村さんが、丁寧に手をかけて甦らせたという印象の今回のハイレゾ・リマスター。とても自然な奥行きを感じさせながら、個々の楽器は歯切れ良く響く。そして、旧CDで部分的に僅かなピーク感があったボーカルもきれいに伸びている。初期の5作品には昔からのファンに馴染み深い曲も多いはずだが、このハイレゾを聴き直せば、新しい感動も期待できるのではないだろうか。

注1◎『JP』の「いたくない いたくない」、「タイムリミット(streeya ♪ mix)」は44.1kHz/16bitのDATマスター、『Re-Clammbon』の全曲は48kHz/16bitのDATマスター、『id』の「道 artcore ver.」は48kHz/16bitのDVD-Videoマスターを使用。

注2◎ディエッサーは、ボーカルやナレーションに含まれるサ行の耳障りな子音を抑制する、コンプレッサーを応用したエフェクター。シビランス・コントローラーとも呼ばれる。

〈「録音当時のアタック感を復活させ、きれいな空間表現を心がけました」〉

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