椿三重奏団2ndアルバム『偉大な芸術家の想い出に』発売記念対談 麻倉怜士×武藤敏樹(アールアンフィニ代表)

2023/09/29

高品位なDSDレコーディングをポリシーとし、高い評価を受けるクラシックレーベル・アールアンフィニ。コンピレーションアルバム『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz』と『ザ・ウルティメイト DSD11.2MHz Vol.2』について語られたレーベル代表の武藤敏樹氏とオーディオ評論家・麻倉怜士氏との対談も好評を博した。

今回は、椿三重奏団の2ndアルバム『偉大な芸術家の想い出に』の発売を記念して、レーベル代表の武藤敏樹氏とオーディオ評論家・麻倉怜士氏との対談の第3弾が実現した。椿三重奏団結成の話から、アールアンフィニ独自のこだわりや録音ノウハウまで、詳細に明かされている。対談は今回も麻倉邸で実施された。

文:e-onkyo music
写真:ナクソスジャパン

DSD11.2MHzで録ったからこそ聴ける音


偉大な芸術家の想い出に
高橋多佳子(ピアノ), 礒絵里子(ヴァイオリン), 新倉瞳(チェロ), 椿三重奏団

 

麻倉怜士(以下、麻倉):今日は、アールアンフィニの新譜をいくつか聴いてみました。メインは、椿三重奏団の新譜で、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲『偉大な芸術家の思い出に』です。さまざまなファイル形式で聴かせていただいて、このレーベルはひじょうに音質と音楽性にこだわっているということを改めて実感しました。録音技術も、最良のものを選んで使われているようですね。

 

武藤敏樹(以下、武藤):はい、ソニーミュージックを独立して私自身がレコーディング・エンジニアをやるようになってからは、ほぼ全てのアルバムをDSD11.2MHzで録音しています。システム上、ネイティブなDSDでは編集ができませんから、それをピラミックスの内部演算処理でDXDフォーマット上で編集をしています。ブックレットには、レコーディングがDSD11.2MHz、ポストプロダクションがDXD384kHzと明記しています。

 

麻倉:それがとても重要なポイントだと思います。世の中には高音質レーベルは多くありますが、DXDで録音と編集をして、それをグランドマスターとしてDSDに変換しているレーベルがとても多いです。つまりDXDの音がその後を支配するのですね。

 

武藤:そういう方法を採っているエンジニアさんもいますね。

 

麻倉:むしろ、そちらの方が多いのではないかと思います。しかし、アールアンフィニはDSD11.2MHzで録音している。DSDとリニアPCMの音の違いというのは、DSDが、少し人間っぽい温かい感じであるのに比べて、リニアPCMは、少しクールで客観的というか……。クリアーで、透明な感じが、DSDとは違うじゃないですか。DSD11.2MHzという、最も温かく人間味があって、情報量が多いところからスタートしていると、そこから変換したとしても、大本の良さが変換後のファイル形式まで残っていると思います。私の知る人はほとんどDXDで録音していて。なぜかというと、「DSD11.2MHzで録音すると、編集するときにDSDからDXDに一度変換しないといけないから、その時に変換ミスがあるかもしれないと考えると、DXDで録音をした方がいい」と考えていて、それは論理的には成り立つと思います。しかし、音楽には論理を超えたところがあるので……。このレーベルの持っている音楽性としては、元々DSD11.2MHzで録音していることが奏功しているのではないかと熱く思います。

 

武藤:ありがとうございます。

 

麻倉:さて、たくさんの日本人アーティストのアルバムを作っていらっしゃるアールアンフィニですが、今回はいよいよ、椿三重奏団が2ndアルバムをリリースします。椿三重奏団というのは、ピアノの高橋多佳子さん、ヴァイオリンの礒絵里子さん、チェロの新倉瞳さんの3人のトリオです。高橋さんと礒さんの出演が決まっていた演奏会で、チェロの方が急遽お休みになったので新倉さんに入っていただいたら、大変素晴らしかった、というのが結成のきっかけだったとか。

 

武藤:そうです。意気投合して、その後継続的に演奏会をするようになりました。

 

麻倉:このアルバムからも、三人が意気投合していることが伝わってきますね。

 

武藤:即席で寄せ集めたトリオではなくて、「椿三重奏団」という名前がまだなかった、十数年前からさまざまな曲をたくさん演奏していますからね。私が演奏会を聴いた時に、「こんなにすごいんだったら、無名で時々演奏するのではなくて、トリオとしてパーマネントな名前をつけて、アルバムを出そうよ」と言ったんです。そうしたら、3人も「ぜひ、そうしましょう」ということでしたので、まずは名前を付けることになりました。その頃よく演奏していた愛知県の幸田町民会館のプロデューサーからもグループ名を付けたら?との話があり、幸田町民会館の“つばきホール”という名前のホールから、「“椿”っていいよね」という話になったんです。日本的な花である“椿”が三人の演奏家のイメージにもピッタリ合うということで「椿三重奏団」になりました。

 

麻倉:椿は桜に次ぐ、日本を代表するような花ですよね。

 

武藤:椿は、英語なら「カメリア」です。でも、あえて「カメリア・トリオ」ではなく、日本人ならではのアイデンティティーを忘れずに、漢字で「椿三重奏団」と命名しました。

 

麻倉:1stアルバムは『メンデルスゾーン&ブラームス: ピアノ三重奏曲第1番』でしたね。以前もここで聴かせていただき、とても印象に残ったアルバムです。

 

武藤:1stアルバムのヨーロッパから、2ndアルバムではロシアに行って、チャイコフスキーとショスタコーヴィチです。アルバムの前半が、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲 「偉大な芸術家の想い出に」、後半が、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番です。

 

麻倉:なかなか重たいですね。

 

武藤:弾く方も大変だけれど、聴く方も疲れますよね。体力ならぬ精神力が必要。だから、皆さんがこれを聴くときには、「よし聴くぞ!」という気合いを入れて、スピーカーの真ん中に座って聴いていただくのもひとつの楽しみ方です。別に、普通にラジカセとかで流し聞きしていただいても、全然いいんですけれども(笑)。

 

麻倉:1stアルバムでは、メンデルスゾーンやブラームスとか、なんとなく「ロマンの香り」がしていましたが、今回はガラッとイメージが変わって、シビアに人生に直面するような感じです。この演奏を聴いて、まず感じたのは、三人の息が整っているということ。あと、空気感が温かい。単に三つの音像がそこにいるのではなくて、演奏が始まると濃厚なひとつの音場が、何もないところから急に立ち現れる。特に、チェロの音が最初に来るじゃないですか。ここがすごく、チャイコスキーらしい“哀愁”を感じるというか……。

 

武藤:“哀愁”という言葉がピッタリですよね。

 

麻倉:「やっぱりチャイコフスキーは濃いな」と。日本人の琴線に触れますね。また、新倉さんのビブラートが効いたチェロの音が、空気をガラッと一気に変えます。

 

武藤:彼女は、名器中の名器、ゴフリラーを使っているのですが、それをモルト・ビブラートで朗々と歌わせるところはまさに感極まります。

 

麻倉:ビブラートが、肌から血管を通って胸に迫るような感覚ですね。

 

武藤:彼女のチェロは本当によく歌いますからね。「エスプレッシーヴォ」という言葉がまさにピッタリです。

 

麻倉:新倉さんといえば、ファジル・サイの曲もすごかったですね。

武藤:彼女のアルバム『11月の夜想曲』に収録されているライブ・レコーディングですね。あの録音はすごいです。

 

 

セッション・レコーディングだからできる最高のブレンド

麻倉:1stアルバムについてお話をうかがった時に、「セッション・レコーディングと演奏会は違うから、セッション・レコーディングに合ったマイクの配置をしました」とおっしゃっていましたね。普通は、演奏会と同じ配置、ピアノがステージ奥側にいて、その前にヴァイオリンとチェロがいるけれども、このトリオのレコーディングは「三角形」に配置していると……。

 

武藤:通常は、当然、演奏会と同じ楽器の配置で録りますよね。1stアルバムも今回と同じですが、ピアノとヴァイオリンとチェロが正三角形に向かいあうんです。

 

麻倉:ピアノを奥側にして?

 

武藤:そうです。演奏会では、音が客席の方に飛ぶように、ヴァイオリンとチェロが客席の方を向くんですけれども、レコーディングでは、ピアノの放出する音と、ヴァイオリンとチェロの音が、それぞれを結んだ三角形の中心で録れるように、お互い向かい合わせに配置しています。ちなみにピアノの屋根は外してしまっています。

 

麻倉:なるほど。弦楽器は音が前に進みますからね。

 

武藤:レコーディングでは、ヴァイオリンとチェロの二人が客席にお尻を向けてしまうわけです。

 

麻倉:だからライブではありえない(笑)。

 

武藤:でも、これはセッション・レコーディングだから(笑)。このマイク配置を1stアルバムの時に試したら、思いのほか良くて。アーティストも大変満足してくれたんですよ。

 

麻倉:メインマイクは床からは高めの位置に置いているのでしょうか?

 

武藤:結構高いですよ。ピアノ、ヴァイオリン、チェロのちょうど真ん中で、高さは床から7mくらい上です。そこから、メインマイクを下に向けて、ステレオで狙っています。このメインマイクが、音全体の支配率としては8割ぐらい。あとは、会場後方にセットしたアンビエンスマイク、そして、それぞれの楽器のオンマイクですね。

 

麻倉:これを録音したのはスタジオではなくて、ホールで?

 

武藤:ホールです。私は「クラシックをスタジオで録る」というのはあまり好きではなくて。もちろん、スタジオで録った方がコストも安いし、それにブースに入って録れば、例えば、チェロだけ間違えたとしても、そこだけ録り直せる。でも私は、クラシックの場合ではそういう作為的なことは好きではないので、すべてホールで録音しています。

 

麻倉:ホールの響きを味方にして、その響きの上に音楽が乗っている感じです。

 

武藤:スタジオで録ると、デッドな空間だから、当然音がパサパサです。だから、電気的なリバーブを足さないと成立しないんですよね。でもどうもあの電気的なリバーブ処理があまり好きではないんです。そういうこともあって、ホールで録音しています。

 

麻倉:クラシックには向かないです。

 

武藤:演奏と自然な残響、いわゆるオンの音とオフの音をいかにミックスするかということに気を遣っています。

 

麻倉:クラシックの録音、特にピアノなどの録音が難しいのは、響きを取るか、直接音を取るか、という二択になってしまいがちなところです。昔はスタジオ録音も多かったのですが、そうなると基本的に音は直接音だけになる。最近はどちらかというと“響き主義”で、「このホールの響きはこうだ」という「ホールの中で聴いている雰囲気で録りました」という作品が多い。その場合、確かに響きは聴こえるけれど、楽器の細かいニュアンスが響きに隠れて、“お風呂場”的になってしまうこともあります。

 

武藤:よくあるワンポイント録音で、いわゆる“ホール常設のマイクでの録音”というのがあるじゃないですか。ホールの人が、サービスでポンと常設のマイクで録音して、それを後でお土産としていただく。「こういう演奏でしたよ」という、いわゆる“記録録音”。これは音が“お風呂場”なんですけど、記録録音は制限があるのでしょうがないですね。

 

麻倉:だからといって、今度はディテールをメインにすると、ホールの響きが少なくなってしまったり。でも、この録音ではひじょうに細かいニュアンスが出ていると同時に、大変リッチなホールのソノリティーも出ていて、両方とも聴こえるのが素晴らしい。もうひとつ感じたのは、演奏家の思いというか、例えばピアノ・ソロの単純なメロディーであっても、それがひじょうに際立っているのです。出だしのチェロに続いてすぐに入ってくる礒さんのヴァイオリンも、とてもエモーショナルな感じがします。だから、物理的に音が出ているというだけじゃなくて、そういう細かいところの表現というか、表情とか、感情の出方の解像度も高い。音だけじゃなくて、“気持ちの解像度”のようなものがあるのではないかと思います。やっぱりDSDですね。

 

 

120%の表現で挑むからちょうどいい

 

武藤:特に、私が初めて録音する方には必ずお話しすることがありまして。「普段ご自身が表現したいと思っている音楽の幅を、ここのレコーディングではもう一回り大きく表現してください」というディレクションをさせていただいているんです。これはもうマイクの宿命なのですけれども、マイクを通して録音をすると、演奏した音楽の濃度がどうしても薄まる。どうしても会場の現場で聴く音よりも、音楽がコンパクトにまとまってしまうんです。これはもう、どんなマイクを使っても、その傾向は拭えないんですよね。なので、演奏する皆さんには、「普段の演奏よりも一回り大きく表現してください」とお願いしています。

 

麻倉:それで縮まるから、ちょうど100%になる、と。

 

武藤:そうなんです。プレイバックを聴くと、「武藤さんの言う通り、実際はもっと表現しているつもりなのに、マイクを通すと少し小ぢんまりとしますね」と。私がその時に必ず伝えるのは、「フォルテッシモはもうそれくらいでいいので、逆にピアニッシモやソット・ヴォーチェをたくさん作る方向でお願いします」ということ。マイクを通すと音楽が小ぢんまりする傾向はどうしてもあるので、そうならないように現場でアーティストとコミュニケーションを取りながら作っていくことがとても大切です。最終的にできあがったアルバムを聴いて、アーティストに「私にはもうこれ以上の音楽はできない。本当にいいものが録れた」と思っていただかないと創っている意味がないので。

 

評論家・麻倉怜士氏(左)とアールアンフィニ・レーベル代表・武藤敏樹氏。

 

麻倉:それでは、アールアンフィニの録音ポリシーなどがわかったところで、各フォーマットをレビューしていきましょう。96kHz/24bitでは、CDと全然世界が違いますね。

 

武藤:深みがあって、特に、弦楽器のソノリティーの情報量が多くて、音楽がありありと分かりました。

 

麻倉:まずCDと違うのは、輪郭を際立たせていないということ。例えていうと、浮世絵は、輪郭線をはっきり描きますが、西洋画は、輪郭線を描かずに、グラデーションの違いで、向こうとこっちを描き分けます。同じことが、ハイレゾにもあるかなと思いました。あと、ハイレゾはバランスの奥行き感がある。つまり、三人が均等に合奏している時は均等のバランスを作っているけれど、ピアノが主役になった時にはピアノが際立ってくるんですよね。そこに、深みというか、諧調感が出てきますね。こういう合奏で面白いのは、一人で演奏していると自分だけの世界だけれども、合奏では、相手が歌えば、自分も歌いましょう、となる。出だしで新倉さんのチェロがひじょうに歌っているので、礒さんのヴァイオリンも負けずに歌うような感じです。

 

武藤:室内楽の醍醐味ですよね。仕掛けて、返す、というような丁々発止のやりとりが。

 

麻倉:その、“エモ”な振幅の大きさみたいなものが、96kHz/24bitは大きい。特にヴァイオリンでは、感情表現がより大きくなっている感じがします。なかなか96kHz/24bitは頑張っていますね。

次はDXDです。やはり次元が違うというか、96kHzが384kHzになっていますので、当然その分、周波数方向の情報量が増えています。より生っぽくなっているというか、臨場感が出て、倍音による諧調感も深くなっています。あと、チェロの低音の雄大さと、ヴァイオリンの高音の伸びのクリアーさといった周波数の高低軸でのダイナミックレンジの差が出てきました。

 

武藤:私はいつも、編集とかマスタリングといったポストプロダクションの現場で、このDXD384kHzのフォーマットを使っているので、安心して聴けますね。

 

麻倉:そうですよね。この次に出てくるDSD11.2MHzと比較すると、DXDというのは冷静で、少しモニター的な感じがします。

 

武藤:まったく同感です。DSD11.2MHzになった途端に、本当にガラッと変わって、「これがまさにDSDの音だな」って。音のとろみというのか、滑らかさというか、なんか独特ですよね。

 

麻倉:これまではリニアPCMを聴いてきましたが、今DSD11.2MHzを聴いたときに、世界がガラッと変わって異次元になったように感じました。まずひとつは、温度感が高くなった。例えばDXDは、冷静に上から客観的に見ているような音でしたが、DSD11.2MHzは「いてもたってもいられないから、中に入るぞ!」みたいな。要するに、DSD11.2MHzでは、再生された音楽から演奏家のエモーションを感じるだけでなく、聴いている自分もひじょうに”エモ”になっているというか、感情を搔き立てられるのを感じました。

 

武藤:楽器がリッチになったように感じますね。まさに、あのホールで鳴っていた音はこれです。私が録っているマイクの音にいちばん近いのは、やっぱりDSD11.2MHzなんですよ。

 

麻倉:DSD11.2MHzで録っているから、響きの美しさ、深みというか、温度感がある。あと、感情的な描写力。特に、出だしの部分は、みんなすごく“エモ”にしているわけですが、DSD11.2MHzでは“エモ”の振幅がより大きくなって、ほんとうに没入しちゃう。

 

武藤:作曲家が、「エスプレッシーヴォ」と楽譜に書いていても、DSD11.2MHzになるとそれにモルトがつきますよね。モルト・エスプレッシーヴォ。

 

麻倉:先ほどの“120%の表現で演奏する論理”で言うと、演奏家が、120%のモルトで演奏しても、CDをはじめリニアPCMは、少し小さくなってしまいますが、DSD11.2MHzは演奏した音そのものが出てくるような感じがします。

 

武藤:演奏家のやりたいことがありありと分かるのは、やっぱりDSD11.2MHzだと思うんです。

 

麻倉:あと、音の出方が違ってきますね。DSD11.2MHzは、基音がまずあって、あとは倍音が自然に膨らむというか……。もうひとつは、リニアPCMの場合は基音中心なのだけれども、DSD11.2MHzではその上に倍音も出ている感じがします。本当に、幸せな音というか。音楽の良さや楽しさを心から感じさせてくれます。

 

武藤:DSD11.2MHzはエモーショナルな情報量をスポイルさせませんね。

麻倉:情報量が多いけれども、情緒量も多い。アールアンフィニの真髄を聴くには、ぜひ皆さん、DSD11.2MHzを聴いてください。

 

武藤:あとは、聴き比べも楽しいですよね。

 

麻倉:よしあしということではなく、クラシックと違って、例えばロックの人などは、ハイレゾはなかなかやらないですよね。音が繊細過ぎるとか……。

 

武藤:DSDはパンチがなくなるとか、音が前に来ないという感想を言われるアーティストやディレクターの方もいらっしゃいます。あえてDSDではなくて、リニアPCMを好まれる制作者もいるんですよね。それは私もよく分かります。今まで、麻倉さんと話してきたことは、まさにそれなんです。やはりPCMの音の方が前にくるし、パンチもあるし。DSDは総じてふわっとして、音にコクがあって滑らかになる。そこは制作者やアーティストによって、どちらを好むかが分かれると思います。

 

麻倉:そういうところが、いろいろ選べる楽しさというかね。作るときも選べますし、聴くときも好きなものが買えますからね。

 

 

“かそけき”音で表現する、8弦ギターでのトライ

『浪漫の薫り』
鈴木大介(ギター)

 

麻倉:それでは続けて、鈴木大介さんの新譜『浪漫の薫り』について語っていきましょう。これが面白いと思ったのは、ピアノのために作った曲をギターで弾いても、こんなにメイク・センスするのかということです。このアルバムについてまず解説をしてもらうと、鈴木大介さんの作品はこれまでも相当多く出されていますよね。

 

武藤:そうですね。最近の鈴木さんのアルバムは、アールアンフィニから出させていただいていて、今後も鈴木さんのアルバムを継続的に録っていきたいなと思っています。また、今回弾いたのは普通のギターではなくて、8弦なんですよ。通常のギターより低域方向を拡張させています。彼としては初トライで、意欲的な作品なんです。

 

麻倉:今回は、シューベルトとショパンがメインですね。

 

武藤:当初から、「ロマン派の作品集を出したい」とおっしゃっていました。ショパンとかシューマンとかリストとか、ロマン派のピアノの名作はたくさんあるじゃないですか。ギターはなぜか、そのロマン派の作品があまりないんですよね。

 

麻倉:なるほど。バロックは結構ありますよね。

 

武藤:近現代も結構あるんですよ。ところが、ロマン派の期間は、ピアノのように膨大な名作がギターにも残っているかというと、そうでもないんです。

 

麻倉:やっぱりロマン派というのはピアノの時代なのですね。

 

武藤:ロマン派の時代は、ギターより大きくて派手な音が出るピアノに徐々に市民権が移行してしまった時期ですよね。だから当然、曲を書く人もそちらの方に行ってしまったのかな……。

 

麻倉:別の視点から考えてみると、リズムとメロディーとハーモニーが演奏できるのはピアノとギターの特徴ですね。そういう意味では、今回、ピアノの曲を編曲したというのは、とてもメイク・センスです。

 

武藤:前半はピアノ作品のギター編曲で、後半に入っているのが、N. コストとか、J. K. メルツなど、ロマン派の時代に生きた彼らが、クラシックギターのために書き下ろしたオリジナル曲です。

 

麻倉:前半を聴いて、原曲のピアノ版とかなり違うと思ったのは、ピアノというのは、10本の指で弾くと全部が主張する感じがするのですが、そこがギターだとそんなに主張しないというか、みんなでうまくまとめるというか……。リズムとハーモニーのバランスが大変良くて、ハーモニーの中にメロディーが浮かび上がってくる。ピアノだったら、ハーモニーもメロディーもどちらも頑張る感じなのですが。

 

武藤:今こうやって鈴木さんの演奏を聴くと、やはりギターは“かそけき”感じ。なんかこの遠慮がちな、ロマンチックで奧深いところが、ピアノとは違いますね。

 

麻倉:そもそもギターってそんなに主張しないじゃないですか。

 

武藤:絶対音量が全然違いますしね。だから、ギターの録音で難しいのはS/Nなんです。どれだけS/Nを稼げるかというのが、他の楽器とは違って一番神経を使うところです。ホール選び、それからどういうマイキングをするか、マイクの選定。あとは、電送系の最短化……。気を遣いますよね。ドーンと大きい音というのは、意外とそこまでクリティカルではなく、S/Nが稼げるんです。チェンバロとか、もともと小さい音の楽器は、S/Nにとても気を遣います。

 

麻倉:マイクのケーブルをあまり伸ばさないということも大事なのでしょうか?

 

武藤:ケーブルの最短化はもちろん重要ですが、アールアンフィニの場合、マイクで拾った音を、なるべく最短経路でアナログ信号からDSD信号に変換しています。マイクからモニタールームまでアナログ信号で送るのではなく、できるだけマイクの近く、すなわちステージ上でDSD信号に変換して、それをモニタールームまで引っ張っています。

 

麻倉:それもアールアンフィニの音の良さの秘密のひとつかもしれませんね。マイクにいちばん近いところでDSDに変えてしまうという。

 

武藤:マイクのレベルは、微小な信号なので、スポイルさせたくないんです。

 

麻倉:DSD的な香りがする理由には、そういうことも関係しているのでしょうね。このアルバムのトラック1は「シューベルト:音楽に寄せて」です。これは、元は歌曲ですよね。ピアノが始まって、そこに歌が朗々と入る。鈴木さんの場合は、ギターの低音から始まって、メロディーも全部ギター。この辺がすごいです。96kHz/24bitは、音が整理整頓されていて、エッジが少し丸みをもって、優しさが出てきている。あと、溜める部分があるんですよね。少し遅くするというか。そこで音の立ち上がりがより細かくなっているので、その溜めの気配がひじょうに伝わってきます。それから、この曲はコード進行が大変綺麗なのですが、その綺麗さが96kHz/24bitではよく分かる。さらにDXDでは、ギターがより高級になった感じで、時間軸での細かい部分も見えてくる。発音して、その振動が胴に伝わって、空気中に流れていく。微小な時間ですけども、その音の伝搬がスローモーションみたいに拡大して分かるという感じです。それがDSDになると、全く違う。ひとつひとつの音の涼やかさや清らかさが出てきます。情報量と情緒量が同時にたっぷり出てくるのです。ここにDSD11.2MHzのすごさを感じました。

 

武藤:各フォーマットの基本的なキャラクターは、先ほどの椿三重奏団と同じですよね。

 

麻倉:前半のギター用に編曲された曲も素晴らしいけれど、後半の最初からギター用に書かれた曲は、本当にいいですね。


武藤:素晴らしいですよね。もっとこのような作品を、皆さんにたくさん聴いていただけたらいいなと思います。

 

 

緻密な録音から、演奏者の技術の高さが聴こえてくる

 


『ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ全集』
黒川侑(ヴァイオリン)/久末航(ピアノ)

 

麻倉:最後に、黒川侑さんのヴァイオリンと久末航さんのピアノによる『ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ全集』です。この作品にはどんなこだわりがありますか?

 

武藤:これは、極めてオーソドックスなバランスで録音しています。コンサートと同じように、ピアノが奧にいて、手前にヴァイオリンがいて。シンプルに、メインマイク、オンマイク、アンビエンスマイクの3つで録音しました。

 

麻倉:メインマイクの高さは、少し上の方に配置したのでしょうか?

 

武藤:そうですね、メインマイクの位置はヴァイオリンの前方、ステージ上です。ピアノの屋根もコンサートの時と同じようにフルオープンです。オーソドックスなバランスで、スタインウェイの倍音成分がとても綺麗に録れていると思います。

 

麻倉:96kHz/24bitは、ハイレゾの良さというか、響きの美しさやピアノの高級感があるし、安定感があります。あと響きが大変綺麗で、会場の響きをうまく味方につけていると感じました。

 

武藤:アンビエンスも綺麗に録れていると思います。DXDは、ハイレゾの中でもより高級感というか、より緻密で濃密な感じがして、しっかりと距離感が出てきていますね。音の距離感がいちばんなくて平坦なのがCDで、その次が96kHz/24bitで、DXDになると格段に奥行き感があります。息の長さの安定感と、ピアノのオブリガートとの対比感がより出てきています。そしてDSDはピアノの響きがものすごく美しく、ヴァイオリンの潤いとか、滑らかさとかも良く出ています。

 

麻倉:ヴァイオリンが横に伸びて、その間にピアノが、“ちょこちょこちょこ”っとオブリするというのがブラームスのこの曲の特徴ですが、その横ノリのところが大変安定しているという印象を受けました。そしてフォーマットが高品位に変わっていくにしたがって、演奏者がしっかりとした技術を持っていることがより伝わってきます。各フレーズの違いというか、音楽的な違いがより出てくるなという感じがしました。



今回は、椿三重奏団の2ndアルバム『偉大な芸術家の想い出に』と鈴木大介さん(ギター)の『浪漫の薫り』、そして黒川侑さん(ヴァイオリン)と久末航さん(ピアノ)による『ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ全集』を試聴した。DSD11.2MHzによる録音ならではの音作りが魅力のアールアンフィニ。ぜひ、この音質を味わってみていただきたい。



麻倉怜士(あさくら れいじ)

 

津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。

 

武藤敏樹(むとう としき)

 

アールアンフィニ・レーベル代表、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア

4歳からピアノをはじめ、第31回全日本学生音楽コンクールピアノ部門中学校の部全国第一位。東京藝術大学附属高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部ピアノ科卒業。㈱CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社後、多数のクラシック・アーティストのCDアルバムをプロデュース。

プロデュースしたCDで「日本レコード大賞・企画賞」、「国際F.リスト賞レコードグランプリ最優秀賞」「文化庁芸術祭優秀賞」を受賞。アールアンフィニ・レーベルにおける横山幸雄の全てのCDにおいて、レコード芸術誌「特選」、他多数のアーティストのCDにおいて「特選」、並びに音楽専門誌において優秀録音賞を多数輩出している。2000年にリリースしたコンピレーション・アルバム「イマージュ」は、170万枚の大ベストセラーを記録した。30年の歴史を誇るドイツのクラシック音楽情報誌「KlassikHeute」において、「福間洸太朗/FranceRomance2019Naxos)」のCD録音評で10点満点を獲得。

現在、ソニー・ミュージックソリューションズとミューズエンターテインメントのパートナーシップによるクラシック専門レーベル「アールアンフィニ」を主宰。株式会社ミューズエンターテインメント代表取締役。葉山で1日1組のイタリアン・レストラン「ラサーラ葉山」オーナー、自家農園での手作り野菜が人気を博している。
公式HPlasalahayama.jp


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