「小原由夫 SOUNDS GOOD~良質名盤~」。このコーナーは、洋楽からジャズ、クラシックそして歌謡曲とジャンルを問わず日々音楽の探求を続けるオーディオ評論家の小原由夫氏が、毎回テーマに沿った良質な名盤を深掘りしてご紹介する「オーディオファンのための探求型連載コーナー」です。
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今年2月に実施した特集「凄い低音」がお陰様で大好評だったことを受け、今回その第2弾を実施する運びとなった。音にこだわる音楽ファンや低音好きのオーディオマニアにご支持いただいたのだろう。本ウェブサイトのリスナー諸氏の低音再生への意欲、高音質に対するハイレベルな要求を改めて実感した次第だ。
そこで今回の第2弾は、音楽ジャンルの幅を少し広げると共に、ビート/リズムという点により明確にフォーカスすることとした。いうまでもなく音楽の3要素は、メロディ/ハーモニー/リズムであり、特にオーディオ再生におけるリズムの再現性・再現力は、システム全体のトランドェントや歯切れ、エネルギーバランスの重心や量感、厚みや伸びを伴ったものとして、最も難しく、なおかつ挑戦のし甲斐があるものといってよい。ここで採り上げた楽曲を聴きながら、自身の再生装置の低音再現力が果たしてどれほどのレベルなのか、自己分析されてはいかがだろうか。
小原由夫
〜良質名盤〜「凄い低音 Vol.2」を深堀り!
『ミネソタ管弦楽団「ストラヴィンスキー:火の鳥、他」』
大植英次
米Reference Recordsは、米ハイエンド・オーディオメーカー「Spectral」に技術協力もしているキース・O・ジョンソン氏が録音 エンジニアを務めるインディペンデント系高音質レーベル。96年録音の本作は、その前年にミネソタ管弦楽団の音楽監督に就任したばかりの大植のフレッシュで勢いのある演奏が超優秀録音にて堪能できるアルバムだ。
管楽器のダイナミックな咆哮、打楽器の轟く一撃など、聴きどころは随所にあり、特に12分過ぎ、音場の奥の方からの地を這うようなグランカッサの轟音の連続が圧巻。広大なステレオイメージは、奥のさらに奥の方までクリアーに見通せ、クライマックスは管楽器が登り詰めるように高らかに鳴り響く。ちなみに、カップリングの「春の祭典」も凄い低音がそこかしこに!
『ミネソタ管弦楽団「レスピーギ:ローマの松」』
大植英次
イタリアの作曲家レスピーギの代表作であり、『ローマ三部作』中で最も録音数が多いのが、この交響詩「ローマの松」だ。何世紀にも渡るローマ、イタリアの歴史を4つのエリアの松に象徴させており、イタリアの童謡の一節や「グレゴリオ聖歌」等の教会旋法が活用されている。個人的にも大好きな楽曲で、手元にはCD,SACD,LPでざっと30タイトルほどあるが、この大植/ミネソタ管のReference Records作は、高音質という点で3本指に入るもの。臨場感と立体感が素晴らしいのだ。
肝心の凄い低音は、第2楽章と第4楽章に訪れる。荘厳な雰囲気を有した鎮魂歌的な旋律の第2楽章「ボルゲーゼ荘の松」では、メロディーの底辺をパイプオルガンが支える。第4楽章「アッピア街道の松」は、勝利の凱旋で行進する軍隊の隊列を再現したもので、ティンパニーやグランカッサの重厚な低音が勇ましい行進を彷彿させる。
『トッカータとフーガ』
アレシュ・パールタ
チェコのプラハを拠点に活躍する世界的オルガニスト/アレシュ・パールタが弾くここでのパイプオルガンは、EXTONレーベルに吹き込みも多いチェコ・フィルの本拠地、プラハの「ルドルフィヌム(芸術家の家)」内のドヴォルザーク・ホールのオルガン。欧州最古のホールのひとつで、その響きのよさは広く知られるところ。しかもその特質を知り尽くしているであろうパールタの2001年6月1日の演奏。過去にも同オルガンからオーディオファイルを唸らせた録音を引き出している。
重低音といえば、オルガンである。しかも「トッカータとフーガ」といえば、昔からオーディオ・デモンストレーションの定番とされてきた。ここで聴けるのは、分厚くて深い伸びを抱かせる重低音で、しかも立体的だ。ホールのナチュラルなアンビエントも心地よい。「プレリュードとフーガ ト短調」での畳み掛けるような力強い低音も驚異的。
『タルカス』
佐渡裕&シエナ・ウインド
日本を代表する世界的指揮者、佐渡裕が手兵のシエナ・ウィンド・オーケストラと2011年2月に文京シビックホール・大ホールで吹き込んだのは、プログシッシブ・ロックを象徴する「エマーソン、レイク&パーマ(E,L&P)」の大作「タルカス」。吹奏楽アレンジ での初ライブ録音で、「トッカータとフーガ」も併録もあり、まさしくオーディオファイルご用達という内容と断言したい。
E,L&Pのオリジナル楽曲の雰囲気を損ねることなく、重厚なスケール感とダイナミックかつ複雑なリフ/アンサンブルを継承した演奏は、オーバーチュアからして大いに興奮させられる展開で、テーマ部の変拍子も実に勇壮なムード。矢継ぎ早に繰り出される躍動するリズムは、なかなかにヘヴィーだ。クラシックとプログレッシブロックの濃密なる融合がここに堪能できる。
『ベース&ベース』
ヴィノ・ロッソ
キングレコード制作によるお馴染み「低音」シリーズの本作は、邦人モダンジャズベース界の王者・藤原清登が、『チンさん』の愛称で親しまれる、先輩でもある邦人ジャズベース界の巨匠・鈴木良雄と組んだベース・デュオ。発表は99年。ちなみに「ヴィノ・ロッソ」とは、たいへん人気のあるイタリア産の定番的赤ワイン。
いわば現代本邦ジャズ界のバーチュオーゾの二人による低音の交歓、ハーモナイズといえ、ベース2丁ということもあるが、空間の“間”がとてもクリアーかつ豊かに感じられる。共演曲ではスピーカー間の中央に寄り添うベースの共鳴、協調がたいへん密で、一方がメロディーを奏でている時に、もう一方は伴奏を付ける。ピチカートやボウイング等の掛け合いでの間合い、呼吸もたいそうスリリング。他方ソロ演奏では、特に藤原の演奏曲にて息遣いがリアルに聴こえる。
『琴線』
納浩一
87年に米バークリー音楽大学の作曲編曲科を卒業・帰国後、ジャズミュージシャンとして第一線で活躍する納浩一の06年作。エレクトリックベースもテリトリーだが、本作ではアコースティックベースに撤し、盟友クリヤ・マコトや則竹裕之らと繰り広げるコンテンポラリー曲でのアコースティックなアプローチが光る。ジャコ・パストリアス所縁の曲からスタンダードナンバーまで、ジャズ・コンボというユニットにおけるベースの立ち位置を明確に示すと共に、録音もいたずらにベースだけクローズアップしていないのがいい。
豊かな胴鳴りと共に、ベースがひじょうに太く、逞しく響き、しかも克明な芯を抱かせる音だ。広いダイナミクスの中にパワフルかつエネルギッシュなビートが浮かびあがり、数曲でフィーチャーされる小沼ようすけのギターもアクセント。ジャムセッション風の7分超えの「サム・スカンク・ファンク」でのグルーヴ感が快感だ。
『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』
チック・コリア
一昨年他界したジャズ・ピアニスト/チック・コリアの初期の代表作。晩年に至るまでこのメンバーでのトリオ演奏を数枚吹き込んだが、その端緒となる1968年作である。人種もルーツも異なる3人の天才が、時に丁丁発止を繰り広げ、時に濃密に絡みつつ、深遠かつダイナミックなアンサンブルを披露する。
録音時期からしても、各楽器を左右チャンネルに明確に貼り付けたモノ・ステレオ的なミキシングなのだが、クリアーでナチュラルなアコースティックの質感が圧倒的。特に左右に振り分けられたベースとドラムスの響きのリアリティといったらない。ベースソロにおけアルペジオの明瞭なフィンガリング、ドラムソロでのフロアタムの深い響きやバスドラムの俊敏なアタックなどでは、アンプのダンピングファクターやスピーカーのトランジェントが問われることだろう。「マトリクス」の中盤の各々のソロは聴き物だ。
『Truth, Liberty & Soul』
ジャコ・パストリアス
私が最も敬愛するベーシストが、ジャコ・パストリアスだ。本作はその死後から20年以上経って発掘されたもので、14曲すべてが未発表。エイブリー・フィッシャー・ホールにて1982年7月「クール・ジャズ・フェスティ バル」での自身のビッグバンド『ワード・オブ・マウス』での録音。24chマルチ録音テープがマスターとか。その革新的なベースプレイのみならず、リズムを司り、一方ではメロディーを先導するジャコのリーダーシップ、さらにはコンポーザー、アレンジャーとしての才能も横溢した豪華なライヴ盤なのである。
ハーモニクス、プリングオフ、ハンマリングなど、多彩なテクニックの中で様々な音色を繰り出すベース。ソロにバックにと、八面六臂の活躍の中で、「ソウル・イントロ/ザ・チキン」の太いトーンとダイナミックなアンサンブル、「リザ/ジャイアントステップス」のメドレーでのディストーションやファズを効かせたベースソロは圧巻。それらを精密に分解できるかが再生装置に問われる。
『M2~パワー・アンド・グレイス【K2HD】』
マーカス・ミラー
復帰後のマイルス・デイヴィスの諸作における参謀役を果たしたのが、当時NYのスタジオミュージシャンとして注目を集め始めたベーシスト/マーカス・ミラーであった。本作はハービー・ハンコックやチャカ・カーン、メイシオ・パーカーといった豪華ゲストを迎えた2001年作で、グラミー賞も獲得した名作にして、ベーシストとしてのマーカスの音楽的志向が傾注されたアルバムといってよい。
東京・青山のビクタースタジオが有する高効率符号化技術「K2HDプロセッシング」により、44.1kHz/16ビットマスターをハイレゾ化しているのが本作の特徴。T.1「パワー」の圧倒的なエネルギー、T.2「ロニーズ・ラメント」でのシンセベースとスラッピングベースの複合など、再生上ではスピード感と量感をどう両立させるかが問われそう。小口径ウーファーは悲鳴を上げるかもしれない。
『オン・ザ・ライン【K2HD】』
リー・リトナー
ビクター/JVCと協力し、70年代末に数々のダイレクト・カッティグ盤をリリースしたフュージョン・ギタリスト/リー・リトナー。本作は1983年3月に製作された、数年ぶりのダイレクトカッティング盤をマスターとしたもので、併録されていたデジタル音源から作られた。別掲のマーカス・ミラー盤と同様に、ビクタースタジオが有する高効率符号化技術「K2HDプロセッシング」により、44.1kHz/16ビットマスターをハイレゾ化している。
当時スタジオで話題になり始めたシンセベースやシンセドラムを大胆に採り入れたサウンドは、ダイレクトカッティング盤でもひじょうにシャープで生々しいサウンドを味わうことができたが、このハイレゾ音源も同様で、アンソニー・ジャクソンの深く伸びるベースや、ハービー・メイソンが繰り出すシンセドラム『シモンズ』のマッシブなリズムを背に、リトナーがタイトなフレーズを連発。特にアルバムタイトル曲「オン・ザ・ライン」のオーディオ的満足度は極めて高い。
『Sensuous』
Cornelius
コーネリアスは、小山田圭吾がソロユニットで活動する際の名称。06年発表の本作は5作目のスタジオ録音で、96kHz/24bitレコーディングが敢行された(後に本人のインタビュー等で、製作時の音がハイレゾ配信でようやく担保できたとのこと。CDではそのクォリティが活かしきれなかったようだ)。ほぼすべての楽器やエフェクト処理を一人で行なって完成されている。
T.1「Sensuous」の鐘の音やベルの音の迫真性には思わずハッとさせられる。アコースティックギターの胴鳴りの共鳴感もそうだが、あたかも眼前でそのチューニングをズラしていく音や、ブリッジやフレットに弦が当たってびりつく音のリアリティが圧巻。T.2「Fit Song」のキックドラムやシンセサイザーの 音の鋭いアタックも同様。このアルバムは、オーディオ機器の再生能力のチェックにも有用である。
『Morph the Cat』
Donald Fagen
名盤「ナイトフライ」がオーディオ面からも高音質盤の定番に認知されているドナルド・フェイゲン。ソロ第3弾となる06年リリースの本作は、盟友ウォルター・ベッカーには声を掛けず、気の合うミュージシャンと約2年がかりで完成したもの。93年発表の「KAMAKIRIAD」からも13年ぶりとなる。私は本作の通常CDの他にDVDオーディオ盤や2枚組重量盤LPを所持しているが、それらと比べてもこの96kHz/24ビット音源はたいそう高音質だ。
タイトル曲でのベースの骨太な響きやドラムのタイトさは、R&Bにおける理想的なグルーブとは言えまいか。T.3「What I Do」は、個人的にもかつてオーディオ・チェックのリファレンスとして重用した。その逞しいベースラインは本作のハイライトのひとつ。いくぶんノスタルジックなムードのキーボードの音色とそのリヴァーブ感も素敵だ。
『Californication (2014 Remaster) 』
レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
米オルタナティブ・ロック界の重鎮バンド/レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。ハードロック的手法を下敷きに、パンク・ロックやファンク、ヒップホップ等をミクスチャーした独特のスタイルは、まさしくワン・アンド・オンリーといってよい。1999年リリースの本作は、ギタリストのデイブ・ナヴァロに代わってジョン・フルシアンテが復帰した記念碑的アルバム。2度目のグラミー賞を受賞し、今以てバンド最大のヒット作として数えられる。プロデューサーは、最多登板のリック・ルービン。
T.1「アラウンド・ザ・ワールド」で聴け るFreaのベースは、ディストーションを存分に効かせたトーンで、チャドのスネアドラムの響き、ジョンのフリーキーなギターリフと相まって、聴いていて楽しく、低音の再現性のチェックに大いに活用できるもの。その他の曲でもリズムセクションの音は秀逸だ。
小原由夫 SOUNDS GOOD〜良質名盤〜◆バックナンバー
第6回 ◆ 「2xHD」特集
第5回 ◆ 「パドル・ホイール」特集
第4回 ◆ 「凄い低音」
第3回 ◆ 「ショスタコーヴィチとプログレッシブロックの邂逅」
第2回 ◆ 「ビル・エヴァンス」特集
第1回 ◆ 「TOTO」特集
プロフィール

小原由夫(おばらよしお)
測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、オーディオおよびオーディオビジュアル分野の評論家として1992年に独立。ユーザー本位の目線を大事にしつつ、切れ味の鋭い評論で人気が高い。現在は神奈川県の横須賀で悠然と海を臨む「開国シアター」にて、アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。
主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)