【5/31更新】音楽ライター原典子の“だけじゃない”クラシック「ウクライナの音楽」

2023/05/31

e-onkyo musicにてクラシック音楽を紹介する、その名も“だけじゃない“クラシック。本連載は、クラシック関連の執筆を中心に幅広く活躍する音楽ライターの原典子が、クラシック音楽に関する深い知識と審美眼で、毎月異なるテーマに沿った作品をご紹介するコーナー。注目の新譜や海外の動きなど最新のクラシック事情から、いま知っておきたいクラシックに関する注目キーワード、いま改めて聴きなおしたい過去の音源などを独自の観点でセレクト&ご紹介します。過去の定番作品“だけじゃない“クラシック音楽を是非お楽しみください。

"だけじゃない" クラシック 5月のテーマ


ウクライナの音楽



ロシアによる軍事侵攻から1年以上が経っても、いまだウクライナの地は戦火のなかにある。
日々ニュースで報じられる「ハルキウ」「オデーサ」「リヴィウ」といった都市も、いつの間にか地図上の位置がわかるようになり、これまでいかにウクライナという国について知らなかったのかを思い知る日々だ。

それは音楽や文化についても同様。これまで「ロシアの音楽家・作曲家」だと思っていた人物が、じつはウクライナ出身であることを知ったのも、この侵攻がきっかけだったりする。たとえばウラディミール・ホロヴィッツ、ナタン・ミルシテイン、ダヴィッド・オイストラフ……ウクライナは豊かなクラシック音楽を育んだ土地でもある。

今、ウクライナの若い音楽家の間では、あらためてウクライナの伝統音楽や、ウクライナ出身の作曲家の作品を見直す動きが出ているとのこと。ここでは、その一部を紹介したい。



★☆★



『ウクライナのピアノ五重奏曲集』
ボグダナ・ピヴネンコ、タラス・ヤロブード(vn)カテリーナ・スプルン(va)ユーリー・ポゴレツキー(vc)イリーナ・スタロドゥブ(p)

ウクライナ国内では有名だが、国際的にはあまり知られていない作曲家が多くいる。ボリス・リャトシンスキー(1895-1968)もそのひとり。1895年に、当時はロシア帝国の一部だったウクライナ北部のジトーミルに生まれ、スターリン統治下のソ連時代は「ブルジョワ的」と批判されて作品の初演が中止されるなど、大きな制約のなかで作曲活動をした。このアルバムに収録された《ウクライナ五重奏曲》も、そんなスターリン時代の1942年に作曲された作品だが、ドラマティックな音楽は今も色褪せない。スターリンの死後はウクライナの民族音楽を取り入れつつ、西欧の新しい潮流も意識した洗練された作風で数多くの名曲を残し、近年再評価が急速に進んでいる。


『コンソレーション~ウクライナの魂の忘れられし宝』
ナターリヤ・パシチニク(p)クリスチャン・スヴァルフヴァル(vn)オリガ・パシチニク(S)ほか


ウクライナの作曲家による、民族色豊かなクラシック曲を集めたコンピレーション・アルバム。ミコラ・リセンコ(1842-1912)はウクライナの民謡を収集したり、ウクライナを題材にしたオペラや、ウクライナの詩にもとづく歌曲を作曲するなど、ウクライナの民族主義的音楽の基礎を築いた人物で、「ウクライナ音楽の父」とも呼ばれる。一方、ヴィクトル・コセンコ(1896-1938)はメランコリックなメロディが魅力で、「ウクライナのショパン」とも。ヴァシル・バルヴィンスキー(1888-1963)は、スターリン時代に逮捕され、10年間収監されていたため、その作品もソ連当局によって多くが破棄されてしまった。



★☆★




【もっと聴きたい  ウクライナの音楽】




『グリエール:弦楽四重奏曲第1番&第2番』
グリエール弦楽四重奏団

レインゴリト・グリエール(1875-1956)は一般的にロシアの作曲家として知られるが、キーウに生まれ、キーウ音楽院で教鞭をとっていたこともある。2017年にウィーンで結成された、作曲家の名を冠するカルテットの演奏で。



『シルヴェストロフ:交響曲第4番&第5番』
ユッカ=ペッカ・サラステ指揮ラハティ交響楽団

ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937- )は侵攻がはじまってからもキーウに残り、家族の強い希望でベルリンへの避難を余儀なくされた作曲家。若い頃は前衛的な作品を書いたが、次第に調性音楽へと回帰した作風に移行した。1980〜82年に書かれた交響曲第5番は、壮大なスケールとロマンを感じさせる代表作。


『シルヴェストロフ』
ダニエル・ホープ(vn)アレクセイ・ボトヴィノフ(p)


前衛から離れてからのシルヴェストロフは、瞑想的で、神秘的な静謐さをたたえた作風へと向かっていった。本作は、ダニエル・ホープがオデーサ出身のピアニスト、アレクセイ・ボトヴィノフとともにウクライナへの祈りを込めて録音したアルバム。



『スコリク:カルパティア協奏曲、二連祭壇画、ヴァイオリン協奏曲第7番、チェロ協奏曲』
ホーバート・アール指揮オデーサ・フィルハーモニー管弦楽団 ほか

ミロスラフ・スコリク(1938-2020)はスヴェストロフと同世代の作曲家で、リヴィウやキーウで音楽教育に携わり、ウクライナ音楽界の中心的存在として活躍した。映画『高き峠(ハイ・パス)』より「メロディ」は、ウクライナでは知らない人のいない有名曲とのこと。


『パッション・フォー・ウクライナ』
レナ・ベルキナ(Ms)ヴィオリーナ・ペトルチェンコ(p)



ウクライナは民謡の宝庫としても有名。その旋律は多くのクラシックの作曲家たちによって引用されたり、歌曲という洗練された形に昇華されたりしている。ウクライナ生まれ、新国立劇場でも聴衆を魅了したレナ・ベルキナがそれらの歌曲を情感たっぷりに歌う。



『チャイコフスキー&ラフマニノフ: ピアノ協奏曲 ほか』
スヴャトスラフ・リヒテル(p)ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン交響楽団 ほか


チャイコフスキーという名前は、ウクライナの「チャイカ」という姓にルーツを持つ。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番には、コブザという楽器を手に弾き語る盲目の歌い手「コブザーリ」が歌っていたメロディが取り入れられている。







“だけじゃない”クラシック◆バックナンバー

2023年04月 ◆ 坂本龍一のDNA
2023年03月 ◆ 融解する境界線〜ポスト・クラシカルの現在地
2023年02月 ◆ 躍進する日本のピアニスト
2023年01月 ◆ いま聴きたい来日アーティスト 2023
2022年12月 ◆ 世界の混沌と調和、そして音楽
2022年11月 ◆ 夜の音楽
2022年10月 ◆ 日本の作曲家
2022年09月 ◆ アニバーサリー作曲家2022
2022年08月 ◆ 女王陛下の音楽
2022年07月 ◆ レーベルという美学
2022年06月 ◆ 今、聴きたい音楽家 2022
2022年05月 ◆ 女性作曲家
2022年04月 ◆ ダンス
2022年03月 ◆ 春の訪れを感じながら
2022年02月 ◆ 未知なる作曲家との出会い
2022年01月 ◆ 2022年を迎えるプレイリスト
2021年12月 ◆ 2021年の耳をひらいてくれたアルバム
2021年11月 ◆ ストラヴィンスキー没後50周年
2021年10月 ◆ もの思う秋に聴きたい音楽
2021年09月 ◆ ファイナル直前!ショパン・コンクール
2021年08月 ◆ ヴィオラの眼差し
2021年07月 ◆ ピアソラ生誕100周年
2021年06月 ◆ あなたの「推し」を見つけよう
2021年05月 ◆ フランスの響きに憧れて
2021年04月 ◆ プレイリスト時代の音楽



筆者プロフィール








原 典子(はら のりこ)
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在フリーランス。音楽雑誌・Webサイトへの執筆のほか、演奏会プログラムやチラシの編集、プレイリスト制作、コンサートの企画運営などを行う。鎌倉で子育て中。脱ジャンル型雑食性リスナー。

2021年4月より音楽Webメディア「FREUDE(フロイデ)」をスタート。

 

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