e-onkyo musicにてクラシック音楽を紹介する、その名も“だけじゃない“クラシック。本連載は、クラシック関連の執筆を中心に幅広く活躍する音楽ライターの原典子が、クラシック音楽に関する深い知識と審美眼で、毎月異なるテーマに沿った作品をご紹介するコーナー。注目の新譜や海外の動きなど最新のクラシック事情から、いま知っておきたいクラシックに関する注目キーワード、いま改めて聴きなおしたい過去の音源などを独自の観点でセレクト&ご紹介します。過去の定番作品“だけじゃない“クラシック音楽を是非お楽しみください。
"だけじゃない" クラシック 5月のテーマ
ウクライナの音楽
ロシアによる軍事侵攻から1年以上が経っても、いまだウクライナの地は戦火のなかにある。
日々ニュースで報じられる「ハルキウ」「オデーサ」「リヴィウ」といった都市も、いつの間にか地図上の位置がわかるようになり、これまでいかにウクライナという国について知らなかったのかを思い知る日々だ。
それは音楽や文化についても同様。これまで「ロシアの音楽家・作曲家」だと思っていた人物が、じつはウクライナ出身であることを知ったのも、この侵攻がきっかけだったりする。たとえばウラディミール・ホロヴィッツ、ナタン・ミルシテイン、ダヴィッド・オイストラフ……ウクライナは豊かなクラシック音楽を育んだ土地でもある。
今、ウクライナの若い音楽家の間では、あらためてウクライナの伝統音楽や、ウクライナ出身の作曲家の作品を見直す動きが出ているとのこと。ここでは、その一部を紹介したい。
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『ウクライナのピアノ五重奏曲集』
ボグダナ・ピヴネンコ、タラス・ヤロブード(vn)カテリーナ・スプルン(va)ユーリー・ポゴレツキー(vc)イリーナ・スタロドゥブ(p)
ウクライナ国内では有名だが、国際的にはあまり知られていない作曲家が多くいる。ボリス・リャトシンスキー(1895-1968)もそのひとり。1895年に、当時はロシア帝国の一部だったウクライナ北部のジトーミルに生まれ、スターリン統治下のソ連時代は「ブルジョワ的」と批判されて作品の初演が中止されるなど、大きな制約のなかで作曲活動をした。このアルバムに収録された《ウクライナ五重奏曲》も、そんなスターリン時代の1942年に作曲された作品だが、ドラマティックな音楽は今も色褪せない。スターリンの死後はウクライナの民族音楽を取り入れつつ、西欧の新しい潮流も意識した洗練された作風で数多くの名曲を残し、近年再評価が急速に進んでいる。
『コンソレーション~ウクライナの魂の忘れられし宝』
ナターリヤ・パシチニク(p)クリスチャン・スヴァルフヴァル(vn)オリガ・パシチニク(S)ほか
ウクライナの作曲家による、民族色豊かなクラシック曲を集めたコンピレーション・アルバム。ミコラ・リセンコ(1842-1912)はウクライナの民謡を収集したり、ウクライナを題材にしたオペラや、ウクライナの詩にもとづく歌曲を作曲するなど、ウクライナの民族主義的音楽の基礎を築いた人物で、「ウクライナ音楽の父」とも呼ばれる。一方、ヴィクトル・コセンコ(1896-1938)はメランコリックなメロディが魅力で、「ウクライナのショパン」とも。ヴァシル・バルヴィンスキー(1888-1963)は、スターリン時代に逮捕され、10年間収監されていたため、その作品もソ連当局によって多くが破棄されてしまった。
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筆者プロフィール
原 典子(はら のりこ)
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在フリーランス。音楽雑誌・Webサイトへの執筆のほか、演奏会プログラムやチラシの編集、プレイリスト制作、コンサートの企画運営などを行う。鎌倉で子育て中。脱ジャンル型雑食性リスナー。
2021年4月より音楽Webメディア「FREUDE(フロイデ)」をスタート。