連載 『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第109回

2023/05/31

『Linger Awhile』 Samara Joy

~ハイレゾ時代の新オーディオ・リファレンス音源はこれだ!~

■ ラジカセ基準、スマホ付属イヤホン基準

「最近の音楽はラジカセ用につくられている。」

私がオーディオの仕事を始めた25年前くらいに、よく耳にしたお話。ラジカセ基準で音楽制作しているから、ピュア・オーディオやハイエンド・オーディオで鳴らすと酷い音になるのだという定説です。これ、半分は正解といったところでしょうか。

当時、実際の音楽制作現場に幸運にも潜り込むことができたので、本当のところを証言しましょう。確かにラジカセはスタジオに常駐していました。しかし、私が関わった現場では、一度もラジカセを使うことは無かったです。そのころにはもう、ラジカセでモニターするブームは過ぎていたという印象。

しかし、当時の音楽ビジネスで重要だったのは、CDショップの試聴機でいかに好印象を持ってもらえるかでした。だからこそ音圧戦争の真っ只中。ヘッドホン試聴機とはいえ、騒がしい店内で隣のディスクよりもハートを掴むのには、デカい音というのは分かりやすい回答でした。

私もプロデューサーとして参加した作品で、選択を迫られたことがあります。コンプレッサーを使うかどうかです。エフェクター無しをエンジニアさんに進言したのですが、「そうは言っても、無しだとこの音だよ」 と聴かされたサウンドのなんとも寂しかったことよ。「コンプ有りでお願いします・・・」 そう私は答えたのでした。

そして現代。当時のラジカセに相当する新基準というと、スマホ付属イヤホンになるのでしょう。実際に完成試聴の一環としてスマホ・イヤホンを採用しているアーティストもいるとかいないとか。ノートパソコンの内蔵スピーカーでテストしているプロデューサーさんなら、お会いしたこともあります。

大多数の人が楽しんでいるリスニング装置に基準を合わせるのは大切だと思います。しかし、25年前にラジカセ基準で制作された音源に、名録音として語り継がれる名盤が無いのも事実。真の上位互換基準があると私は信じているのです。

 

■ 全ベクトルで満点以上を叩き出した超優秀録音!

2002年、ノラ・ジョーンズのデビュー・アルバム 『Come Away With Me』 がオーディオ界を席巻しました。オーディオ・ショウのデモンストレーションで流れるのは 「ドント・ノー・ホワイ」 ばかり。オーディオ好きのCD棚には必ずある1枚といっても過言ではない作品でした。

あれから20年、やっと 『Come Away With Me』 に次ぐ新リファレンス音源が登場したのではないでしょうか。


■96kHz/24bit  ¥3,871

『Linger Awhile』
Samara Joy

■96kHz/24bit  ¥3,871

『Linger Awhile[Deluxe Edition]』
Samara Joy


もはや歌が上手すぎるのは説明不要でしょう。音質のみレビューしていきます。

まず驚かされるのは密度感。もうミッチミチのムッチムチ。単なる音圧大盛り弁当ではありません。歌と余韻とバック演奏で眼前全てが満たされるといった印象。空間表現は広く美しいのに、どこにも隙間が見当たりません。

音圧過多では決してない。しかし、十分なボリューム感。これ以上詰め込んだら音が割れる、音楽の魅力が圧死するラインのギリギリを狙っています。

音楽の実在感が素晴らしく、歌とピアノが目の前に立体映像のように浮かび上がります。手を伸ばせば触れそうだと錯覚しそうです。

ハイレゾ音源でのリスニングなのに、このアナログ感はなんでしょうか。こりゃもうCD規格やサブスク、アナログ・レコードで聴いている場合ではありません。ハイレゾこそ最高音質だと、実際のイベントでデモンストレーションしたいくらいです。

いつもならflac規格の音癖が気になって、いちいちwav変換してから試聴している私ですが、本作はそれすら忘れてflacのまま聴き進めていたくらいです。このサウンドなら、もう細かいことはどっちでもいいかな? という感じ。

オーディオの共通言語として、絶対に所有しておいたほうが良いハイレゾ音源です。全方位で満点以上のスコアを叩き出します。唯一の欠点があるとするなら、音が良すぎることくらい? 

参りました、降参です。本作の再生コンテストがあったら出場して優勝を狙ってみたいと本気で妄想しています。



バックナンバー

<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
<第10回>『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品 ~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
<第12回>【前編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第13回>【後編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第14回>『ALFA MUSICレーベル』 ~ジャズのハイレゾなら、まずコレから。レーベルまるごと太鼓判!~
<第15回>『リー・リトナー・イン・リオ』 ~血沸き肉躍る、大御所たちの若き日のプレイ~
<第16回>『This Is Chris』ほか、一挙6タイトル ~音展イベントで鳴らした新選・太鼓判ハイレゾ音源~
<第17回>『yours ; Gift』 溝口肇 ~チェロが目の前に出現するような、リスナーとの絶妙な距離感~
<第18回>『天使のハープ』 西山まりえ ~音のひとつひとつが美しく磨き抜かれた匠の技に脱帽~
<第19回>『Groove Of Life』 神保彰 ~ロサンゼルス制作ハイレゾが再現する、神業ドラムのグルーヴ~
<第20回>『Carmen-Fantasie』 アンネ=ゾフィー・ムター ~女王ムターの妖艶なバイオリンの歌声に酔う~
<第21回>『アフロディジア』 マーカス・ミラー ~グルーヴと低音のチェックに最適な新リファレンス~
<第22回>『19 -Road to AMAZING WORLD-』 EXILE ~1dBを奥行再現に割いたマスタリングの成果~
<第23回>『マブイウタ』 宮良牧子 ~音楽の神様が微笑んだ、ミックスマスターそのものを聴く~
<第24回>『Nothin' but the Bass』櫻井哲夫 ~低音好き必聴!最小楽器編成が生む究極のリアル・ハイレゾ~
<第25回>『はじめてのやのあきこ』矢野顕子 ~名匠・吉野金次氏によるピアノ弾き語り一発録りをハイレゾで聴く!~
<第26回>『リスト/反田恭平』、『We Get Requests』ほか、一挙5タイトル ~イイ音のハイレゾ音源が、今月は大漁ですよ!~
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<第45回>神保彰氏の新作ハイレゾ × 2作品は、異なる海外マスタリングに注目!~ 公開取材イベントのご報告 ~
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<第52回>ピアノのライブを聴くなら、これだ!~ 強烈なグルーブと音楽エネルギーで、目の前にピアノが出現する ~
<第53回>『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』~ 試聴テストに最適なハイレゾ音源は、これだ! ~
<番外編>『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』を、イベントで実際に聴いてみた!
<第54回>最新ロサンゼルス録音ハイレゾを聴くなら、これだ! ~『22 South Bound』『23 West Bound』~
<第55回>『Franck, Poulenc & Strohl: Cello Sonatas』Edgar Moreau~ エドガー・モローのチェロに酔うなら、これだ! ~
<第56回>『大村憲司 ~ ヴェリィ・ベスト・ライヴ・トラックス』大村憲司~ ライブの熱気と迫力を聴くなら、これだ! ~
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<第61回>『B'Ridge』B'Ridge~佐山雅弘氏のピアノと、新リズム隊の強烈グルーヴ!
<第62回>『音楽境地 ~奇跡のJAZZ FUSION NIGHT~ Vol.2』 村上“ポンタ”秀一~限りなくライブそのままのハイレゾ音源! ~
<第63回>『la RiSCOPERTA』 KAN~補正に頼らぬ精密なパフォーマンスが素晴らしい、歌とピアノと弦楽四重奏!~~
<第64回>~イベントで聴いた、今一番熱い高音質ハイレゾ音源はこれだ!!~
<第65回>~二人の巨匠が強烈グルーヴする、NY録音の低音ハイレゾ決定版!~
<第66回>~音楽愛あふれる丁寧な仕事で蘇る、奇跡の歌声! ~
<第67回>『SLIT』 安部恭弘~80年代シティポップの名盤が、まさかのハイレゾ化! ~
<第68回>『Essence』 Michel Camilo~バリバリ鳴る熱いホーンセクションを堪能するハイレゾはこれだ! ~
<第69回>『Red Line』 吉田次郎~DSD一発録音は凄腕ミュージシャンが映える! ~
<第70回>『Don't Smoke In Bed』 ホリー・コール・トリオ~オーディオ御用達盤のDSDハイレゾ化は買いだ! ~
<第71回>『Double Vision (2019 Remastered)』 Bob James, David Sanborn~あの音ヌケの良い高音質アルバムの音を、ハイレゾで更に超える! ~
<第72回>『Across The Stars』アンネ=ゾフィー・ムター, ロサンゼルス・レコーディング・アーツ・オーケストラ, ジョン・ウィリアムズ ~個人的ベスト・ハイレゾ2019の最有力候補はこれだ!~
<第73回>『Spectrum』 上原ひろみ~このピアノ、あなたのシステムは鳴らしきれるか!~
<第74回>『COMPLETE SOLO PIANO WORKS I』 和泉宏隆~素敵なメロディーたちを、美音のピアノで聴くハイレゾ!~
<第75回>拡大版!神保 彰『26th Street NY Duo』&『27th Avenue LA Trio』インタヴュー
<第76回>『Time Remembered』 須川崇志バンクシアトリオ~ハイレゾのデモに最適なピアノトリオはこれだ!~
<第77回>『MISIA SOUL JAZZ BEST 2020』 MISIA~七色の声とゴージャス・バンドをハイレゾで!~
<第78回>『From This Place』 Pat Metheny~巨匠テッド・ジェンセン氏のマスタリングが冴える!~
<第79回>『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio』 井筒香奈江~超特殊な録音による、現時点での音質の最高到達点!~
<第80回>『ゴールデンマスク』 広瀬未来 ~ジャケット良し、サウンド良しのオススメ日本ジャズ盤!~
<第81回>『FRONTIERS』葉加瀬太郎~ クラシックをポップスのように聴けるハイレゾ音源はこれだ!~
<第82回>『On Vacation』Till Brönner, BOB JAMES~名プレイヤーたちによる名演は、もちろんハイレゾで聴きたい!~
<第84回>『So Special Christmas』 MISIA~イヤホンでもスピーカーでも美音なハイレゾはこれだ!~
<第85回>『28 NY Blue Featuring Oz Noy & Edmond Gilmore』神保彰~低音ハイレゾ新定番誕生!(神保氏メール・インタビュー有)~
<第86回>『モダン・ジュズ』PONTA BOX~アナログ2CHダイレクト・レコーディング音源で聴く、ポンタさんのドラム!~
<第87回>『ティル・ウィー・ミート・アゲイン ~ベスト・ライヴ・ヒット[Live]』 ノラ・ジョーンズ~第2の定番リファレンス音源になり得る、生々しさ抜群のライブ音源!~
<第88回>『On A Friday Evening[Live]』 Bill Evans Trio ~ハイレゾは1975年へのタイムトラベルを実現する!~
<第89回>JIMSAKU スペシャル・インタヴュー!
<第90回>『ハバナ・キャンディ』 パティ・オースティン  ~ボーカルのチェックに必須なハイレゾ音源はこれだ!~
<第91回>『Silver Lining Suite』上原ひろみ ~逆境が生んだオーディオ必聴盤!~
<第92回>『Another Answer』  井筒香奈江~日本が世界に誇れる高音質ハイレゾ音源!~
<第93回>特別編 神保彰スペシャル・インタヴュー!
<第94回>『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(全曲)』 諏訪内晶子~オーディオ確認音源としても、この音色は超魅力的!~
<第95回>『Jazz at the Pawnshop』 Arne Domnerus ほか~オーディオ名盤と愛され続ける、流石のサウンド!~
<第96回>『安藤正容 Farewell Tour』 と 『大瀧詠一』~アナログ録音とデジタル録音、甲乙つけがたいハイレゾ!~
<第97回>ALFA MUSICレーベル 『THE WORLD ON A SLIDE』 ほか ~総勢19人ものトロンボーンの洪水!~
<第98回>『sinfonia』溝口肇~この立体的な音像を、オーディオ製品開発のリファレンス音源に!~
<第99回>『Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios』宇多田ヒカル~歌姫がライブ盤になってオーディオに帰ってきた!~
<第100回>『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』100回記念スペシャル かつしかトリオインタヴュー!
<第101回>『Finally Enough Love: 50 Number Ones』Madonna~世界のトップ・プロのリマスターをハイレゾで体感!~
<第102回>『ユーミン万歳!~松任谷由実50周年記念ベストアルバム~』 松任谷由実~これはベスト盤ではない。名曲たちが再構築され輝きだした新作ハイレゾだ!~
<第103回>『Spirit of “Days of Delight” vol.2』~コンピ盤を超える、熱いサウンドのジャズ・アルバム!~
<第104回>『クォーター・ムーン』大野俊三 ~若き日のマーカス・ミラーのスラップ・ベースが炸裂!~
<第105回>『燦燦』神保彰 ~高音質の秘密に迫る、ご本人コメントあり!~
<第106回>『Art Pepper Meets The Rhythm Section』Art Pepper~名盤のゴールはコレでいいかも?!~
<第107回>『Kurena』石川紅奈~ウッドベースを聴くなら、このハイレゾ音源だ!~
<第108回>『WELCOME BACK!本田雅人』T-SQUARE~ 涙なくしては聴けない、熱気あふれるライブ盤はハイレゾで!~

 

プロフィール

西野 正和(にしの まさかず)

3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛する とっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。

 

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