オーディオ評論家・山之内正厳選!ドイツ・グラモフォン〜世界最古クラシックレーベルの多様性〜

2023/05/19

設立125周年を迎える世界最古のクラシック専門レーベル「ドイツ・グラモフォン」。e-onkyo musicでは連続企画で、その本質と魅力に迫ります。今回はオーディオ評論家の山之内正氏をセレクターに迎え、伝統を重んじつつも常に最先端を目指す姿勢を貫くレーベルの多様性にフォーカス。4つの世代に分けて、各世代を象徴する演奏家とその代表作をご紹介いただきます。

◆◇◆




 長い歴史を有する企業には二種類あり、伝統の資産を忠実に継承する企業と、資産を大切にしながらつねに最先端を目指す企業が存在する。レコード会社ではドイツ・グラモフォンが後者の代表格だ。エミール・ベルリナーが1898年に創立してから125年、節目のタイミングでつねに最新技術を積極果敢に採り入れ、新しい音楽市場の開拓に前向きに取り組んできた。ストリーミング時代に照準を合わせて独自の定額制配信サービス「STAGE+」をローンチするなど、時代の先を読むアグレッシブな姿勢をいまも変わらず保っているのだ。

 そんなドイツ・グラモフォンの企業姿勢は、これまで同レーベルが手がけてきた録音からも読み取ることができる。前世紀に活躍した偉大な演奏家たちの名盤から、デビューまもない新進気鋭アーティストの意欲的な作品まで、カタログに並ぶアルバムの幅の広さは抜きん出ていて、他のレーベルでは真似できない多様性を持っている。もちろん、現代のクラシック音楽界を代表するトップアーティストたちの作品が充実していることはいうまでもない。過去から現代までの大きな流れを俯瞰し、さらに新しい時代を切り開く創作活動までカバーする数少ないレーベルの一つなのだ。

 今回は、ドイツ・グラモフォンの膨大なライブラリのなかから、同レーベルならではの多様性に焦点を合わせ、各世代を象徴する演奏家とその代表作を選ぶことにした。20世紀の至宝というべきクライバーやアバドの名録音、1970年代から今日まで活発な演奏活動を続けてきたヴィルトゥオーソたち、現役世代として活躍するスター級アーティスト、そして今後のクラシック音楽界を担う若手世代。この4つのジェネレーションに注目し、その音楽性と録音に私自身が強く惹かれる音源を25作品ピックアップした。声楽・オペラを多めに選んでいるのは選者の個人的な好みだが、ドイツグラモフォンがこの分野に多くの名録音を揃えていることも理由の一つだ。

 ドイツ・グラモフォンはハイレゾにも早い時期から積極的に取り組んできた。96kHz/24bitを中心に上位フォーマットでの録音を先行して導入したほか、アナログマスターのハイレゾ化とDSDマスタリングを進めてSACDを積極的にリリースし、ハイレゾ配信にもポジティブな姿勢を見せている。その成果というべき優秀録音はe-onkyo musicのライブラリに多数揃っているが、今回のセレクションは音質最優先というスタンスではなく、どちらかというと演奏の中身に重心を置いて選んでいる。

山之内正


 

<レジェンド〜20世紀の至宝>

 

 ベーム、カラヤン、バーンスタインなど20世紀の巨匠たちの録音には別格の価値があり、紹介すべきタイトルも膨大な数に上るが、ここではあえて彼らより少し若い世代の重要な録音と、現代にまで聴き継がれている名演奏を取り上げることにしよう。アバドとクライバーは実演をリアルタイムに体験する機会に数多く恵まれたこともあり、特に筆者の世代には感覚的に距離が近く感じる存在だ。20世紀の最後の四半世紀に目覚ましい成果を挙げた巨匠たちの遺産は現代の聴き手にとって遠い存在ではなく、むしろ強く共感できる演奏と感じることが多い。

 そこから少し遡った1960年代に録音された声楽の名盤として、ヴンダーリヒの録音も一枚加えている。文字通り時代を超えて聴き継がれる名唱の代表格であり、その価値は現代の聴き手にも確実に伝わるはずだ。


 



『シューベルト:交響曲第9番《ザ・グレイト》』
クラウディオ・アバド指揮モーツァルト管弦楽団


アバドの《ザ・グレイト》はヨーロッパ室内管弦楽団を振った1987年の演奏も素晴らしいが、晩年の2011年に録音したこちらの演奏も音楽の流れが自然で柔軟、アバドらしい名演である。自筆譜を参考にした独自の楽譜で演奏した1987年の録音では一部聴きなれないフレーズに驚かされたが、こちらは通常の楽譜を用いている。第一ヴァイオリンが5プルトなので通常より弦楽器の編成は小さめだが、管楽器とのバランスは良好で、内声の動きも自然に浮かび上がってくる。ボローニャのオーディトリウム・マンゾーニ他でライヴ録音。



『ロッシーニ:歌劇《セビリアの理髪師》』
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団


アバドのオペラ録音のなかでもロッシーニは名演が多いが、特にこの《セビリアの理髪師》と《アルジェのイタリア女》は聴き逃せない名録音だ。ロジーナはテレサ・ベルガンサ、フィガロはヘルマン・プライという贅沢な独唱陣を揃えて臨んだ1971年の録音で、独唱の明瞭な音像はセッション録音ならでは。当時の録音としては立体感に富み、ステージの奥行きが感じられる。ロンドン、ワトフォード、タウンホールで録音。

 



『ヴェルディ:歌劇《椿姫》』
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団

 

ドミンゴとコトルバシュの共演というだけでもこの録音の特別感が伝わるはずだが、なによりも推進力あふれるクライバーの魅力がすべてのフレーズから湧き上がるように伝わり、何度聴いても強い感動をもたらしてくれる。独唱を明瞭にとらえると同時に合唱も力強く厚みがあり、オーケストラの表情の豊かさも聴きどころだ。劇場の雰囲気を見事に再現した遠近感豊かな名録音。



『ウェーバー:歌劇《魔弾の射手》』
カルロス・クライバー


クライバーの録音は絶対的なタイトル数こそ限られているが、どれも他では置き換えられない生命感あふれる演奏で、特にオペラは独唱、合唱、オーケストラが一体となった奇跡の名演を遺している。この《魔弾の射手》はクライバーがドイツグラモフォンにデビューした記念すべき名盤で、ライヴ録音ではないのにクライバーの音楽的な牽引力の強さが全開、まるで劇場で聴いているような臨場感が味わえる。1973年ルカ教会で録音。DSD音源も入手可能。

 



『シューマン:歌曲集《詩人の恋》他』
フリッツ・ヴンダーリヒ


天才的な歌唱力がそなわるフリッツ・ヴンダーリヒは36歳で早世したが、現代の聴き手は、残された録音からこの不世出のテノールの類まれな表現力とビロードのようになめらかな声の魅力を堪能することができる。半世紀以上前の録音だが声の柔らかさと高音域の輝きを忠実にとらえており、《詩人の恋》の第1曲から一瞬でヴンダーリヒの世界に引き込まれる。ベートーヴェンとシューベルトの歌曲もまさに至宝と呼ぶべき名演。ピアノはフーベルト・ギーゼン。シューベルトは亡くなる2ヶ月前の録音だ。

 



<現代のヴィルトゥオーソの足跡>


 クラシック音楽の世界では絶対的評価を獲得した往年の名演奏家が綺羅星のごとく存在し、後を継ぐ立場の演奏家がそれを上回る評価を得ることは至難の業である。新しい視点から既存の演奏とは異なる価値を追求するか、他のアーティストでは真似できない斬新な解釈や演奏スタイルを確立するなど、独自の姿勢を示すことが求められる。
 ドイツ・グラモフォンのライブラリには、20世紀後半から現代まで第一線で活躍を続けるヴィルトゥオーソの録音が充実し、いまも途絶えることなく新録音を加えることで要求の高い聴き手たちを満足させている。その多くは活動の初期段階で注目の若手演奏家として脚光を浴びつつ、その後も人気に頼ることなく独自の姿勢を堅持してきた強靭な音楽性の持ち主だ。古楽演奏をメインステージに引き上げたピノックとガーディナー、厳しい姿勢で究極の完成度を目指すツィメルマン、楽譜を精緻に研究することで特にベートーヴェン演奏で着実な成果を引き出すブッフビンダー、そして度重なる手の故障を克服して孤高の境地に到達したペライア。ここで取り上げた指揮者&鍵盤楽器奏者たちの演奏からは、音楽への一貫した強い情熱が感じられる。


 



『J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻』
トレヴァー・ピノック



アルヒーフとドイツグラモフォンの両レーベルから重要な録音を数多くリリースしてきたピノックだが、意外にも平均律クラヴィーア曲集はこれが初録音。2年後にリリースされた第2巻とともにチェンバロによる演奏の規範となるような緻密かつ起伏の大きい演奏が高い評価を獲得した。チェンバロの楽器イメージは大きめだが、低音弦の深い響きや明るく繊細な高音の音色を見事にとらえている。2018年カンタベリー、ケント大学で録音。



『J.S.バッハ:ヨハネ受難曲』
ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ


ガーディナーはすでにヨハネ受難曲を2回録音しており、コロナ禍の2021年に録音したこの音源は3度目となる。動画で公開されている録音風景を見ると、パンデミックの制約を逆手にとってオーケストラと声楽陣の配置に工夫を凝らし、立体的な音響空間の再現を目指して収録していることがわかる。厚みのある合唱は強弱の起伏が抜きん出て大きく、劇的緊張の高まりが特別な感動を誘う。2021年オックスフォード、シェルドニアンシアターで録音。

 



『ピアノソナタ第20番&第21番』
クリスチャン・ツィメルマン/シューベルト


シューベルト作品を演奏会で積極的に取り上げていた時期、ツィメルマンがシューベルト晩年の大作2曲を日本で録音した。ツィメルマンの鋭敏な感性がすべての音から聴き取れる鮮明な録音で、楽器のコンディションの良さ、自然な残響と明晰さが両立したホールの優れた音響特性などが相乗効果を生んで凄みのあるシューベルト演奏につながった。2016年柏崎市文化会館アルフォーレで録音。



『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番』
ルドルフ・ブッフビンダー


 バッティストーニが振るヴェルディやプッチーニはオペラファンの期待を裏切らない。ジェノヴァのオーケストラと合唱団を見事に掌握したこの録音を聴いて、オペラファンは強い刺激を受けた。おなじみの曲がここまで生き生きとした姿で生まれ変わるのは驚くばかりだ。《運命の力》の勇壮な金管、《椿姫》の消え入るようなヴァイオリンの旋律など、聴きどころ満載の名演である。2014年録音。

 



『J.S.バッハ:フランス組曲』
マレイ・ペライア


現代ピアニストの巨匠の一人マレイ・ペライアは指の故障と戦いながらも精力的な演奏活動を続け、録音にも積極的に取り組んでいる。このフランス組曲はドイツグラモフォン移籍後の初録音として話題になった録音で、力みがなく、しかも深い音楽性をたたえたペライアの演奏の魅力をじっくり味わうことができる。ベルリンの東ブロックに位置するナレーパシュトラーセの旧放送ホールでの録音は演奏の細部を鮮明にとらえつつ柔らかい余韻が空間の大きさを感じさせ、この作品の抒情的な側面を浮かび上がらせる。

 

 


<クラシック音楽の伝統を引き継ぐ現役世代>


 ドイツグラモフォンのカタログで筆頭に上がるのが、中核に位置する現役世代のアーティストたちである。絶頂期を迎えたスター演奏家から、すでにベテランやヴィルトゥオーソの域に到達した演奏家まで、レーベルの人気を支える屋台骨としてその充実した演奏活動を繰り広げている。
 ムター、ゲルネ、マイヤーは長い演奏歴のなかでつねに最先端を切り開いてきた実力の持ち主だが、いまも変わらず強い表現意欲を保ち続けている。ネゼ=セガンやドゥダメルは活躍する土俵こそ微妙に異なるが、中堅の指揮者として高い信頼を得ており、録音でも成果を上げている。ワン、バティアシュヴィリ、ガランチャ、A.オッテンザマーはいずれもレーベルを代表するスター級アーティストで、新録音が登場すると必ず大きな話題を集める。それぞれの分野、楽器でのキーパーソンであり、クラシック音楽の価値と伝統の継承という重要な役割を担っている。


 



『アクロス・ザ・スターズ〜ジョン・ウィリアムズ映画音楽傑作選』アンネ=ゾフィー・ムター、ジョン・ウィリアムズ指揮ロサンゼルス・レコーディング・アーツ・オーケストラ


ムターとジョン・ウィリアムズのステージでの共演は大きな成功を収め、このアルバムが収録された2019年以降も北米や欧州で絶賛を博した。アルバム化されたライヴ演奏の一部は映像でも楽しむことができ、クラシック音楽の枠を超えて人気が広がった。ムターの演奏スタイルと音色の特長を生かしたアレンジを受け止めて、ムター自身が躍動感あるヴァイオリン演奏で応えていることがよくわかるし、変化に富んだ選曲も秀逸だ。オーケストラを奥行きの深いパースペクティブでとらえた優秀録音。



『ベートーヴェン:歌曲集』
マティアス・ゲルネ、ヤン・リシエツキ




ドイツ・リートの正統的解釈で右に出る者がいないバリトンの大御所マティアス・ゲルネがは20代前半の若手ピアニストと組んでベートーヴェンの歌曲集を録音した。ベテランの歌手と新人ピアニストの組み合わせは最初は意外に思えたが、音楽を媒介に相互作用がはたらいたのか、生き生きとした鮮度の高い音楽が生まれた。2019年ベルリンで録音。

 



『ロスト・アンド・ファウンド〜18世紀オーボエ協奏曲集』アルブレヒト・マイヤー、ポツダム・チェンバーアカデミー

モーツァルトと同年代に描かれたオーボエ協奏曲をマイヤーが発掘して演奏したアルバムで、タイトルは失われた名作を意味する。中央に定位するマイヤーの独奏オーボエをのまわりを室内オーケストラの柔らかい響きが取り囲むウォームなサウンドが特長。マイヤーのオーボエの音色の美しさを忠実に引き出すことを意識して再生したい。2013年ベルリン、イエス・キリスト教会で録音。



『モーツァルト:歌劇《後宮からの誘拐》』ヤニック・ネゼ=セガン指揮ヨーロッパ室内管弦楽団


ネゼ=セガンは主にヨーロッパ室内管弦楽団と組んでモーツァルトのオペラ録音に取り組んでいる。ダムラウとプロハスカが理想的なコンスタンツェ、ブロンデを歌っているが、輝かしい高音が際立つヴィラゾンのベルモンテも必聴。バーデン・バーデン祝祭劇場でのライヴ収録だが演奏会形式なのでオーケストラと声楽のバランスが良く、長めの余韻がモーツァルトのオペラならではのアンサンブルの一体感を見事に引き出している。

 



『バッハ』
リサ・バティアシュヴィリ


ムターと並んでドイツグラモフォンを代表する人気ヴァイオリニストに成長したバティアシュヴィリが約10年前に録音したバッハ作品集で、オーボエとヴァイオリンのための協奏曲などオーケストラとの共演作品に加えて無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番も収録している。室内楽と無伴奏作品はミュンヘンのヒンメルハート教会、編成が大きめの作品はグリューンヴァルトのアウグスト・エファーディングホールで録音。どちらもリッチな残響がヴァイオリンの美音を際立たせる。協奏曲では夫君のルルーがオーボエを吹き、C.P.E.バッハのトリオソナタのフルート独奏はパユ、豪華な布陣だ。



『エングラボルン&ヴァリエーションズ』
ヨハン・ヨハンソン


ヨハンソンのエングラボルンのオリジナル(リマスター版)と、それをベースに複数のアーティストが取り組んだヴァリエーションを一つのアルバムにまとめた作品。ヨハンソンは「ボーダーライン」や「メッセージ」で印象的な音楽を書いたアイスランドの作曲家で、映画音楽以外にも幅広いジャンルの音楽を手がけている。5年前に惜しくも亡くなってしまったので追悼盤になってしまった。「聖なる木曜日」のリワークに取り組んだ坂本龍一も故人となり、レクイエムのように響いて心を揺さぶる。

 



『メディテーション』
エリーナ・ガランチャ

 

ソプラノのガランチャが故国ラトヴィアの合唱団とともに演奏したスケールの大きな声楽作品集である。自身に縁の深い深い作品ばかり集めたという選曲からガランチャの音楽的なバックグラウンドや作品への思い入れの深さが伝わり、コンセプトアルバムとしても興味深い内容になっている。アレグリにミゼレーレなど、オペラの舞台で接するガランチャとは別の一面を垣間見ることができるのは、ファンの一人として大歓迎だ。2013年ザールブリュッケン放送スタジオで録音。



『ブルーアワー:メンデルスゾーン・エディション』
アンドレアス・オッテンザマー


ベルリンフィルの首席クラリネット奏者を務めるA.オッテンザマーがメンデルスゾーンの無言歌を自らのアレンジで演奏。同じ「ブルーアワー」のタイトルでCDも発売されているが、そちらにはウェーバーのクラリネット協奏曲やブラームスの作品も収録している。ここで紹介するのは配信向けにメンデルスゾーンに絞った選曲だが、同じ曲を弦楽アンサンブルによる伴奏とピアノ伴奏で演じ分けるなど、独自の工夫を凝らしている。オッテンザマーの柔らかく起伏の大きい音を忠実に引き出すことがポイントだ。

 



『ラヴェル:ピアノ協奏曲、左手のためのピアノ協奏曲 他』ユジャ・ワン、ブランギエ指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団

 

ユジャ・ワンの録音はその大半がドイツ・グラモフォンからリリースされているが、ほぼ例外なくヒット作となり、レーベルを象徴する人気アーティストに駆け上った。ラヴェルの2つの協奏曲をカップリングしたこのアルバムはユジャ・ワンの人気を一気に加速させた録音の一つで、華麗な演奏スタイルも大きな話題を集めたが、あらためて聴くと、奔放さよりも的確な音色の選び方など繊細な一面が浮かび上がってくる。2015年チューリヒで録音。



『ジョン・アダムズ:悪魔は全ての名曲を手にしなければならないのか』ドゥダメル指揮ロサンゼルスフィル、ユジャ・ワン


ロサンゼルスフィルが委嘱したアダムズのピアノ協奏曲にユジャ・ワンとドゥダメルが驚異的な集中力で取り組み、世界で初めて録音した注目アルバムである。低重心かつ重量級のオーケストラが時々追いつかないほどワンの独奏ピアノは切れが良くエネルギッシュで、音圧の大きさも桁外れ。大太鼓やティンパニが暴れても追い付かないほどの強靭なエネルギーを放つ。

 
 



<今後の音楽界を担う新世代アーティストたち>


 ドイツ・グラモフォンは往年の名演奏家と名録音の進化を現代に伝え続けるだけでなく、若手世代のアーティストたちも積極的にサポートし、さまざまなボーダーを超えて幅広く活動する演奏家たちにもしっかりと目を向けている。しかも、知名度や人気を高めることを目的にしたプログラムにこだわらず、アーティスト自身の個性と意志を尊重したアルバム作りを支援することにも力を入れ、重要な成果を挙げている。


 



『いざ来たれ、異教徒の救い主よ~J.S.バッハ作品集』ヴィキングル・オラフソン

バッハはカレイドスコープ(万華鏡)のように多様な側面があるという持論を展開するオラフソンのバッハ・アルバム。テクニックも驚異的だが、音色とテンポの選び方がどこかグールドを想起させ、特別な感性の持ち主であることがわかる。この後に発売された録音も含めて、音色と響きへのこだわりの強さが際立っている。DGレーベルのピアニストのなかでは異色だが、目が離せない存在だ。



『TAR』
ヒドゥル・グドナドッティル


グドナドッティルは「ジョーカー」の映画音楽を書いたアイスランドの作曲家で、チェロ奏者としても活動している。既存の枠を超えて活躍し、ソロアルバムもリリースしているが、本アルバムは音楽を担当したケイト・ブランシェット主演の「TAR(ター)」のサウンドトラック盤として構成された異色の作品だ。ドイツグラモフォンが協力し、本作のレコーディング風景は映画にも登場。エルガーの独奏チェロを弾いたソフィー・カウアーはチェロ奏者として重要な役割を演じ、ブランシェットも実際にオケを振って録音に臨んだという。「ジョーカー」は映像と拮抗する重厚な音楽が強烈な印象を生んでいたが、「TAR」は映像とストーリーがヘビーで音楽に救いがある。「TAR」を観た後にぜひ。

 



『ラフマニノフ:チェロソナタト短調』
ゴーティエ・カプソン&ユジャ・ワン


室内楽でも精力的な演奏活動を展開している二人のソリスト、ゴーティエ・カプソンとユジャ・ワンがラフマニノフのソナタト短調を録音した。デュオを組んでの活動歴が長い二人だけに呼吸がぴたりと揃っており、特に第一楽章の音楽的な一体感と推進力は見事である。チェロとピアノのバランスも自然で、音色はとても柔らかく、弱音の精妙かつ透明な響きが美しい。



『メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲第1番&第2番他』ヤン・リシエツキ、オルフェウス室内管弦楽団


2011年にドイツグラモフォンと契約してモーツァルトのアルバムをリリースした時、リシエツキはまだ15歳。若いアーティストを積極的にサポートするDGレーベルの姿勢を象徴するエピソードである。その後注目すべき録音を相次いでリリースしているが、このメンデルスゾーンの演奏からも抒情性と活発な推進力が伝わり、感性の豊かさが溢れている。2018年ワルシャワ大劇場他で録音。

 



『エネルゲイア』
エミリー・ダンジェロ


ドイツ・グラモフォンは若手アーティストの登竜門としても重要なレーベルの一つで、たんなる人気集めのための企画ではなく、明確なコンセプトで統一感のあるアルバムを作ることが多い。エミリー・ダンジェロのDGデビュー盤も選曲に独自性があり、ダンジェロの個性が明確に浮かび上がる構成が秀逸だ。フォン・ビンゲンの作品を現代の作曲家がアレンジした曲を含め、すべて女性作曲家の作品で構成。ベルリンのイエス・キリスト教会の豊かな残響を生かして時代や場所を超越した深みのある響きを引き出している。

 

 

 

■プロフィール




山之内 正(やまのうち ただし)
神奈川県横浜市出身。オーディオ専門誌編集を経て1990年以降オーディオ、AV、ホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在も演奏活動を継続。年に数回オペラやコンサート鑑賞のために欧州を訪れ、海外の見本市やオーディオショウの取材も積極的に行っている。近著:「ネットオーディオ入門」(講談社、ブルーバックス)、「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、共著)など。

◾️PhileWeb連載:山之内正のデジタルオーディオ最前線


 


シリーズ企画

◾️設立125周年 麻倉怜士セレクト「ベスト・オブ・ドイツグラモフォン」

 | 

 |   |