世界最古のクラシック専門レーベルとして知られ、巨匠から新たな才能まで、時代を代表するアーティストが集まる「ドイツグラモフォン」。クラシック音楽史に残る名盤・名演、更に名録音の宝庫としても知られる。e-onkyo musicでは、今年設立125周年を迎える「ドイツグラモフォン」の作品群より、オーディオ評論家麻倉怜士氏をセレクターに迎え、演奏、録音ともに優れた「ベスト・オブ・ドイツグラモフォン」を厳選してご紹介いたします。
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ドイツ・グラモフォン(DG)の歴史は、まさにレコードの歴史そのものだ。その嚆矢が、1898年6月、ドイツはハノーファーに設立された、円盤レコード発明者のエミール・ベルリナーのグラモフォン社(旧EMI)のプレス工場である。以後、125年に渡り、メディアはSP、LP、CD、SACD……と変遷しているが、クラシック録音のメッカとしての地位は、いつの時代も不動だ。
それはその時代の世界最高のアーチストの演奏を、いわゆるドイツ・グラモフォン・サウンドで収録したことの積み重ねの成果だ。クラシックファンの垂涎の的である膨大なコレクションから、絶対に聴いておきたい、世紀の名演奏・名録音を詳細なインプレッションと共に、ご紹介しよう。選択基準は天下のスタンダード+近年の傑作。クラシックファンなら絶対に手許に持たねばならない20世紀の定番作品と最近の刮目演奏を、厳選した。登場する演奏家をご紹介しよう。
指揮者はヘルベルト・フォン・カラヤン、カール・ベーム、レナード・バーンスタイン、カルロス・クライバー、エフゲニー・ムラヴィンスキー 、ヘルベルト・ブロムシュテット、ジェームス・レヴァイン、サイモン・ラトル、パーヴォ・ヤルヴィ、エサ=ペッカ・サロネン、アンドリス・ネルソンス、ヤニック・ネゼ=セガン、グスターボ・ドゥダメル。
オーケストラはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団、ロンドン交響楽団、ボストン交響楽団、ロサンゼルス・フィルハーモニック管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン。
ピアニストはスヴァトスラフ・リヒテル、ダニエル・バレンボイム、マウリツィオ・ポリーニ、クリスチャン・ツィメルマン、エレーヌ・グリモー 、ケザ・アンダ、ピエール=ロラン・エマール、アリス=紗良・オット、ヤン・リシエツキ、チョ・ソンジン。
弦楽奏者はダヴィッド・オイストラフ、アンネ=ゾフィー・ムター、ヒラリー・ハーン、リサ・バティアシュヴィリ。歌手はピョートル・ベチャワ、オペラはバイエルン国立歌劇場、現代作曲家マはドイツのマックス・リヒター……という古今東西の名演奏家、名オーケストラ、名歌劇場の作品を厳選した。ぜひダウンロードして天下の名演奏に浸ろう。
麻倉怜士
■交響曲
『モーツァルト:後期交響曲集』ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, カール・ベーム
カール・ベーム/ベルリン・フィルによるステレオ・モーツァルト交響曲全集の後期分売だ。盤石の造形感、覇気に満ちた堂々とした音運び、悠々としたスクウェアな進行感……ひじょうに骨太なモーツァルトだ。音楽の器の大きな体積感と、グラテーションのこまやかで繊細な表情が両立している。
右の第2ヴァイオリン、ビオラと左の第1ヴァイオリンの音像的な対比が見事で、中央部はチェロと木管の響きが充満する。特に内声部がハイレゾ化によって、明瞭に聴けるようになったのが嬉しい。この時代の録音の特徴である、奥行きではなく、水平的なパースペクティブの広い音像の並びが聴ける。豊潤な弦楽器倍音が音場内に躍動する様子が、眼前に明確に見える。全集は1959年から1968年まで9年をかけてベルリンはイエス・キリスト教会で録音。年代によって、クオリティは異なる。特に35番「ハフナー」、36番「リンツ」、39番変ロ長調が高解像度、ハイススピード、ワイドレンジで、絶品だ。
『ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》・第7番』ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団, カルロス・クライバー
ウィーンフィルから圧倒的に剛毅でハイテンションなサウンドを引き出した、まさに名盤中の名盤である。いま改めて聴いてみると、それほど異端な演奏だとは思えないのは、年月を経て、このような尖鋭で剛性の高い演奏法がポピュラーになったからか。しかし1974年のリリース当時、クライバーの「運命」を初めて聴いた時は、腰を抜かさんばかりに驚いた。私にとって、それまでの「運命」のリファレンスはブルーノ・ワルター/コロンビア交響楽団だったから、この演奏はまさに異次元の体験であったのだ。
まさに偉大なるドライブパワーだ。次から次へと襲って来るリズムの饗宴。こんなシャープな演奏がウィーンフィルで可能なのか、ウィーンフィルの当の奏者もびっくりしているのではないか。第3楽章のホルンの強奏。その輪郭の鋭さ、どこまでも透徹した深い響き、ベルリオーズが象の踊りと形容したコントラバスの驚速パッセージの切れ味は満点で、まさにクライバーの鋭敏なリズム感覚の大勝利といえよう。第4楽章の直前でテンポを落とすところなど、イヨっ!大将、憎いぜと声を掛けたくなるほど。
第4楽章の冒頭のハ長調。強靭な生命力がほとばしる勝利のファンファーレの壮快さ。ハイレゾではブリリアントな響き、メジャーの明るさが余すところなくとらえられている。ホルンのこってりとした表情には快感さえ覚える。音質は1970年代のウィーンフィルならではの上質で香気に満ちたソノリティの豊かな音。強奏のトゥッティでは、いかにもクライバーらしい伸びやかさと、はちきれんばかりのエネルギー感が聴ける。ムジークフェラインザールの響きが芳しく、滞空時間がとても長い。「運命」は1974年3月,4月録音。
『シューベルト:交響曲第8番《未完成》&第9番《ザ・グレイト》』ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団, ヘルベルト・ブロムシュテット
96歳のヘルベルト・ブロムシュテットが、1998年~2005年までカペルマイスターを、現在は名誉指揮者を務めているライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を振ったシューベルトの交響曲。もっともオーソドックスで、もっとも音楽的で、もっとも感動的なシューベルトだ。息の長いフレーズを、適度な緊張感を持たせながら、ロマンティシズムも同時に聴かせる手腕に感服。この素晴らしく深い演奏がハイレゾの高音質で聴けることに感謝しない人はいないであろう。ライプツィヒのゲヴァントハウスでの収録だが、実に明瞭で、細部への気配りと全体とのバランスが行き届いた名録音だ。本オーケストラならではのピラミッド的な周波数バランスと、悠々とした音進行が耳に心地よい。2021年11月、ライプツィヒはゲヴァントハウスで録音。
『Tchaikovsky: Symphonies Nos.4, 5 & 6 "Pathetique"』Leningrad Philharmonic Orchestra, Evgeny Mravinsky
ヨーロッパツアーの際に、ロンドンとウィーンで録音された、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団によるチャイコフスキー交響曲の伝説的演奏。アナログ時代からの天下の名盤として誉れ高いもの。チャイコフスキーのロマン的側面を誇張せず、ザッハリヒ(直截的)に、スコアを透徹し作曲者の意図を峻厳に読み取り、それを音に再現するのがムラヴィンスキーの仕事だ。
交響曲第4番へ短調は1960年9月、ロンドンのウェンブリー・タウン・ホールで録音された。さすがに録音年代からして、トゥッティの強奏はやや粗い(金管など)が、残響の少ない中での直接音主体の録音は、このオーケストラの凄さを痛感させられる。弦の低域力は、比肩するものがない。 第5番ホ短調と第6番ロ短調「悲愴」は1960年11月、ウィーン・ムジークフェライン・ザール録音。響きが美しく、ソノリティが豊潤だ。古今東西のチャイコフスキー5番でも、最高峰との令名が高い名演奏、そして名録音だ。咆吼するドラマティックな金管、表情の濃い弦、叩き付ける豪快なティンパニ……ロシア的な記号性が色濃く感じられる大迫力、大器量のチャイコフスキーである。嵐のような疾走感、切れ込みの鋭さ、どんなに速くとも一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル。ムラヴィンスキーが厳しく彫琢したオーケストラ音響はすさまじい。
第6番ロ短調「悲愴」では、弦楽器の厚く緻密な音を突き抜けて金管楽器の鮮烈なサウンドがまっすぐに飛んできた。チャイコフスキーが意図した通りのダイナミックな響きが目の前に広がり、その温度感の高さに強い衝撃を受けた。レニングラードフィルの性能の高さ、豪放ぶりが、ハイレゾで堪能できた。
『ベートーヴェン: 交響曲 第3番&第4番』ヘルベルト・フォン・カラヤン, ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
「英雄」は1962年11月15日、第4番は1962年11月9日。ベルリンのイエス・キリスト教会で録音。カラヤンが最も充実していた時代のセッション録音だ。カラヤンは生涯に4度のベートーヴェン交響曲全集を録音しているが、本作はベルリン・フィルとの初全集。まさしくカラヤンならではの堂々たる緻密な構築による、大伽藍を仰ぎ見る思いだ。華麗で剛毅にて音の塊の実体感が凄い。リマスターにより、よりナチュラルになり、色彩感がより鮮やかに、色の種類も増えた。音質は60年前の録音とはとても思えない鮮明さだ。空気感も濃密で、その震わせ方もカラヤン流の演出。ステレオ感も豊潤。DG流の雄大な低域をベースにピラミッド的に中域、高域と重ねていくバランスが格好いい。マスターは独Emil Berliner Studios制作2003年DSD。それをリニアPCMに変換している。
『マーラー:交響曲第5番』ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, ヘルベルト・フォン・カラヤン
超耽美的なカラヤン・マーラー!冒頭からケレン味たっぷりに激烈に、絢爛に鳴らす。これほどスウィートで陶酔的なマラ5は、空前絶後だろう。以前、マラ9でカラヤンは甘美だと書いたことがあるが、マラ5はさらに蠱惑的。ベルリン・フィルもベートーヴェンやブラームスで聴かせる剛毅なドイツ的底力と異なり、ロマンチック性がたいへん濃密だ。 指揮者の音楽的解釈から、オーケストラの音色、そしてメディアの音色までが、すべてが「美」を指向している。この艶々なスウィーティな味は、マスターがDSDであることも大いに効いていよう。実に個性的、実に魅力的な、身悶えちゃうようなマーラーだ。1973年2月、ベルリンはイエス・キリスト教会で録音。オリジナルのアナログマスターから独Emil Berliner Studiosにて2017年制作したDSDマスターをリニアPCMに変換。
『マーラー: 交響曲 第9番』ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, レナード・バーンスタイン
超有名な作品だ。当時のカラヤンの独裁下にあったベルリン・フィルが奇蹟的にライバル、バーンスタインの粘度の高い濃密なマーラーを演奏したことで大評判になった作品だ。ハイレゾでは、パズルのような音の重層感と密度感が痛切に感じられる。ワインヤード型のベルリン・フィルハーモニーホールの開放的な音響特性下でも、これほど高密度で濃密なマーラーが聴けるのがバーンスタインならではの醍醐味。カラヤンのチョコレートケーキ的なスウィート系マーラー像とは次元を異にする名作といえよう。バーンスタインがベルリン・フィルを指揮したのはこの1979年10月4日と5日録音のマーラー第9のみ、だ。まさに 一期一会。録音は高彩度で、剛毅なグロッシーさが堪能できる。この年代としては解像度が高い。
『Schumann: The 4 Symphonies』Berliner Philharmoniker, Herbert von Karajan
カラヤンがセッション録音した唯一のシューマンの交響曲全集。さすが豊潤演出のカラヤンらしく、実に豪華な響きだ。第1番「春」の冒頭がまるでブルックナーのように大器量に始まり、フレーズごとに濃密な表情を付与していく、まさにカラヤン節全開のこってりとし華麗で、濃厚、ロマンティックなシューマンだ。日本の春的に、ゆっくりとグラテーションを持って冬から春に変わるのではなく、ドイツの春のように冷たい4月から、5月になって突然、すべての花が同時に咲き始め、あらゆる花の香りが濃密にミックスされるという衝撃的な春だ。第3番「ライン」も急流に次ぐ急流で、船は大揺れだ。1971年1月、2月、ベルリン、イエス・キリスト教会で録音。
『ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 他』ボストン交響楽団, アンドリス・ネルソンス
近年、メジャーレーベルは、大規模オーケストラ作品の制作から遠ざかり、ソロや室内楽ばかり作品化しているが、ユニバーサル・ミュージックは大型企画を推進、アンドリス・ネルソンスのボストン交響楽団の首席指揮者就任を祝い、ショスタコビッチの交響曲全集の作品化に踏み切った。その第一弾がこれ。
ライブだが、最近のオーケストラ録音としては圧倒的に素晴らしい。ボストンシンフォニーホールの豊かなソノリティが忠実に捉えられ、全体の分厚い響きと同時に解像感も高く、細部のパートや楽器のアクションも細かに再現されている。音色はたいへん美しい。強奏でも過剰や強調がなく、ひじょうにバランスがよい。弱音部でのソロ楽器もとても明瞭だ。透明感も高く、各パートの動きの捉えも敏捷だ。本演奏からは、ネルソンスは完全に名門ボストン交響楽団を掌握したことが分かる。ネルソンスの音楽は、聴き手も奏者も幸せにする。聴き慣れた名曲から新しい姿が立ち現れる。できれば、その指揮ぶりを映像で見てみたい。ネルソンスの何が素晴らしいといって、もちろん音楽もそうだけど、音楽に全身を捧げている、その指揮姿に感動するのである。2015年4月、ボストン・シンフォニーホールで録音。
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■管弦楽曲
『レスピーギ:交響詩《ローマの松》《ローマの噴水》 他』ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, ヘルベルト・フォン・カラヤン
カラヤンが管弦楽曲を振った時の美質である「色彩感」「スケール感」「躍動感」が、もっとも発揮されたのが、このレスピーギ集だ。ドラマティックで大向こうを意識した見栄こそ、カラヤン節。「ローマの噴水」3曲目の「トレヴィの噴水」は、鮮やかな色彩の饗宴。「ローマの松」はまさに天馬、宙を駆けるが如きの爆発的な躍動感。「ボルゲーゼ荘の松」は弦の高域とホルン、トランペットの掛け合いが実に華麗。ベルリン・フィルの盤石な低音の上に、きらびやかな中高域が乗る。「ジャニコロの丘」は妖艶なクラリネットのソロと幻想的な弦が美しい。 「アッピア街道の松」のピアニッシモから音数と音の強さを増し、フォルティッシモに至る大クレッシェンドまでのオーケストラの機能を全開した大迫力のダイナミズムこそ、本アルバムの白眉だ。まさにハイレゾの威力だ。1977年12月、1978年1,2月、ベルリンのフィルハーモニー、サン・モリッツのフランス教会で録音。
『チャイコフスキー:バレエ《くるみ割り人形》』ロサンゼルス・フィルハーモニック, グスターボ・ドゥダメル
グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルスフィルのチャイコフスキー「くるみ割り人形」は、演奏、録音ともに同曲の決定版と断言したい。精緻なアンサンブルと各楽曲のキャラクターを活かした演出が素晴らしい。スケール感も明瞭だ。音質もたいへん良い。レンジが広く、透明感が高い。音調には力感があり、ハイコントラストで鮮明。金管の華やぎも愉しい。音場表現も刮目。録音会場のLAのウォルトディズニー・コンサートホールのリッチなソノリティに耳を奪われた。音場に華麗な空気が舞っている。音が発せられてからの、広い会場に拡散していく様が手に取るように分かる。右側のハープ、中央奥のクラリネットなどの距離感もリアルに感じられた。2013年12月、セッション録音。
『スリープ』マックス・リヒター
ヴィヴァルディ「四季」の"再作曲"で天下を驚かせた(私もびっくり)、ドイツの現代作曲家マックス・リヒター(1966年~)が、また物議作をつくった。なんと、31曲で8時間も掛かる大組曲だ。Sleepとの名の通り、聴きながら眠りに落ちるように作られた大作だ。ピアノ、ストリングス、キーボード、エレクトロニクス、ヴォイスが、ひたすらリスナーをいかに眠りにつかせるかに努力を傾注。それに抗して8時間眠らずに聴けるか。
1曲目、「Dream 1」 (before the wind blows it all away)はピアノとアナログ・シンセサイザー。単音、和音の違いはあるものの同じシークエンスの打音の連続。「ドリーム」という曲の通り、眠気を誘う。12曲目 moth-like stars(星っぽい苔)。一定間隔の打音の連続。持続音が通奏低音のように奏され、これもSLEEPY。最後の31曲目「Dream 0 (till break of day)」。まるでサラウンドのように弦の音の波が、二台のスピーカーの三角形の頂点にいる私のところに、ひたひたと寄せる。それもとてもジェントルで静かな音調で。本作品には刺激と強調は無縁だ。しっとりとした雰囲気の中で、音がたゆたう。ハイレゾの音が皮膚を通じて、体の中に染みいるよう。音の良さを聴くハイレゾではなく、精神的、肉体的癒しを実感するハイレゾだ。2015年3月19日-20日、ニューヨーク、アバター・スタジオで録音。
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■ピアノ
『ショパン:ピアノと管弦楽のための作品集』ヤン・リシエツキ, NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団, クシシュトフ・ウルバンスキ
若きピアニストと、若き指揮者の素晴らしい協演だ。ヤン・リシエツキは1995年生まれの弱冠28歳。カナダはカルガリーでポーランド人を両親に持ち、わずか9歳でオーケストラ・デビューしたという逸話の持ち主だ。以後、世界各地の有名オーケストラとの共演、室内楽、リサイタル活動にて、主要なコンクール入賞履歴なしに、いまや世界的なスターピアニストだ。
協演のクシシュトフ・ウルバンスキ/NDRエルプフィルはミューザ川崎ホールで聴き、知情意が高い次元で均衡した、現代ドイツを代表するサウンドを堪能させてくれた。NDRフィルは、ヘンゲルブロックの下で機能的なドイツ系モダーンオーケストラに進化した(ヘンゲルブロックはピリオドだが)。その成果を若きウルバンスキは見事に発展、開花。しなやかにして剛毅、エッジが立つが柔軟な音が聴けた。特にトゥッティの響きに深さと潤いがあり、包まれるような香しさがあった。
では本音源だ。リリシズムの極のような透明な音響である。ショバン名曲中でも、この「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ ト長調 / 変ホ長調」は、ロマンの香りが特に濃厚な曲だが、若きピアニストは、はっとするような新鮮でクリヤーな音色を、ロマンティックに響かせる。 ソノリティが素晴らしい。ビアノの音が明瞭で、こまやかな響きのフラグメントが、会場に広く、美しく消えゆく様からは、エルプホールのアンビエントの高性能さが感じられる。途中から入るオーケストラのスケールの大きさと同時に、細かな部分までの解像感には驚かされる。響きの美しさでは、ピアノとオーケストラ作品では最右翼だ。モーツァルト「ドン・ジョバンニ」バリエーション。冒頭の弦がスピーカーの位置ではなく、2つのスピーカーの間からファントム的に立ち上がってくる濃密な空気感には圧倒された。
『ショパン:ピアノ協奏曲第1番、バラード第1番~第4番』チョ・ソンジン, ロンドン交響楽団, ジャナンドレア・ノセダ
みずみずしいショバンとは、このような演奏のことをいうのだろう。2015年第17回ショパン国際ピアノ・コンクール優勝&ポロネーズ賞受賞のチョ・ソンジン初のスタジオ・レコーディング作品。新鮮な登場感満点だ。叙情性と躍動感のバランスが佳く、歌うフレーズでは、ごくわずかにためを作るのが感情的で、聴いていて心地良い。バックのノセダ/ロンドン交響楽団も、豊潤な響きと感性の豊かさで、チョ・ソンジンの歌心に見事に応えている。指揮者の情熱がピアニストと共感し合っている。録音も細部までの解像感の高さと音の弾力性、丁寧な描写性が高い次元でバランスしている。2016年6月にロンドン、9月にハンブルク=ハールブルクで録音。
『グリーグ:ピアノ協奏曲、抒情小曲集』アリス=紗良・オット, バイエルン放送交響楽団, エサ=ペッカ・サロネン
アリス=紗良・オットの演奏は2016年9月、 ベルリンでのグラモフォン・コンベンションで、親しく接した。本アルバムのタイトル「ワンダーランド」に掛け、「私はアリスだからワンダーランド」とまず笑いを取ってから、グリーグの抒情小曲集第3巻作品43「蝶々」を演奏。繊細で、すがすがしく、飛翔のヴィヴットさに感動。実に透明なピアニズムだった。その後、ショパン・ノクターンの憂愁と、ラ・カンパネラの色彩爆発の対比に、さらに感動。本アルバムのピアノ協奏曲イ短調はピアノの些細な表情の変化が捉えられ、オーケストラもひじょうに解像度が高い。オーケストラとピアノのバランスも好適だ。ソロピアノの音も素晴らしい。ディテールまで繊細に、そして尖鋭だ。ペールギュント「山の魔王の宮殿」は透明感の高い音色。クールで闊達な音進行も刮目だ。無限のハーモニーが飛び散るよう。高解像度で、澄んだ空気感だ。2015年1月と2016年4月にミュンヘンとベルリンで録音。
『モ-ツァルト:ピアノ協奏曲第6番・第17番・第21番』ゲザ・アンダ, カメラータ・ザルツブルク
ハンガリー出身の名ピアニスト、ケザ・アンダ(1921年~1976年)の傑作がハイレゾで聴けるのが嬉しい。ケザ・アンダのレパートリーは古典派からロマン派まで幅広く、なかでも1950年代末からのモーツァルト作品の連続演奏、特にピアノ協奏曲の全曲演奏は、まさに演奏史に残るイベントだった。
ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカを弾き振りした「第21番」。この録音は、映画「みじかくも美しく燃え」のサウンドトラックに使われ、有名になったものだ。典雅で美しいモーツァルト。17番協奏曲は繊細でふくよかな管弦楽から始まり、ラブリーな装飾的テーマが化粧気無しの、生成りの表情で奏される。録音は古い(1961~62年)が、清潔でコンパクトなソノリティが魅力だ。ピアノ音のボディが細く、チェンバロ的な優美さ。会場の響きは過剰ではなく、ピアノとオーケストラのクリヤーな明瞭さが、本録音の美質といえよう。21番も同様の傾向。いっぽう6番協奏曲はオーケストラの編成が増え、スケールが大きい。響きも多く、音調もカラフルで太い。コントラストも明確。録音方針が明らかに17、21番とは異なるのが興味深い。 ゲザ・アンダを記念して、1979年からスイス・チューリッヒでゲザ・アンダ国際コンクールが開催され、国際的に著名なピアニストを世に送り出している。1961年5月、1962年4月、ザルツブルクで録音。
『Beethoven: Piano Concerto No. 1 in C Major, Op. 15』Krystian Zimerman, London Symphony Orchestra, Sir Simon Rattle
クリスチャン・ツィメルマンの2度目のベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲。旧録音は巨匠レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルとの共演だった。晩年のバーンスタインが1989年にウィーン・フィルを指揮した演奏会でのライヴ録音の第3番、第4番、第5番と、その2年後、バーンスタインの死の翌年にツィマーマンがウィーン・フィルを弾き振りした第1番、第2番---だった。
約30年ぶりの再録音だ。今回の相手はサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団。第1番冒頭では、これほどピリオドしているとは驚き。軽やかで、音楽が踊っているよう。音的だけでなく、音楽的なダイナミックレンジも広大だ。ラトルも脱皮しているが、ツィメルマンも負けず躍動する。一音一音が明晰で、ウィーン・フィルの前作より、よりダイナミックさが増している。弱音と強音の間が広大で、スフォルツアンドの強靱さも印象的だ。
録音もまさに実演を彷彿するような臨場感に溢れるもの。ピアノ音像は大きいが、同時に引き締まり、きれいな輪郭を描く。ホールトーンは少なめで、直接音がくっきりと聴ける。ピアノにまつわる響きが過剰でなく、チメルマンのアーティキュレーションがひじょうに明晰に聴ける。「皇帝」の堂々たるカデンツァでは、低音部が充実したピラミッド的なロンドン交響楽団と、煌びやかなピアノとの対比が鮮やか。2020年12月、ロンドンで録音。
『チャイコフスキー&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲』スヴャトスラフ・リヒテル
まさに世界遺産の大演奏だ。60年代、このリヒテル/カラヤンの演奏が登場するまで、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番って、軽い曲だと認識していた。それは当時、聴いていたLPの演奏が、軽薄というと失礼だが、冒頭のホルンの下行旋律が薄く、テンポもかなり速かったからだ。ところが、カラヤン/ウィーン交響楽団は、まったくもって、もの凄く堂々とし、音が厚く、テンポも悠々としたものだった。ああ、これだ、これが聴きたかったのだと、当時、もの凄く納得したものだ。 カラヤンとリヒテルという大物どおしの組み合わせ。このようなケースでは個性がぶつかり破綻することもあるが、カラヤンとリヒテルは実に面白い。「レコード芸術別冊・名曲大全協奏曲編」(1998年)で、吉井亜彦先生は「まさにイニシアティヴの取り合い、結論の奪い合いというところが、実にスリリングである。大家同士でなければ、なかなかこうはいかないと思わせるほどの共演ぶりだ」と書いておられる。第3楽章フィナーレのピアノとオーケストラの爆発的たたかいは、世紀の聴き物だ。低音が豊かで、レンジも広い。硬質な音調で、ムジークフェライン・ザール録音だが、直接音主体だ。1962年9月24日~26日、録音。
『Resonances』Hélène Grimaud
2010年にディスクで発売された、このウィーンへのオマージュを綴ったアルバムは当時、大いに話題を呼んだ。あまりに個性的なモーツァルトだったからだ。従来の定番的、既成文法的モーツァルト像を大胆に破壊した過激さには、賛否両論が沸き起こった。動物的な敏捷さと、機敏さ、研ぎ澄まされた感覚……まさにエレーヌ・グリモーならではのワン・アンド・オンリーのモーツァルト世界だ。ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310第1楽章。大胆にテンポを動かし、短調の持つ感情を激しく抉り出す。ラブリーさや優しさとは無縁な剛毅さだ。グリモーは、ここまでするかというほど不安定な要素を表に出すことで、この曲の悲劇性をいやがうえにも強調している。剛健で同時に劇的な音色であり、このピアニストの個性を強烈に聴くことができる。重いモーツァルトだ。
録音は低音の偉容感から、中域の弾み、高域のブリリアントさ……まで、この特異な演奏のキャラクターをそのままストレートに伝えいる。ピアノ音像はセンターに美しく定位。間接音は豊かだが、直接音とのバランスは佳い。2010年8月、ベルリンの放送センターで録音。
『ドビュッシー:前奏曲集第2巻、白と黒で』マウリツィオ・ポリーニ
1998年の前奏曲集第1巻以来、20年ぶりのポリーニのドビュッシー録音だ。目が覚めるような超優秀録音。第1曲「霧」の低弦と高弦で同時に弾く旋律の音色的な分離と同時に、融合度がひじょうに高いことに感動する。ドビュシーの非和声的な独特の響きの世界をハイレゾはクリヤーに、感情豊かに描写する。ドビュシーの和声は、オーセンティックな周波数の倍音的整合性を無視した、独特の響きの不思議世界。ポリーニはそのレゾナンスの綾と記号性をひじょうに明晰に聴かせ、それを現代のハイレゾ録音は見事に捉えている。2016年9月、10月、ミュンヘンで録音。
『J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻』ピエール=ロラン・エマール
ピエール=ロラン・エマールのJ.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻の演奏会(2014年)は日本各地で開催され、絶賛の嵐だった。精妙で明快、そして知的で緻密な名演であった。
エマールを初めて聴いたのが、2012年のベルリン音楽祭のフィルハーモニー小ホール(室内楽ホール)でのピアノリサイタル。第1曲のリストの演奏が始まってしばらくしたら、客席でけたたましくケータイの着信音が。ピエール=ロラン・エマールは、怒って演奏を中断。しばらく楽屋に引っ込み、5分ほどしたら再度、登場。リストのロ短調ソナタのダイナミックレンジの広いことには感心させられた。歌わせる歌謡的なフレーズでは夢見るようなロマンティックな表情で、一方、リストならでは複雑で速いパッセージは、正確に精密に力感を与えていた。
本アルバムはドイツ・グラモフォンでの「フーガの技法」に続く、第2作のバッハ・アルバム。細工を弄さず、伽藍を積み上げながら、真正面から堂々とバッハに挑むピアニストの矜持と覚悟が聴ける。ピアノから発せられる響きの質がきわめて上品。タッチが明晰で、2つのスピーカーの中央に、タイトな音像感で安定的に定位している。2014年3月にベルリンで録音。
『シューベルト:ピアノ・ソナタ
第4番・第7番・第9番・第14番・第16番~第21番』ダニエル・バレンボイム
完成版ピアノ・ソナタをすべて網羅した本シューベルト全集は、ダニエル・バレンボイム録音開始60周年記念のアルバムだ。シューベルトならではの豊かな感情の機微を繊細に情感豊かに描くピアニズムだ。かそけき麗しさから、闊達なヴィヴットさまで、万華の音楽的ボキャブラリーが横溢する。 音は暖かい。2つのスピーカーの間に、比較的大きな音像が定位する。低音部の雄大さ、中域の表情の豊かさ、高域の切れ味、倍音の美しさ……など、本録音を形容する言葉は多い。特に響きの美しさは格別だ。相当残響の多い会場での録音なのだが、響きは深く、打鍵は明晰なのである。ピアノの音が浮遊するような飛翔感と、揺るぎない安定感も同時に体験できる。高域の燦めきも美しい。2013年1月~2014年2月に録音。
■ヴァイオリン
『J.S.バッハ/ブラームス/チャイコフスキー/ベートーヴェン:ヴァイオリン作品集』ダヴィッド・オイストラフ
ダヴィッド・オイストラフのバッハとブラームス、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲とベートーヴェンのロマンスが収録された、お徳用(?)アルバムだ。もっともステレオはバッハ、ベートーヴェン(グーセンス&ロイヤル・フィルと協演、1961、1962年録音)で、ブラームス、チャイコフスキー(グーセンス&ロイヤル・フィル、コンヴィチュニー&ドレスデン国立管弦楽団、1954年録音)はモノラルだ。演奏はいずれもスケールが大きく、凝縮力が強いもの。特にお国もののチャイコフスキーは自信と覇気に溢れた名演。バッハは重量感と切れ味が共存している。音質は、ステレオのバッハが素晴らしい。解像度が高く、輪郭のエッジが尖鋭だ。ユージン・グーセンス&ロイヤル・フィルはスケールが大きく、音進行の安定感、盤石感が濃い。オイストラフのヴァイオリンは鮮明で、切れ込みが鋭い。
『シークレット・ラヴ・レター』リサ・バティアシュヴィリ, フィラデルフィア管弦楽団, ヤニック・ネゼ=セガン, ギオルギ・ギガシヴィリ
フランクのヴァイオリンソナタは近年、人気が急上昇している。馥郁というより、噎び返るほどのロマンの濃密な香りが、聴く人をノックアウトする。リサ・バティアシュヴィリは、剛毅にしてクリヤー、そしてロマンティシズムの極致のようなフランクだ。振幅が大きく、楽想を濃密に表現し、その世界に引きずり込む。特に第4楽章のフーガのアーティキュレーションの大胆なダイナミズムは、大向こうまで喝采だ。素晴らしいピアノはリサ・バティアシュヴィリが設立したジョージア在住の若いアーティストを支援する団体から奨学金を受けている、ギオルギ・ギガシヴィリ。録音は極上。ヴァイオリンもピアノもこれほど、美しい音では録れないだろうという程の最上クオリティだ。ホールトーンも、ヴァイオリンとピアノを美しく彩っている。第4楽章のカノンでは、同じメロディが時間を違えて、ヴァイオリンとピアノで重なるわけで、その一音一音の明瞭さが命になるが、本録音は最高だ。
『モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番/ヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第4番』ヒラリー・ハーン, ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン, パーヴォ・ヤルヴィ
ヒラリー・ハーンが「友なる協奏曲」と言う親密な2曲。素晴らしいソノリティだ。モーツァルト5番協奏曲冒頭の弦のスタッカートの旋律。左の高域、右の低域弦楽器が平面に並ぶのではなく手前、奥行きと音場的な一体感を持って配置。ヒラリー・ハーンのヴァイオリンの音は、バックのオーケストラのしゃきっとした弦とはまったく異次元のまろやかさ。それも甘いだけでなく、音の内部の密度感がひじょうに高い。"強靭なる潤い"なのだ。彼女はこれまで鮮烈さ、切れ味、俊敏さが持ち味だったが、本アルバムでは、それに加え潤いも手にしたようだ。"新生"といっていいほどの変容ぶりだ。モーツァルトは2012年12月4、5日にドイツ・カンマーフィルハーモニーの本拠地、ブレーメンで、ヴュータンは2013年8月7、8日にその近くのシュトゥーアで録音。
『カルメン幻想曲~ヴァイオリン名曲集』アンネ=ゾフィー・ムター, ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団, ジェイムズ・レヴァイン
ヴァイオリン女王の貫禄十分なラテン小品集。力強く、熱いパッションのチゴイネルワイゼンだ。歌いが深く、こってりと粘性高く奏する、ムターのキャラクターにぴったりの選曲だ。これまでもCD、SACD、シングルレイヤーSACDでもリリースされているが、ハイレゾは、突きぬけるようなクリヤーさと、歌いの感情の熱いほとばしり感が美質。44.1kHz/24bitというミドルレゾでも、切れ味の鋭さはさすがだ。レヴァイン/ウィーンフィルの協奏も素晴らしい。チゴイネルワイゼンの冒頭のトニックの導入部。第1ヴァイオリンがソドレミの上行旋律を勢いよく奏し、それをチェロがこれも激しいトレモロで支える音の交錯の面白さ。音はワイドレンジで特に低音のスケールの大きさは驚くほど。1992年11月 ウィーンで録音。
■歌
『フレンチ・コレクション』ピョートル・ベチャワ
リリック・テノール歌手、ピョートル・ベチャワPiotr Beczalaは、1966年ポーランド最南部のチェホヴィツェ=ジエジツェ生まれ。リンツ州立劇場での活躍後、1997年からはチューリッヒ歌劇場に所属。その後の活躍は目覚ましくロイヤル・オペラ・ハウス、メトロポリタン歌劇場、マリインスキー劇場、パリ国立オペラ座など世界で活躍し、圧倒的な歌唱で注目されている。私はメトロポリタンで「リゴレット」を聴いた。男の色気のオーラを発してしたのが印象的だったが、彼の表現性は、フランスオペラに最適だ。
イタリアオペラがベルカントの突きぬけ感、ドイツオペラが精神性だとしたら、フランスオペラは何と言っても艶と色気だ。本アルバムは彼のレパートリーの中核をなすフランス・オペラアリア集。ベチャワのドラマティックテノールの素晴らしきこと。多色の星達が宙を飛び交うような輝かしさと安定感、そして繊細なグラテーション、さらには大振幅のヴィブラートはまさに耳の快感だ。男の色気が色濃く、ハイレゾだから、その魅力も倍増。音質もソノリティ豊かで、グロッシー感覚が溢れる。2014年8月、リヨンのモーリス・ラヴェル・オーディトリウムで録音。
『Schubert: Winterreise』Dietrich Fischer-Dieskau, Gerald Moore
私が最初にシューベルトの「冬の旅」LPを買ったのは、高校(都立青山高校)への入学祝いだった。その時の歌手がフィッシャー=ディースカウだった。何と素晴らしいビロードの歌模様だろうと当時、感激したことを覚えている。本ハイレゾはその時の感動を蘇らせてくれた。大歌手、フィッシャー=ディースカウには7種類の「冬の旅」全曲録音があるが、本作は4度目。ジェラルド・ムーアのピアノの前奏がしっとりとした味わいを醸し出し、フィッシャー=ディースカウの声はビロードのような濡れた、グロッシーな光沢感。DSDは端正なテクスチャーと潤いの音描写にて、深みと自然な滑らかさを聴かせる。声とピアノが妙なる調和を聴かせ、余韻が美しく、 滋味豊かで静かな情趣に浸れる。1971年8月、ベルリンで録音。
『J.シュトラウス2世:喜歌劇《こうもり》』ユリア・ヴァラディ, ルチア・ポップ, ルネ・コロ, ベルント・ヴァイクル, ヘルマン・プライ, イヴァン・レブロフ, バイエルン国立管弦楽団, カルロス・クライバー
圧倒的な躍動感と快速的な進行感が美質のカルロス・クライバーとバイエルン国立歌劇場のJ・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」は、まさにクラシックシーンでの世界遺産だ。序曲冒頭のシャンパンのコルク飛び三連符が、はちきれんばかりの溌剌さと弾力感で奏され、空気の流れが断然、速い。中間のワルツ部の色香と表情のチャームにも、感激。特に弦の内声部で形成されるハーモニーが高彩度なこと。
クライバー「こうもり」はレーザーディスク、DVDで何十回も観て、記憶に焼き付いているから、このハイレゾを聴くと、クライバーの指揮者姿や、バイエルン国立歌劇場の舞台の様子が眼前に浮かんでくる。それだけイメージ喚起力の強い演奏であり、ハイレゾ音質だ。このハイレゾはたいへん音が良い。きわめてクリヤーで高解像度、ソノリティが艶々している。
クライバーのコンサートでは、必ずアンコールがあり、必ず「こうもり」の序曲とポルカ「雷鳴と電光」で締めくくられる。この2曲はクライバーのスペシャルリティであり、特に「雷鳴と電光」の超特急のスピードは、驚くほど。その「雷鳴と電光」が、そのままのハイスピードで舞台で踊られるのだから、クライバーのこうもりは凄いのだ。ウィーン・フィルとのニューイヤー・コンサートでも演奏されたが、それはまだハイレゾ化されていない。クライバーの壮絶な「雷鳴と電光」のハイレゾが聴けるのは、唯一、「こうもり」第二幕のフィナーレだけだ!1975年10月、ミュンヘンはヘルクレスザールで録音。
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