【INDEX】
・インタビュー:SHANTI
・メール・インタビュー:塩澤利安(レコーディング・エンジニア)
【NEW RELEASE】
『SHANTI with String Quartet LIVE (96kHz/24bit)』
SHANTI
ストリングスとステージを共にする楽しさ
──ギターとのデュオやバンドなど、これまでに様々な編成でライブやレコーディングに臨んで来られたSHANTIさんが、今回はストリングス・カルテットというフォーマットを選んだ経緯や動機について教えてください。
SHANTI:ここ数年、弦楽ユニット「清水西谷」のお二人をはじめ、ストリングス奏者の皆さんとコンサートをご一緒していますが、こうした編成にすごく惹かれるものがあるんですね。というのも私は今、無理なく自然に歌えるような環境、つまりPAに頼らなくていいサウンドに魅力を感じているんです。バンドのコンサートの場合、リハーサルではPAの音作りに時間を取られがちです。でも、ストリングの皆さんとの共演の場合は、PAも少し使用するものの、ステージでは互いに生音を聴きながら歌い、演奏できますし、マイキングもシンプルですよね。そうした中で、「自然な歌声」ってこういうことかと発見できて、「これはいいな!」と思って。
もちろん、ほかの編成に興味がなくなったわけではないのですが、例えばジャズとか、クラシックではない音楽をストリングスでアレンジするとどうなるのか、どういうアプローチができるのかということが今、すごく面白くなってきているんですよ。これまでもギターやピアノとのデュオもありましたが、今はこうしたストリングスの編成でアコースティックなサウンドを追求するのが楽しくて現在に至っているという感じです。
──SHANTIさんの活動は、一つのジャンルに留まらない指向性も印象的です。
SHANTI:ジャンルの行き来ということでは、昔も今も大事にしているのはメロディの美しさと歌詞のストーリー性。あとは、例えば昔の曲にどれだけ今まで聴いたことがないものを発見できるか、というところでしょうか。
──なるほど。確かに、ストリング・カルテットなら、完全なアコースティックでありながら、アレンジの面での自由度も広がりますよね。
SHANTI:ストリングスでアレンジすることでいいなと思うのは、ダイナミクスつまり抑揚に対する意識の細やかさなんです。例えばリハーサルで、「この部分はこういうイメージ」と伝えると、本当に音が変わるんですよ。演奏者の皆さんは、クラシックという歴史ある音楽をやってきて、いろんな風景を音で表現してきた人たちで、その曲の風景を一緒に描くという感覚がある。ハーモニーもそれに合わせてアレンジしてくれるので、私としてもハッとさせられる場面に出くわすことがあるんです。
──ストリングスの皆さんとの出会いは、活動の幅をさらに広げてくれそうですね。
SHANTI:そうですね。長く歌手を続けたいと願う中で、例えばシャーリー・ホーンやジョニ・ミッチェルのストリングス・アルバムやオーケストレイテッド・ジャズみたいな作品を、いずれは作ってみたいなという気持ちもあるんです。ここからちょっとずつ編成を大きくしていけば(笑)、というビジョンはありますね。
──なるほど(笑)。
リハーサルを経て息の合ったパフォーマンスを聴かせるSHANTIさんとストリングス・カルテットの皆さん
『SHANTI with String Quartet LIVE』の録音風景
──さて、今回は「Hakuju Hall」でのライブ録音です。有観客で行われたとのことですが、観客の気配はあまりしませんね。
SHANTI:そうですね。(作品の中に)拍手を入れるかどうかは迷ったところではありました。アルバムでは曲順も入れ替えたりしているのですが、繰り返し聴いていただくことも考えて、今回はあえて拍手は入れないことにしました。
──「Hakuju Hall」の響きはいかがでしたか。
SHANTI:すごくいい響きでしたね。ちょっと響きすぎるところもありましたが、歌とストリングス・カルテットが心地よく混ざる感覚がありました。
──とてもクリアな音質なのでスタジオ録音と錯覚しがちですが、お客さんを前にしてのライブ・レコーディングはスタジオ作品とはまた違った緊張感がありそうですね。
SHANTI:リハと本番での気持ちや音の変化というのもありますし、意識はしますよね。緻密に作り込むスタジオでのレコーディングは直しも利きますが、それができないライブ・レコーディングは、もう気分的にはサレンダー(笑)。納得いかない曲は収録していません。ただ、緻密さを追求し過ぎるとライブな感じはしなくなってしまいますから、そのあたりはライブ盤として相応しい許容範囲を設定したつもりです。
──リハを通じて思い出すエピソードがありましたらご紹介ください。
SHANTI:今回ご一緒した皆さんはクラシックの分野ですごく忙しくされている方たちで、リハの回数もそれほど多くはとれなかったのですが、あるとき、オーケストラの本番を終えた皆さんとのリハがあったんです。もう、出だしからパッションに溢れていてパワフルで。エネルギーが拡張したような音の厚みに私も圧倒されて「今日はどうしたの!?」って(笑)。オーケストラ本番の勢いがそのままだとこんなにすごい演奏なのかと驚いて、本番もこのパッションでいきたいよねと(笑)。
──普段とは違う奏者の皆さんとのコミュニケーションに苦労したことは?
SHANTI:ストリングス奏者、クラシック奏者の方たちと上手くコミュニケーションをとるためのボキャブラリーについてはいろいろ相談しました。すると、やはりピチカートとかピアニッシモとか、私もそういう言葉を使ったほうが結果的に自分のイメージに合ったサウンドに持って行けることが分かりました。スタイルが異なるジャンルの方と共演するときは相手に寄り添うように、こちらもボキャブラリーを増やしてリハーサルに臨んでいます。
──ステージでのモニタリングはどのようにされたのですか。
SHANTI:私も含めてイヤモニはしていません。イヤモニを付けると、どこか違う感覚になってしまうというか、なんか一緒に演奏していない感じになってしまうんですね。そこで、ミュージシャンの並びも距離を空けず、私を囲むようなU字型にして、客席を向いて歌う私にも聴きやすい配置にしてもらいました。
──4対1の状況でアコースティックな楽器もフルで鳴るとそれなりの音圧がありますよね。
SHANTI:そのあたりも、皆さんプロですから、ボーカリストのことをちゃんと気にしてくれていて。音圧に関してもリハの段階で調節してくれていましたね。
「清水西谷」とのコラボレーション
──では、今回の弦楽四重奏との共演について伺います。全体のアレンジなどはどのように決めていったのでしょうか。
SHANTI:今回のアレンジに関しては「清水西谷」のお二人(清水泰明さん、西谷牧人さん)にお任せしました。すでにお二人とは共演していたので、それをカルテット向けにリアレンジしていく感じですね。私からは、テンポ感やダイナミクスについて、曲中のセクションごとにイメージを口頭でお伝えしました。基本的なハーモニーなどはお二人が考えてくれています。
──イメージを伝えることで、反応してくれるわけですね。
SHANTI:そうなんですよ。そのあたりもまた繊細な作業で。「清水西谷」のお二人とのトリオでは、人数も少ないので、例えばチェロがコードを弾いたりすることもあったんです。今回はカルテットの編成で、ベースはいませんが、それぞれの役割はよりシンプルになってきますよね。それで、「清水西谷」以外のメンバーは固定されているわけではありませんので、抑揚の付け方やイメージなどはセッションごとにコミュニケーションを図りながらやっています。例えば、「もっと自分を出していいですよ」とか、「ソリストだと思ってもっと前に出てきてください」とか、そういうこともリハーサルでお話ししました。
──やはり、「清水西谷」のお二人にさらにお二人が加わることで、世界観もかなり広がったと。
SHANTI:そうですね。バイオリンも二人になって、音の厚みという意味での重厚感が増しますからね。「Over the Rainbow」とかも、その感じが目立つアレンジになっていると思います。
──そもそも「清水西谷」とのコラボはSHANTIさんにとってどんな手応えがあったのでしょうか。
SHANTI:まず、人間的にも、そして音楽に対しても真摯な姿勢を持った方たちで、とても気持ちよくお仕事ができるお二人です。そして、私は「清水西谷」のオリジナル曲がすごく好きで、コンサートで共演するときは毎回、お二人の曲も演奏してもらっています。ご一緒していて感じるのはお二人の寛大さ。こういう形でのトリオを組むにあたって、自分の歌をどう乗せればいいのかとか、相談すべき要素は多かったのですが、そのあたりも的確に応えてくれましたので、安心できましたし、信頼を築くことができました。今回のカルテットは、その土台のうえに実現したものですね。
会場のHakuju Hall(東京・渋谷)はキャパ300席の小規模な音楽ホール
1曲目は初録音のオリジナル曲「Sunset」
──収録曲は、全7曲中6曲がカバーとなりました。曲のチョイスはどのように決められたのでしょうか。
SHANTI:今回はやはり歌い込んできた曲をカルテット・アレンジにするという方向性です。オリジナル曲も挑戦しているのですが、今回は本番が1日だけという、私としてはなかなかチャレンジングなレコーディングだったこともあり(笑)、完成度の高いものから素直に選曲しています。
小沼ようすけさんのインスト曲に私が歌詞を付けた「Sunset」は、以前からライブで取り上げながら、録音するならどんな編成がいいかと考えていたんです。もちろん、ギタリストである小沼さんの曲ですから、ギターとやるのもいいのですが、それもちょっとありきたりな気もして……。そんな中、ストリングス・カルテットでやってみたらすごくしっくりきたんです。ぜひこの編成で録音したいということで、アルバムの1曲目としました。
カバー曲では「Exactly Like You」と「Cucurrucucú Paloma」は新しいレパートリーとなっています。「Exactly Like You」は4ビート的なナンバーで、前から好きな「Dream A Little Dream of Me」のような路線の曲がほしいなと思って取り上げています。
──ご自身のお気に入りのトラックは?
SHANTI:「Over the Rainbow」は先ほどもお話ししましたようにストリングスの重厚感がよく感じられていいですよね。一方、「Cucurrucucú Paloma」はすごく繊細なテイストのある曲です。スペインのある映画のサウンドトラックに収録されていたこの曲がすごく好きだったんです。折しも、最近はスペイン語やフランス語といった言語で歌うことに魅力を感じていて、そんな流れでリリースできた曲ですが、私としても気に入っています。
信頼を寄せる塩澤利安氏によるエンジニアリング
──録音を手掛けたのは塩澤利安さんです。録り音をお聴きになっての印象は?
SHANTI:もうバッチリですよね。塩澤さんには初期のアルバムでもいくつか担当していただきましたが、ストリングスで録ることになる本作は、クラシックの作品も手掛けていらっしゃる塩さんにぜひお願いしたいと思いました。私の歌も当時からは変わってきていますし、また一緒にお仕事したいなと。本番では、ステージの袖に設えた録音機材の前に塩さんがいてくれることで安心して歌うことができました。もちろん、いい意味での緊張感はありましたが、「ちゃんといい音で録れているかな」という心配はまったくありませんでした。絶対にいい音で録ってくれるという、信頼感があるんです。
ミックスについては、アーティストとしても欲もあって、最初に上がってきたミックスに対して「もう少しこうしてほしい」といったお願いをさせていただいたのですが、結局は塩さんが最初に作ったバランスがいちばん良くて戻したりして(笑)。今回はお客さんのためにPAもされていますから、それがマイクにかぶる部分もあるわけで、塩さんはそのあたりも含めてちゃんと処理してくれています。最終的に上手く仕上げてくださって嬉しかったです。当日もステージ袖の塩さんから「声がすごく良くなってるね」と言っていただけて、歌い続けていて良かったなと、ウルッときました。
──ボーカル用のマイクは何をお使いでしたか。
SHANTI:最近すごく気に入っているマイクがありまして。EarthworksのSR314というボーカルマイクなのですが、ものすごく自然なサウンドが得られるんです。歌も歌いやすくて、コンサートの場合はPAでもあまり音をいじらなくて済む。ノーマイクで歌っているような感覚でマイキングできるんですよ。
リスナーに喜んでもらえる「素材」を提供したい
──音楽を運ぶメディアとして、ハイレゾのメリットは何だと思いますか。
SHANTI:データ量が多くて圧縮されていない音源を聴けるのは、すごく特別なことですよね。私としてもハイレゾで聴くとより楽しくなるような音を目指したいと思っています。リスナーの皆さんの素敵なオーディオで上手く料理していただけるような、新鮮で産地が分かる美味しい素材を「どうぞ」と提供できたらいいですね。これは以前から考えていることで、今回、塩澤さんに録ってもらう理由の一つでもあります。
──今回のストリングス・カルテットとの共演というのも、ハイレゾにし甲斐がありそうな編成ですよね。
SHANTI:そうですね。とにかくナチュラルに、なるべく素直な音作りにしています。
──ところで、SHANTIさんが今注目しているサウンドは何でしょう。楽器、オーディオ、自然音など何でも。
SHANTI:ポルトガルのシンガー・ソングライターのマロ(MARO)さんがすごく気になっています。ジェイコブ・コリアーのツアーにも帯同した彼女はそのアーティスト性も素晴らしいのですが、なんといっても声がいいんですよね。すごく好きです。いろんなジャンルの人とコラボレーションするけれど、声にも歌い方にもブレがない。それが格好いいんですよ。今後もどんどん飛躍しそうな要注目のアーティストです。
──今後、取り組んでみたいテーマはありますか。
SHANTI:「なんでもっとアルバムを出さないの?」と言ってくださるファンの方もいらっしゃって、私もそうしたいのですが、母になったことで、近年はレコーディングもゆっくりやらせていただいています。今は子育ての最中で見えなくても、後々に気付いて歌詞に書きたくなることもあると思うんですよね。長い目で見て、交友関係も海外に広げたりしながら、ムードのあるものやコンセプチャルなアルバムを出していきたいです。そして、これからもハーモニーの豊かさをちゃんと表現できるアーティストになりたいなと思っています。
──では最後に、ハイレゾに親しむe-onkyo musicのリスナーへ向けて、あらためてメッセージをいただけますか。
SHANTI:お待たせしてしまいましたが、目を閉じればコンサートを聴いているような気分になっていただけるアルバムができました。できれば、お部屋の灯りを落として、温かい飲み物や美味しいお酒をご用意いただき、ゆったり味わって聴いていただけたら嬉しいですね。
──ありがとうございました。
ストリングス奏者は左から清水泰明さん(Vn)、鈴木浩司さん(Vn)、多井千洋さん(Vla)、西谷牧人さん(Vc)
「マイクの性能を活かした、伸びのある艶やかなサウンドに」
塩澤利安さん(レコーディング・エンジニア)
『SHANTI with String Quartet LIVE』のレコーディング/ミキシングを手掛けたのは日本コロムビアの名匠として知られるエンジニアの塩澤利安さん。今回はどのような方針で臨まれたのでしょうか。下記の質問にメールにてコメントをいただきました。
●今回のライブ録音のマイキングのポイントを教えてください。
レコーディングに使用したマイクは、ステージおよびホール内の音場を捉える3点吊りを使用したDPA 4006、ボーカルにはEarthworks SR314、ストリングスは各々にSchoeps CMC64xtを使用しました。どのマイクも高域まで伸びやかな周波数特性を持っており、クオリティの高いサウンドを捉えています。
●“Hakuju Hall”の音響的な特徴についてはどう捉えていらっしゃいましたか。
Hakuju Hallは豊潤な響きと共に柔らかなサウンドを持ち、今回のような小編成でのセッションには相応しいホールです。このライブでは、ボーカルに若干のPAを行い、ストリングスは生のサウンドをお客様へ深みのある温かい響きで届けていたと思われます。
●ミックスは、どのような方向性で行われたのでしょうか。
バランスではボーカルを聴かせるだけではなく、ストリングスとの一体感を保つように心掛けました。ストリングスでボーカルをしっかりと支え、アンサンブルを大事にしつつ引き立てています。音色はマイクの性能を活かし、伸びのある艶やかなサウンドを創り出しました。
●SHANTIさんの声について感じることは?
とてもクリアな声質を持っていると感じます。歌の感情表現が非常に上手く、楽曲の中で自声から裏声までを様々にコントロールし表現なさいます。また、ボーカルマイクの使い方をとても熟知されており、マイクによるダイナミクスのコントロールも行います。いつもレコーディングしながら感動し癒されています。
●e-onkyo musicのリスナーに向けて、本作の聴きどころなどメッセージがございましたらぜひお願いします。
今までのSHANTIさんのアルバムでは聴くことのできなかったアレンジでの楽曲は歌の力をストレートに感じさせます。まずは全体的なサウンドをお楽しみください。聴き込むほどに様々な何かを感じ取っていただける作品になっているかと思います。